表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
80/175

25.フェルバートとの外出ー王の課題と偽りの王太子

お待たせしました。

評価、お気に入り登録、拍手ありがとうございます。返信不要で拍手コメントくださった方もありがとうございました。

展開上避けて通れぬとはいえ胸が悪くなりそうなので、サクサク更新して通過していきたい気持ちがあります。よろしくお願いします。

 

 王妃の言ったことを心の中で反芻しながら、記憶を遡る。


 母の記憶は、いつだって廊下の明かりで影になった顔だ。寝る前に頭を撫でる、ただそれだけの日々。声をかけられるのは特別な時だけで、母が仕事で忙しい時は父だった。そうでなければ必ず母で、そこに特別疑問を抱いたことはなかった。

 唯一、絵本を見つけた時以外、ただ寝る前に現れる母、というだけの存在だった。

 そして、私が大事にしていた絵本をみて取り乱した母が、脳裏に現れる。首に添えられた手の感触を、今もまだ覚えている。それだけその記憶は鮮烈で、それ以前の全てを塗り替えた。


 だから今更、「私を道具扱いしないために尽力した母」の存在を告げられても、受け止め方がわからない。


 第一王子アンセルムの記憶は、どうしてか曖昧だった。初めての出会いは五歳の時でおぼろげだ。屋敷にやってきたアンセルムを出迎えるために、一生懸命挨拶の練習をしていたことを覚えている。披露の場で会心の出来に満足していると、アンセルムが優しく微笑んだ。王子様然とした丁寧な返礼に、舞い上がったものだった。

 この人のために生きろと言われた。この人のために生きると決めた。ただそれだけを目指していた。

 そして、破綻の夜を迎える。


 何もかも、理由があっただなんて今更だ。






 私は笑みを浮かべて、王妃の言葉を聞いていた。


「伯爵夫人は、持てる権力の全てを使ってお前をかばい、陛下を説得し、数年前領民を巻き込んで魔石を使った事業をおこしていたわね。それもこれも全部、お前のため。いつかなくなる世界の魔力を補うための、方策を考えるための事業。世界をを満たすだけの魔力を持った魔石なんて、ただの魔術師が用意できるわけもないのに」


 過去の記憶と、フォルア伯爵家がおこしている事業。いくつもの事実がつながって、ここに至るのかと不思議な気分だ。

 母はなぜ、そんなことをしたのだろう。

 いくら考えを巡らせてもわからなかった。だって、理に適ってない。王家に楯突いて国王陛下を説き伏せてまで勝ち取ったものは、私を伯爵家に留まらせ、教育を与えること。それに加え、母はあの毎晩の触れ合いを手に入れた。そう言うことなのだろう。まったく合理的ではない。

 救世の巫女が、魔女を討つ。それが救世の手段だと言うのなら、そのための魔女で、そのための私だったと言うのなら、母は私を手放すべきだった。王と、民と、世界のために。


「娘ならリコリスもいるのに、私ひとりに固執する理由がないわ。この国の貴族として、なんて的外れな」

「……本当にそう思うのなら、言って聞かせてあげることね。あの女も目を覚ますことでしょう。……甲斐のないこと」


 ぽつりと呟くと、王妃は憐むようにそう告げた。


「そして、アンセルムもあなたのあり方を知って哀れんだ。フォルア伯爵夫人と陛下の交渉の最中にお前と出会って、お前の事情を知るやわたくしの知らぬ間に、陛下に取り返しのつかない申し出をしてしまった」


 当時その才能からディオルを王に、という動きが進んでいた中で、アンセルムは王の課題を得たのだと、王妃はいう。

『ローズ・フォルアリスを魔女にせず、世界を救う方法』

 それを見つけること。それが、アンセルムの王になる条件だった。


「あの子は王になることになど興味はなかったわ。その実力もないことをわかっていた。わかっていながらそれでも挑んだのは、お前の人生を救う手段として、それが有効だと考えたから」


 偽りの王太子。そう自覚して、貴族を、民を騙して、王太子として振る舞いその境遇を受け入れることに胸を痛めながらも、お前を救うためだけに寝る間を惜しんで文献を当たったのだと、詰るようにして息子思いの王妃が言う。

 そして、その期限があの夜だったのだと。あの夜までに見つからなければ、私は辺境へ行って魔女になる。そう言う筋書きだったのだと。


「結局、フォルア伯爵夫人もアンセルムも、真実どう言う形で世界に危機が訪れて、どんなふうに救世の巫女がお前を討つか知らなかったのよ。抗った先に答えは得られず望みも叶わず、世界の危機はやってきて、お前は辺境へと送られた」

「……国王陛下に意を唱えて、結局? 両者ともに事態を混乱させただけではありませんか」

「それでもいいと彼らが望み、陛下もそれを受け入れた。最後に世界が救われれば、陛下は過程を問わないわ」


 母が抗いアンセルムが望んだことで、私は貴族としての教育と存在を許された。アンセルムの婚約者という立場で抹消を避け、けれど私とアンセルムの歪なあり方をあるべき形に戻すために必要だったのが、あの夜の婚約破棄。存在を周知された私が辺境に送られるには、理由が必要だったからだ。

 そして、私の中に入った異界渡の巫女が、私として王都に戻りアンセルムを糾弾し、王太子位から引きずり下ろしたのも元からあった筋書きだった。王の課題をこなせなかったアンセルムは、もう王にはなれない。偽りの王太子がその地位を明け渡すための仕掛けが、もとからあったのだ。


