第一六幕 オービスの冒険の始まり
オービスは屋敷の掃除を欠かさず、魔力を全身に巡らせる練習を習慣化させていった。
ふと、師匠の屋敷の中で一番綺麗な部屋に当たる書斎は、本がたくさんあった。
師匠に屋敷の案内をされた時に、意外だなと感じたのも懐かしい。
「みんな基本英語なんだよなぁ」
書斎にある書籍は皆ほとんどが英語の字で綴られている。
英語は多少勉強しているから読めるが、なぜ異世界なのに英語? と突っ込みを入れたくなったが……異世界であるはずなのに、現実世界の物語の作品群たちが集まったファンタジックな世界なんだよな、ホロウガーランドって。
……どれだけ推測しようとしても、俺はあくまで日本人。
海外のお決まりの英語の文法などは知っていても、方言に近い細かい言葉まではわからないのである。基本的には一般的な文法ではあるけど、たまに全然知らないような単語も見受けられる。
基本的に海外の童話は好みの翻訳家の小説を読めば楽だしな。
本来なら、原文を読みたいと思うがどうも自分で読もうと思うとこれでいいか不安になったりする。
「ん? なんだ? この本……」
オービスはとある本を手に取る。
表紙はモノトーンで中央に白い扉がある本だ。
表紙の白い扉が開くのを感じると、オービスは光に包まれる。
「うわっ!! 何――」
オービスは白い扉に吸い込まれ、表紙の扉は閉じる。
「……ん? なんだ?」
オービスの気配が消えたのを感じた魔女は眉を顰める。
『マジョサマ、シンパイ?』
「大丈夫だよぉ、クーちゃん。可愛い子には旅をさせよ、ってことわざがあるからねぇ……まぁ? 可愛い弟子は谷底へ突き落せ、って奴か」
魔女は紅茶の飲みながら怪しく笑う。
「……さぁ、アタシを楽しませろよぉ? デーシ♡」
魔女は蜘蛛と戯れながら満面の笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇
「……いてて、なんだ? ここ」
気が付けば、オービスは海岸にいた。
まるであの本を手に取ったから、知らない場所に連れてこさせられたかのように。
真っ青な海と白い砂浜が目の前に広がっているではないか。
「……俺、屋敷にいたはず、だよな」
まったく知らない場所にいる。海が見えるから、海岸沿い? か?
……ホロウガーランドなら、もしかして波歌の国にいるとかなのか?
「あの本、転移系の本だったってことか!? とにかく今は、誰かにここがどこか聞かないと……!! って、待て。本の世界って言う可能性も……」
オービスは確認のため、靴を脱がずそのまま浅瀬に足を踏み込む。
冷たい感覚も、波音も間違いなく感じられる。
ぼーっと透き通った水面を見つめながら、偽物か本物か。
それすらも、誰かと出会えない限り理解できないことだ。
「……どうすれば……ん!? うわぁ!!」
オービスは足を何かに引っ張られ、海面に飛び込んでしまう。
目の前に広がるのは、普通の人魚とは異なる怖い印象を抱く人魚が微笑んでいる。
「ごぼごぼ、ごぼぉ!!」
呼吸の泡を吐き出してしまうオービスは、恐怖感に襲われる。
おそらく自分を喰らうために海へ引き込んだであろう怖い風貌の人魚が口を大きく開けた瞬間、オービスは目を閉じる。
————死ぬ、これは、絶対に、死っ。
オービスは死を覚悟した時、人魚のキュルルル! と不思議な鳴き声がした。
意識が薄れる中の視界には大きな、大きな、鱗を纏った不思議な竜が、黒い人魚を嚙みついた。
赤く広がっていく視界は徐々に死でできあがった黒い闇へ彼を誘う。
——誰か、助け、て。
オービスの意識は、海底の中で途絶えた。