第一二幕 学校について
師匠と朝食をしながら紅茶が飲みたいとせがまれたので入れていると唐突に彼女は言った。
「弟子、少しは体に魔力を這わせられるようになったか?」
「えっと……まだ始めたばかりなので」
「お前のいた地球の主人公様方なら、こんなことに手こずらないだろうな」
師匠はブドウを一つ口の中に頬張る。
……師匠の言葉に反論できるはずがない。
転生前の俺の人生は、主役級と誇れるような人生じゃなかった。
だって、結婚式で幸せになるあの二人が、主役だって嫌でも結婚式で見せつけられたから。
なのに、なんで鮮美先輩は、殺されて……何もできなかったというのに俺はのうのうと、異世界に転移するなんて、誰が予想ができよう。
「……わかってますよ、俺は脇役的な立ち位置だって」
「なんだ、理解してない駄々っ子は気取らないのな」
「屁理屈にしかならないでしょ、そんなの。俺は、今ある現実を受け止めてできることをしたいだけです」
「……へぇ」
師匠は何か意味深に口角を上げる。
なんだ? なんか裏がありそうでちょっと寒気がする。
「ああ、それから弟子。お前、学校に興味ある?」
「学校、ですか?」
「ん、一応お前の今後のことは考えなくちゃだろ。魔力を問題なく体に循環できるようになってから、とも考えていたけど……ホロウガーランドのことはお前はどこまで知ってるの?」
「……ホロウガーランドのお金がシギルというのと、カラーウィッチとカラーウィザードという偉人に当たる人の一部の名前と、ブラッドカラット学園というサーヴァントスクールがあるってとある女性に聞いたことがある程度です」
「……まあ、最低限覚えておくべきことは教えてやるのは、そいつはお優しいね」
「アップルパイを作る、いいおばあさんですよ」
「そう……で、お前はどうしたいわけ?」
アーテムはそう言うと、紅茶のカップをもう片方の手に持ったソーサーの上に置く。
「どうしたい、ですか?」
「ああ、学校に通うなら流石にアタシの弟子として行かせたら君殺されかねないしねぇ」
「……まあ、無理でしょうね」
「そこでだ、一つの例を挙げるならアシェンプテル家の従者、になるのが手っ取り早いと思うけど。ハイネ嬢のこと知ってる?」
「……は?」
彼女のいきなりの発言に戸惑いを隠せない。
いや、隠せられるはずがなかった。
だって、ハイネと名のある少女に聞き覚えがあったからだ。
「おやぁ? もしかしてお前知ってるのか? ハイネ嬢のこ・と♡」
「……もしそうなら、どうしますか?」
「まず、令嬢に取り入るならそれなりの下準備が必要かねぇ……まあ、一応彼女が行くであろうノーマンスメイデンカレッジのことは知っておくべきだろ」
「ノーマンスメイデンカレッジ?」
「ああ、もしお前が気に入られればそこで一緒に付き人として働く……は、理想通り越してまたのまた夢に等しいけどね。まぁ、普通ならブラットカラット学園に行くのが一番正攻法ではあるがな」
師匠はソーサーをテーブルに置いて椅子にもたれた。
「ノーマンスメイデンカレッジってどんな学校なんですか?」
「そうだねぇ、ただしくは女子高だね。各女子寮にはそれぞれ有名なカラーウィッチのとある七人の精神に基づいてる。そうだねぇ……わかりやすく、こんなところだろうさ」
アーテムはソーサーをテーブルに置いてから宙に指を差すと黒板が現れ、そこには白いチョークで各寮のことが書かれていく。
シンクローズ、アリスの探求の精神に基づいた寮。
イメージカラーはレッド。
レイラケッサ、シェヘラザードの思慮の精神に基づいた寮。
イメージカラーはオレンジ。
シャルマンファム、ベルの高潔の精神に基づいた寮。
イメージカラーはイエロー。
リッペアプフェル、スノウホワイトの節制に基づいた寮。
