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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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20.フェルバートとの外出ー黄金劇場

お久しぶりです。1週目体調不良で寝込んでました。ぼちぼち回復してきたので続けます。十月の予定が大幅に狂うかもしれませんが、何卒ご了承ください。

今週はひとまず二日おきに月水金更新します。


 執務室を訪ねた私を、フェルバートは扉の前で出迎えた。穏やかな笑みを浮かべる騎士を、じっと見上げる。


「フェルバート」

「朝からすみません。仕事は片付きましたので、いきましょう」

「片付いた……。でも、室内は」

「今日の衣裳もよくお似合いですね、ローズ嬢。それは先日仕立てたものですか?」

「そう、そうよ。そうだけれど、あの、部屋が……」


 私の肩に手を添えて、フェルバートが歩き出す。どうにも、これ以上触れて欲しくない様子だ。


 ここを訪れた時、ちょうど部屋から侍従が出てくるところだった。ちょうどよかったわ、とフェルバートの名前を呼びながら、開いている扉から顔を出したのに。

 ひどくくたびれた顔のフェルバートと目が合って、素早く扉は閉められた。あれはきっと、魔術か何かを行使したに違いない。鼻先がなくなるかと思った。

 けれど、この部屋の惨状を私の目に触れさせないように、という試みには失敗している。


 仕方ないわね、とため息をついた。この件については後日問い詰めることにしよう。せっかくの今日の予定を、フェルバートの執務室の片付けと掃除で潰すつもりは私にだってないのだ。


 フェルバートの言葉を受けて、自分自身を見下ろす。裾を手に、軽く体を捻って見せた。


「本当に似合っている?」


 清潔そうな紺の生地に、白の透かし編み飾りがふんだんに使われた、爽やかな衣裳だ。透かし編みの時期である夏の盛りは過ぎたけれど、今日くらいの陽気なら変ではないだろう。

 劇場内は冷え込む可能性があると聞いたので、たっぷりした袖は長めになっている。所々にフェルバートの騎士服と共通した意匠を加えてもらっているので、揃いに見える商会の力作だ。

 問いかけたのに無言のフェルバートが手を差し出したので、手を取った。瞬く間に手を引かれ、私は真上に腕を伸ばしくるりと回される。

 (ひるがえ)る裾が落ち着いてから、フェルバートが口を開いた。


「ええ。とてもよくお似合いです」


 その表情が久しぶりに見る穏やかな笑みであったことに、なんだか安心した。よかった、と思う。今この瞬間に、安らいでもらえているということだから。

 心配顔は見せずに、小さく笑う。おろしてもらった手はとったまま、もう片方の手で口元を押さえた。


「驚いた。廊下で踊り出すのかと」

「すみません。誰もいなくてよかったです」

「もしかして、機嫌がいいかしら」

「それは、もちろん」


 隠し立てもせずに、フェルバートがうなずいた。真顔なのでこちらが怯んでしまう。


「浮かれているかもしれません。あなたとこんな風に出かけることなど、考えたこともありませんでしたから」


 腰の辺りに構えたフェルバートの腕に手を添えて、連れ立って歩き出す。背後にはエマと、知らない騎士見習いが続いた。フェルバートの付き人だろうか。上司の奇行に先ほどから目を見開いている。側仕えとして長く経験を積んだ人間でないことは確かだった。


「いきましょうか」


 穏やかな表情のフェルバートに促される。私はその顔を見上げて、「ええ」と短く答えた。






 演目は、「常闇(とこやみ)のアーキフェネブ」有名なお話を元にした冒険活劇もので、そういう物語に馴染みのない私はあらすじを知らない。フェルバートもあまり詳しくないというのでつい首を傾げた。


「では、どうしてその演目にしたの?」

「恥ずかしながら、ケヴィンに相談に乗ってもらいました。その、女性を誘って喜ばれるのはどういった演目か、と」


 どきりとする。ついさっき言葉をかわし、意味深な発言を残した人物の名前に、過剰に反応しなかっただろうか。フェルバートは手配していた馬車に私を乗せると、身軽な動きで同乗する。


