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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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32.書類に埋もれる騎士(1)

評価、お気に入り登録、拍手、ありがとうございます!

ゆっくりペースで進めてまいります。よろしくお願いします。

 

『あなたの愛は、いらないわ』


 気がつけば、告げられた言葉と振り返らない背中を思い出し、手が止まる。

 我に帰っては、執務机の上の減らない書類にため息をつき、のろのろと手を動かした。昼間のジルギット討伐で発生した雑務は山となり襲ってくる。おそらく自分がやるべきもの以外も積まれているだろうが、いずれいなくなる供人(ともびと)の扱いなどこんなものだろう。いずれいなくなると言うのなら、使える今のうちに使い潰す魂胆なのだ。今日も帰りは夜半過ぎになる。と、屋敷へ鳥を飛ばした。


 帰ったところで恋慕う相手はすでに屋敷を出て行き、魔術学院などと言う簡単に会いに行けないところへいってしまった。勧めたのは自分であるし、むしろ行ってくれてよかったと思う。

 学院は、外部からの干渉を容易に許さない。一度入り込めばこれ以上ない安全地帯だ。よっぽどのことがない限り、自分はローズに会うことはなくなった、ということだった。

 自業自得であったし、なるべくして行き着いた結末だ。提案したことに後悔はないし、貫く姿勢は今後も変わらない。どんなに嫌われても、その時がくれば隣に立つつもりだった。

 近頃、あの青い瞳が誰を見ているかなんて、わかっていてもだ。

 いずれ魔法使いに至る者。若く、美しく、恐ろしい銀髪の魔術師。ローズが今まで知らなかった価値基準を与え、彼女が今まで与えられなかった物の多くを与えられる存在。けれど、現実を見てよく考えればわかることだった。彼女の想い人は、いずれ魔法使いに至る者。どうあっても、彼女に寄り添えはしないのだから。

 だから、彼女がさいごを迎える時に迷いなく隣に立てるのは自分だけだと硬く信じた。それだけは、自分の役目であるのだと。


 そんなことを思って過ごしていたのに。




「フェルバート様、あなたって人は。……今までずっと、こんなお部屋でお仕事をしていたの?」


 ジルギット(虎の魔物)を討伐したその翌日。執務室へ訪れた人物をよく確認もせず招き入れた結果、混乱の極みにいる。


「書類仕事は得意ではないと聞いていたけれど、あまりにも要領が悪すぎるわ。これだからあんなに毎日に遅くまで……。書類整理だけでも任せられる従者はいないの? 見習い騎士や下級文官は?」


 見るからに上質な黒の学院外套を頭から目深(まぶか)に被り、書類で埋まった長椅子に空間を作って腰掛け書類の山を崩しにかかっているのは、関係が破綻(はたん)したはずの婚約者だった。

 いや、元、というべきなのか。


「今後の話をしにきたのに、落ち着いて話せる状況ではないわね。まったくもう。いやだ、これ部署違いじゃないの。どうしてあなたの部屋にあるのよ」


 職務怠慢だわ、怒る彼女は、どうやら幻ではないらしい。

 そうで、あるなら。


「ローズ、嬢?」

 顔があげられ、わずかに青い瞳が見えた。

「なあに? フェルバート様?」

「なにを……なにしに……? 俺に対して、様、とは?」

「うろたえるお前は珍しいわね。っと、ああもう。何事もなかったように話し合いたくて、会いにいくならきちんとわかる形でけじめをつけなさいと言われたの。私はもう、()()()の護衛対象でもなければ婚約者でいるつもりもないので、気安く呼ばわることはやめたのよ」


 ただ必要だからそうしている、と言った風のローズに、当て付けや嫌味といった含むところはないのだろうけれど。


「俺は、あなたから拒絶されたはずですが」

「だからと言って、今後の話し合いを避けるわけにもいかないでしょう」


 愛はいらないと明確に言われた。普通であれば、そのまま一切の接触をなくし、代理人を立ててやりとりをするものだと思っていた。


「あの、拒絶されたからと言って、俺があなたに懸想(けそう)している事実は変わらないのですが」


 書類を仕分けていたローズの動きが止まる。ゆっくりとこちらを向くけれど、その顔は再びすっぽり覆われた外套に隠れて見えない。見えないけれど、おそらく思いもよらないことを聞いた、と言うような反応であることが察せられた。

 お互い顔を向き合わせ、しばしの沈黙が流れる。


 ……まさかとは思うけれど、この後に及んで本気にされていなかったのだろうか。


「ふられたからと諦められるなら、そもそも二の騎士としてお仕えしていた第一王子殿下の婚約者になど、横恋慕しません」

「よっ、こ、れん……っ」


 ローズは奇声を発しつつ微動だにしない。いや、混乱の極地で固まっているだけだろうか。今どんな顔をしているのか気になったが、立ち上がって執務机を回り込むうちに逃げられてしまうだろう。

 奇怪に震える可愛らしい姿を眺めながら、さらに追い討ちを放った。


「そんな男の部屋に、単身やってくるなんて無用心ですよ」

「……………フェルバート様は、騎士だもの」


 たっぷりの沈黙の後、やっと口を開いたローズの言葉の意味がわからず、首を傾げる。少し(うつむ)いて、彼女は続けた。


「夜に、押し倒された時に。ええと、なんと言っていたかしら。トトリが怒ったのを、あなた、自分は騎士だから、と言い返していたわ」


 額を押さえる。夜、自分に押し倒されたことをしっかり覚えていながら、その後の記憶も曖昧(あいまい)な発言を元に信頼を寄せてくるこのお姫様を、誰か教育的に指導してくれないだろうか。誰に頼めばいい。クライドか。いやあいつはダメだ。かと言ってセファには無理だろう。卒倒しかねない。トトリか。いや、あの化粧師は自分に思うところがあるらしく嬉々としてこの状況のまま放置するだろう。エマを呼べば説教を喰らうのは自分自身だ。