イメージカラーはグリーン。
ボブレトーレ、ハゥフルの寛容の精神に基づいた寮。
イメージカラーはブルー。
カステンブルク、ヴィルヘルミナの謙虚の精神に基づいた寮。
イメージカラーはインディゴ。
グレイスノーラ、シンデレラの忍耐の精神に基づいた寮。
イメージカラーはパープル。
……と黒板に日本語で書かれていた。わかりやすい。
「あくまでこれは色の順番だから、正しい順番があるけど聞く?」
「行くことになったら聞きます……一応別に聞きますが、ハイネという少女が通うことになる学校の話ですよね?」
「まあね、姉妹校の男子校であるノルマンスソーンカレッジもあるが……まぁ、学力がない前提なら、ブラットカラット学園の方が行きやすいけど。まぁ? お前は王家の人間でもその従者でもなければただのスラム街のガキだしねぇ」
「ひどい言い方しますね」
「っふっふーん、期待したぁ?」
「してないです、俺に魔力があるか調べられる方法があるはずなのに調べてくれないどこぞの師匠がいますから」
「んー? 拗ねちゃって可愛いなぁ。可愛いなぁアタシの弟・子♡」
「うるさいですよ、師匠」
嘲笑する彼女の笑い方にもここ数日で随分と慣れたものだ。
「ノーマンスメイデンカレッジのライバル校でもあるロイヤルエデンアカデミーの寮の説明もしてやるよ」
「どうしてですか?」
「ハイネ嬢じゃないお嬢様の従者として働くんだったら、念のために知るべきだろ? 馬鹿か、お前」
「……ありがとうございます!!」
「はっはっは。物分かりがいい弟子でよかったよ、んじゃ、書くぞー」
師匠の言葉は、思慮の足りない俺には反論できない言葉だったので、せめて感謝を大声で言うという抵抗を見せる。師匠の豪快な笑いもスルーして説明を見ることにした。
師匠は黒板にノーマンスメイデンカレッジの横に寮名と寮の精神、そしてイメージからーを書いていく。
ホズトゥルペ、サンベリーナの純潔の精神に基づいた寮。
イメージカラーはレッド。
エフェリドカロットゥ、アンの努力の精神に基づいた寮。
イメージカラーはオレンジ。
ゴルデンハール、ラプンツェルの秀麗の精神に基づいた寮。
イメージカラーはイエロー。
エメラルドマジック、ドロシーの勇気に基づいた寮。
イメージカラーはグリーン。
ロワゾーブルー、ミチルの自由の精神に基づいた寮。
イメージカラーはブルー。
ルラキクティ、パンドラの希望の精神に基づいた寮。
イメージカラーはインディゴ。
トラオムローザ、オーロラの祝福の精神に基づいた寮。
イメージカラーはパープル。
と、師匠はロイヤルエデンアカデミーのことをチョークで書き切った。
「……ノーマンメイデンカレッジと違って、ロイヤルエデンアカデミーは各寮に対応した色の名前が入っているんですね」
「お、よく気づいたな」
「転生前の作家志望だった人間が多少はわからないほうが変じゃないですか」
少なくとも作品を作るのにネーミング辞典を買ったり、色んな色の名称は本で知る限りのことは知っていると断言していい。
自分が誇らしいオービスは心の中で仁王立ちした。
「ほほう、少しは学があったんだなぁ?」
「それと……一つ、聞いていいですか? 師匠」
「なんだ?」
「……ロイヤルエデンアカデミーの、カラーウィッチの国はあるんですか?」
「ああ、もちろん。フトゥールムアルブス大陸の方にある」
「え? 別大陸にあるんですか?」
「ああ、アーテルムンドゥスとフトゥールムアルブスの本当の違い、この世界の住人は私くらいしか知らないんだが……聞きたいかい?」
「は、はい」
「お前がいた世界風に言うなら、アーテルムンドゥスにあるノーマンスカレッジの寮の精神である女たちのこと……お前はその物語がどういう系統の方が多いか、知ってるだろ? それを答えたら、教えてやる」
