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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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26.フェルバートとの外出ー護衛騎士の真実

昨夜22時過ぎに更新していますので、まだの方はそちらを先にご覧ください。


お気に入り登録ありがとうございます!


「ローズ嬢? ご無事ですか。この結界は? くそ、装置はどこにある」


 目の前で結界に阻まれるフェルバートの姿に、なぜだろう。安心してしまう。


「エマは無事?」

「一言目がそれですか。あなたは、まったく……。騎士見習いについてもらっています。遅くなるようなら先に屋敷に戻るよう伝えていますが、あなたか俺が戻るまで半壊した黄金劇場で待ち続けるでしょうね」


 つまり、ここには来ないということだ。よかった。私のこれまでの暮らしの意味を、彼女に知らせたくはなかった。知らず片棒を担がされていたという事実を、できれば自覚しないまま、笑っていて欲しい。

 これは私のわがままだろう。彼女には、平穏な日常にいて欲しい。私のそばにいて叶わないというのなら、突き放すべきかもしれない。


 私の様子を、フェルバートが伺うように見ている。沈黙がそんなに意外だろうか。来るのが遅いわと罵るだけの気力は、もうないのだ。


「フェルバート、私、とても親切な方にいろいろ教えてもらったのよ」


 床に座り込んだまま、静かな気持ちで話しかけた。フェルバートがハッとしたように私を見る。私、今どんな顔をしているかしら。笑えているかしら。怒っているかしら。声が震えていなければいいことにしよう。


「聞いた話の真偽を問うことはしない。何を信じるかは私が決める。フェルバート、お前に聞きたいことはそう多くないわ」


 騎士が手を伸ばし、弾かれる音が響いた。結界がある以上、フェルバートは私に近づけない。何よりもそのことが、私を安堵させる。


「本当に、どういうつもりで、私を婚約者にしたの」


 これでも、思い描いていたものがある。荒地に急に飛ばされてからやっとの思いで戻ってきて、その矢先の突然の求婚だった。フェルバートに対しては、まったくそんなつもりはなかったし驚いたし困惑もしたけれど、それでも、求められたというのならそれなりの役割を果たす心算(こころづもり)だったのだ。


「そう遠くない未来。魔女として聖女の聖剣に貫かれる私に、何を考えて求婚したの」


 核心を告げる。フェルバートの動揺はそう大きくはなかった。わずかに目を瞠って、一度閉じて、次に開いた時には、凪いだ青がそこにあった。窓のない石造りの室内で、魔術燈の灯に照らされたそこに、草原の空の色はない。


「俺は、護人(ごじん)であり、供人(ともびと)です。あなたが婚約破棄された翌朝から、今までずっと」

「護人と、供人……」


 知らない役割の名前に、私はただ復唱して先を促す。フェルバートは視線を落とした。口元が笑っているようにも思えるし、錯覚かもしれない。


「アンセルム殿下に婚約を破棄されたあなたは、辺境に行って次期族長イシルイリルの妻として儀式を執り行い、魔女となって神殿の地下に送られるはずでした。ちょうど、このような」


 その口ぶりから、ここが黄金劇場の地下なのだとわかる。かつて神殿だった黄金劇場は、内装が作り替えられ当時の見る影もなかったけれど、地下は手付かずだったらしい。当時の機構が生きていて、こうして私が足を踏み入れたと同時に結界が起動した。

  魔女となる条件を満たすものを、結界で囲うのだ。


「その道行を守護する役目を、護人。王国結界の中といえど、街道馬車での旅は、手放しに安全とはいえませんから」


 聞いたとおりだ。護る者。守護者。騎士であったフェルバートが、なんらかの思惑を持ち役目を担って私のそばに着くのは、別に不思議ではない。


「そして、供人は本来、身寄りのない『子供』がなるものだそうです。何も知らない『子供』が、道中の巫女姫の心を慰め互いに依存し、聖剣を前にするその瞬間まで、供をする。その役目を、俺が引き取りました。道中は護人として、あなたが儀式を終えたその後は、供人として」


