表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
85/175

30.差し伸べる手はここに

評価、拍手、感想、お気に入り登録などなどありがとうございます。嬉しいです。

だいぶ過ごしやすい季節になってきましたが、油断すると体調を崩しやすいので皆様もどうぞお気をつけください。

 

 赤の魔術師は人間として、夫や子どもたちのそばに居つづけた。やがて夫の死を看取ってから、老いた後に魔法使いになったという。



「事情が違いすぎますし、そんな話がしたいのではありません。あなたは、ローズ姫をどうするつもりです」

「僕が決めることじゃない」


 ぴしゃりと言い放つ。苛立ちまじりに、氷の粒が舞った。

 どうして、誰も彼もがローズの意思を無視して、彼女の未来を決めようとするのだろう。意図せず氷で威嚇したために、はっきりとその目に恐怖の色を映すクライドから目を逸らす。相変わらず魔力調整が下手で嫌になる。心落ち着かせるべく、杖を手にした。大きな魔石がついた大杖は、ちょっとやそっとの魔力漏れでは具現しない。


「僕が望んだとして、ローズ様が僕を選ぶとは限らないだろ。彼女の望みは、その育てられた目的に(むく)いて、役目を果たすことだ。そのために僕は助力を惜しまない。魔法使いになったとしても」


 全てを打ち明けるつもりはなかったけれど、ひとつ、決めていることがある。


「白銀の魔法使いは、ローズ様を庇護する。害するものは許さない。魔法使いになった暁には、そんなふうに宣言してもいい」


 大切な友人なんだ。僕の髪に触れ、笑いかけて、優しい眼差しをくれる。時々わがままで、偉そうで、世間知らずで、口の減らない困ったお嬢様だけれど。

 でも本当は優しくされたいと思っていることを、知っている。普通の人間と同じように、褒められたいし、寂しいのは嫌で、だけど自分の望みも簡単に口にできない臆病な人だから。

 だから僕は、そんな彼女がただ安心して笑って、好きなものを好きだと大切なものを大切だと、当たり前に言えるように手助けがしたいと願う。


「それを許さないって人がそんなにもいるなら、彼女が必要だと思う人間だけを連れて、遠いどこかに逃げたっていいよ」

「あなたは」


 クライドが呆れた声でため息をつく。


「彼女を解き放ちたいのか、独占したいのか、どちらです」


 言葉で改めて問われると、あれ。と思った。瞬きを二度三度繰り返して、クライドの方へと顔を向ける。


「さあね」


 目があうと、ひくり。と、クライドの口の端が引きつった。同じように、僕の口の端も引いている。


「……その端正な顔でのその表情は、卒倒する人間が出かねません」


 ローズに向けるものとは異なる、随分凶悪な笑みになっていると自分でも思う。クライドの言葉に気分が良くなって、くつくつと肩を震わした。


「そうとも、僕は化け物だからね」

「目立つことは避けた方がよろしいのでは。魔法使いとして世界につながる前に、危険分子として魔法使いから処分されますよ」


 忠告に肩を竦めた。そんなのはもう今更だし、すでに後戻りできるところにはいない。もし処分を受けるようなら、本当の本当にローズの手だけとって逃げ出すのも一興だ。

 そんなできるはずもないことを考えながら、クライドには笑って見せる。

 返事につまったクライドがやれやれと首を振って会話を打ち切ったところへ、トトリがエマを連れて戻ってきた。取り乱したエマを根気強く慰めたのだろう。目元を真っ赤に腫らしながらも落ち着いた様子で、顔を合わせるなりエマが深々と頭を下げる。彼女に話を聞くべく、散らかした応接具周辺をクライドに片付けさせた。






 トトリに連れられてやってきたエマは、まず寝房で眠るローズの様子を見に行き、衣裳の締め付けを緩めるなどの世話をした後で片付いた応接具に腰を下ろした。


「つまり、混乱極まる黄金劇場の舞台裏でローズを連れ去った人間は、転移陣を持ち歩いていたと言うことか」

「はい」

「その人物は?」

「その時は見覚えのある人だと思ったのですが、い、今はもうわかりません。顔を思い出そうとしてもモヤがかかったようで」

「本来厳しく管理することが義務づけられている転移陣を私的に用意でき、持ち歩ける人間など限られています。エマはそれ以上思い出さない方が賢明でしょう」


 僕がエマに話を聞いている横から、クライドが口を出してくる。そういう本人が一番何か知っているに違いないと思うのに、聞いてもはぐらかされると分かっているのが腹立たしい。