……どういう、系統か。
師匠に言われ、俺は一つ一つ物語の結末を思い出すことにした。
まずシンクローズ寮であり、ルイスキャロルが執筆した小説の主人公アリスの寮だ。不思議の国も鏡の国の方もどちらも夢落ち、って話だ。だが、どう考えても絶望的な展開はない。
当時の替え歌などを現実にもいたアリス・リデルと言う少女に教訓話じゃなく面白い話をしてルイス・キャロルが知人の作家にウケたのが出版に繋がったという話は今でも覚えている。しかし、強いて言うなら原作は言葉が汚なかったり過激な点があったりして、一部のファンにとっては作者は精神病……? というファンもいる、という点は否定できない。
不思議の国のアリスをイメージした作品には、一部にはそういう暗い話などもあったりするが全部が全部、というわけではない……と言えるっちゃ言えるが。
あ、まず師匠にはこれだけは聞いとかないと。
「師匠、俺がいた世界での童話や小説の展開は知ってるんですよね?」
「……どうかな、まあ、実際にカラーウィッチと女たちとカラーウィザードの男たちとは全員面識はあるよ」
「え!? そうなんですか!?」
「ほーら、推理しないと、わかんなくなるんじゃないのー?」
「あ、っとと……静かにしててくださいよ」
師匠がにやにやとしているのを見て、俺は彼女の方手を上げて自分は思考を始める。
――いや、とりあえず今すぐ答えを出すのはやめよう。
言いたいけど、思い出せば色々と情報を整理できるはずだ。
よし、他の寮の童話や小説などを考えてから、師匠に言おう。
……二つ目のレイラケッサ寮、ササン朝ペルシアという国のシャフリヤール王に夜な夜な語り聞かせたという話で知られている有名な語り部の女性、シェヘラザードの寮だ。
千夜一夜物語は、代表的な話なら、夢の国のアニメでも有名なアラジンと魔法のランプ、他にはアリババと40人の盗賊、シンドバッドの冒険などが聞き覚えのある人はいると思う。全部の登場人物を上げたら切りがないから、千夜一夜物語の方より焦点を当てるべき人物はもちろん、シェヘラザードだ。
色々な説話で三つ上げるとするとまず一つ目はシェヘラザードが千一夜目に王が彼女を処刑しようとしたため、王と彼女の間に産まれた三人の王子と一緒に命乞いをしたという結末。二つ目は千一夜目にシェヘラザードを処刑をやめたという結末。三つ目は千一夜目にシェヘラザードは唐突に三人の王子を伴い命乞いしたという結末……などなど、彼女の結末は命乞いをしたかしてないか、みたいなものだ。
一番日本でも知られているのはカルカッタ第二版のシェヘラザードの結末だが彼女は絶望してない結末は底本の方だけ、ともいえるだろう。
……だがまあ、日本では一般的なのはカルカッタ第二版だから、絶望的なのは確かかも。
「……絶望的な展開は、ない?」
「それが答えかな?」
「い、いいえ! 今のは俺のひとりごとなのでスルーしてください!」
「はぁいはぁーい」
……三つ目のシャルマンファム寮、ガブリエル=シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴと、ジャンヌ=マリー・ルプランス・ド・ボーモンがそれぞれ書いたとされている、美女と野獣の主人公ベルの寮だ。ここでは二人の名前が長いのでヴィルヌーヴ夫人とボーモン夫人と呼んでおこう。
原作者、という意味合いならヴィルヌーヴ夫人だろう。
一般的に世の中に知れ渡っているのはボーモン夫人の方の美女と野獣の話だ。
わかりやすく言うならヴィルヌーヴ夫人の方が大人向けの小説で、ボーモン夫人の方が一般向けの童話、みたいな感じで考えるとわかりやすい。ボーモン夫人のおかげで、美女と野獣が世界によく知られるようになったが、大筋の主人公と野獣が結ばれるのは一緒だ。