 顔を上げて、私を見る。優しいその眼差しが嫌いではなかったけれど、今では全く得体の知れないものに思えた。


「運命を、ともにしようと」


 わからないわ、と喉の奥で悲鳴を上げた。そんな、曖昧な言い方ではわからない。耳障りのいい綺麗な語句で飾りつけられたそれを、なぜ私が問い質さなければならないのか。


「……お前、私と死ぬつもりだったの」


 声は震えなかった代わりに、かすれてしまった。


「わた、し、私は。お前とずっと、未来の話をしていたつもりだったのよ。フェルバートは違ったというの。ずっと、行き止まりを目指していた? 私が魔女になるのを、ずっと待ち望んでいたというの」

「あなたを、魔女と呼びたくはなかったし、周囲にも呼ばせたくなかった。強いていうなら、この世界を救う救世主でしょうか。ただ、その身の犠牲が必要なのです。それで世界が救われる。あなたが救う。あなたが世界を救うために(きざはし)を登るというのなら、俺はあなたをひとりにしたくなかった。それだけです」


 それだけ、って……。

 口にする言葉が見つからない。何を返していいかがわからなかった。思い出すのは、結婚や、子どものこと、新居の話をした時の、フェルバートの歯切れの悪い反応だ。ずっと、ずっと、未来の話をする私をどんなふうに見ていたの。


「あなたに成り変わったあいつのせいで、あらゆる筋書きが狂いました。本当なら今頃、とっくに俺とローズ嬢は聖剣に斬られ、世界は救われているはずだったのに」


 それが、どういった事態を巻き起こしたのか、わかりますか。とフェルバートはいう。


「アンセルム殿下の婚約を破棄し、フォルア伯爵家からは勘当され、イシルイリルの求婚を拒み、魔法使い候補を連れて王都に戻ってきたあなたが、どう見られているか。あなたが世界のために討たれるための存在だと知っている者はそう多くありません。何も知らない者たちに、どう見られていたか。婚約は必要でした。俺が、さいごの時まであなたのそばにいるために」

「そんなの」


 もうだめだった。私はフェルバートの言葉を遮るようにしてあえぐ。喉の奥が引きつるようにして震えた。婚約者だと思っていた人、ともに未来を歩むのだと思っていた人。いつか子をなし、愛す伴侶。焦がれるような情熱は抱けなくとも、暖かな絆を育めると信じた相手。そんなものは何もかも幻想だったのだと思い知る。どこまでも、この人は終わりを見定めていた。


「侯爵家の人間が、なんでそんな道を歩めるの。私に何を見たの。それとも、お前、じつはそこまでこの世界に()んでいたの」


 何もかもがわからなかった。理解できるとも思えない。けれど、その問いは的確だったのかもしれない。フェルバートの瞳が揺れて、すこし、現実に帰ってきたように見えた。


「……その、侯爵家の四男。それが」


 言いかけて、言葉を飲み込むようにして口を閉ざした。

 なにか、この人の一番深いところにあるものに触れたのかも知れない。座り込んだ石床の冷たさが足を冷やす。両手を胸元に押し付けて、ただ、結界の向こう側に佇む騎士を見上げた。


「長ずるごとに尊敬する兄たちの前で、親戚から父に似ていると言われること。兄たちよりも豊富な魔力と高い魔力特性値。性格も、見た目も、能力も、何もかもが父譲りで兄弟の中で一番似ている。と、悪意なく周囲に褒めそやされる四男が、何を思うか、想像できますか」


 わからないわと首をふる。穏やかな顔で、あなたはそれでいいです。と、フェルバートが笑っている。頑なな様子で口を閉ざして、もうこれ以上話す気がないことがわかった。

 侯爵家の四男。兄たちを差し置いて父に似ているとありのまま言われるその境遇が、ずっと嫌だったのだろうか。辛かったのだろうか。私に運命を誓って、死出の旅路につくことを決意するほどに。そんなことが?

 なにか、私の知らないいろいろなものが積み重なってそんな意思を固めたのだろうか。わからない。ただ、私に言えることは一つだった。

 石床から、ゆっくりと立ち上がる。姿勢を正して深呼吸をし、背筋を伸ばした。


「お前の、その、私と運命を共にするという、愛」


 世界を救うため聖剣に貫かれるという私を、ひとりにさせたくないがために寄り添うための、選択。そんなもの、と私は思う。


「そんな愛は、いらないわ」

「それでいいです」


 怒るかと思ったのに、フェルバートは静かだった。まるで、私がそう言うと分かっていたように。


「それでも、ローズ嬢はきっと世界を救うでしょう。俺がそばにいても、いなくても」


 その言葉には、肯定も否定もできなかった。 小さく笑って、目を閉じる。


「この日のために衣裳を用意して、馬車に乗って、黄金劇場を目の当たりにして、観劇を楽しんで、平民もいるような場所で飲み物を買うフェルバートを待ったこと。何もかも初めてで、でも、楽しかったのよ」


