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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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33.書類に埋もれる騎士(2)

評価、お気に入り登録、拍手、コメント、ありがとうございます。日々元気をもらっております。


今週は火、木、更新です。よろしくお願いします。


 散った光が消えて行く。目の前に驚いた顔のローズがいて、掴んだ肩を慌てて離す。

 それでも、指先一つで散った光が理解できずに平坦な声が出た。


「今、何を」

「ま、魔術よ。(ほこり)をはらわないと、お茶が飲めないでしょう。洗い桶もなければふくための布もないのだもの」

「……いつの間に、そんな」

「セファだって、よく杖の一振りで掃除しているわよ。あれは風の魔術だけれど」

「あなたに風の魔力特性が?」

「私の魔力特性は結界系のみだと知っているでしょう。結界系の魔力特性で、こうなったらいいな。と、思ったことが、持ってる魔力の範囲で叶うのよ」


 言っていることの意味がわからず、(ひたい)を抑える。


「……なんですって?」

「私にもうまく説明ができないわ。ええと、多分、感覚で茶器やポットの表面に結界を張って埃を弾き飛ばしているか、どこか別の空間に飛ばしているかなんだけど」


 ささやかにとんでもないことをしていらっしゃる。返事ができないでいると、さらに余計な情報が付け加えられる。


「魔力量が少ないから、本当の本当に大したことはできないのよ。こんなの綺麗な布で拭けば済むんだし、汚れていない茶器がそばにあると、意識が引っ張られてそちらと入れ替わってしまう、なんて失敗もあるんだから。今後魔力量が上がってセファのように部屋を掃除した時、全く違う部屋と入れ替わったりしないといいわね、なんて言ってるくらいで」


 魔術の行使に必要なのは、魔力と魔力特性値。魔力特性値の不足を補うために必要なのが、魔術陣。しかしそれは、より強固で具体的な心象があれば陣など不要だいう者もいる。要は構造式という理屈か、『できる』という確信で魔術を具現するかの違いだ。

 結界系の魔力特性値が規格外に高いのは知っていたが、まさかここまでのことができるとは思っていなかった。かつてのワルワド伯爵夫人がことを企てるはずだ。別空間に飛ばす? 任意の場所に結界を張り、埃程度の微小なものを弾き飛ばす? 魔術陣も詠唱もなく、指の一振りで?

 魔力特性値が高いと、そんなことも可能になるなど知らなかった。もしかすると、魔術について学んでこなかったせいで『なんでもできる技術』だと思い込んでいるのだろうか。それが、恐ろしく強固な心象となっている?

 愕然としていると、喋っている間中手元はとめないままだったローズから、茶器が差し出された。


「少し休憩にしましょう。根を詰めても仕方がないわよ」

「……いただきます」


 ローズが手ずから入れたお茶を、じっと見つめる。あらゆる淑女教育を叩き込まれた彼女とはいえ、お茶を入れるだなんて技術は持っていなかったはずだ。

 受け取って、ローズの手によって片付いた長椅子に座ってから一口。いろいろ覚悟を決めて飲んだものの、瞬いた。


「……おいしいです」

「トトリ直伝よ」


 ふふん、と胸を張る姿は非常に誇らしそうで、その外套を脱いでくれればいいのに、と思う。きっと、今まで見たことのないほど、くるくる変わる表情が見えたことだろう。

 最近のローズは本当に、以前に比べて表情が豊かだ。

 第一王子アンセルムの隣で能面のような顔をして、時折微笑を浮かべていた深窓の令嬢とは思えない。素直に笑い、怒り、気まずい顔をして、恥ずかしそうに顔を逸らす。それが、誰によってもたらされた変化なのかは明白だった。


「フェルバート様の婚約者として執務を補佐する傍ら、こんなふうにお茶を差し入れることができたらと思ったの。セファの工房にいる時に時間を作って、トトリにお茶の淹れ方を習っていたわ。エマが来るようになってからは、エマとも」


 ふ、とローズの雰囲気が変わる。長椅子に座る自分の傍に立っていたローズが、すっと背筋を伸ばして表情を変えた。女主人の風格だ。


「フェルバートのために覚えたことなので、人に淹れる最初の一杯はお前にと決めていたわ。コレっきり最後と思って、ありがたく、味わって飲むのね」


 ふい、と顔を逸らされる。自分が長椅子で休憩している間、執務机の書類に手をつけるようだった。お茶を飲みながら、ローズが分類した書類を眺める。束ねてある順番も優先順位の高いものから、そうでなければ日付の順になっていた。

 目に見えるところから、急ぎだと知らされたものが見えた時にはそちらを優先する、といったやり方をしていたために作業効率が悪い自覚はあった。しかし、書類整理をする暇があれば仕事を進めたほうがと気がはやって、結果的にがんじがらめになっていたのだ。


「やはり、騎士見習いにせよ侍従にせよ、助手が必要よ、フェルバート様」


 執務机の書類を(さば)きながらローズが言う。わかっている。わかってはいるが、護人、ひいては供人に志願した自分に、騎士団上層部が見習いをあてがうことはないだろう。もともと集団に馴染めない厄介者として第一王子付きになったのだ。それが今では、やがていなくなる歯車の一つとして、この場所に押し込まれている。

 護人も、供人も、望んで得た立場なのだからその立場のために指示に従う。それが当然だった。だから、早く。ローズ。一緒に、世界を。


 扉が叩かれる音に、二人で顔を上げる。誰何(すいか)すれば、「オウガスタです」と返事がある。知っている家名ではあるが、声が知っているものより数段若い。(いぶか)しむと、執務机に座るローズが書類に視線を落としたまま「私の迎えだわ」と答えた。

 ローズが言うのでうなずいて、入室を許可する。現れたのは少し長めの茶髪をした、魔術学院の外套を着た学生だった。


「失礼いたします。騎士様。所属研究室担当魔術師であるセファの弟子をお迎えに参りました、ジャンジャック・オウガスタです」

「もうお昼? ろくに話もできなかったわ。フェルバート様、明日も同じ時間に来るけどかまわないかしら。まず、この部屋の書類を減らしましょう。今後については、落ち着いて話ができる状態になってから」


 ローズの申し出は、次の約束だった。はぁ、とうなずいていると、ローズの隣に立つジャンジャックが物言いたげな目をしている。魔術学院の友人とは彼のことだろうか。婚約を破棄したい相手との接触は最小回数ですませるべきだと、その目は語る。けれど、それを汲み取り自分から断る理由などなかった。また明日もこの人に会えるのだと、自分にとってはただそれだけだ。


 ジャンジャックと連れ立って部屋を出ていく、その後ろ姿を見送った。黒の外套を翻して姿を消す直前に、ローズがジャンジャックに話しかける言葉を聞く。


「……それで、セファはまだ怒ってる?」




 閉ざされた扉を見つめる。怒る? セファが? 聞き間違いだろうか。


「……あいつが、怒るようになったのか」


 透明な少年。それが、初対面時の印象だった。そんなふうに感情的になるようになったのか。誰によってもたらされた変化なのか。考えを巡らせて、苦笑する。

 そういう二人かと、ローズが入れてくれたお茶の最後の一口を飲み干した。


そういえば、お茶を淹れたお水は、炊事場の下働きに毎朝運んでもらっている飲料水です。かろうじて飲み水だけ置いてあるフェルバートの仕事場でした。


次回『食堂に向かって』


よろしくお願いします。


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