表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
79/175

24.フェルバートとの外出ー麗しのご婦人

大変お待たせしました。

更新が止まっている間も拍手、お気に入り登録などありがとうございます。よろしくお願いします。


 空間が歪む。突然の転移はめまいを引き起こし、ふらつく足を叱咤する。片手で口元を覆って、気配だけでもと周囲の様子を伺うけれど、私程度では何も感じ取ることなどできなかった。

 そのとき、背中にそっと触れる優しげな手があった。はっとしたのも束の間で、その優しげな印象のまま、背中をそっと押される。つんのめるようにしてよろめくと、硬質な音が響いた。やっとの思いで、うっすらと目を開く。


 灰色の石の床だった。今日のために用意した靴の爪先が見えて、現状を振り返る。我に帰って振り向けば、淡い光の壁の向こう側に、女性がたたずんでいた。


「そう。それが、正しい姿よ、ローズ・フォルアリス」


 淡く微笑むその女性の頬は、うっすらと上気していた。満足げに見つめるその顔をみて、女官として働くあの伯爵令嬢ではない、と私の直感が告げる。


「あなたは」


 思わず口にした瞬間、その淡く微笑む口元が明確に弧を描き、顔が歪んだ。顔貌そのものが高度な幻覚術式による偽りであったとわかった時には、現れた顔に瞠目する。


 結い上げられた金髪は繊細な銀細工で飾り立てられており、眼差し一つ、指先の動き一つに至るまで洗練された貴婦人としての気配がにじみ出ていた。

 妖艶というよりは、花のような可愛らしさ。あどけなさを覚える柔らかな微笑みに、どうして、あなたが、といった戸惑いが口をついて出る。

 瞬きを繰り返す。その様子を、その人はそれは満足そうに眺めていた。


「……王妃陛下?」


 私のその呼びかけに応えるように、王妃は笑う。酷薄に、睥睨して。

 かつて、いつかお義母様と呼び慕うつもりだった、この国の女性の頂点。国王陛下を隣で支え、並び立つその人。


「えぇ、そう。わたくしよ。可愛く素直なローズ。あなたの騎士がくるまで、まだ時間があるから、少しお話しいたしましょうか。あぁ、心配しないで。わたくしの帰りの陣はあるのよ。元の劇場に戻るだけのが」


 そう言って、腰の隠しから先ほどと似たような陣を取り出して見せる。もう一枚所持しているということは、ここに来る際に使った陣は舞台裏の通路に置き去りということだ。エマやフェルバートがすぐに解析してくれるはずだった。


「それは、携行転移陣ですか」

「……? あぁ、赤の魔法使いの。まさか。これは魔術塔の洗濯場にも組み込まれている、普通の小転移陣よ。あそこの床板を剥がして持ち歩いても同じこと。下準備もいるし、距離や人数の制約もある。王国結界はもちろん都市結界さえも越えられない、おもちゃみたいなものよ」


 本当に、魔術に関することは知らないのね、と王妃が呟く。


「赤の魔法使いが開発中の携行転移陣はね、制限さえ解除すれば本当になんでもできる夢のような転移陣よ。行ったことがあってもなくてもいいだとか、頭の中に思い浮かべるだけでいいだとか、対の陣もいらないから下準備も必要なくて。本当に、転移魔導士と同じ景色が見れる夢の陣」


 熱く語る王妃を、黙って見つめる。私の視線に気づいたのか、こほんと咳払いを一つする。そうやって語る王妃の背後もまた石の壁で、私がいる空間が部屋だとすれば、結界に区切られた王妃の側は通路のようだった。向かって右手側に伸びていて、ここからはその先は見えない。

 私が何も言わないからか、王妃は誤魔化すように対して意味のなさそうな雑談を続けた。


「赤の魔法使いは潔癖だから、こういうことに転移陣を使うとすごく怒るのよ。とても繊細な方で、自分の生み出した便利なもので人々が争ったり傷つくことがないよう監視して、干渉してくるの。ちょっと俗世に関わりすぎていて、魔法使いには向かないわよね。緑や青のように静観していればいいのに。それか、黒みたいに自分の好きなことだけするとかね」


 まぁ、そんなことどうだっていいわ、と王妃がため息をついた。


「気分はいかが? ローズ」


 唐突に話しかけられて、答えに詰まった。そんな私の様子を、王妃はじっと見つめている。私の反応から、どんな感情を持っているか探るように。


「ええと、そうですね」


 王妃に問われて答えないわけにはいかなかった。深呼吸をして、背筋を伸ばす。いつもの順番で、笑って見せる。


「王妃様と立ち話というのは、少し、居心地が悪いでしょうか」


 混乱の中で思ったことをそのまま言えば、王妃はきょとんと瞬いた。ゆっくりと言葉の意味を吟味して、私の発した言葉になんの含みもないことがわかったのかそっと眉を潜める。


