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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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8.森でのお茶会

寝ぼけて変なこと書いてたらすみません


「…………ーー!!!!」


 風に紛れて、聞こえた気がした人の声に、しゃがんだまま耳をすませた。風の音かもしれない。敵か味方かもわからない。結界を張るべきだろうか。すくんで動けなくなっていると、じゃり、と砂を噛むような足音が近づいてきた。ゆっくりだったのが、途端に早足になる。突き立てた日傘に気づいたのだ。


「ここにいるのか、ローズ様!!」


 飛び込むようにして裂け目に顔を突っ込んできたその人と至近距離で目があう。


 薄茶の瞳が見開かれるのを、まつげの数がわかるほどの近く、レンズ越しに、眺めていた。まさか、あなたが来るなんて。どうやってきたの。言わなくてもいい言葉が浮かんでは消え、消えては浮かび、でも、一番に言わなければいけないことがあるわね、と唇に弧を描く。


「みつけてくれて、ありがとう。セファ」


 今朝知り合ったばかりの男の人。私の容姿をした、別人を失ったばかりの、かわいそうな人。そんな人が、白かったはずの薄汚れた外套を着て、美しい銀髪を風に乱して、眼鏡なんて砂埃で前が見えなくなりそうなほど、気の毒な姿で私を探しにきてくれたことに、感謝と同じくらいの引っかかりが生まれる。


「でも、あなたがそんな風に心配してくれると思わなかっ、な、何」


 憎まれ口じみていると自覚があったのでそっぽを向いて話しかけていたら、セファがするりと私がいる大地の切れ目に入り込んで来る。中がえぐれて若干の空間があるとはいえ、二人もの人間が余裕を持って動けるほどではないというのに、グイグイとセファは私に詰め寄ってきた。

 私は座り込んだまま、距離を詰めて来るセファと、伸ばされるその腕を、黙って眺めた。両手のひらは私の両ほほに伸ばされて、勢いよくぺちんと叩かれるのを覚悟したのに、意外なほど優しく包まれる。


「……怪我は」


 感情が削ぎ落とされたような声だった。


「立てる? 歩けるの?」


 言いながら、頬に触れていた両手が首、肩、腕、腰、とおりていく。膝、ふくらはぎ、足首、と順序よく触れられて、最後には足首を念入りに確認された。捻挫はしていないね、と納得されて、ようやく距離を作ってもらえる。

 あまりにも一瞬の出来事すぎて、呆然と見守ってしまった。私、今、何をされたのかしら。今朝知り合ったばかりの男性とあんな風に密着するなんて!


「確認だ。医療行為みたいなものだよ。宮廷魔術師は魔法薬を患者に合わせて調合することもあるから。他意はないんだ。気になって仕方がないならさっさと忘れて」


 頭から首まで真っ赤になって固まっている私を見て、セファがすこし気まずげな顔をした。両手のひらをパタパタと振りながら、言い訳めいた弁明をする。


「ひとまず、ここを出て近くの町を目指そう。下手に身動きしないでくれて助かった。日傘も、すぐにわかったよ。ありがとう、ローズ様」


 お礼を言われたので、ただ頷いた。近くの町を目指せるありがたさに、迎えに着てもらえてよかったと心から思う。

 素晴らしい身のこなしで裂け目からよじ登り出て行ったセファを見送り、さて、どうしようかしら、と考える。ひとまず、履き物は脱いだほうがいいだろう、靴下は薄手だけれど、滑るかしら。脱いだほうがまし? もぞもぞと支度をしていると、怪訝な顔でセファが顔を出し、ギョッとする。あぁそうか、と自身の思い至らなさを反省するように、再び裂け目へ降りてきた。


「ローズ様、僕の肩に乗ってくれる」


「……肩に?」


 どうして? という意味で聞いたのに、答えを得られないまま、簡単に抱き上げられてしまった。悲鳴をあげなかっただけましだろう。


「……」


「何かもの言いたげに黙らないで欲しいのだけど」


 膝の裏あたりを抱え込まれて、持ち上げられる。手を伸ばして、なんとか腰掛けるようにして裂け目を出た。

 引っ張り出してもらうことばかり考えていたので、こんな形は想定していなかったけれど、でも、なんとかなってよかった。


「ここじゃ落ち着いて話もできない。ローズ様、手を」


 手? と聞き返す前に、セファが手を伸ばしてきて私の手を握った。そしてそのまま歩き始める。手は繋がれたままなので、つられるようにして私も歩き始めた。あんなに歩きにくかった履き物とひび割れた地面だったけれど、セファの手を借りることで格段に歩きやすさが違った。これならなんとか、と足元に集中する。


 少し歩くと、地面が下がっていて、木々が見え、森の入り口にたどり着いた。見えなかった場所にこんなところがあったなんて、と私は嘆息した。やはり、もうすこしあちこちを散策すればよかった。


