文化祭準備
午前の授業がやっと終わった。ほっとした気分も束の間、クラスで仲の良い友達が私の席に来ようとしている。皆んな、目を楽しげに輝かせて。
も、もう………! 休憩時間中に、何でもないって何回も説明したのに!
私は急いでお弁当を手に持ち席を離れた。教室のドアに向かう。
背中越しに名前を呼ぶ友達の声が聞こえるけど、止まりませんから!
「ぶ、部室で! 文化祭の準備しなきゃいけないから!」
少しだけ振り向いて言い訳と同時にドアを開けて廊下に出た。
早歩き。走りたいけど、がまん。
ほんと皆んな………、人の気も知らないで。
「しーほー! 待って待って!」
むっ。
っと、私の苛立ちがさらに顔をだす。横に並んだ千紗ちゃんに視線を向ける。
「うっ! お、怒ってる??」
そう言って、千紗ちゃんは苦笑い。えぇ、その通りですよ、発信源さん。
「ご、ごめんよ! 志保〜! だ、だってさ! 男子と指切りするなんて、見てるこっちはキュンとくるじゃないですか!」
「なっ………!?」
ちょっと!? 廊下で何しゃべってるの!?
私は慌てて千紗ちゃんに顔を向ける。千紗ちゃんは潤んだ瞳で、言い訳を続けた。
「しかも幼馴染で年上の先輩で! もうキュンキュンしちゃうじゃないですか! だからつい話ちゃって! さらにだよ! 相手が、かず、もがもが!?!?」
私は慌てて千紗ちゃんの口を片手でふさいだ。
それ以上は言わないの!! すれ違う人に聞かれるでしょ!
私はじとーっ、と千紗ちゃんの目を見つめる。
反省してるんでしょうね………!
千紗ちゃんは目をまーるく見開いて、こくこく! と慌てて頷いてくれた。右側に結んである短めのサイドテールも同じように動かしながら。
ほんとかなぁ………。
疑わしいけど、このままじっとしているのも気まずい。
千紗ちゃんの口元から片手を離した。代わりに千紗ちゃんの手を握り、廊下をまた進んでいく。
「志保っ! ありがと、許してくれてぇ〜」
「こら! ひっついたら歩きにくいでしょ! あと、目を離したらまた何かしでかすかもだから、捕まえているだけです」
「ええっ〜………、保護者みたいな? お母さん? おばちゃん? それとも、おばあちゃん?」
ぎゅうー。
「あいたたたっ! 握りすぎ! ごめんごめん!」
「分かったならよろしい」
2人でしばらく廊下を歩く。互いにお昼のお弁当を持ちながら。
文化棟の校舎まで来ると、文化祭の準備で忙しく動いている生徒が急に増えた。
「いや〜、皆んな働き者ばかりですなぁ」
「私たちもその一員になるんです」
「えぇー、お昼ご飯食べたら、ゆっくりしたい………」
「陽菜子先輩に怒られるよ」
「うぅ。あっ、でも陽菜ちゃん可愛いから………、怒られたいかも」
「なにそれ………、はぁ」
私は呆れつつも、陽菜子先輩が待っている手芸部の部室を目指す。
文化棟の端にある手芸部に近づくにつれ、生徒の数も減っていく。賑やかな廊下だったのが、2人だけ歩く足音に変わっていく。
「………、ねぇ、志保」
千紗ちゃんの静かな声音が、私の鼓膜を揺さぶる。思わず、立ち止まってしまった。
千紗ちゃんは、真っ直ぐに私の顔を見ていて。少しの間のあと、そっと小さな口が開いた。
「このままで、良いの?」
私の鼓動が、大きくなったのが分かった。嫌なくらい、大きく、動揺している。
「今年で卒業しちゃうんだよ、高3の人たちは」
千紗ちゃんの言葉が、胸の奥に重くのしかかる。いや、厳密に言うなら、そこにある含みが、私の心に強く引っかかって。
一樹先輩が卒業する。
「………、もうすぐ部室に着くね」
私は千紗ちゃんの手を離した。1人先に、部室の方へ向かう。
「し、志保っ!」
千紗ちゃんが慌てて私のそばに来た。
「来年は学校でもう会えないんだよ!?」
知ってる。そんなこと、言われなくても。
「だからさっ!」
なに?
「志保の気持ちをちゃんとーーー」
「い、良いのっ!! 今のままでっ!!」
私は大きな声を上げていた。自分でもびっくりするくらい。千紗ちゃんも、目を丸くして戸惑っている。どうしよう………。
静かな廊下に、2人だけ。
悪いのは、千紗ちゃん、だよね。また、一樹先輩の話を、蒸し返すから。だから、私も大きな声で言っちゃって………。だから、悪いのは千紗ちゃん。
………、ほんとうに? そうなの?
心の中に、罪悪感がある。
ほんとうに、悪いのは………、素直な気持ちを押し殺している、千紗ちゃんを心配させている………。
私自身。
ガラガラ。
すぐそばでドアが開く音がした。ハッとして、そっちに目を向けると、
もぐもぐもぐ。
文芸部の部長こと、陽菜子先輩が両頬を膨らませながら、お昼ご飯をもぐもぐしていた。
「んむんむ」
「「えっ?? な、なんです??」」
私と千紗ちゃんは、陽菜子先輩の口元に耳を傾けるため、少しかがむ。
ごくり。
と、美味しそうな飲み込む音が響いたあと、
「おそい………、はやく一緒にお昼食べよっ」
可愛い声で、私たちに告げた。うん、可愛い、陽菜子先輩。
「はい! そうしましょ、ひなちゃん!」
千紗ちゃんが、陽菜子先輩を持ち上げてそそくさと部室へ。
あっ、どうしよ、さっき怒鳴っちゃたこと。
私の心配をよそに、千紗ちゃんは、楽しそうな笑みを浮かべていた。それと、
くいくい。
陽菜子先輩が、私に向けて手招きをしている。………、可愛い。
私も少し笑ってしまった。………、ありがとうございます、陽菜子先輩。
私も2人の後に続いて文芸部の部室に入った。