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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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28.地下施設と薬草の香り

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 思うことはいくらでもある。吐き出したいことも。母について考えることは山とあるし、アンセルムに面と向かって問い質したいことだって、おなじくらい。

 けれど、こんなにも一度にいろいろな人へ強い感情を抱いたことは初めてで、私は何をどう吐き出していいかもわからなくなっていた。

 まるで、動作不良を起こして魔力が暴発する魔術具のようだ。



 力一杯叫んだ直後、肩で息をする。はあ、と全部の息を吐いてから、ようやく落ち着いてあたりを見回した。

 先ほどいた場所と、さして代わり映えしない石造りの広間だ。魔術燈に全体が照らされて、その室内は明るい。

 中央に正方形に近い食卓があって、椅子が三脚ほど置いてある。使われなくなって久しいその一揃えは、(ほこり)にまみれ古びた印象だった。

 ふと、頭上を見上げる。そこにあったものに瞬いた。


「天井画だわ」


 こんな地下に。いや、地下だからだろうか。青空を背景にした円の中いくつかの場面に分かれ、少女たちが描かれていた。


 親密そうに身を寄せ合う三人の少女。真ん中に立つ金髪の少女が、輝く宝石を捧げ持ち、その手に黒髪の少女と赤い髪の少女がそれぞれ両手を添えていた。

 次に描かれているのは彼女たちの日常だろうか。寝具の中で眠る赤い髪の少女と、鏡を覗き込む金髪の少女、そして、高い塔がたくさんある街を、変わった格好で歩く黒髪の少女。

 そしてその隣に、赤い髪の少女と黒髪の少女が祈りを捧げる中で、金髪の少女が鏡の中へと入っていく、というような絵が続く。


 そして。


「……この天井画は、何?」


 混乱の中で、一人言葉をこぼす。ここは、かつての神殿の地下。今の王都の神殿や、本神殿にもあると考えていいだろう。儀式を経て魔女が送られるところだと聞いた。

 世界を救うために倒されるべき魔女が、私のような存在と言うのなら。

 結界系魔力特性値が飛び抜けて高く、そして私とは違い、幼い頃から研鑽を怠らず強力な魔力を持つ存在だったというのなら。


「結界への理解が深く、特性値の高い人間を、そう簡単に結界で閉じ込められるかしら」


 自分にできるかどうかは脇に置いて、ある程度魔術に学んだ今ならそうだとわかる。そういった知識をつけないための、魔術に関する情報の遮断だったのだろうか。でも、フェルバートも王妃も、私がここにいて、ここから出られないと思い込んでいるようだった。ここが(魔女)を閉じ込めるための施設だと、彼らに告げたのは誰だろう。


 もう一度、天井画を見上げる。

 最後の場面に、黒髪の少女が輝く剣を持ち、金髪の少女を貫いている絵があった。どうみても、黒髪の少女が救世の巫女で、金髪の少女が魔女だろう。救世を描いた天井画だ。魔女になった少女がここに送られ、ここでこの絵を見上げる時、果たして何を思うだろう。

 円は閉じられ、また、宝石を捧げ持つ三人の少女たちがその隣に並ぶ。あんなにも穏やかに笑っていて、仲睦まじそうな様子なのに、なんて凄惨なさいごなのだろう。


 重苦しい気持ちで、 さらに部屋の奥を見る。また別の扉があった。背後の扉を意識して、さらにその向こう側にまだいるであろうフェルバートのことを考える。

 ただ足の向くまま突き進み、手をばして扉を開いた。





 調理場、寝室、図書室、遊戯室、訓練場、衣裳部屋。生活に必要な部屋、そうでない部屋を一通り見て周り、私は石壁のくぼみに腰掛ける。残されている家具は木製品のものが多く、触っただけで壊れそうなものばかりだ。


「……三人暮らしの施設みたい」


 食器棚に残された食器、椅子の数、寝台の数、それらの全てが三つずつ。見まわればまわるだけ、謎が深まっていった。王妃やフェルバートと話をした部屋の一番反対側、最奥の応接間のさらに奥には階段があった。上へ上へと伸びる螺旋状の階段は、地上までどれだけあるかわからない。