 楽しかったのに、と声が歪む。目を開いて、顔を上げた。穏やかな顔をしたフェルバートを見上げながら、いろいろなことを心の内で決めていく。今聴けることは、全て聞くつもりだった。


「お前との外出、もう一つの目的をはたしましょう」

「はい、ローズ嬢」

「私の聞くこと、なんでも答えてくれるのよね」

「俺に答えられることであれば」

「では最初に、魔法使いについてだけれど」

「セファのことですね」


 魔法使いだと言っているのに、と目を逸らす。視界の端で、フェルバートが笑っていた。メアリやリコリス、リリカに指摘されたように、フェルバートも私の視線の先に誰かいるか、とっくに知っていたのかしら。 


「……魔法使いって、結局なんなの」


 先ほどの王妃の言葉が、ずっと気になっていたのだ。『生き残った緑と青の魔法使い。その後百年経ってようやく現れたのが赤の魔法使い』そのあいだの、緑と青の魔法使いは。

 フェルバートは少しの間私を見ていたけれど、やがて口を開く。


「人間の魔術師が成る『魔法使い』。それは人とはまったく異なる存在です。その資格を持つ魔術師の心臓を魔石に変え、長寿を得る。知識の探究に人生は短すぎ、後世に後を託すしかない魔術師にとっては夢のような時間です。その代償に、世界に縛られ世界のために各領域を管理する。セファが、いつか成ると決まっているものです」

「そう」


 本当に、違う世界の存在なのだと分かった。白銀の魔法使いになったセファが、これから長い年月をもって管理する世界なら、救わないわけにはいかない。

 王妃とフェルバートと話す中で、初めて心がひしゃげそうだった。セファに何かを望んでいたわけではないはずなのに。ごく当たり前の、思い描く幸せを得ることのできる相手ではないのだと、夢見ることさえ否定されたような。

 浅ましい想いを抱く自分の横顔を、叩かれたような。


「それでも、私、……セファが好き」


 フェルバートが瞬いた。あぁ、自分が何を言って、私が何を言うかわかっていない顔だわと笑う。


「だから、あなたの想いには応えられない。もう一度言うわよ。あなたの愛は、いらないわ」


 今までで一番の驚いた顔に、私は肩の力を抜く。そんな愛ならいらないのだと、繰り返し思う。


「ここで、セファが好きだと宣言されるとは思いませんでした」


 フェルバートが苦笑している。


「それでも俺は、あなたを愛していますし、あなたを護ります。世界を救うあなたに、どこまでもついていく」


 眉を寄せる。心の底から迷惑だった。もしかして、とても諦めが悪い? と口に出さずに見つめていると、フェルバートはどこか晴れやかに笑って見せる。


「あなたが世界を救って世界中から祝福されて、これまでの何もかもが報われる。そんな未来のためなら手段は選ばないと、とっくに決めています。俺にはもう、失うものがありませんから。ローズ嬢への隠し事が何もかもなくなった分、すっきりした気分です」

「フェルバートだけそんなふうに晴れ晴れされても……。私、あなたに怒っているわよ。私になにを言って、なにをしてきたのか本当にわかっている? 居直られても迷惑だわ」

「あなたが未来も諦めず、世界を救うというのなら利用するだけしてください。許さなくていいです。俺がそばに控えているだけで虫除けになりますし、王家の動向も伺えますよ」

「まだ何も決めてないのに話を進めないでくれる」

「おや、救わないんですか?」

「……なんだか遠慮がなくなって腹立たしくなっているわよ」

「では、無遠慮ついでに一つ聞いても?」


 青い瞳は、どこか楽しそうだった。私、まだお前に怒っているのだけれどと思うのに、なんだか気がそがれてしまう。どんな皮肉を口にしようかと考えていたけれど、続いた言葉に、何もかも吹き飛んでしまった。


「ローズ嬢のその気持ち、セファにはいつ伝えるんです?」



フェルバートの真実と本音でした。太々しく笑うようになりました。彼は彼で、目的がありました。ローズへの想いも嘘ではないですが、こじれています。


次回「フェルバートとの外出ーローズの憤慨」



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