がまんと大丈夫
陽菜子先輩と一緒にお昼ご飯を食べた後、私たち3人は文化祭用の衣装作りを始めた。でも、
「うわぁ〜!! ひなちゃんすごっ!! めっちゃ可愛い!! てか出来てる!!」
千紗ちゃんの感動した声を隣で聞きながら、私もうんうんと小さくうなずいた。
ハンガーラックにかけてある、落ち着いたブラウン色のメイド服。秋にしっくりくるシンプルな色合いで、そこに小さなハート型の飾りボタンやリボン、袖口や膝丈スカートの縁にあしらわれた白のフリルがとても愛らしい。私と千紗ちゃんで事前に縫い付けた部分だ。ふわっと全体に膨らみを持たせたシルエットに陽菜子先輩が仕上げたみたいで、メイド服って感じでステキ。
私と千紗ちゃんの出番はもう無さそうかも。ん?
手作りメイド服の隣にいる陽菜子先輩が満足そうな顔で、小さな口をせわしなく動かしている。な、なんです??
私と千紗ちゃんは先輩に近寄って耳を傾けると、
「可愛いメイド………、大量生産、ふふっ、ふふっ」
「「………、そ、そうですね」」
鼻をふすふすさせながら意気込んでいる陽菜子先輩に、とりあえず笑顔を見せておく。
可愛いもの大好きな情熱が抑えられなくて、1人で先に仕上げちゃったんですね………。
陽菜子先輩の目元にうっすらクマみたいなのがみえる。夜遅くまで、ご苦労さまです。
「ひなちゃん、部室までどう運んだんですか? 自転車に乗らないですよね?? こんなにたくさん」
ハンガーラックにはざっと見て20着くらいはある。
「ダンボール箱に入れて、お父さんに車で朝早く学校まで一緒に送ってもらった。部室までは、台車を借りて運んだ。あと良く知らない生徒たちが手伝ってくれた、すごく便利」
そう言って、陽菜子先輩は部室の隅に置いてあった台車まで駆け寄る。そして上に乗ると、片足でキックボードみたいな要領で床をけった。軽快に走りだす台車。
「おおっ!! ひなちゃんかっこいい!!」
「ほめちゃダメでしょ! 陽菜子先輩! 使い方間違ってますからっ!!」
あと、手伝ってくれた人たちに便利は失礼です!
ガシッと陽菜子先輩の腰を両手で捕まえた。何とか止まったので、そのまま先輩を抱えて床に下ろす。
不満げな目と合った。
「………、不本意」
「がまんしてください………」
「がまんはよくない」
「よ、よくないですけど、これはがまんしてください。先輩は良い大人なんですから」
幼く見える陽菜子先輩(高3)はこの言葉に弱い。目を大きく見開き得意げに言う。
「うん、そうだった。私、大人」
小さな胸を張り自信気なのが謎だけど、機嫌がすぐなおるので助かる。
「ひなちゃん、このメイド服は陸上部にもう渡せる感じですか??」
千紗ちゃんの言葉に、私の鼓動が少し大きくなったのが分かった。
陽菜子先輩からつい目をそらした。
メイド服作りを引き受けた陽菜子先輩はなにも悪くない。私が気にし過ぎなだけ。
頭では分かっているつもりなのだけど。どこか気にしてしまう。
ふわっと、風が頬をなでた。開いている部室の窓。
心地良い風に、一歩足が前に出る。あっ、 ダメ。
歩みを止めた。
窓から見える景色は、きっと私の心をさらにざわつかせる。もう引退して、いないと分かっていても。
いつも見ていたグラウンド。いつも見ていた、2人の走る姿。いつも見ていた、私に気づいて楽しそうに手を振る、お姉ちゃんと一樹先輩の姿。私も笑顔を作って、手を………。
気分が、落ちていーーー、
ぎゅ。
えっ?
右手の感触に目を向けると、陽菜子先輩の小さな手に握られている。
「志保………」
「は、はい?」
陽菜子先輩に小さく呼ばれて、つい返事をする。な、なんだろう。
陽菜子先輩が私を引き寄せる。耳元で、
「がまんは良くない」
って、ささやいた。
私は思わず先輩の顔を見つめる。
陽菜子先輩は、優し気に笑いながらも、どこか心配そうな顔つきだった。
先輩も、色々と事情を知っているから、なんとも心苦しい。
がまん、か。
してませんよ、大丈夫ですって、伝えたかった。嘘でも。
私は、小さく笑む。
「メイド服、渡しに行きましょうか」
陽菜子先輩は、目を少し見開き、そのあと、小さく頷いてくれた。よし、気分が変わらないうちに行こう。もう、お姉ちゃんと一樹先輩は、引退しているのだから、大丈夫。
私は千紗ちゃんにも声をかけて、3人でメイド服を段ボールに入れ直す。台車に乗せて、部室から出た。
ゴロゴロゴロと、台車の不安定な駆動音を耳にしながら、私たちは、お姉ちゃんと一樹先輩がいない陸上部の部室を目指した。