……不幸な展開、ではないとは思う。
「……?」
「っふふ、悩め悩めっ」
「師匠、うるさいですよ」
「はーい」
とりあえず、師匠の挑発を流そう。
次はリッペアプフェル寮、スノウホワイトはグリム兄弟が描いた白雪姫の主人公白雪姫の寮だ。白雪姫は……特別言及できる点と言えば、何がある? ……ああそうだ。
学生時代、友人たちと議論になった作品でもあったな、白雪姫は。
なぜか白雪姫に出てくる王子が死体愛好家という話は一部のファンの推測の話がある。
王子が白雪姫の死体の入っている棺が欲しい、と言っている時点で死体という認識が王子にある、というのは事実だ。しかし、こうとも考えられる話は友人と話したことがある。
普通の人の白雪姫を遺体を小人の元で置いておくのは許せないと王子がなったなら、それは死体愛好家の以前の問題だ、という話だ。しかも死体愛好家なら、林檎を吐き出した白雪姫に対して嬉しそうになんかしないのだからそう考えるほうが自然だ。
……グリム兄弟の裏設定が新たに発見されて、実は王子が白雪姫が生きていることを知って喜んだのが嘘、って情報が出ない限り俺は信じるつもりはない。不思議の国のアリスも千夜一夜物語も一部のファンから不幸的なことは捉えられるかもしれないけど、美女と野獣に関しては苦労はあったけど結ばれたって話だし、繋がりが見えてこないな。
「……白雪姫も、別にそういうわけじゃないよな」
「まだかーい?」
「も、もうちょっと待ってください!」
白雪姫の方もとあることをやらかしている話で盛り上がった話で当時の王族としての母親としての見方で考えるなら、中世の貴族の娘は政治の駒、政略結婚の道具であることが通例だ。
その道具の価値が無くて害になるなら、殺されるのも十分考えられることではあった。ちなみに継母じゃなくて実母でも同例である、その話を前提に継母の気持ちを考えて行けば、大体は想像できるだろう。
わからない人がいることも考えてわかりやすく言うとするなら、王族の娘が、小人とはいえ七人の男だらけの家に一人で住み込んでいる時点で異常だと思われるのは確定だ。
そして、王族の娘は料理も掃除も着替えも当時の時代では王族なら従者にやってもらうのでありえない。さらに、王族の娘が料理も掃除も着替えもできないってことを前提に考えた場合にはそんな娘が、七人の男だらけの家で何をやっているかと想像した時、母親の顔がどうなるか……家族はその話をさらに聞いたらどうなるか。
……ここまで言えば、意地でも継母が白雪姫を殺そうとする理由が他にもあるというのは理解できるのではないだろうか。さらに怖くなる話を言えば、原作では王子と王女の面識があるとは書いていないが面識があった場合、王子の行動はその王国のスキャンダルの暴露にもなる。
原作の展開上では白雪姫はハッピーエンドだけど……ある意味、バットエンドだったかもしれないのかな、白雪姫の話は。
これはあくまで作家志望の人間が継母側の考え方をすれば、の話だ。
作家はどの立場の登場人物たちの完璧な理解ができていなくても、想像力を失ってはいけない。
それは俺が憧れた師の言葉でもある。
「……んー? いや、やっぱり」
……段々、頭の中を整理してきて共通点が見つかってきているようなないような。
「何々? もう答え言っちゃう?」
「い、いえ、ちょっと待ってください」
……師匠がちょっかいをかけてくるが、大分推理が後半に差し掛かって来た。
適度に邪魔をしてくる師匠の言葉は無視して思考を繰り返す。
次に五番目の寮ボブレトーレ寮、 ハゥフルはハンス・クリスチャン・アンデルセンが書いた人魚姫の主人公人魚姫の寮だ……実は、人間は人魚に惚れないって話がある。
