第二幕 目覚めた場所は……
目を見開いて、さっきまでいたはずの会場と違いアジア系の織物に似た布でできた天井が見える。
「あ、れ……俺、生きてる」
声変わりしていない子供の声が、口から漏れたのを感じた。
腹に刺されたナイフの感触がないことにも不思議に思いながらも起き上がる。
「さっきまで、俺死んでた、よな……、?」
起き上がって自分が寝ていた場所がハンモックだったということと気付く。
しかも部屋というより、板と布で作った秘密基地みたいな感じというか。
落ちないようにそっと地面へ降りると、自分の足が素足だったことにも驚いた。
自分が着ている衣服も見ると、かなり薄汚く材質の悪いシャツとズボンだ。
……いや、それだけじゃまだわからない。冷静に推理するためにはまず情報収集だ。
腹に手を当て一度確認してから視線を足に向けて数回地面を蹴る。
「腹は痛くない、地面の感触もある……ということは、これは、どういうことだ?」
華奢なくらいに小さくて細い手足も、声も変わってることも、全部おかしい。
作家を目指そうとしていた俺じゃなくても、この状況に混乱しない人はいないはずだ。
もしかして、会場にいたアイツの仲間に連行されて外国に連れてこられたとか?
いいや、だとしても多少の説明があの刃物野郎がしたりするのではないだろうか。
うん、余計混乱するだけだな。一回落ち着こう。
ふと横を見ると上の板が取れた雨水らしきものが溜まっている樽が近くにあるのを見つけた。おそらく、飲み水か顔を洗うため用の水だと推察した。
とりあえず、今の自分の顔がどうなっているのか知らないと、怖くて誰かに話しかけられない。
樽の縁に手を付けて覗き込む。
「……うわぁ、俺じゃない奴が映ってる」
瞳の色と髪の色はどちらも黒いが、髪がぼさぼさで清潔感がない。
腹を刺される時の俺とは別人だと告げられているのは明白だった。
……現状をすべて受け入れられるはずがない自分は、とある一つの答えが頭を過る。
それを仮定するためにも、この場所か土地の名前が、せめて知っている名前ならばいいのだが。
「なんだかお腹空いたな……なにか食べ物を探さないと」
とにかく、ここがどの場所なのか知るために、街を探すことにした。
細い路地を見つけ、走っていく。
周囲を見渡すとまるでニュース番組はバラエティ番組で出てきたりする貧民街のような場所のようなのは窺える。
小さな子供たちが、こちらを睨みつけているのが心の中の良心を削られ行くのを感じた。
そしておそらく大通りに出たのか、目に入ってきた光景に、驚きを隠せるのは不可能だった。
「………………嘘、だろ?」
おそらく、貧民街を抜けたと思ったら、海外の出店に似た店がそれぞれ並んでいる。
しかし、驚くところはそこじゃない。
普通の人間もいれば、犬や猫みたいな耳と尻尾をした人もいた。
そう、しかも尻尾も耳も揺れてるし、動いていた。目の錯覚などではないはずだ。
しかも、ファンタジー漫画に出てきそうな傭兵とか、魔法使いみたいな恰好の人だっている。
ああ、これは完全にコスプレ、なんて言葉で隠しきるのは不可能だろう。
余計頭が混乱してきた。
「ここ、どこだ? 俺は誰なんだ……?」
俺は、脳内の処理が追い付かず倒れそうになると、強面の男性の腕とぶつかってしまう。
「痛って、ぼーっとしてんなや、クソガキぃ!!」
「す、すみません……」
舌打ちをして去っていく男性に、素直に謝る。
ああ、怖い。貧民街の子供って、こういう恐怖何時も味わってんのか。
家、おそらく秘密基地らしきものに引きこもりたくても、食糧不足で普通に餓死一直線だ。
とにかく食べ物を探そう、まずはそれからだ。
最初にどうやって腹を満たすか方法を巡らせることにした。
一つ、とりあえずスラム街の子供らしく盗む。
それは店の人から出禁をくらってしまう可能性も高い。後々、後悔するのは間違いないだろう。
二つ、金を稼いでから食事をする。
一番理想的だが、俺はこの世界のことを知らないしできるかどうか怪しい。
一番楽なのは、盗むことなんだろうが……まあ、それは最終手段にしよう。
「うーん……まあ、情報収集が先か」
とりあえず、自分がスラムの子供だという特権を使って他の子供たちから話を聞こう……聞き出せるかどうかはわからないが試してみないことには始まらない。
まず自分の家近くにいた子供たちに声をかけてみることにした。
気弱そうな怯えている子や気が強そうな自分を睨みつけてくる子たちもいたが、話しかけようとすると無言で無視されることが多かった。
他に声をかけてくる子供もなく、一度俺は家に戻った。
「はぁ……」
ぐぅうううう……空しく腹の音が響く。
何か食べないと餓死するだろうし、スラム街の子供が仕事をもらえるとも思えない。
このまま、死ぬのだろうか。
「はぁ……お腹空いた」
ぼそりと呟いても誰も答えてくれる人はいず、ただこのままでいたら本当に餓死してしまうだけだ。地面に座り込んだまま、俺はため息をつく。
太陽の出方的におそらく昼くらいなのがわかる。
とりあえず、誰かに声をかけに行くしかないよな……はぁ。
「腹を空かせてるのかい? 坊や」
「え……?」
俺に声をかけてくれたのは、薄汚い衣服をまとった老婆だった。
彼女は腕に持ったバスケットから真っ赤な美味しそうなリンゴを一つ取り出して、俺に差し出す。
「とりあえずこれでも食べな」
「あ、ありがとうございます……!」
俺は老婆から渡されたリンゴを手に取る。
老婆は一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔を浮かべる。
この世界でのはじめての食事だった。
一口、カプっと噛りつく。
リンゴはとても甘くて口の中が蕩けるというのはこのことかと思った。
無性に腹を空かせた腹にとって、それはリンゴだろうと食えるなら一緒だった。
気がつけば、すぐに食べ終わってしまってまだ腹が満たされないのを感じる。
俺は申し訳なくなって老婆に謝る。
「ご、ごめんなさい。全部食べちゃって……」
「大丈夫だよ、一個くらい平気さ。こういう時は、ありがとうって言うもんだ。覚えておきな」
「で、でも……」
「お礼は、人生でとっても大切なことなんだよ。礼を欠く奴はあたしは嫌いだ」
「……ありがとう、ございます」
「じゃあ、アタシの家に来な。もっとうまいもん食わせてやる」
「いいんですか……?」
「もちろんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
老婆に俺はお礼を言うと、彼女は笑う。
老婆の後をついて生きながら、彼女が他の子供たちにもリンゴを分け与えているのを見て、ああこの人は優しい人なんだなと、深く思った。