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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

絶海崖の主

作者: 杉乃中うるふ

 

 ーーキューウキューウ


 空高く舞う怪鳥の声が聞こえる。優雅に飛ぶ怪鳥の下には島がある。人が全くいないような島に、一人の男が崖際に腰を下ろし5メートル下の海面に糸を垂らし釣りをしていた。

 

 「うーん、釣れんなー」


 ちっとも、深刻そうには聞こえないつぶやきである。この男にとっては暇つぶしなのだろう。

 

 無人島で()()()()にとっては今日を生きられるか死活問題であろうに、余程の能天気か無人島での生活に慣れているものだろう。後者であって欲しいものだ。


 「にしてもいい天気だなぁ、のだかな晴れ模様にはのんびりするに限る」


 能天気かもしれない。




 ードッドッドッドッドッ

 ーワァフワァフ


 こちらに駆けてくる音と鳴き声が聞こえてくる。振り返ると森の方から遠目でもデカいと分かる狼が、男をめがけて跳び込んできた。

 しかし、男に焦りはない。むしろ嬉しそうな顔だ。


 「おおっとと、タロ、どうしたんだ」

 「ワァフワァフ」


 大きな身体を押し付けてくる狼の名前はタルタロス、呼称はタロ。この地に生息する生物の頂点に君臨するモンスターがこの狼だ。

 体長2メートルほどの大きさに漆黒の体毛が覆われていて、光の当たり方で瑠璃色に輝いて見えるのが美しい。耳と耳の間に金色の一房ある。瞳は群青色で瞳の奥には知性が垣間見える。


 「ワァフ」


 大丈夫かと問いかけられる。タロは、心配性のきらいがあるからな。ありがたいことだけれども、俺は大丈夫だと伝える。

 その言葉にある程度納得したのか、ならいいと目をつむりその場に伏せる。

 


 海の風が吹き抜ける。そばを通る風に心地よさを感じつつ、この島について考える。

 この島は無人島。正確には俺が一人、島に住んでいるから有人島と言えなくもない。この無人島を俺は絶海崖の孤島と呼んでいるが、人がいないだけであって魔物が島中に闊歩している。過酷な環境なんだ、この島は。


 どんな過酷環境か。まずこの島の形は、中央クレーターを中心に円状に大地が広がる。和食器の深皿を裏返した形に近い。

 中央エリアを中心に東西南北エリアが分かれていて、その中央に隕石のクレーターのような凹んだ地域がある。

 中央エリアは、緑が生い茂り、強いモンスターが生息している。

 そして、シンボルような壮大な巨木に、圧倒される山が一つ存在する。

 東西南北エリアには、それぞれ環境特色が現れていて、これぞファンタジーと言えるだろう。



 また、どれぐらい生きるのに過酷か、大体の一般人(当時の俺を含む)の力が1すると、弱い部類に入るラビットが5。一般人5人でようやく倒せるレベルである。

 どれだけこの島で生きることに厳しいかわかるかと思う。

 ちなみに、異世界のモンスターで代表的なゴブリンは8くらいだ。集団でとなると危険度が跳ね上がる。

 そして、ドラゴンは500以上だ。一匹の子アリに攻撃されたことにも気づかないゾウ。それくらいドラゴンは強者だ。


 

 こうやってのんびりできるのも、異世界であろうこの絶海崖の孤島(世界)に降り立ったとき、死に物狂いで奴と戦い、スキル<ヒント>を知ることができたおかげで今まで何とか生きてこれた。

 もう一度やれと言われても無理だ。なんせ今まで喧嘩すらまともにできないのに、ましてや現代日本で命をやりとりする機会などない。初めて命のやりとりをしたと言えるのだから。




 ―本当に

  「いろいろあったな」


 男こと()()()は、タロを撫でながら異世界に降り立ったときのことを思い出していた。





◇◇◇◇

―異世界転移した時に遡る


 「…っ」

 

