第八幕 屋敷の掃除
あれから三日。
師匠に自分の部屋を与えられて屋敷に生活をするようになっていた、とある日のことだ。
「……本当に汚いなぁ」
蜘蛛の巣が張って、埃や鼠たちがたくさんあるこの屋敷は本当に広いのと同時に、汚い!! シンデレラが掃除しなかったら、あの姉も継母もみんな路頭に迷ったんじゃないか?
なんて言ってやりたいくらいに汚い。というか、アーテルがこんなに自堕落な魔女だったとはさすがにミラさんからも聞いてないんだよなぁ。
「ん? どうした?」
「……掃除を、しようかと」
「うんうん、弟子なら当然だよなぁ? でも、鼠も蜘蛛も駆除しちゃダメだよ。アタシの使い魔ちゃんたちだからねぇ」
……アーテル、いいや、師匠は私とアタシを使い分ける傾向がある。
おそらく私は余所様用で、アタシで男口調っぽいのが素なんだと個人的に認識している。
彼女は師匠と名乗りながらも、魔法を教えたりすることは特別ない。
もし使えるのなら使ってみたいと少年心が疼くが、ある単語を耳にして師匠に聞き返す。
「使い魔? 使い魔って、あのファンタジーなら王道の!?」
「……物語や英雄譚で、使い魔を使役しない魔法使いほど珍しい物はないだろう? 何さ、その反応は」
って、俺ファンタジーな世界どころか異世界にいるんだった。
アーテルはテーブルに手を置くと蜘蛛を自分の手の甲に誘ってテーブルから手を離す。
愛おし気にリップ音を立てながら、蜘蛛に魔女は口付ける。
ひぃ!! と全力で戦慄する俺を見て、キヒヒと彼女は笑った。
「何ぃ何ぃ? お前虫嫌いなのぉ?」
「い、嫌、虫にキスとか普通出来ないというか……」
「使い魔に褒美を与えない魔女なんていないよ、この子はアタシのために屋敷周辺に出てくる馬鹿ガキ共を追い払ってくれるんだからねぇ」
「追い払う……?」
「一応、ここは廃墟だけど火や水も使えるから、ふざけてくる奴らがいるの。でぇ、もしいた時、麻痺毒でシビラせてやるのさぁ」
クククと喉を鳴らして笑う彼女は、まさに魔女だ。
いや、この世界で一番恨まれている魔女なのは確かだけど……だとしても、背筋が凍りそうだ。
「お、鬼……!」
「魔女は鬼じゃないだろう? 怖ーい魔女さ、君のお師匠様だよぉ」
クスリと蠱惑的に微笑むと、彼女は壁に蜘蛛を逃がして俺の顔を覗き込む。
猫撫で声で近づいていき俺の唇に右手の人差し指を当てる。
何か、血の臭いがするような……?
「お前はぁ、アタシの弟子。あの子の方が先輩だから、もし優しくしなかったらぁ……」
「し、しなかったら?」
「ッヒヒ、どうしてやるかねぇ? どうしてやるかねぇ? 期待通りの結末、見せよっか?」
それ、俺が死ぬって流れじゃないですか。
と、突っ込みは入れられない。下手に師匠に突っ込みを入れたら、あっさり切り捨てられないからだ。
「……お断りします」
「釣れないクソガキだねぇ……ま、いいけどさぁ」
「ちなみに、指に何を付けてるんですか? まさか、化粧とかじゃないですよね?」
「んー? アタシの血だよ?」
「ひっ!!」
声を上げると周囲がどろどろとした黒い光が現れ始める。
俺は思わず目を閉じると、何も襲ってくることはなくゆっくりと目蓋を開けた。
そこに居るのは自分の唇に人差し指にある血を軽く塗るアーテルがいた。
「え……?」
「今のはお前がアタシの弟子になったっていう証拠を与えたの♡」
「……やりかた怖すぎません?」
「魔女らしさが出て怖かったんだろう? ねぇ、坊や」
アーテムはそう言うと、身体を伸ばして扉の方へと歩いて行く。
「それじゃ、掃除は虫たちと鼠たちの邪魔しないようにー……アタシはもう寝るよぉ」
「わ、わかりました」
師匠はあくびをしながら、その場を去った。
箒を持ちながら寛樹は立ち尽くした。
「どううまく掃除しろってんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そこに、俺の咆哮が響き渡ったのはまた別の話。