「人妻と親交深いと噂のクライド様なら、何かもう少し詳しいのでは? 認識阻害や幻覚術式の特性値が高い人物に心当たりは?」

「化粧師の分際で人聞きの悪いことを聞きますね。そんな特殊な魔力特性は個人で秘匿する者が大半でしょう。知っていると思いますか」


 にこやかな笑みを交わすトトリとクライドの間に火花が散る。僕は二人を放置して、エマにありがとう、と返した。


「相手が君まで害するような人間でなくてよかった。あとはローズ様自身に何があったか聞いてみよう。ちなみに、フェルバートとローズ様に何があったか聞いてる?」


 エマの表情が固まったので、あぁ何かあったのだなと察する。エマは目を伏せ、膝の上に拳を作った。


「あの人、なんなんですか」


 ぽつりと呟いたその言葉は、かつての末端貴族令嬢として常に冷静な振る舞いをする彼女にしては、精細さを欠いた物言いだった。


「姫様が魔術について学ぶことを制限されていたことも、おそらくそれにつながりかねない物語や歌劇から遠ざけられたことも知っていました。指示されるまま私もそういった風に対応してましたから。ですが、フェルバート様と婚約されてその花嫁教育を侯爵夫人から受けているはずの今でさえ、極端にその分野の知識が欠けているのは何故です。その上、あの人」


 そこでエマは声をつまらせた。こんなこと、セファ様にいうのは卑怯ですけど、と生真面目さと打算の板挟みであると泣き言を漏らす。


「姫様との婚約は正式なものにはなり得ないから、望まれない以上そばにいられない。ってなんです。ハミルトン侯爵家に嫁ぐことがないというのなら、これより姫様の立場はどうなるんですか」


 目元を赤くして、エマがセファに問う。


「セファ様が、後ろ盾として守ってくださいますか?」

「エマ、セファはちゃんと、ローズ様のこと大事にしてくれてるよ」

「だって、トトリ。あの方はこれからどうやって」

「それは、お前が考えることではないわ」


 エマの言葉にわりいるようにして響いた声に、その場にいた全員が書斎の方を振り返る。僕は立ち上がって、彼女の手をとった。


「ローズ様、具合は?」

「平気よ。どれくらい眠っていたかしら」

「まだ夕方だよ。お腹空いていないかい。用意してあるから、とりあえず座って」


 ありがとう、とはにかむ彼女の顔色をつぶさに観察して、本人が言っていることに偽りがないことを見てとる。トトリがローズのために用意していた食事を取りに行き、エマは椅子から降りて、床に膝をついてうなだれていた。

 自分でまとめたのだろうか、後毛(おくれげ)の目立つ後ろ髪を纏める髪飾りは、随分前に僕があげた飴色の透かし細工だった。黒の学院外套の前をきっちりと合わせて、起き抜け自ら身支度をした様子のローズの背に手を添える。やけに温かな感触にとてつもない違和感が襲い、体全部の動きが止まった。

 その隙にローズは床に膝をつくエマへと近づいて、僕から離れていく。


「エマ。お前の仕事は何」

「私は、ローズ姫様の、侍女です」

「そう。侍女は主人の身の振りを決める立場にあるかしら」

「……いいえ」

「主人の身に危険が迫った時、それを回避する立場かしら」


 エマがパッと顔を上げる。首を振りながら、でも、と声を荒げた。


「それ、は……。ですが、身を(てい)してお守りするのは、側仕えとして」

「そんなのは影武者や護衛の仕事であって、侍女の仕事ではないわ」


 まったくもう、とローズがエマと同じように膝をつく。姫様、と慌てふためくエマに、ローズが手を伸ばした。頭を抱えるようにして、その細い腕で抱きしめる。


「ああいう時は、逃げていいのよ。エマは魔術師ではないし、結界も使えない。フェルバートに事情を伝えてくれたのでしょう。なら、十分よ。そんな顔をする必要なんてないし、エマが今後を思い悩む必要もないの。私の身の振りは、私の立場をうまく使いたい人たちが考えるし、その人たちもいないなら私自身が考える。誰を頼るかも、自分で決めるわ」