 歩き回って疲れた体をそうやって休めていたけれど、いつまでもここにいても仕方がなかった。壁から離れ、階段を下から上へ覗き込む。


 ゆくては薄暗く、途中途中に魔術燈で照らされているけれど、足元はほとんど見えない。それでも、何があるかわからなくても、一段目に足をのせた。

 (かかと)の高い華奢(きゃしゃ)な靴は歩きにくくて、今日のために用意した衣裳は重かった。でもフェルバートのいる場所には戻りたくなくて、ただただ反対側を目指して歩く。


「……こんな、……階段」


 途中で立ち止まって、上がった息を整える。体を動かすのは不得意だ。完璧な令嬢となるための教育の中でも免除されるほど、適性がなかった。軽い運動くらいなら構わないけれど、こんな靴で何段もの階段を上がることなんて。


「急ぐ必要は、ないのだから、ゆっくりいけば、いいのよね」


 はぁ、と息を吐く。また足を動かし、上を目指した。




 たどり着いた階段の終わりにあったのは、一枚の扉だった。隙間から漏れ出る光にほっとして、惹かれるようにして扉を開いた。

 外の眩しさに目を閉じる。ひんやりとした秋の空気を目一杯吸い込んで、ゆっくりと目を開いた。


「きれい」


 光と緑あふれる森の中だった。手すりに手を添えて、三段しかない階段をゆっくりと降りる。振り返れば、納屋ほどの大きさの小さな家があった。今出てきた扉はまるで小さな家の玄関のようだ。森の空き地の真ん中にポツンとあるにはずいぶん不似合いで、なにかの術式が組まれているのか真新しく綺麗だった。

 向こうのほうには小川が流れていて、あたりを注意深く見ればなんだか朽ちた立て札や柵が見える。


「……庭、だったのかしら。作物……畑? それとも薬草園?」


 これも、中に暮らしていた人たちが世話していたのだろうか。それとも、外部の人間が? と言うことは、こちら側からなら出入りができた? それとも、中にあった結界装置が壊れていたとか、扉の鍵が開いていただけだとか?

 疑問符で頭をいっぱいにしながら、さらに先へと進む。周囲は木々に囲まれているけれど、庭のような空間がぽっかりと開いた先に、小道が続いていた。

 木漏れ日の下、曲がりくねったその道を辿れば、淡い光が前方を遮っていた。ここに結界はあったのだ。と言うことはやはり、あの施設は結界で閉ざされていると考えて間違い無いだろう。

 何気なく近づいて、すぐに足を止めた。


「えっ」


 向こう側の人影に目を疑って、思わず声が出た。ぱっと口元を覆って。もう一度、え? と心の中で呟く。もうこれ以上は限界だと言うのに。


「ローズ様?」


 セファの声に、あぁ本物だわ。と、膝から崩れ落ちそうだった。

 白い外套を着たセファが、淡い光の向こう側に佇んでいる。


「ローズ様。そこにいるのか。こちらからは見えないんだ」


 そういう結界なのだろう。私は淡い光の膜を見上げる。そっと手を伸ばして触れれば、ぱちりと小さな音と抵抗を受け、慌てて指をひっこめた。


「結界を(まと)え、ローズ姫」


 セファとは違う人間の声に、また耳を疑う。どうしてクライドが、そこでセファと肩を並べているのだろう。先ほどまではいなかった。セファの声を聞きつけて、かけてきたのだろうか。


「前ワルワド伯爵夫人が利用しようとした力だ。魔力を感知させないだけじゃない。ローズ姫の結界は、異なる結界と同化できる力を持つ」


 なによそれ。そんなの、やったことがないわ。そしてちょっと口調が崩れていてよお兄様、と内心悪態をつきながら、いろいろ限界な体を叱咤(しった)する。両手を合わせ、詠唱した。うたうように、聞かせるように。精霊王にこの祈りは届くのだろうか。届くから、結界が作れるのだろうかとこの時だけは他所ごとを考える余裕があった。

