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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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22.フェルバートとの外出ー常闇のアーキフェネブ《後編》

評価、お気に入り登録、拍手などなどありがとうございます。



 留守番をしていた騎士見習いに飲み物を手渡し、私たちも個室で喉を(うるお)した。


「……大丈夫でしたか。すみません、人混みに(はば)まれて、すぐに戻れませんでした」

「一瞬知らない殿方に声をかけられたけれど、すぐにディオル殿下が追い払ってくれたわ。その後少し話をしていたの」


 殿下にどうすれば立ち去ってもらえるか考えていたことは、流石に内緒にしたほうがいいだろう。一瞬、とても思い詰めた表情をされたことが印象に残っている。


「エマも、よく呼んでくれた。」

「いえ。フェルバート様も、よくあそこで戻ってきてくださいました。ディオル殿下って、あの、ローズ様の……?」

「義理の弟になる予定だった方で、あの様子だと今でも姉として慕ってくれているみたいね。ありがたいことだけれど」


 私の返事に、エマが物言いたげな視線でフェルバートへと目配せした。瞬くフェルバートに伝わらないですよね、とエマが肩を落とし、言いづらそうに視線を彷徨わせた。


「いいからおっしゃい。不敬なことなら内緒にしてあげるから」


 そう促すと、恐れながら、と前置きをして、エマが口を開く。


「あの、言いかけて言葉を切られましたので、確かなこととはいえないのですが。……姫様、一瞬求婚されかけておいででしたよ」


 きゅうこん。

 まさか、と咄嗟に口から飛び出したのは乾いた笑いだった。


 頭を抱えそうになるのを、なんとか(こら)えて背筋をのばす。気のせいでしょう? と目で問いかけるのに、エマは曖昧に笑うだけだった。


「エマ、詳しく教えてくれ」


 冷静なフェルバートの声に、余計に居た(たま)れなくなる。だって、今までそんな様子は一つも見せたことがないのに。ディオルがそんなことを言い出すなんて、ありえない。

 エマが私の様子を伺う。答えてあげてと促すと、一礼してから話し出した。


「自分に秘されたあらゆることに、不満を持っておいでのようでした。王太子としていずれ王となるものとして、王家に迎える女性にふさわしいのは誰かと。ただ、王家について今まで知らなかったことや、姫様と第一王子殿下の婚約破棄の詳細を聞くのはこれからだそうです。そうして、こうおっしゃいました。『それでも決意が変わらなければ、僕はあなたを』と」


 確かに言った。そう言っていた。恐る恐る傍らの騎士を見上げれば、苦笑を浮かべている。困った表情を浮かべたまま私と目が合うと、「大丈夫ですよ」と優しく肩に手を添えてくれた。


「王としての責務を説かれれば、王太子殿下も考えを改めるでしょう。まだ十六ですし、結婚相手はこれからいくらでも候補者が出てきます。だから、ローズ嬢」


 フェルバートが私の前に膝をつく。


「そんな顔なさらなくても、いいんですよ」


 フェルバートは優しい。その優しい草原の空色の瞳をうけて、私は自分の頬に手を当てる。


「……私、どんな顔をしているの?」

「いつもと変わりません。美しく、冷静で、落ち着いた淑女然とした面持ちです」


 顔には出ていないということかしら、と首を傾げる。フェルバートが小さく笑った。


「さぁ、もう時期後半が始まりますよ」




 魔女を退治すべく旅に出た騎士は、あらゆる困難を乗り越えたどり着く。魔女には手下の魔術師と騎士がいて、彼らと激しい戦いののち勝利した騎士は、魔女と相対した。

 まみえる相手の姿に。騎士は動揺を隠せない。


《お前は……。いや、あなたが……常闇の魔女?》

《魔術師と騎士を倒してここまでやってきたのはお前が初めてよ。わたくしのこの姿を目にするのも、お前が最初。褒めてあげましょう》


 金髪の魔女は、騎士を救った森の善き魔女だった。


《かつては善良な森の魔女だったお前がなぜ!》

《理由を聞いてどうするの?》


 突き放す魔女の物言いに、騎士は剣を向ける。


《この世界から奪った、あらゆる魔力を返せ》

《返さないわ。この力はわたくしのもの。わたくしが手に入れた力。どうして世界なんかのために、わたくしがこの力を手放さなければならないというの》


 魔女の力に圧倒され、騎士は膝をつく。勝利は絶望的かに思えたその時、一人の少女が現れた。

 あの、夜の時間だけ見えていた、愛しい娘の登場に、騎士は幻覚を見ているのかと疑う。


《お前が、なぜここに》

《隠していてごめんなさい。私は救世の巫女。力の覚醒がままならず、聖剣をあなたに与えられぬまま旅立たせてしまった》


 少女から光が生まれ、それが剣を(かたど)った。騎士が立ち上がり自らの剣を掲げると、救世の巫女が作った光の剣が重なる、


《これで魔女を倒して。あなたの手で、世界に平和を》





 魔女が倒される瞬間を、私はただ見ていた。

 憧れの森の魔女が悪者として退治される物語は、ただ胸が痛かった。あの絵本では世界のために力を尽くして、ひっそりと森に帰ったはずの魔女。この劇の中では世界を滅ぼしかねない悪として、騎士の手により聖剣を宿した剣で貫かれた魔女。

