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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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39.特別講師と周囲の事情

評価、お気に入り登録、拍手、ありがとうございます。

 

 黒の魔法使いからの呼び出しは、ろくでもないものだった。


 同席者が長話に飽きたのか師匠にちょっかいを出し始め、それに応えて目の前で戯れ始めたので、げんなりして部屋を出た。

 あの二人、恋人だと公言して憚らないのは分かっているけれど、僕の前では遠慮なく『始める』ことについて、本当にどうにかならないか……。

 黒の魔法使いの側には常に美女が寄り添っている。学生の共通認識だし、魔法使いのやることに口出しする者などいない。なにより、僕以外の人間の前では猫をかぶって慎ましいふりをするのだから、たちが悪かった。

 美女? 悪い魔女の間違いだろう。


 二人を見ているととにかく疲れるので、一刻も早く戻りたかった。立ち去る間際、呼び止められた気もしたけれどそう思った時はすでに廊下に出ていたので引き返すこともしなかった。

 呼び出しの鳥を受け取った時、リリカと何か新しいことを始めていたローズだったけれど、どこまで進んだだろうか。素直な性格から飲み込みが早く、もしかするとすでにモノにしているかもしれない。気がつけば友人から魔術書から、新しいことを学んでいるので、目が離せない弟子だった。

 魔力の使いすぎは、ローズ自身も周囲も気がつかないみたいなので、なおさらだ。





 自分の研究室の戻ると、予想よりも静かな室内に眉をひそめた。講義室を抜けて研究室へと足を運べば、そこにはメアリとミシェルの二人が浮かない表情で実験を続けており、僕の姿を見るなり手元を放り出して駆け寄ってきた。


「セファ先生」

「先生」


 当たり前のように抱きついてくるメアリと、僕の視線に一瞬足を止めたミシェル。金髪の二人を見比べて、努めて冷静な声を出した。


「ローズと……、他の二人は?」


 メアリが不思議そうな目で顔を上げ、ミシェルと顔を見合わせる。ええと、と言い淀むミシェルに、口を開いたのはメアリだった。


「用事で、でかけたわ」

「……用事」

「知りたいこと、あるって。ジャックとリリカも一緒よ」


 表情の変わらない僕に、メアリがほんとよ、と繰り返した。表情の乏しいこの女学生を睨んでも仕方がないだろう。一度目を伏せて、ミシェルを見る。こちらはぎくりと言うように、身を強張らせた。


「……メアリが言っていることは、本当?」


 ミシェルはうなずいたり首を振ったり忙しそうだけれど、結局何も言わない。しばらくじっと見ていたけれど、まぁいいか、とため息をついた。しがみついたままのメアリの肩を押して、距離を取る。


「迎えに行ってくる。友好的な相手なら良いけど、残念ながら、僕はあまり人望がないし」


 僕への恨みや不満をローズに向けるような人間、学院にはいないと思いたいけれど。懸念事項が頭を掠め、ため息をつく。メアリやミシェルが不用意に廊下をうろつけないのも、元を辿ればそういう理由だった。


 宮廷魔術師になった当初からして、前途多難だった自覚がある。辺境出身の平民で、学院卒業認定は師匠である黒の魔法使いが保証しているけれど、学院に通った形跡がないとくれば、何か裏があるのではと勘繰られる。王道を好むものにも邪道を好むものにも毛嫌いされる中で、つい実力を示せと言われたからと棟一つ破壊したのは、今思えば悪手だった理解していた。魔術学院に特別講師として招かれても状況はあまり変わらず、講義や課題を出す中で、午前中しか学院にいない僕に用がある学生や教師たちは、まず手近なジャンジャックやミシェル、メアリに接触を試みるらしい。


 ……本人たちから苦情を受けたことはないけれど。


 相手が真っ当な人間ならいい。杖持ちとして卒業予定というだけあって、メアリもミシェルも最終学年の中でも相応に優秀で、敬意を払わない人間などろくでもない。ただ、学院の成績など考えもせず、二人が平民だというただ一点を見て居丈高に接するような人間がいるのが現実だった。