 頼るあてがどこにもなくて頭痛がする。ため息をついた。


「それに、あなたからもらった護符は全部外されてしまったわ。あなたが私に何かすれば、セファの護符が作動するはずよ。だから、その、大丈夫」


 魔術について学んでいる今、それなりに対抗する術はあるのだと主張しているが、果たしてどこまであてになるのか。それにしても、とローズを見る。


「セファに思いを告げたのですか?」

「は、えっ」


 昔の男の護符を全て外すなど、あからさまな態度にどこかセファらしからぬ意図を感じる。問いかけて、慌てふためくローズを眺めつつ、彼女の挙動が落ち着いてからさらに問いを重ねた。


「俺の護符を全て外すなんて、セファにもそういう感情があるんですね」


 嫉妬だとか、独占欲だとか。いや、無意識には振りまいていたけれど、こんなふうに目に見える形で行動に移すとは。

 ローズは再び少しの間沈黙し、ええと、と切り出した。


「フェルバート様の護符を外したのは、セファじゃないわ。魔術学院の友人が、婚約破棄を申し出たのにその相手からもらった護符をつけて会いにいくものではないわ。と」

「……つくづく、あなたがたは想像の斜め上にいらっしゃる」


 セファじゃないのか、となんだか力が抜けた。そう、たしかに、彼はそういう性質ではないだろう。セファは自分などよりもよほど魔術の深淵に近い、俗物的な欲望とはかけ離れた場所にいる。

 そして、それはローズも同じだ。

 魔術の深淵を目指し、自己の研鑽に努め、その他の全てをたやすく切り捨てることのできるセファ。自我を捨て、貴族であれば当然のこととして民に施し、より高貴なる者が指図するままに、国益を取るローズ。


 つまり、他を捨ててただ一つを選び取る者という意味で、二人は似たもの同士だ。

 セファは嬉々として取り組み、選び、他を(ないがし)ろにする。それに対し、ローズはそれが当然の価値であるとしてその他の選択肢を見ていない、という能動的か受動的かの大きな違いはあるけれど。


 だから、二人が惹かれ合うのは、似たもの同士が身を寄せ合うのに少し近いと思っている。けれど決定的に違う部分のために、ずっと共にいることはできないとも。

 いつか思い知るその時のために、自分がそばにいるべきだと思っていた。

 いたのだが。


「……ご友人と、良い関係を築いていらっしゃる」

「みんな優しいのよ。本当に、私に一番良いあり方を考えてくれる。あと、真っ当な感覚というのも教えてくれるわ」


 異質な環境で育ったことを示唆する言葉に、曖昧に笑った。たしかに、ずいぶん人間味が出てきたと思う。氷の彫像のような面持ちで夜会に出ていたあの頃とは雲泥の差だった。

 その変化が眩しく、疎ましくも、好ましいとも思う。

 変化を受け入れ前向きに未来を目指そうとする彼女は、のんびりとした雰囲気を纏い口を動かしながらも視線と手元は書類の山を崩していた。ざっと見ては仕分ける、という作業をひたすら続けている。


「フェルバート様が確認するもの、不備があるので元の部署に戻すもの、管轄違いのものとして破棄するものに分けているわ。管轄違いの場所に持ってきたのはあちらの不手際だから、こちらで破棄してもいいはずよ。そうね、ドミニク様に持っていけばいい材料にしてくれるんじゃないかしら。あぁ、特別急いだ方が良さそうなのはこちら」


 言いながら、ローズはとうとう応接机の半分の空間を開けてしまった。

 よし、とうなずく彼女は満足げだ。本来なら、有事の際は執務室を持ち、国務を担えるだけの能力を備えた方なのだ。こんなことは初歩の初歩なのだろう。侯爵家での花嫁修行や、セファとの魔術講義の際とは違って、より自由に、のびのびと、不安げな顔をすることなく振る舞う姿に、本来こういう場所にいる方なのだとつくづく思う。

 自分の妻として役割を任せるには、明らかにその役割の方が彼女の能力に不適格だった。仮初とはいえ、一時でもそれを夢見た自分が、いかに独りよがりな夢想の中にいたかがわかる。


「フェルバート様、こちら、使わせてもらうわよ」


 気づけば立ち上がって部屋の隅で何かしている。確かそこは、部屋でも多少飲み物が出せるようにと道具が揃えてある一角で、だがお茶を楽しむ暇などなく、長いこと放置している……。


「待ってください、そこは掃除が全く行き届いて……!」

「いやだ、埃まみれじゃないの」


 呆れた声と共に、指がすい、すい、と振られる。光の粒が広がった。魔術だ、と気づいた時には席を立ってローズの肩を掴んでいた。



フェルバートの予想をことごとく外してくるローズ。というお話。続く。


近況

そういえば、血糖値・糖質問題は検査結果が出て解決しました(食事療法になりました)

ご心配おかけしました。平日は元気にお仕事してます。

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