丘の上にある神社
家の居間で、夕飯を食べているときだった、おばあちゃんが神社について話し出したのは。
「えっ? 丘の上にある神社?」
「えぇ。志保は知らないかい?」
「うん…………。えっと、お母さんは?」
「私も初めて知ったわねぇ~、……お父さんは?」
「…………、知らないな」
「あら、そう。でも……、仕方のないことねぇ」
おばあちゃんはそう言って、少し寂しそうな顔をした。でも、すぐにいつものふわっとした笑みを浮かべ、その神社について話してくれた。
私が学校に行く時、いつも素通りする小高い丘。その丘の頂上に神社がある、らしい。おばあちゃんが若い頃、私と同じ中学2年生のときには、よくお参りに行っていたそうだ。でも、もう地元の人でも、めったに行かないところになってしまい、来週の日曜日にその古い神社が――、
取り壊しになる。
「あら~、そうなの?」
お母さんのちょっと驚いた声を私は耳にしながら、おばあちゃんにどう返したら良いか迷ってしまい、「そう、なんだ……」と、ただ小さく呟いた。
急に静かになる食卓。なんだかすごく気まずい。
「その神社にね、連れて行ってほしいのよ」
「えっ?」
おばあちゃんの唐突なお願い。私に言われている気がして、気付いたら声を発していた。
おばあちゃんが優しい笑みで私を見つめてくる。小さな口を開いて――、
「ただいまっー!!」
と、お姉ちゃんの大きな声が響いた。
いつものことなのに、私はビックリして体を強ばらせた。
おばあちゃんも不意を突かれたみたいで目を丸くしている。
ドタドタと慌ただしい足音を響かせて、お姉ちゃんが居間に入ってきた。
「あっ! 今日トンカツ! やったー!! もうお腹すき過ぎてさ! がっつりしたの食べたかったんだよねっ!」
ニコニコ顔のお姉ちゃんが、ふと不思議そうな顔をする。
「あれ? なに? なんか静か過ぎない? あっ! もしかして私の分がないとか!? そうなんでしょ!?」
「そんなわけないでしょ」
騒がしいお姉ちゃんの頭に、お母さんの手刀がコツンと当たる。
「あいて」
「ほら、加奈の分も用意するから。早く手を洗ってきなさい」
「はいはい~。あっ、でも一切れ! トンカツを! 肉が食べたいです」
「手洗いが先」
「えぇ~! 無理無理! 食べないと洗面所の前で力尽きちゃう~。ねえ、志保!」
急に、お姉ちゃんが私の所にやって来る。ググッと顔が迫って来た。
「わっ!? な、なに?」
「志保~、一切れさ、入れて~」
そう言って、あ~ん、と口を開けてくる。どうしよう……。
チラッとお母さんに目をやると、入れてやりなさい、という呆れた感じの表情だった。
仕方ない。
私は、自分の分のトンカツを一切れ箸でつかんだ。そしてお姉ちゃんの口に入れる。
「んっ~!! んまい! 身に染みる~!」
お姉ちゃんはトンカツの美味しさに体を小刻みに震わす。
なんだろこの気分……、ひな鳥にご飯をあげる親鳥? と言えばいいのだろうか。
私がつい半眼でお姉ちゃんを見つめていたときだった。
「一樹くんに勉強をしっかり教えてもらったかい?」
ビクッ!
カチャン!
私はつい、おばあちゃんの言葉にお箸をテーブルの上に落としてしまった。慌てて持ちなおす。幸い、そばにいるお姉ちゃんは特に気にしていなかった。そのまま、おばあちゃんと話し出す。
「あっ、うん。そりゃもうばっちり。ほんと、しつこいくらい」
「ふふ、いいことじゃない。一樹くんは、良い子だねぇ~。ねっ……、志保」
「へっ……!?」
突然おばあちゃんが私に話しを振ってきた。おばあちゃんはくりっとした瞳で見つめてくる。私は慌てて口を開く。
「う、うん、私も、そう思う……」
すると、お姉ちゃんが苦笑する。
「もお~、志保。そんなこと言うんなら、あんたも勉強の道連れにするぞ~。というか志保も来る? あいつの部屋で2人きりだとさ、息が詰まるんだよね~」
「えっ? ふっ、2人っきり? あっ――」
私は思わず口を紡ぐ。何でそんな言葉を口から滑らしたのか。でもお姉ちゃんはいつもと変わらない明るい表情で口を開く。
「そっ。あいつ、私が問題解けるまで、部屋から中々出してくんないんだよ……。熱血教師か! って何回突っ込んだことか」
そう言って困った顔をするお姉ちゃん。でも、なんだか楽し気な表情で……。私はお姉ちゃんからそっと視線を外した。
そっか、一樹……先輩の部屋で、勉強してるんだ。2人だけで……、そっか、そうだよね。
「何か勉強の息抜きとかしたいなぁ~」
そう言うお姉ちゃんに、お母さんが声をかけた。
「じゃあ、おばあちゃんを神社に連れて行ってあげたら?」
「へっ? 神社? なにそれ?」
お母さんが、お姉ちゃんに、丘の上にある神社について説明をする。
「へえ~、丘の上にそんなのあるんだ。うん、全然良いよ。けっこう登らないといけないよね、あの丘。おばあちゃんの杖になりますよ~」
そう言ってお姉ちゃんは、おばあちゃんを見つめる。
おばあちゃんが頬を緩める。とても穏やかな表情だった。そして優しく、とてもイタズラ声音で呟いた。
「だ・め」
『……、へっ??』
私と、お姉ちゃんと、お母さんの疑問の声が居間に響く。そして――、
「神社には、志保に連れて行ってもらうわ」
おばあちゃんが楽し気に目を細め、私にそう言う。
えっ……、えぇっ!? 私!? な、なんで?
混乱している私をよそに、おばあちゃんがお姉ちゃんに声をかける。
「ふふっ、加奈はね、受験生でしょ。大学受験の勉強を優先させなきゃねぇ~」
そしてお父さんのとどめの一言
「……その通りだ」
お姉ちゃんが「えぇ~、そんなぁ~……」とちょっと弱音を吐いているなか、私はただ茫然としていた。
「だからね、志保」
「わっ!? はっ、はい!」
おばあちゃんに呼ばれて慌て返事をした。
「神社に、連れて行ってくれないかい?」
「あっ……、えっと…………、う、うん。わかった」
「ふふっ、ありがとうねぇ志保」
歯切れの悪い私の返事。でもおばあちゃんは嬉しそうに目を細めて、にっこりと微笑んだ。