 沖田昴は、森の中で目を覚ます。キョロキョロと周りを見渡しながら、なんでこんなところにいるのか全くわからず途方にくれた。疑問符を頭に思い浮かべつつ立ち上がる。


 「どこだ、ここは?」


 覚えている記憶を思い出そうと思考を巡らす。最後に覚えている記憶では家で寝ていたはずなのだが、現在は森にいるこの状況。


 ドッキリか?いや、ないな。数少ない友人に、やる奴なんていない。そして、やる意味がない。

 じゃあ、寝てる間にふらりと家の近くにある森に歩いて来て寝たか。そんな寝相悪くない。

 では、これは夢の中なのか。あるいは限りなく低い可能性のある、流行りの異世界転移か…


 (夢だったら良いのになぁ)なんて思って、

 自身と周囲の状況を探る。


 「いたっ」


 頬を引っ張ってみた。普通に痛い。


(ていうか、夢かどうかの確認方法として真っ先に頬をつねることを選択した俺は何なんだろうな…)

 これで夢である線は消えたか…いや、そう判断するのは危険か。少なくとも楽観視できないな。


 まぁいい、次だ、次。


 「うーん、不思議だ。服も変わってる」


 起きた時も気づいていたが、服装が変わっている。家で寝ていたはずだから、寝間着のパジャマ姿だったはず(寝間着はパジャマ派だ)。ちなみに、いろんな表情のパンダがプリントされてるパジャマだ。

 それが、今はお気に入りのジャージだ。自分の数少ない服の持ち物でも比較的頑丈で、運動しても機動性が高い、フード付きのジャージ姿を着て運動靴を履いていた。

 なぜか服装が変わっていることに気にはなるが、あえて気にしないようにする。すでにおかしなことが多数見受けられるからな。


 身体も見るが目に見えるところで変わってるところはないと思う。


 「はーっ」


 腰を落として力んでみた。

 こう、身体の内から力がみなぎってくる的なこともない。体調に変化がなかったことにとりあえずほっとする。


 周囲の様子を探ると、やはり森だ。だが、周囲の木は明らかに日本の木じゃない。何の木か分からない。


 その場でグイッグイと踏みしめてみるも、地面の感触は妙にリアルだ。

 思えば立ち上がる時、手を地面について立ち上がったが、冷たくザラザラする土を触った感触は現実だと思っていた。だから、違和感を持たなかった。

 夢かと考えたのはその後。だとしたら、ますます現実…夢じゃないのか。


 そう認識すると不思議なことで、肌で森のマイナスイオン的なものを感じるし、森独特の雰囲気がこれは現実だと訴える。



 「どうなってんだよ、本当に異世界なのか」


 無理もない。ありえないことが起きているのを感じ取っているのだ。

 それと同時に、ドキドキとワクワク、不安。沖田昴は、異世界転移したんだと実感し、不安で押しつぶされそうだだった。



 気を取り直して、定番のステータスがあるか試してみようとしたその時、奥から音が聞こえてきた。


  ――ガサガサ


 「っ」


 音が聞こえてものすごくびっくりした。ビクッと音が鳴った方へと向く。


 薮をかぎわけて、此方に何か来る音がする。音がだんだん近くなってきて、何が来るのか、心臓バクバクで腰を構えて奥を見据えた。



 薮をかぎわけ出てきたのはゴブリンだった。


 「ギャギャギャ」


 「え?」


 (ゴブリンだと…)


 薄汚い緑色の体に異臭かがしそうな腰布、とんがった耳にギザギザの歯、不衛生な爪がある。手には太い木の棒。異世界や空想上の産物であるゴブリン、それが目の前にいる。


 「ギャギャ」


 「っ」


 ゴブリンは鳴き声を出す。警戒しているのか、残虐性を秘めた目でこちらの様子を伺っている。

 目を見て、この世界のゴブリンは友好的なゴブリンじゃないんだなとこちらも警戒する。


 嫌な汗が噴き出る。想定していても実際に遭遇すると、恐ろしいとかの感情が先だった。


 どうする。未知との遭遇で頭が回らない。どう対応すれば良いかわからなかった。

 とにかく必死に考えこの状況を切り抜けることだ。やはり、今がチャンスか?ゴブリンに動きがない内に先手必勝逃げるか、襲うか。


 が、やはり待ってくれなかった。



 「ギャガギャ!」


 ―襲いかかってきた

 ―走り迫るゴブリン

 ―跳んで頭上にこん棒を打ち下ろすゴブリンの一振りに


 (っ!)