それは人間が人魚に持つ好意は人魚の力で惑わされているだけだから、と言う話だ。
なぜ、そんな話があるのか。セイレーン、という存在を知っているだろうか。
ギリシャ神話に登場する海の怪物だ。実は姿が二パターンあって、半人半鳥の姿と、半人半魚の姿だと言われている。中世以降の時代に人魚として描かれていったから、人魚じゃなくハーピーのベースだったんじゃないかと思ったりした時もあったがハルピュイアの英語読みと知った時は余計混乱したなぁ。
人魚は基本的に歌を歌って人を催眠状態にさせるから、そういう意味で人魚に対する感情が恋とは呼べないのが大半なことが多い。しかも催眠された人間は人魚に食われる、というのがセットだ。
つまり、当時の人からすれば人魚は人を食う化け物、という認識の方が強い。
だから人間は人魚に惚れない、という話が成立するわけだ。
人魚姫の話は悲恋だ。
結ばれることのない恋……美女と野獣に繋がりはないに等しい。
陸と海にどうこじつければ繋がるのか、逆に問いただしたいくらいだ。
「……う、うぅん」
「そろそろギブアップかー?」
「ま、まだですから! そんなに急かさないでくださいっ」
六番目のカステンブルク……なんの作品のインスパイアか全然わからないな。
「すみません、師匠……カステンブルグの寮のカラーウィッチって?」
「ヴィルヘルミナだけど」
「そうじゃなくて! インスパイア元がわからないっていうか……!!」
「おや、お前は黒いお姫様は知らないのかい? 作家志望だった男が聞いて呆れるねぇ」
「黒いお姫さま……?」
聞き覚えがあるタイトルだ。
ある程度の童話に触れてきたと自負している自分でもグリム童話の三人の黒いお姫さま、ならばわかるが、黒いお姫さまはなんなんだろう。
「お前の世界ではドイツにある昔話のはずだよ」
「え!? そうなんですか!? って、いうかなんで師匠が俺の世界のことを知ってるんですか!?」
「お前のようにこの世界に来た転生者から聞いたことがあるってだけさ。変な話じゃないだろう?」
……確かに、師匠の言葉には一理ある。
転生者の存在はミラさんも知っていた。少なくとも、目の前にいる師匠もだ。
つまり転生者や転移者側の知識を知る方法はいくらでもあったということだ。
だがカステンブルグのインスパイア元である黒いお姫さまに関してはあまり詳しくは知らない。
「……どういう話か、聞いてもいいですか?」
「まず、君のような異世界での黒いお姫様の話を再話したのがヴィルヘルム・ブッシュだね。黒いお姫様のあらすじは「子供が授かれるのなら悪魔からだっていい」と願った王様とお妃様は綺麗なお姫様を産んだわけだけど、15歳で「私は明日死ななければなりませんが、棺に毎晩一人見張りをつけてください。その人が一度も悪いことをしたことがない人がいたら私は生き返るでしょう」って言った翌日に姫様は死んだ。後日、この後ある人物が見張りにつくまでお姫様は毎晩棺から出て見張りを殺し続ける……って話かな」
「怖いですね」
「というか作家志望なのになんで黒いお姫さまの話を知らないの?」
「……すみません、勉強不足でした」
現実世界で調べられなかった話ではあるから、師匠から話をもう少し聞くのは難しいかもな。
気分屋だし……うん、調子がいい時に聞くことにしよう。
「ま、いいさ。お前の魂がまだ若いのは知ってたし」
「俺の魂なんてわかるんですか?」
「魔女だしね、目利きはいいのさ。薬も毒も、男女の恋の見分け方も、ね」
自分の目元を突く師匠は、恐ろしい魔女の顔を垣間見せる。
男女の恋、って、もしかして俺が先輩のことの気持ちまで、知っているんじゃ……?