「ふざけているの? もう少し賢い子だと思っていたけれど、買いかぶり過ぎだったかしら。状況がわかっていて?」

「辺境で魔女になるはずだった、という言葉の意味を聞いても?」

「そうよ、そういうことを聞きなさいな」


 王妃の怒りを感じ取って、とっさに思いついたことをそのまま言えば、目を輝かせて喜ばれた。手を叩いて喜ぶ無邪気な姿を見て、昔からこういう方だったわねと振り返る。


「そのままの意味よ、ローズ。お前はね、世界を滅ぼす魔女になるの。悪い魔女よ。だから、救世の巫女に退治されるの。そのために、今まで育てられたのよ」


 どう? と、首を傾げた王妃がこちらの様子を伺ってくる。その、何かを期待する視線に居心地の悪さを感じながら、先ほどと同じように「ええと」と目を逸らした。


「……悲しくないの? もっと驚かない? この世の終わりみたいに泣くとか」


 そう言われても。何をどう期待されているかわからないけれど、ただその一言を間に受けて狼狽えるには、気になる点が多すぎる。

 逡巡と共に口を開けば、それだけで王妃が目を輝かせるので、途方に暮れてしまう。


「あの、いくつか確認したいことがあるのです」

「まぁ。恨み言を言うのかと思ったのに。なあに、もう。ちょっと待っていて」


 根は素直な方なのだ。真面目で、請われることに慣れている。そして、ご自身は施すのが当然のように思っている。私もそうだったから、よくわかる。いつだって、この方をお手本に振る舞いを覚えた。

 王妃は自分の腰の革帯から杖を取り出して、一振りした。王妃の足元の床がぽこりと盛り上がり、座るのに良さそうな塊が出来上がる。さらに一振りすると、背もたれができた。まあいいかしら、と王妃は呟いて、腰掛ける。そうして座った椅子をこんこんと杖で叩けば、私の傍らにも同じような椅子が出来上がった。

 どうぞ、と手を差し出されたので腰掛ける。結界のこちら側に干渉できると言うのはどういう理屈だろう。王の伴侶である王妃は、杖を持っていることからも分かる通り、非常に優秀な魔術師なのだ。


「それで、確認したいことって?」

「そのために育てられた、と言う点についてですが」

「お前の魔力特性が分かった時からよ。ワルワド伯爵の反乱後。お前が五歳の時」


 問いかけの途中で遮られて、言葉を切る。新たに加わった情報を吟味して、再び口を開いた。


「あの時に、私が魔女として育てるべき存在だと分かって、王家に取り込まれた、と考えても?」

「えぇ、大枠は間違っていないわ」


 それなら、やはりおかしい。非常に不可解な点がいくつもある。


「最終的に魔女として退治するために、王家に取り込み育てたと言うのなら、無駄が多すぎると思うのです」


 金髪の麗しいお方は、肩を竦めて先を促す。許しを得たとして、私は続けた。


「王家が私を管理する必要があったことはわかります。魔女としての力が強大にならぬよう、魔術に関する知識に触れさえなかったことも、魔術学院に通わせなかったことも。

 ならばなぜ、フォルア伯爵家から出さなかったのでしょう。なぜ、第一王子殿下の婚約者に? 伯爵令嬢ローズ・フォルアリスは死んだことにしたほうが、手っ取り早かったのでは? 王城か神殿に隠し育て洗脳し、やがて現れる救世の巫女に討たれるだけの人形にすればよかったのに」

「お前、それ、自分で言ってて悲しくならないの?」

「今は何よりも事実が知りたいので」


 感性はまともらしい王妃の完璧な笑みが、少しだけ引きつっていた。私をじっと見つめた後に小さくため息をついて、宙を見上げる。


「あの女が抵抗したからだわ」

「あの女」


 つい復唱しながら瞬く。王妃が困ったように笑った。


「フォルア伯爵夫人。あなたのお母様。……そしてもう一人。わたくしの大切なたからもの」


 馬鹿な子よね、とささやく。お前なんて、今まで通りにただの傀儡にすればよかったのに。


「あなたのお母様と、アンセルムによって、お前は今のその人生を得たのよ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