 沖田昴は攻撃されるとっさの反応で左側に飛び転がった。か、躱せた。


 「はっはっ」


 躱せた。恐怖で身体が強ばっていたが躱す行動のおかげで次の行動をすることができた。

 逃走。すぐさまバタつきながらも立ち上がり、ゴブリンに背を向けて走る。


 マジで殺す気で来たよ。殺意ある一振り。ゴブリンの一振りでこん棒が地面にめり込んでた。殺意ましましじゃん。

 今し方、躱すという一つの動作するだけで心臓バクバクで息継ぎの間隔が短くなってもう既にきつい。


 「はぁっはぁっ」


 距離を取りたい一心で木々の合間を蛇行ししつつひたすら走る。


 まさか早くに逃走するとは思わなかったのか、驚愕して動きを止めていた。獲物と思った奴が逃げて怒りの表情に変化、追いかけてくるゴブリン。


 「ギィガァ、ガァガァァ!」



 チラッと振り返るとスタートダッシュが良かったおかげか、ゴブリンの追いかけてくる初動が遅れて距離を離すことが出来た。が、結構怒ってらっしゃる。こわっ。


 足がゴブリンよりもわずかだが早いのが救いだ。しかし、沖田昴は必死に走っている。けれど、ゴブリンはまぁまぁ必死に走っている。

 命の危機を脱したい人と狙った獲物を狩るモンスター。狩られる側狩る側の光景がそこにあった。


 まずい。どうにかしないとこのままだと息切れして捕まってなぶり殺される。

 どうする、どうする。何か、何かないか!…格上に勝つには奇襲しかない。


 そう奇襲だ。幸い相手にこちらの情報はほとんど持っていないだろう。それはこちらも同じだが。




 「ギャギャ」


 ここら周辺の森を熟知しているのか徐々に距離を詰めてくるゴブリン。縮めて来ていることに沖田昴は気づかない。


 慣れない森の全力疾走で足がプルプルするし息が荒くなってくる。だが、不思議と体の身体機能が上がっていると感じる。運動不足気味で長距離走れないほどだったはず。

 今は助かっているが、そろそろ限界。


 「はぁっはっはぁっ、ごふっはぁはぁっ」


 逃げ切る事は無理だ。少しの余裕があるうちに、一か八か戦闘覚悟で戦うことにした。その瞬間、知覚したことのない感覚が起きた。

 そして、いきなりの事に疑うことなく従った。


 それが功を奏した。


 "砂利で目潰し"

 正確には"砂利"と思い浮かんで、そこから自分で何をするか決める。そう、まさしく、ヒント。


 いつの間にかそばまで距離を詰めているゴブリンに驚いたが、沖田昴は走りながら土を手に取りゴブリンにめがけて投げつけた。


 ―――ズシャァ

 ゴブリンの顔あたりに見事命中。目に入り痛みが出るのか、ゴブリンは目元を必死にこする。



 よし、なんかうまくいった。

 距離をとって、痛みに苦しむゴブリンを警戒する。ギャーギャー叫びながら、もがいてるぞ。効果あったことに安堵しつつ、息を整える。

 今のうちに次の手を考えないと。と、また不思議な感覚が来た。


 "こん棒を奪い撲殺、石で撲殺"、正確にはこん棒・石と思い浮かび、やはり自分の思考から来ている。

 ……今度の感覚は躊躇した。

 知っていた。そこら中にゴブリンを殺せるものはあると。俺自身にそこまでの覚悟がなかっただけだ。そんな甘くない。

 この場を逃げ切ってもまた次がある、必ず。

 ならば今、この異世界の洗礼とも言える、殺す覚悟を…


 「ふーーーっ」


 今一度、深呼吸する。追い込まれている状況にもう終わってくれとも思うがそれは無理だ。やらなきゃやられる。だったらやるしかない、やる、やるぞ、やってやる、ふーーー、いくぞ!


