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転生者の御伽噺世界(フェアリーテイル)  作者: 絵之色
第一章 最初の白紙頁
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第三幕 アップルパイ作り

 何年かたってそうな家が見えると、老婆は俺を呼ぶように手で誘う。


「来な、坊や」

「……っ」


 バスケットに入っていたリンゴが最後の一個になったのを見て、すごく不審に思ってしまう自分がいる。最初は、普通に優しい人だと思ってみていたけど……あんなに食べ物を配り歩いている人のところに来ても大丈夫なのだろうか。この人が怖い魔女なら俺を食べるためにリンゴを渡したのでは? もしくは、違う方を考えるなら、それくらい余裕なくらいお金があったりする……としか考えられない。

 行くのに戸惑っていると、老婆は最後のリンゴを自分で一口食べた。

 シャク、と美味しそうな音を立てて。


「うん、美味いね。アンタもお食べ」

「え、でも……」

「一個は食べたんだ、他にもう一個食べても同じことさ」

「……」

「アタシも食べたんだから、毒はないよ」


 老婆は俺に向かって、また差し出してくる。

 ごくり、と唾を飲み込む。

 俺は老婆に近づき、最後のリンゴをもらって口にする。


 ――――ああ、ほんの少しとはいえ腹が満たされていく。

 

 死ぬ前はリンゴなんていくらでも食べれたのに、今は無性に愛しくなる。

 渇き切った喉が、果汁でゆっくりと潤っていくのを感じる。

 ……しかし、どうしてこの人はあんな人通りも少ないところにいた俺にリンゴを渡してくれたんだろう。他の子たちに配ること自体は、別に駄目なことではないとは思うけど。


「ほら、おいで。坊や」

「……は、はい」


 俺は老婆に促されるまま、建物中に入っていく。

 中は外から見えてもわかるように木造で、木の優しい匂いが香ってくる。

 リビングなのか、横の方にはガラス張りの窓から見える庭が見える。

 リンゴの木がいくつもなっているのが見えたから、おそらく本当に慈善活動をしていただけなのだと悟ると、心から安堵した。 

 台所のところに老婆が言ったので、後を追いかける。


「……っ!」


 ……魔女の家らしく、真っ黒な大釜があるのを見て絶叫したくなる衝動を口元を手で押さえることで無理やり抑え込む。

 彼女は、何が目的なんだ……?

 老婆は唐突に大声をあげて、手を二度叩く。


「さーて、今日もはりきって作るよ! 子供たち、隠れてないで手伝いな!」

「子供、たち……?」

「「「「はーい!」」」」


 彼女の言葉で急に一斉の子供が声を上げる。

 どこから現れたのか、さっきまでスラム街でいた少年少女たちが部屋に集う。

 まるで俺が入ったのを見計らうために近くにいたのかとさえも思う。


「ミラばあちゃん! 今日は何作るの―?」

「アップルパイだよ、庭でおいしいリンゴができたからね」

「えー、またかよー」

「文句言わないの! いらないならアンタの分アタシが食べちゃうから!」

「なんだと!?」

「二人とも、やめなよー……っ」


 勝気そうな少女が、同じく勝気そうな少年と睨み合っている。

 仲裁役に入ろうと思ったのか、おどおどとした少年は困っている。


「みんながアップルパイを作ってくれたら、あたしは別のを作っておいてあげようかねえ」

「マジで!? 絶対だぞ!」

「楽しみー!」

 