 その森の前に横たわる急な斜面を、セファと二人並んで眺める。上手に滑り降りれるかしらと考えていると、隣から視線を感じた。思わず振り返ると、柔和な笑顔を浮かべる、余裕の戻ったセファがいる。繋いだままの手を引かれて、受け止められた。その次の瞬間には抱え上げられて、


「セファ!?」


 驚愕に声が漏れたけれど、セファはそのまま斜面を滑り降りる。時間にして大した長さではなかったけれど、私がたまらずセファにしがみつくほどには恐怖だった。

 森の入り口にたどり着いて、土の地面に立たされる。それでも、膝が震えて崩れるように座り込んだ。風は木々の頭上を吹き抜けていて、先ほどの居場所に比べたら、私たちはまるで森に守られているようだった。


「……セファ、少しだったら、ここに座って話ができるかしら」


 横たわる樹木を示して、問いかける。聞いておきたいことが、たくさんあった。セファは肩をすくめて、「少しの間ならね」と頷いてくれる。




 手早く火を起こして、セファは背負っていた荷物から食事を用意してくれた。朝食から何も食べていなかった私のお腹が空腹を訴える。お湯を沸かして、お茶まで入れてくれたので、なんだか趣向を変えたお茶会のようだった。


「足、大丈夫?」


 隣に座ったセファが、私の足元へ視線を落とす。足がなあに? と一緒に見下ろすけれど、特に異変はなかった。


「平気よ。確かに少し足場が悪くて怪我をしてしまいそうだったけれど、セファのおかげでなんともないわ」


 改めて、迎えに着てくれたお礼をいう。頭を下げる私に、いやいや、とセファが笑っている。


「君が消えた次の瞬間、フェルバートが僕を怒鳴りつけて呼び出したんだ。ローズ様に何かあった時、そうやって呼べば僕に伝わる、という手はずを整えていた。まさか転移魔術を使われると思ってなくて、後手に回ったけれど」


 フェルバートは、茶会にいた全員の身動きを封じて、セファを呼び出し、私の痕跡を探すことに全力を尽くしたらしい。私の痕跡の調査をセファに任せたかと思えば、トトリに捜索用の荷物を用意を命じて、クライドに詰め寄って情報を集めさせた。


「一番あいつが迎えに来たがっていたけれど、僕が来るしかなかったんだよ」


 フェルバートがよかった? と小首を傾げてくる。その問いかけに、素直に首を横に振った。


「忙しい人だもの。お茶会での不審人物への調査や、その後始末、やるべきことがたくさんあったのではないかしら」


 無理をしていないか心配だ。義務感だけで私のそばにいて、命じられたからと辺境へ一緒に旅立った。そして、変わらずそばに控えようとする。ひょっとして、一番の貧乏くじを引いている人なのでは。


「ここは王都からどれだけ離れているの? セファがここにこうしているということは、そんなに遠くじゃなかったのかしら。そういえば、セファはどうやって私の居場所を見つけたのかしら。お屋敷まで、あとどれくらい?」


「……町の宿を取りながら帰るから、十日は覚悟してくれる?」


「十日……?」


 そうだよ、と頷きながら、セファは焼けた肉を私のお皿に盛っていく。こんなふうに食事をとるのは初めてで、フォークを握りしめたままどうやって食べたらいいのかしらと思考がそれた。いいえ、ちょっとまってそんなことより、来たのは一瞬だったのに、帰りは地道に帰るしかないというのはどういうことなの。


「……僕の後見人のツテで、転移魔術の魔術具を開発を手伝っているんだ」


「転移魔術の魔術具といえば、つまり、転移陣の?」


「いや、それよりももっと小型で、携行できるような」


 夢のような話だった。転移陣が携行できるようになれば、どうなってしまうのだろう。少し怖いけれど、私みたいに王都から出たことのない人間など、簡単にいなくなるだろう。


「今の所、開発中の域を出ないし、一度に使う魔力あたりの起動条件や回数制限が厳しくてね。僕がここに来たのはその開発中の転移陣を使って、ローズ様の魔力痕跡を目指して移動したから。帰りの分はないし、二人一度に同じ場所に転移できるものはそもそもないよ」


 だから、しばらくお城での快適な生活とはお別れ。


 にっこりとしているセファは、妙に手際よく食事を用意し、私が食べている間に黙々と片付けていく。セファ自身、何かちゃんと食べたのかしら。手にしたのは見た気がしたけれど、食べるのは早すぎてわからなかった。


「あぁ、トトリめ。流石にローズ様のためならあらゆる準備が周到だな」


 荷物を確認していたセファが、何か気づいたらしく感心している。なんだろう、と食事を一人続けながら視線をやると、セファが荷物の中から引っ張り出し手に持ったものを示してくれた。


「かかとの低い履物だよ、ローズ様。その履物は履き替えて。町まで歩くから、多分その華奢な履物じゃ足の方が壊れてしまうよ」









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