 こういう時、ローズは上に立つ者として下々を守る生き方を当たり前に選ぶのだと思い知る。貴族や平民が、彼女に何をしただろう。何も知らない僕がそう疑問を抱いたところで、彼らの税によって、何不自由のない生活をしてこれたのよ。と、当たり前のように言うのだろう。既に貰っているのだから、これから返していくのは当たり前だと。

 その生き方を当たり前に思っていて、変えようとしない彼女を見ているのは歯痒い。もっと、もっと報われていいはずだ。あらゆる重荷から解放されていいはずだ。でも、だれよりもローズがそれを望まない。

 彼女の本当の望みが何か、いまだに答えはもらえない。


「ほら、目元がすごいことになっているわよ。ちゃんと自分で冷やしなさい」


 そう言って年上のエマを抱きしめるローズは、ただそれだけで綺麗だった。でも、そう感じることさえも苦しい。無欲に振る舞い、他者に施すのが当然の存在であるかのようで、そんなのは……。


「……? あの、姫さま」


 血の気のエマの引いた声に、何事かと意識を向ける。驚愕もあらわな表情で、そっとローズから身を離し、その肩を掴んだ。


「ちょっと、向こうで、お話ししませんか」


 明らかに流れのおかしい提案に、ローズも首を傾げている。エマは構わずローズを促し立ち上がらせ、有無を言わさず書斎の方へと連れて行こうとする。

 意味が分からなくて付いて行けば、


「男性方は、少々、ここで、お待ちを」


 堅い声で留められ、さらに調合室の方へと去っていく姿を見送った。戸惑いながらクライドやトトリと首を傾げていると、エマの声が漏れ聞こえてくる。


「姫さま、ご自分で身支度をされたのですよね」


 魔術塔の工房は、水回りその他を除けばほとんど一部屋だ。それを、本棚で仕切って書斎や談話室、調合室など役割を持たせた空間を作っている。つまり本棚の上はがら空きで、場所を選ばなければ会話が丸聞こえとなる。

 ちょうど、今のように。


「ええそうよ。起きたら外は暗いし、何事かしらと思って最低限身につけて慌てて……」

「最低限ではありません!なんという格好で殿方の前に出てきてるんですか!」

「そんなにだめだったかしら。でも学院外套を着て前もしっかり閉じて」

「だからってあられもない姿を外套だけで隠したみたいな格好ですよそれ!! お願いですから無防備に身体の線を晒すような真似はお控えください!!」


 一言一句聞こえてくるエマの叱責に、視線が泳ぐ。トトリとクライドもなんとも言えない表情になった。


「丸聞こえだよって、教えてあげたほうがいいですかね」

「この会話を全て聞いてしまったと告白できるならね」

 トトリの独り言に、クライドが肩を竦める。


「胴着もつけずに胸元も抑えないなんて何考えてるんですか!だめですよ!!!」

「だって、編み上げも(ぼたん)もやっぱり一人じゃ難しくて」

「ですから、姫さまが身につけるには粗末とは言え、一人でつけれるものをご用意して使い方をお教えしたではないですか。巻く、回す、(しぼ)る、ですよ!」


 背中に触れた時に抱いた違和感、その正体に気がついて、僕は本棚に頭を打ち付けた。なるほどあれは、いやだめだこれ以上は考えないぞ。


「特別成熟するのが早かったわけではありませんが、まぁ、見事に夢のある体つきになりましたね」


 クライドの不要な一言にも、何もいう気が起きない。ただそういうことをあからさまにいうのはどうかと思う。


「いつ頃だったか、大慌てで衣裳の仕立て直しをしてましたっけね。胸が苦しいというので、最初は医者を呼ぶ上へ下への大騒ぎでーーー」

「クライド・フェロウ」


 戯事が続くので、耐えかねて名前を呼ぶ。


「おや、紳士ですね。その年の割に食いつかないと思えば、なるほど」

「そこはかとなく馬鹿にしてないか」

「まさか、とんでもない。ますます気に入りました。見目麗しく、将来性もあり、能力も高く、加えて紳士的。物語の王子様のようですね」

「やっぱり馬鹿にしているだろう」


 意味が分からない。杖をコンコン床に打ち付ければ、クライドは慌てて両手を上げた。



ええとその。はいすみません。ローズはないすばでぃ、というお話でした。柔らかくていい匂いがします。よろしくお願いします。


次回「魔術学院寮へ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