 さっきまでの険悪な空気がミラさんの言葉ですっかり明るい空気に変わった。

 子供の扱いに慣れてるな、ミラさん。

 俺は仲裁役に入ろうとした少年に、声をかける。


「え、っと……大丈夫……?」

「う、うん。いつものことだから」

「そっか、じゃあ君もアップルパイを食べるために来たの?」

「う、うん……そうだよ」

「君ってなんだよ。お前貴族の息子かなんかか?」


 目つきの悪い少年が、不審げに俺を見て言う。

 困った俺は、どう言えばいいか濁すしかなかった。


「違う、かもしれない……たぶん」

「はっきり言えよ、男がもじもじしてんのカッコ悪いぞ」

「感じ悪いこと言ったらだめでしょ! その子困ってるじゃん!」

「るっせーよ! バカ女」

「こら!! 喧嘩するなら今日のアップルパイはお前たちにはやらないよ!!」

「やな感じなこと言うこいつが悪いよ!」

「だってこいつが!」


 喧嘩を始める二人にミラという女性は怒鳴る。

 それでもと二人は互いに罪を着させる。


「まず、あたしに対してのごめんなさいは?」

「「……ミラおばあちゃん。ごめんなさい」」

「じゃあ、坊や。その子にはもちろん謝るんだろうね? この家では貴族や平民のことを言わないと約束したはずだろう?」

「え、えっと……ミラさん。俺、気にしてないから」

「……悪かったよ、ごめん」

「もっとはっきり言いな」


 少年は顔を下に向きながら、ぽそりと小さな声で俺に言った。

 ミラさんは少年にじろりと見る。


「……勝手に勘ぐって悪かったよ。ごめんなさい」

「こっちこそごめんなさい。言葉を選べてなくて」

「……仲直りはできたね?」


 ミラさんはもう一度パンと手を叩く。

 大きな声で、彼女はみんなに宣言した。


「それじゃあアップルパイを作ろうか。みんなーリンゴを剥いておくれぇ!」

「「「「はーい!」」」

「……ほら、台所行くぞ」

「あ、うん」


 みんなでリンゴの皮を剥きながら賑やかな空気に、なんだか小さい時のことを思い出す。

 母と一緒に食べたアップルパイは、最高に美味しかったよな。

 俺より先に母さんは死んで、最終的に自分まで死んでしまうなんて……親不孝者だな。

 夢を挫折して、最終的には社畜になった俺がこの世界にいるのは、まだある意味夢でも見ているような気さえした……格好が悪い。いいや、死ぬことに格好悪いもクソもないか。

 でも、先輩は助かったのかな。そうであってくれたなら、いいのだけど。


「どうしたの? アンタ」

「え? 何?」


 さっきの勝気そうな少女よりも勝気で賢そうな少女が、不思議そうに俺の顔を覗きながらリンゴの皮をナイフで剥いている。

 何か、変な顔でもしていただろうか。 


「落ち込んだ顔をしてたら、食べ物にも悲しい気持ちが移っちゃうのよ。笑いなさい」

「……うん、ありがとう」


 少女はそういうと、彼女自身が剥いているリンゴの方へ視線を向ける。

 少女の言葉で、俺はさっきまでの思考を首を振って消す。

 せっかくのデザートを食べられるんだ、みんなの前で暗い顔なんてしてられないよな。

 そうして、みんなで全てのリンゴを剥き終え砂糖をたっぷり入れたリンゴたちを大釜に入れた。

 それぞれミラさん以外の自分たちが順番にゆっくりと煮詰めて、休憩している間にそれぞれ子供たちはミラさん特製のパンを食べながら時間を過ごした。

 リンゴを煮詰め終わって、大量のリンゴのコンポートを作り終えるとたくさんのまな板をみんなの前に置く。打ち粉というものをしたら常温に戻したパイシートたちを切り分けていって、フォークで穴を開けていく

……うん、この作業たまらん。

 ストレス溜まっている時にやると、結構すっきりしそうだなーなんて思いながらたくさん穴を開けると、ミラさんは俺やほかの子供たちにそれぐらいでいいよ、と言われ手を止める。