 この、神殿の祈りの言葉を用いた詠唱は、どこまでも心軽く唱えることができる。


 結界を纏った腕を伸ばす。波紋が広がって、抵抗なく通り抜けた。


「ローズ様」


 セファには結界を通過してきた私が見えるわけないのに、差し出されてきた手を目の前にして、つい笑ってしまう。

 彷徨(さまよ)う瞳を、間違いなく私へと向けて欲しくて、その手を取った。

 身に纏っていた淡い光が、はじけて砕ける。セファの薄茶の瞳がわずかに驚きに彩られて、私はにっこりしながらその手を離した。


「こんにちは、二人とも。こんなところで奇遇よね」


 そう言って笑いかければ、二人は何とも言えない顔で私を見つめ返した。






「黄金劇場の様子はそんなところ。エマにもフェルバートにも鳥を飛ばしたから、二人とも無事に屋敷に戻っているはずだよ」


 セファの言葉を聞きながら、私はそう、と居心地悪く相槌を打った。時折助けを求めてクライドを見るのに、彼は(かたく)なにこちらを見ようとしない。


「あの、セファ」

「なんだい」

「ええと、その」

「魔術塔に着くまでおとなしくしていて。疲れているだろうから、もたれて休んでもいいよ」


 休めないわよ。と、セファの腕の中で思う。


 結界から姿を現した私を、セファは頭の先から足元もまで見つめるなり自分の白い外套を着せ掛けてきた。頭から足先まで、すっぽりと。裾が地面について汚れるのも構わずに。そうして問答無用で抱き上げたのだ。抵抗する間も無く横抱きにされて、私は悲鳴をすっかり飲み込んでしまった。

 今に至るまでも、黄金劇場の状況を聞きながら運ばれている。


「君、今自分がどれだけ疲れているかわかるかい? 行動と思考の補助術式は起動している?」

「してないんじゃないかしら。多分、起動していれば自覚くらいできるはずよ」


 そう、とセファがうなずく。彼は一度クライドを見たけれど、すぐに前に向き直った。その端正な横顔を斜め下から見ていると、なんだか不思議な気持ちになる。


「ねぇ、どうして私、魔術塔に行くの」


 ポツリと疑問をこぼせば、セファが私を見た。歩みは止めない。そういえば、ここはどこの森なのだろう。木々の隙間から、見覚えのある尖塔が見えた気がしたけれど、確証がない。

 ふと、王都の森と結界、と言う組み合わせに既視感があった。


「……他に、どこかいきたい場所がある?」


 ないけれど。でも、このまま魔術塔に行ってセファの工房に落ち着くのは、何か……違うような。

 言葉にできなくて私は口を閉ざす。そういえば、セファは私に何があったか聞かない。どうしてあんなところに迎えに来れたのかも。

 物言いたげな私の視線に気付いてか、セファは前を見たまま言う。


「……詳しい話を聞くのは今じゃなくてもいいし、ひとまず君は休むべきだと思う。一度工房で休んで、これまでのことはそのあと整理しよう。これからのことは、さらにその後」


 そんなにも、いろいろなことを後回しにしていいものだろうか。


「いろいろ……、いろいろあったの。それで、少し疲れたわ。フェルバートとも、話をしたのよ」


 うん、とセファが相槌を打つ。優しいうなずきに、なんだかほっとした。もたれて休んでいい、と言っていた先ほどの言葉に甘えて、頬をセファの肩へとくっつける。続けて浮かんだ疑問を、特別気にすることなく問いかけた。


「でも、セファはどうして私のいる場所が分かったの?」

「それは……、あー」


 突然歯切れ悪くなって、瞬く。セファの肩に頬をくっつけたまま見上げれば、表情から動揺している様子が見て取れた。


「……秘密、にはしないけど、あとでね」


 なにか不都合があるのだろうか。あとでと言うからには、あとで教えてもらえるのだろう。セファは、とにかく私の休息を優先したいようだった。


 しばらく、無言でセファに運ばれた。クライドが物言いたげな視線を向けている気がしたけれど、取り合うだけの気力がもうない。特別意識しない思考は散漫とし、結んでは解けて、解けては結ばれる。

 不思議な感覚だった。ふと、セファの寝房と同じ薬草が香って、その感覚の正体を知る。あの、安心する香りだ。

 あの時はただ、セファが気を利かせて寝房に焚き染めてくれたのだと思い込んだけれど、違った。セファの着ているものや、持ち物。存在そのものの香りだったのだ。


 セファの匂いだった。だから、こんなにも、安心するのだ。

 私は、ただ、こんなにも、この人が。


「……魔法使いのことも、聞いたわ」


 際限なくあふれる気持ちを、そっと押し込める。

 セファの肩、腕に体を預けて寄り添ったまま、呟いた。



二人が寄り添って見つめ合う姿を、クライドはどんな気持ちで見てるんでしょう。


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