「セファ先生が、気にすること、なにもないわよ」

「ありがと、メアリ」


 ジャンジャックは下級貴族だし、その父親も下級文官だけれど、それでも王太子の二の騎士であったフェルバートの執務室というひょんなことで転がり込んできた勤め先は、オウガスタ家の位に見合わぬ破格のものだった。気づけば多くの上級貴族との繋がりを持ち、覚えもめでたく、立ち回りが上手いのかやたらと気に入られている。

 どういう経緯でそうなったのかとオウガスタ男爵を問い詰めたい者は多くいるが、本人は忙しすぎて社交場には顔を出したかと思えば挨拶を済ませると姿を消すといったありさまで、ことの次第の真相を聞けた者はいない。

 つまり、オウガスタ家というのは現在、下級貴族でありながらも同格貴族からも上級貴族からも一目置かれた家ということになっている。

 ジャンジャック本人は父親個人の振る舞いによる力関係には関与すつもりはないらしく、下級貴族としての振る舞いを心がけている。いずれ陞爵の折には、その地位相応にふるまうつもりらしかった。


 ともかく、そういった事情から、ジャンジャックは上位貴族からも同格貴族からも手が出しにくい複雑かつ安全な立場にあった。そのためか、自ら進んで平民の杖持ちというただでさえ目立つ双子の露払いを担ってくれている。性格的な部分も大いに関係しているだろうけれど。




「ローズ様がどこに行ったか知ってるかい? 人慣れしてないから、何をするか読めなくて」


 ローズの立場を今一度考える。おそらく多くの人間にわかっていることは、ローズ=ロゼは『宮廷魔術師の弟子』ということのみだ。僕と同じく平民だと思われて、侮られ、そのことに憤って何か問題が起きていないだろうか。


「話し方や立ち振る舞いからお嬢様育ちであることは明白だけど、一度格下に見た相手が彼女の態度に逆上してこないとは限らないから」


 口にしていると、だんだん心配になってきた。お嬢様然とした態度で相手を言いくるめるローズも、年齢不相応に幼い言動で不用意なことを言ったり堪え性なく癇癪をおこしたりするローズも、どちらであっても心配だ。ジャンジャックとリリカがそばにいるならあるいは、とは思うけれど、あまり当てにならない。