 一気に走り出し、未だ目を擦っているゴブリンに跳び蹴りをかました。

 「とりゃっ」


 「グギャ」

 胸部に当たり、倒れるゴブリン。

 そして、そばにあった拳2個分の石を手に取り、両手で持ちゴブリンに振り下ろす。


 ―ドガッドガッ


 沖田昴は、無我夢中で振り下ろす。当たるたびに苦痛の鳴き声を上げるゴブリン。


 次第に鳴き声が小さくなっていく。けれど、ここで手を止めたら反撃されると理解しているためか、振り下ろす力を緩めない。


 「はぁー、はぁー」

 動かなくなったゴブリンを見て、終わったと安堵する。

 そして、ゴブリンは死に絶え戦闘はこうして終わりを迎えた。


 「…マジかよっ」


 …かに見えたが、ゆらりと立ち上がるゴブリン。顔の原型が崩れ大量の血液が顔面から流れて生きてるのが不思議なくらいなのだが、ふらりと迫りくるゴブリン。

 体力が削れて緊張の糸が切れた体を、死にたくない一心で後方へと足を下げる。

 しかし、ガクガクする足が上がらず、木の根っこにつまずき勢い良くずっこけた。

 そのおかげでゴブリンの一振りは、沖田昴の前髪を掠めるだけの空振りに終わり、その行為が最後の力だったのだろう、ゴブリン自身の一振りに踏ん張る力もなく振り下ろした形で倒れ動かなくなった。

 一時過ぎても動かないのだ。死んだんだとわかる。


 こうして、沖田昴の初戦闘は終わりを迎えた。


 森の静けさと沖田昴の荒い息が聞こえる。


(この世界は弱いものは食われる、弱肉強食だ)そう、世界に教えられたかのようだ。






◇◇◇◇


 ―――ワァフワァフ


 「ん、ああ、なんともないよ」


 異世界に転移して初日の出来事に思い老けて心ここにあらずだったからか、タロに心配された。

 大丈夫だと美しい毛並みを撫でる。


 時折、ふと考えることがある。

 今に至るまで何とか生きて来れた。当初はぬくもりがなくて夜は寂しかったけれど、タロや他の子に出会ってからは楽しかった。食べ物がなくてひもじい思いをしたり、生存を賭けて死闘したりもした。本当、良くて生きてこれたよな。

 微風が吹く。シャツがめくれ腹部に大きく抉れた一筋の傷痕が見えた。余程厳しい戦いだったことがうかがえる。


 沖田昴はぼーっ遠くを見つめる。

 かれこれここにきて2年近く経つ。環境に慣れて、島中冒険して、拠点になる家を建てた。これ以上ここにいても目新しいものがなくて変化がない。

 それはまだ良い。今の生活がそれなりに気に入っているから。


 何より人を見たい。会話しなくてもいい、認識されなくてもいい。ただ、同族、人がいるという安心が欲しいのかもしれない。もちろん、タロたちがいて全く不満がないがそれでもモンスターであって人ではない。

 人がいなくても生きていけるが、人のぬくもりを知っている事でそういった欲求が出てくるのだろう。



 「(この向こう側に世界があるのなら見てみたいしなぁ、旅、しようかな)」



 と考えふける。そのたびにタロがしっかりしろと吠える。それを幾度か繰り返し、島を出る決意を固めた。

 

 「ようし!決めた、島を出るぞ」

 そうと決めれば島を出る準備をしなくてはと、いきり立つ。

 主の気配が変わるのを見たタロは、伏せて前足の上に顔を置いてうっすら眼で寂しさと呆れた視線をよこす。タロはこの島から出られない理由があり一緒に出る事は叶わない。


 「よし島を出て美味しいもの食べるぞ、じゃなくて人に会いに行くぞ」


 つい胸の内に秘めていた本音が出てしまった。タロの表情がおいおい大丈夫かと出ていた。



 きっと想像を遥かに超える素晴らしい世界が待ち受けているはずさ。今からわくわくする。

 テンション上がって雄叫びあげながら駆け出して家のある方角へと森に帰っていった。




 

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