 ほう、と息を吐く。目を閉じて、深呼吸をし、笑みを崩さないように王妃を見た。


「そして、あなたの望みは」

「まだ何も知らないディオルが、お前を望んでいます。もうたくさんよ、息子たちがお前にたぶらかされるのを、黙って見ていられるものですか。お前に自覚させると決めました。そんな立場にないことを思い知らさねばと、今回の騒動に乗ったのです」


 どきりとする。その言い方は、まるで魔物が黄金劇場を襲うことを知っていたみたいだ。よぎった疑惑に心臓が冷える。問いただしそうになる口を慌てて閉じた。

 聞き流さなければならない。糾弾したところで、私自身は道具であれと王に望まれているのだ。白を切る王妃を前にして、国王陛下が私の言葉に聞く耳を持つとは思えない。


「救世の巫女の聖剣は、アンセルムの剣に宿します。あの子自身にお前を討たせ、長年の情を断ち切ってもらわなければ。そうしてあの子は名誉を取り戻し、国王補佐としての確かな地位を得るのです。

 ローズ・フォルアリス。一刻も早く魔女におなりなさい。この世界を救う、天に与えられた役目を全うなさい」


 それが、王妃の描くアンセルムの今後の筋書きなのだ。アンセルムがそれを望むかどうかは別にして。

 今となってはこんなふうに思うことも痛いけれど、それはあんまりだと思う。私ではない。あのアンセルムにそんなことをさせるなんて、あんまりだ。でも、そんな言葉を口にする資格さえ、私にはない。

 あんなにも優しい人に、そんなことさせないで。と、いまだに心のどこかに残る元婚約者としての私が叫ぶ。



 渦巻くあらゆる感情を、うまく押し隠せているだろうか。微笑を浮かべたまま上品に椅子に座る私を、王妃が苛立たしげに見つめた。



「わたくしは、お前を許せない。アンセルムの人生を台無しにして、ディオルまで誑かそうとするお前を許せない。許せないのよ。苦しんで欲しいの、傷ついて、泣き喚くところが見たいわ。そうして、わたくしに許しを乞えばいいのに」


 王妃の恨み言だった。王太子妃教育でのお茶の時間、あんなにも優しく笑ってくれた人の、胸の内。あの頃から、こんなふうに思っていたのだろうか。あの笑顔が全て偽りだったと知るのは、とても寂しい気がする。

 感情をあらわにした王妃が、尚も私の目を見て続ける。


「そうしたなら、絶対に許さないわと言って笑って蹴落とすことだってするのに。……どうしてお前、何を聞いても取り乱さないの」


 互いに椅子に座ったまま、ただ見つめあう。憎しみを隠さない王妃と、笑みを浮かべたままの私。きっと、その胸の内はどちらも大して変わらないどろりとした黒色だ。

 ため息と共に、先に視線を外したのは王妃だった。


「私たちが、そう育てたのよね」


 私は答えない。王妃に何かを言い放つだけの立場にないことくらいわかっている。


「お前が大人しく世界を救うというのなら、それなりの待遇を叶えましょう。何か望みをおっしゃい」


 こちらを見ないままの王妃の申し出に、私は眉を下げて笑う。その気配と続く沈黙に、王妃がこちらへと視線を戻した。


「何かあるでしょう。遠慮なくわたくしに口にするには、気がとがめて?」

「いいえ」


 私は、ただ正直に告げる。


「私の望みは」




『ここでは、言えないわ』


 荒地から王都に戻る途中の旅路。宿屋の食堂で頬杖をついた、不機嫌そうなセファを思い出す。

 今、彼に同じことを聞かれたら、なんと答えるだろうか。

 横道に逸れた思考を振り払って、王妃を見る。不敬であろうと、告げる言葉はひとつだった。



「あなたには、教えてあげないわ」


 何か言おうと王妃が口を開くが、すぐに通路の奥へ顔を向ける。即座に立ち上がり、椅子を杖で叩くと、私が座る椅子もろとも崩れるようにして小さくなり消えた。


「お前の騎士が来たので、わたくしはもう行きます。思ったよりも早かったわね。伝えるべくは伝えたわ。どうすればいいかわかっているわね」


 この人はこれで、私が素直に魔女になって世界を救うと思うのか。思うのだろう。そのように育てたという自負と、貴族としての常識で。

 崩れた椅子によって石床に座り込んだまま、私は微笑む。あぁ、この気持ちを、誰にどうすればいいのか。渦巻く胸の内をあと少しだと宥めすかしている間に、王妃はそれ以上言葉を告げず、転移陣を広げて去っていった。



 続いて、足音が私の耳にも届くようになる。忙しない音だ。大股で、跳ぶように走っていてもなお連なるようにして聞こえる力強い音。


「ローズ嬢!」


 フェルバート。そう呼びかけようとして、できなかった。勢い込んでやってきた、黒い騎士服の彼。何もかも知っていたというなら、尋ねなければいけないことがある。


 何もかも知っていたのなら。

 あなたは、どういうつもりで私を婚約者にしたのかと。



おこです。


王妃の言い分と動機でした。どこまでも、人間扱いしているようには思えません。


次回「26.フェルバートとの外出ー護衛騎士の真実」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 王妃様はローズのことを人間扱いしていないけど息子たちも人間扱いしていないように思います。 ローズを都合の良いように育てたように息子を都合良く育てられたらこの王妃は幸せだったでしょうか? …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