第九幕 新たな自分の名前
「師匠……俺に魔力ってあるんでしょうか」
「またかぁ、しつこい男は嫌われるぜぇ? ボーヤ」
あれから二週間、自分の部屋と屋敷を片付けられる分片付けて、清潔にした。
鼠たちの食事もちゃんとした料理に。
蜘蛛などの虫たちには外に甘く焼いたクッキーを置いてある。
……師匠にも、もちろん朝食を用意して、一日たつごとに必ずこの質問をしていた。
だって気になるじゃないか、読者側だった自分が主人公になったら必ず知りたくなるっていうか。
寛樹は粘り強く、アーテルに頼み込む。
「だったら俺に魔力があるかどうか調べてくださいよ」
「まぁいいよぉ、今日は気分がいいから手伝ってあげる」
「……え?」
師匠はすんなりと許可を出した。
ここ二週間は聞く度に断られたことが大半だったと言うのに。
師匠は椅子から立ち上がって、催促してくる。
「ほーらぁ、言った本人が来ないのぉー?」
「あ、い、行きます!!」
師匠は俺を庭に呼び出すと彼女は一人立っていた。
なんでなのか、とか色々と突っ込みたくなったが急とはいえやる気になってもらえたのはありがたい。俺は素直に師匠に尋ねた。
「それで、魔力ってどう調べるんですか?」
「魔力量の計算とか、化学の範囲だろう? アタシはそんな七面倒くさい作業はしない主義だ」
「え? でもだったらどうやって……?」
異世界物の王道的展開なら、水晶とかで計測、だよな。
「お前と過ごして二週間、この日々は決して無駄じゃないさ。アタシはこの期間の間ずっとお前を観察していた」
「観察……?」
「ああ、はっきり言おう――お前は、自分の体の中に膨大な魔力を持っている」
師匠は俺の胸に人差し指を宛がう。
俺に、魔力が……? しかも、膨大って。
今まで彼女にそんなことを言われたことがなかったから、逆に驚きしかない。
「じゃあ、俺が転生できたのはどういうことになるんでしょうか?」
「確かにお前の魂はこの世界に転生したが……お前の魂はその死んだどこぞの少年の体に寄生したに過ぎない」
「……え?」
「一度死んでいるんだよ、そのお前の体の持ち主である魂は」
「――――それって、どういう」
死んでる、ってそれって、この体の持ち主だった子って意味……?
転生物なら、普通に特定の赤ん坊に転生したり、ある程度学生になってから自覚するとか、そういうことではなかったように思ったけど。
「ああ、精神面では大人でも理解が難しいだろうな。つまり、異世界人のお前は魂を転生させるためにこの世界の住人である今の身体の持ち主がちょうど死んだから、そのままお前はその子の中に入れただけの話だ」
「そんなこと、可能なんですか?」
「この世界にはゴーストも他種族も色々とある世界だ、そういうことも不思議じゃない。違和感くらいあっただろう?」
「違和感……っ、あ」
そうだ、確かに俺は目が覚めてこの体になってから自分の名前も、あの秘密基地の存在もなんであったのかを知らない。でもミラさんは、どうして彼女は俺のことをその名前で呼ばなかったんだ……?
もしかして、あえて呼ばなかった? 他の子どもたちも、わざと?
俺は頭を抱えているのを見て、師匠はこう言った。
「覚えはあるんだね」
「……はい」
「まあ、このことはアタシとお前の秘密にしよう。絶対他にバラすなよ」
「はい、気を付けます」
「賢明な判断だ。じゃあ、お前が魔法を使えるか試してやる。庭にイスとテーブルを置いといて」
「え!? あ、はい!」
俺は師匠に従うまま、庭にテーブルと椅子を出した。
少し大きいから大変だったが、問題なく持ってこれた。
「師匠、準備できました」
「ん、ごくろう」
師匠はさっそく椅子に座った。
まさか、自分が休憩するためにわざわざ用意させたとか……?
下手なことは言えないからしょうがないけど。
「じゃ、さっそくやってみるか」
「あの、一体どうやって魔力を調べるんですか……?」
「――――アタシに手を伸ばせ」
手を……? 師匠は今までにないくらい至極真面目な顔を浮かべる。
俺は少し間を置いて戸惑いながら彼女の手に触れる。
すると、彼女に手を触れた瞬間ぶわっと黒い靄が溢れ出す。
俺と師匠の間をうねるように漏れ出た靄は、周囲に広がって行く。
寛樹は目の前の物語の中に起こるような光景に高揚感を覚えた。
「うわぁ――――!」
「落ち着け、心を平静に保たないと魔力が暴発してテーブルと椅子が吹き飛ぶぞ」
「は、はい!」
師匠から冷静に言われ、俺は平常心、平常心と目を瞑る。
目の前の光景に驚いて興奮してしまうなら、見えないように目を閉じてしまえば一番わからないはずだ。目を閉じて生まれた暗闇の中で、寝る時のように自分の呼吸に集中する。
「うん、大丈夫だね」
「……よ、よかった」
師匠は俺から手を離して、顎に手を当てる。
「やっぱりお前はユニークスキルを持ってるな」
「……ユニークスキル?」
ラノベを読んだこともあるけど、よくある異世界転生物の展開では神様からチート能力を得るのが基本的な王道だけど、俺にももしかしてそんな力が……?
俺はさっきの靄を見て、危険そうな力、というか闇っぽい能力が俺のユニークスキルな気がした。でも……勇者とか、ああいう系の王道な能力みたいな力よりは役に立つ能力の方が個人的にありがたい。
「ああ、ユニークスキルは転生者が持つ唯一の特典だよ、けどそれはお前が自覚して行けばお前の望む形になる」
「普通、決まった能力なのでは……?」
「お前は他の転生者と違って自分の新たな体を得てから転生しなかった分、ユニークスキルの形が曖昧なんだよ」
「曖昧……」
「そ、まさにさっき出た黒い靄がお前の心から溢れた欲望にも等しいんだ」
師匠は椅子に腰かけて、だらっと座る。
「俺の、欲望……」
「お前がお前に向き合えば向き合うほど、お前のユニークスキルは形になる。それは、お前次第だよ、坊や」
「……はい」
「そういえば坊やって名前ないんだっけ?」
「え? えっと……この体の持ち主だった子の名前は知らない、です」
「そうだよねぇ……そうだなあ」
アーテルは口元に指を当てる。
「……オービス。それでどう? 姓はアタシのクロウでいいでしょ」
「へ?」
あっさりと名付けられた命名に驚きを隠せず、変な声が出た。
にやり、とアーテルは子供をからかう母親のような笑みを浮かべる。
「あっは! いい顔するじゃん。うんうん、じゃ、今日からお前の名前、オービス・クロウね」
「え? え、な、はぁああああああああああああああああああ!?」
その日から、俺の新たな異世界での名は、オービス・クロウとなった。
俺が、今日からオービス・クロウとして新たな人生の始まりの日にしては、やけに雑な始まりだった。