 周囲の学生が年下だということを踏まえて、年長者として振る舞うというならまだ大丈夫だろうか。


「先生、ロゼ様は魔術師ゴダードの研究室へ行かれました。早くたすけ……、ええと、様子を見に行ってください」

「……正体がバレるようなことになっていないと良いけど」

「セファ先生、なんだか、そこまで心配してないみたい。ロゼの失敗の方が気になる?」


 ため息をついていると、メアリが首を傾げた。それはもう、と頷いてみせる。


「僕の護符をつけてるから、身の危険は心配してないよ。食堂で護符の威力を見ておいて余計な手出しをする学生はいないだろうし」


 言いながら、魔術師ゴダードだね。行ってくるよ。と、告げて、再び研究室を後にした。






 冷静なつもりだけれど、自然足が速くなる。

 たどり着いたゴダードの研究室の戸を叩くこともせずに扉を開けた。甘い香りと、穏やかな声がする。部屋の作りは同じだ。奥の研究室に人が集まっているらしい。


「うん。誰か来たな」


 ゴダードの平坦な声に、一度止めた足を動かして、講義室を足早に抜けた。


「失礼、魔術師ゴダード。僕の弟子がきていると……、きい、て……」

「セファ」


 喜色満面といった声音と、目の前の光景に言葉が途切れた。思わずゴダードを見る。ご覧の通りだ、と肩をすくめられ、再びそちらを向く。


 研究室の広机の前に、ローズが外套をまぶかに被ったままちょこんと座っている。その両脇には、リリカとジャンジャックが。二人とも微妙な顔して、僕に軽く頭を下げた。

 そのさらに両脇に控える女学生だ。ぴんと背筋を伸ばして、お腹の前で両手を組み、佇んでいる。


 さらにその周囲を、沢山の生徒が取り囲んでいた。


「うわ出た」

「しーっ」

「セファ先生! ごきげんよう」


 多くは講義で見たことのある顔だった。なぜ彼らがローズを取り囲んでいるのだろう。じっと見つめていると、ええとね。と、ローズが口を開く。


「皆さんとお話ししていたの」

「話」

「そう。学院の授業のこととか、卒業後のことだとか」

「卒業後の」

「ええ。あとは、ちょっとした世間話を。世界的な大気中の魔力減少、その影響についての忌憚ない意見を聞かせてもらっていたわ」


 世界の危機。それを救うつもりであるローズがそんなことをいうものだから、つい眉を潜めた。

 方法だってまだわかっていないのに、そんなこと聞いてどうするつもりだろう。


「……それにしても、君、談話会の主みたいだよ」


 僕の指摘に、ローズが瞬く気配を感じる。自覚がないようだけれど、まるで信奉者たちがローズの話を拝聴させていただいている、みたいな構図だった。


「魔術師セファ様。お弟子様のお時間を取らせていただきましたこと、感謝と謝罪を」


 学生たちに道をあけるよう指示して、リリカの脇に控えていた女学生がやってくる。

 空いた穴を埋めるかのように、ジャンジャックの脇に控えたもう一人が、ローズのそばによった。


「えぇ、皆まで言わずとも結構です。このお方がいかに尊い血をお持ちか、わたくしたち、よく理解していますので」

「はぁ」

「王国の至宝とまで謳われた、かのお方。青薔薇姫様を思い出させる立ち振る舞い。ええ、ええ。少し見ただけでわかります。このお方も、わたくしたちと同じく、かのお方を目指し、努力を重ねられたことは」


 だんだん様子がわかってきて、僕は呆れた目をローズに向ける。ローズは顔を頭巾に隠したまま、コテンと首を傾げた。口元が笑っている。


「そういうことみたいなの。このお二方は、私をローズ・フォルアリス様を目指す同志と見込んで、かつ、魔術セファの弟子という立場、そして立ち振る舞いの洗練さから、お姉様と慕ってくれて」


 つくづく、こういう立場に相応しいお姫様だったのだと思い知る。正体を隠してなお、こんな風に信奉者に囲まれて。本来お茶会や談話会を開き、社交会を牽引するのに相応しい人なのだ。けれど、今後も正体を隠すつもりなら、これは先が思いやられた。


「ロゼ」


 思いのほか厳しい声が出る。ローズの肩が震えた。こちらの気配が伝わったのか、ぴたりと停止している。


「話すことが、沢山あると思わないかい」

「ええと、セファ、……せん、せい? そうかしら」


 ロゼとして振る舞う彼女は、狼狽する姿や戸惑う様子を出すことに躊躇しない。ローズとしてなら屹然と微笑みを浮かべて軽くかわしているだろう場面でも、ロゼはおろおろと僕の様子を伺ってくる。

 内心で、笑って許したくなるのを、無表情のままじっと見下ろした。周囲の学生が「弟子でもダメか! そりゃそうか!」「完全に劣勢!!」などといった囁きが聞こえてきていて、ここの学生はまったく僕をなんだと思っているのだろう。


「ジャンジャック」

「はい! セファ先生」


 呼びかけに、ジャンジャックが立ち上がる。隣のローズに手を差し伸べて、ローズは少し気落ちした様子でその手を取って立ち上がった。


「リリカ様も、ロゼについていてくれてありがとう」

「いえ、それは別に、いいんですけど……」

「何があったか、僕の研究室で聞かせてもらうよ」

「はい。そうですね。私も先生に色々と聞きたいことがあります」


 黒髪の救世の巫女は、思ったよりも素直に頷いた。さて何があったのだろうか。時折真剣な表情で考え込んでいるところを見ると、なにかあったことは確かだと思うけれど。




ローズ・フォルアリスは、若者たちからは憧れの的でした。



次回『よりにもよっての勘違い』

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