 後は残りのパイシートを被せ、フォークの縁で押さえ付けてから、刷毛(はけ)でみんなで割った溶き卵を塗りたくる……後は全部オーブンで焼くだけだ。

 漂ってくる匂いにまたお腹が空いてくる。


「どうだい坊や、アップルパイを作るのは楽しかったかい?」

「はい、とっても」


 ミラさんが話しかけてきたので、俺は迷わず頷く。


「なんか、いいですよね。こういうの」

「そうかい、楽しかったなら何よりだよ」


 こんな大勢で料理するなんて学校以来だなと思いながら、少し感傷に浸ってしまう。

 家庭科の時に貴明と同じ班で作ったデザート美味かったなぁ……なんて、懐かしさがこみあげてくる。

 ミラさんは俺の頭をそっと撫でた。


「後は食べるだけだね、できたらみんなで食べようじゃないか」

「……はい」

「ミラばあちゃーん! もう開けてもいー?」


 他の子供に呼びかけられたミラさんは俺の頭を撫でる手をやめて子供たちに注意する。


「まだだよぉ、焦ったらだめさ、じっくり待つのも大事なんだよ」

「えー? まだー?」

「まったく(こら)え性がないねぇ、自分たちのイスとテーブルの用意しなぁ、返事はー?」

「「「「はーい!」」」」


 唯一この中で大人のミラさんは慣れた様子で子供たちに指示する。

 みんな手を挙げてそれぞれ役割分担を付けて行っていく。

 子供たちはもう食べたくて食べたくてたまらないようだ。


「ほら、坊やもおいで」

「わかりました」


 アップルパイができるまで、外の方にもイスとテーブルを置いてアップルパイが焼けるのを待つ。

 結構な人数のイスとテーブルを用意したが……うん、20人くらいいるから当たり前か。

 それぞれその場で食べたりする子供や、まだあるパンたちも頬張ったりする子もいて、とても賑やかだ。そんな俺は庭の方で一人ぽつんとアップルパイを食べることになった。

 正確に言えば、ほとんどの席を他の子に譲っていたらこの場所になった、というのが正しいか。


「ねえ、アンタ」

「ん? 俺?」

「アンタ以外いないじゃない」


 さっき、俺と一緒にリンゴを剥いていた女の子だ。

 わざわざ俺の座っている席までやってきて、イスを置いてからアップルパイを乗せた自分の皿をテーブルに置く。他の子より小奇麗という印象を抱くのは、おそらく必然だろう。

 彼女以外に青い瞳の子はいるようだけど、金髪の子はこの場には誰もいないのだから。

 

「君は?」

「名前なんてないわ、ほかのみーんなもそうよ。ミラおばあちゃんは例外だけど……アンタはあるの?」

「……気づいたらここにいたから、あまりわからないんだ」


 この世界での、俺の名前は知らないしとは後付けしないままアップルパイを一口食べる。

 正確に言えば、地球での自分の名前は覚えてる、といっても通じるかどうかもわからないジョークで終わるのは目に見えている。相手は今の自分と同じくらいの年の子なのだ。

 だから、もし言うとするなら……あの人以外には聞き出せないだろう。

 ちらりとミラさんの方に視線を向ける。

 他の子たちと楽しそうに話をしながらアップルパイを食べているようだ。

 少女は小声で俺に説いてくる。


「敬語だったら使わなくていいわよ、ミラおばあちゃんの前ではそれでもいいけど、アタシそういう堅苦しいの苦手なの。使い分けは大事だけどさっきの子みたいに違和感を持たれたくないならそうしていくべきよ」

「……わかった、助言ありがとな」


 随分と精神年齢が高そうな子だ、嫌いじゃない。

 少し意外だったから思わず面食らってしまった。

 少女は上品にアップルパイを食べながら俺に視線を送る。


「アップルパイ食べ終わったらアンタと話したいことがあるんだけど、いい?」

「……明日にしてもらえるかな、今日はミラさんに聞きたいことがあるんだ」

「そう、じゃあそうしておいてあげる。ミラおばあちゃんに変なこと吹き込んだら蹴られる覚悟でいなさい、いいわね」

「そうしておくよ」


 夕暮れになって、それぞれの子供たちが元の場所に戻っていく。

 あの少女も俺とミラさんに手を振って去っていった。

 最後に俺とミラさんの二人だけになる。


「アンタは戻らないのかい?」


 心配そうにミラさんは俺に声をかける。

 俺は勇気を出して彼女に問いかける。


「……ミラさんに聞きたいことがあるんです」

「何をだい?」

「――――この世界は、地球ですか? それとも、まったく違う名前の異世界なんでしょうか」


 今の自分にできる限りの勇気を振り絞り出した、彼女への質問だった。

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