 劇中で叫ばれる魔女の名前は絵本の魔女と同じものだった。それなら、同じ原型があるのだろうか。


「世界中の魔力が奪われる。って、なんだか今の世界みたいね」

「え、えぇ」

「エマも、楽しめた?」

「はい。とても」


 舞台を凝視したまま、話しかけても振り返らないフェルバートの横で、エマは嬉しそうにうなずいた。


「姫様も、ご覧になって良くなっていたんですね。そうと知っていればいろいろご紹介しましたのに」


 にこにことしている。その言葉に、あれ、と思った。ディオルもそんなことを言っていたような気がする。


「伯爵家のお屋敷にいた頃の姫様は、こういう物語は禁止されていたでしょう? さすがにあの魔女のことはご存知ですよね。稀代の悪女として歴史的に名を残す、大罪人の魔女カフィネ」


 嬉しそうに感想を口にするエマの言葉に、周囲の声が消えていく。耳の奥で反響するように、繰り返し響いた。


「騎士が森の魔女を退治する、というのが共通の大筋です。運命の少女が救世の巫女で聖剣を授けてくれる、というのは創作でしょうか。とても劇的で場面場面の魔術演出も美しかったですね。トトリに話して聞かせましょう。一緒に観にきてもいいですね」

「……森の魔女が、世界を救う話もあるでしょう?」


 観覧券がたやすく手に入るといいのですが。と、思考を巡らすエマを見つめながら、問いかける。正直者の侍女はきょとんと瞬いた。


「聞いたことがありません」


 そんなはずは。私が表情を変えないまま困惑していると、エマは瞬きを繰り返しながら、「ありえないですよ」と続けた。


「森の魔女と呼ばれるのは、世界でたった一人。かつて世界を滅ぼさんとした、魔女カフィネだけ。世界に存在する七人の魔法使いのうち、五人を殺した大罪人ですよ」

「七人の、魔法使い……」


 私の顔色を見て、エマが徐々に表情を変える。フェルバートと私の顔を何度か見比べて、真剣な顔で続けた。


「魔法使いには、結界王国群に六つある王国と大神殿のある聖域、七つの領域をそれぞれ司る役割があります。魔女カフィネとの戦いで、五人の魔法使いが殺され、緑と青の魔法使いが生き残った。その後百年たってやっと誕生した魔法使いが赤の魔法使い。それに続いて現れたのが黒の魔法使いで、また白銀の魔法使い候補としてセファ様に注目が集まっています。黄金と紫の魔法使いが未だ空席で……ご存知、ありませんか?」


 知らない話だった。曖昧に笑う私にエマが眉を潜め、続いて目を見開いた。パッとフェルバートを振り向き、どういうことなのか今にも詰め寄りかねない形相で睨み付けている。

 彼女からフェルバートを追究させるわけにはいかない。私はエマをそっと押さえながら隣のフェルバートを見上げた。


「フェルバート」

「まだ、劇は終わっていませんので、お静かに」

「伯爵家にいた頃、姫様が魔術に関することのみ極端に情報を制限されていたのは知っています。私もそれに倣う側でしたから。ですが、侯爵家の花嫁修行の中でさえ話をされてないのはなぜですか。隠されていた分、侯爵夫人がその不足を補うため講義するのが筋では? セファ様はご存知で?」


 耐えきれなかったエマが声量を押さえたままに声を荒げた。静かにと言っているのに、とフェルバートが肩を竦める。私の視線に気づいて、彼は優しい顔をして頷いた。

 どうしてかしら、その穏やかな表情に、胸騒ぎを覚えるのは。


「言いたいことも聞きたいことも、話したいことも聞いて欲しいことも、全部聞きますよ。約束ですから。ここを出たら、ゆっくり話せる場所に行きましょう。食事でもしながら、いかがです?」


 淡く笑って、すぐにでも出ましょうか? と、問いかけてくる。私は首を振った。せっかくの初めての観劇だ。できることなら、最後まで見届けて、演者たちへ拍手を送りたい。

 劇がもうじき終わろうといていた。最後のセリフとともに幕が降りていく。拍手が場内に満ち、その場でフェルバートやエマとの会話も難しいほどとなった。

 鳴り止まない拍手の中で、幕が再び上がっていく。演者達が壇上に並び、手を繋いで一礼した。喝采は一際大きくなり、舞台前の席から順に人々が歓声とともに立ち上がる。波のように後方へ広がっていく中で、なにか異音を耳にした。


 何か、悲鳴か、破壊音か。


「フェルバート」


 傍の騎士へと話しかけるのに、拍手の音で声が届かない。やがて拍手がまばらになったかと思えば、階下が阿鼻叫喚に満たされていた。


「ローズ嬢。こちらへ」


 欄干から身を乗り出して、フェルバートが階下の様子を伺う。同じように覗き込めば、腰に手を回され支えられた。

 後方から逃げ惑う人々の姿が見える。騎士や魔術師、貴族が後方側へと向かい、平民が安全な方へ匿われている。


「高位の貴族が統制していますね。何か、混乱の規模が……、いえ、あれは」

「……フェルバート、あれは」


 階下の影に隠れて見えなかったあたりから、その巨躯が咆哮とともに姿を現した。

 橙と白の縞を持つ毛並み、巨大な前足に、長い尾。暗がりで目は赤く光り、大きく開かれた上顎から白い牙が伸びている。


「ジルギット!」


 悲鳴の中に、その魔物の呼称を叫ぶ声があった。



シヴァ、スルアトに続き、三体目の魔物ジルギットです。でっかい虎です。


次回、「フェルバートとの外出ージルギット討伐」


今週も皆様お疲れ様でした。

引き続きよろしくお願いします。

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