第七幕 新しい自分の部屋
「んじゃ、アンタの部屋に案内するよ」
「え? いいんですか?」
「当たり前だろ? 弟子に部屋を一つも与えないような狭くてズルい女じゃないのさ、アタシは」
師匠と一緒に階段へと上がっていく。
蜘蛛の巣がビッチリと張り巡らされているこのクロウ邸は、本当に廃墟にしか見えない。
海外の貧乏な人間でも、こんなぼろっぼろな屋敷で済むのと特定の場所で段ボール生活があるとするならば、どっちを選ぶのだろう……? それとも、師匠がズボラなだけ、なのか?
「今、アタシのことズボラって思ったろ」
「え? あ、いや……思いました」
「うん、素直でいいね。嘘を吐いたら下を引っこ抜いて犬たちの餌にしてやったところさ」
「っ、……気を付けます、ね」
ひぃ、怖い。やっぱりこの人魔女だ!!
口調とか、男勝りな感じだったり、魔女っぽく怪しかったり。
魔女だから、こんな感じなのか……? それは師匠とは違う魔女たちに対しての偏見に当たるんだろうか?
「ここがお前の部屋だ、好きに使いな」
開かれた扉の先には、こじんまりとした室内で、あまり広々としていない。
……ミニマリストを自負しているわけではないが、あまり物欲が強いタイプじゃない自分にとっては生活するには困らない程度だが……埃まみれだし、汚い。
これは後で掃除する必要があるな。
「ありがとうございます」
「使いにくかったら、自分で片付けな」
「わかりました」
扉を閉じられ、俺はボロボロの衣服の裾を上げる。
「よし、頑張るぞ!」
今日から、ここが俺の部屋。
なら、俺好みに、屋敷の中よりも清潔になるように片付けよう……よし!!
寛樹は新たな自室を徹底的に掃除に取り掛かった。
「おーおー、綺麗な物じゃないか」
「どうですか? 完璧でしょう?」
師匠は感心した声で室内を見る。
寛樹は満足するまで徹底的に掃除された部屋はアーテルの屋敷の中で一番の綺麗さを誇っていいだろう。と、寛樹は自慢したい気持ちになっていた。
「……っぷ、メンタル大人のお前が、よく言う」
「え? あ……そ、そういうつもりじゃないですよ!? 俺は、大人ですし……っ、そ、そういうつもりじゃ、なくて、あの、その……っ」
「はっはっはっはっはっは! そういうことにしておいてやるっ、くくくっ」
爆笑して腹を抑えている師匠に寛樹はむっとする。
笑われるために掃除したわけではないからだ。
「だが、どうせなら身なりを整えろよ……ほいっと」
アーテルは人差し指でオーケストラの指揮者の指揮棒のリズムの感覚で指を振る。
「え? な、何を」
「どうせなら髪を切るぞー」
「え!? う、うわぁっ」
アーテルは瞬間移動の魔法を使ったのか、無詠唱で庭の方に出る。
気が付けば自分は散髪用の布を首に巻かれ、小綺麗な銀の鋏を握った彼女に怯える。
「い、痛くしないでくださいよ!?」
「えぇ? その言い方だとひどくされたい、って意味とでも言いたげだなぁ? えぇ?」
ジョキン、ジョキン、と鋏を構える師匠に寛樹は怯える。
「わ、わざとやらないでくださいよっ」
「はいはーい、動くなよー? 手元が狂って先が頭とか目玉に刺さるぜー?」
師匠はあっという間に俺のぼさぼさ頭を整えていってくれた。
「……随分ばっさり切ったんですね」
「いいだろー? 学生になったらスマートな男の髪形は覚えるべきだぜ? デーシ♡」
寛樹は手渡された手鏡を確認しながら、自分の髪形を見つめる。
ぼさぼさだった髪は綺麗に整えられ、さっぱりとしたショートカットになった。
「……ありがとう、ございます」
「んー? なんだってー? 聞こえなかったなぁー? もう一回言ってくれない?」
「……なんでもないです!!」
師匠に感謝を素直に言えないのも、きっと彼女の人徳の問題だ。
ということにしたい、うん、しないとなんか負けた気分になる。
こういうタイプの人物に素直になれるのは、素直すぎる人物ではなかろうか。
……いいや、不可能だろうな。この人には。
「んじゃ、今度服は……こんなもんだろ」
「え? うわ!! ……すごい」
師匠は指を鳴らしたかと思えば、一瞬で俺の格好は変化した。
おろしたての新品のスーツ並みに綺麗な白いシャツ。とグレイのパーカー。
黒のズボンと赤いラインが入ったスニーカーに変わった。
シンプルイズザベスト、ってスタイルだ。意外と師匠の趣味は悪くないのかもしれない。
「スラム街に戻る時はこの指輪を持ってろ」
パチンと指を鳴らす師匠に、寛樹は自分の右手の薬指に指輪がされていることに気づく。
デザインはシンプルで十字架の模様が刻まれている。
宝石とかそういう類のない装飾がされたシンプルなデザインだ。
「え、っと……なんですか? これ」
「それは憧憬の腕輪ロンギングだ。お前が普段持たなきゃいけない荷物を代わりに持ってくれる……お前が魔力量の操作が完全になった時、無制限になるようにしてある」
「は!? そ、そこは無制限のままの状態なんじゃ!?」
「はぁ? アタシの気分を害して自殺したい? あぁ、あぁいいさいいさ。お好きなように、マイリトルボーイ……覚悟があるなら頷きな?」
師匠は鋏の刃を俺の首に宛がう。ぎりぎり刺さらないように配慮しているが、怖い。
魔女は気まぐれなのだから当然だ。だからこそ、なお言わなくてはならない。
「……理由を知りたい、ってだけです」
「はん、無制限にしてほしいなら経験を詰めっつってんだ。その時初めて無料のありがたみが分かるってもんだろ」
「はぁ……なんか、わかったようなわからないような」
「とにかく、それお前のだから大事にしろよぉ? 大事にしなかったら……バクゥ!! って食べてやるからなぁ」
「わ、わかってますよそれくらい!」
「ふふふ、その減らず口はどこまで続けられるかねぇ、楽しみだ」
「……勝手に言っててください!」
……まぁ、これで髪形と衣服は整った。
自分の髪や瞳、肌を変えれなかったけど、そういっている場合じゃないな。
俺はとにかく、この世界を生き抜かなくてはいけないんだ。
そのためにもこの世界の情報を収集しないと。
寛樹は真面目に今日の晩御飯に取り掛かるのだった。