「それで? 最後はグレイスノーラだ」
「あ、はい……」
七番目の最後の寮、グレイスノーラ。シャルル・ペローが書いたとされるシンデレラの主人公であるエラでありシンデレラの寮だ。
シンデレラには古くから親しまれている作品だ。
意味はもちろん、ホロウガーランドでもある灰被姫という通り名にある灰被り姫である。
元々は灰を意味するシンダーと、主人公の名前のエラを合体してできた名前だとか。
正確には他国に似た系統の作品がいくつも散見されている。
例えば、フランスのサンドリオン、グリム童話のアシェンプテルなどがある。
アシェンプテルが、ハイネの苗字であり家名のようだけど、まだ彼女と深くかかわってないからどの話からなっているのか、気になる点ではある。
他の作品群の中で美女と野獣と似ていると言えば、結婚が結果的にできている点。
他の作品群たちとなんの繋がりがあるかと言われたら……やはりわからない。
「……答え、出た?」
「やっぱりどれだけまとめようとしても繋がりが解からないです。特定の作品に関連性が繋がる者はありますが……もしかして、世界観が二つの学校で雰囲気とかが、異なってる……?」
「馬鹿だなぁ、正解はノーマンスメイデンカレッジとロイヤルエデンアカデミーはそれぞれ互いの色同士が対の存在になっている、ってこと」
「それって……?」
「強いて言うなら、青担当のボブレトーレ寮とロワゾーブルー寮のこと考えたらわかるんじゃない?」
ボブレトーレ寮はハゥフルの寛容の精神の寮。
ロワゾ―ブルー寮はミチルの自由の精神の寮。
……人魚と青い鳥。さらに連想させれば、海と空になるな……って!!
「そういうことですか!?」
「うん、気づくのが遅すぎだバカ弟子。ノーマンスメイデンカレッジのことしか頭になかったろ」
「……うぅ、反論できません」
「……ま、教訓になるかならないかの違い、なんて言ったってお前はわからないだろ、どうせ」
「? 何か言いました?」
「なんでもなーい」
「あいたっ!! 何するんですか!?」
師匠からデコピンされ、額を抑える。
けど、もう少し思考を柔軟にしなくちゃいけないな。
「ミラさんという女性から多少聞きましたけどブラットカラット学校は、他にどういうことをしているんですか?」
「ブラットカラット学園は貴族の従者や平民の子も通える養成所なのは知ってるか?」
「えっと、それでアシェンプテル家の従者なら無料で行ける……とかくらいです」
「ぷぷぷ、プークスクス! 甘いなぁ。それでも事前に自分の能力が高くないといけないことくらいわかるだろう?」
アーテムはわざとらしく口元に手を当てながら愉快そうに笑う。
「それはそうだとは思ってますよ」
「じゃあ、お前にはハイネ嬢に取り繕っ彼女の従者になるか、それともブラットカラット学園で忙しい日々を過ごすか、それとも? 今からたくさん勉強とスラム街のガキでありながら、ノルマンスソーンカレッジに入学するか……まぁ、三択の将来がある。お前はどうしたい?」
「なんでそんな三択を今言うんですか? ハイネに関しては彼女の意志は無視ですか」
「未来視くらい持ち得ているさ、私は黒鴉の魔女、アーテル・クロウだぜ? バカ弟子」
「でも……」
「選択肢は常に三択とは限らない、わかりやすい二択の選択肢が基本な物だぜ……さぁ、お前はどうしたい?」
どうするって、そんなことを言われたても魔力がなければ俺はその男子校に通うことだってないし、ハイネが許可してもらわなければ俺は彼女と一緒のノーマンスメイデンカレッジに行けるはずもない。どっちしろ、どこぞの師匠様が俺の魔力をここ一か月調べてくれないのが悪い。
「まあ、二択すらも決められない曖昧ちゃんには? ミラさんって人の期待を裏切って悪い奴の手の道に染めるアタシの従者ルートも進めるがどうする?」
「絶対最後のは嫌です」
「あら残念」
「掃除の邪魔したいって素直に言ってくれるなら、今日の料理は鶏肉にしようかと思ってますよ」
「え? ホント? 嘘じゃない? またバロット作ってぇー弟子ぃ」
師匠はベッタリと俺にくっついてきてイラっとした。
口調も時々お姉さんっぽいところもあるのに急に俺様っぽいっていうか、男っぽくなるのは中々慣れないものだ。
「あれは師匠が用意してくれなければ作れないから無理です」
「ちぇー……つまんなぁい」
師匠は言葉にしたように、唇を尖らせる。
「ま、今後のお前の方針としてきちんと若いうちから立てとけよー」
「……わかっていますよ」
オービスは、ぐっと拳を強く握る。
現実世界の時のような後悔はしない。絶対に。