「ローズ嬢が好むかどうかはわかりませんが、今王都で新進気鋭の劇団と、そのお抱え劇作家が手掛けているとかで」


はじまれば、誰もが夢中になる若者の成り上がり物語が前半。そして後半になれば、誰もが知っている物語だと気づく仕掛けになっており、最後を知った上で前半を見るとまた違った印象になるとかで、何度も見にくるものが絶えないのだとか。


「もう少し調べてからくればよかったわ。観劇に行くと聞いて目を通したのは、古典演劇ばかりで」

「題材を知らなくても楽しめるようになっているそうですし、観劇の見所は物語以外にも色々ですから。劇場が見えてきましたよ」


 フェルバートの言葉につられて、窓の外を見る。壮麗な劇場の姿が通りの向こうに見えてきた。


「すごい。あれが黄金劇場……。なんて綺麗な……」

「詳しいんですか」

「習ったことを知識として覚えている範囲よ。でも、この目で一度見てみたかったの」


 美しいものは好きだ。中でも憧れたのが、建築家ボルフラム晩年の最高傑作。今でこそ黄金劇場と呼び親しまれているけれど、竣工時は神殿だった。華美な装飾を好む当時の流行とボルフラムの建築技術によって建てられ、百年以上の長きに渡り愛された建物で、王都の観光名所の一つとなっている。時の王が神殿の査問会に招致されるほどの不祥事を起こしたことで、異端者であることを否定するために神殿の建て替えが決まり、民衆の声によって取り壊しは免れた。それが、今では劇場となっている。

 なので、内装は当時の見る影もないらしい。外観だけが大切に保存され、補修され、現代に残っている。それだけでも素晴らしいことだと思う。

 今神殿が採用している建築様式はシルル様式と言って、装飾を極力なくした対照的な外観だ。それが、広場を挟んで向かい合うようにして建っているのだった。 

 そちらを横目に、私は見えてきた黄金劇場の全体像をよりよく見るため、窓の外を凝視した。


「フェルバート、見なさい。中央の天蓋がわかる? あの大きさでいて、ガラスのような透明な素材を使っての天蓋は、現代の建築技術では再現できないと言われているのよ。どんな素材を加工し、どういった魔術付与をしているのかも不明で、非破壊での分析ができないか宮廷魔術師第三研究室で日々研究されているんだわ。精査するにも並の魔術師では反発が強くて、うまくいかないのですって」


 日の光を受けて輝く天蓋を、食い入るように見つめる。つい早口になってしまって、思わず口元を押さえた。窓に張り付くようにして身を乗り出していたのを、そっと正しい位置に戻る。向かいに座るフェルバートを見れば、目をまん丸にして私を見ていた。


「……はしゃぎすぎたわ」

「いえ、どうぞ。なんだか年相応に見えました」


 それはどういう意味だろう。と、つい真顔になる。もうすぐ十八だけれど、それ相応に見えたという言い回しでは、今までが年上に見えていたということだと思う。

 なんだか変ね。と、思ってしまうのは、セファには言動が幼いと指摘されたからだろうか。それを受けての振る舞いで年上に見えると言われたなら、加減とは難しい。


「あなたはずっと、第一王子殿下の隣に立つために振る舞っていらっしゃいましたから」


 なるほど、と納得した。幼い頃からアンセルムの隣に立つための振る舞いを意識して身につけていたし、夜会で並び立つときなどは尚更、五つも年上の婚約者の隣で見劣りしないよう頭の先から足の裏まで張り詰めていたものだ。

 子どもの五歳差というのは大きい。その差を埋めるための努力が実を結びフェルバートにそう見えていたというのなら、あの頃の自分が少しは慰められるだろうか。


「あなたの隣でも、見劣りしないようにして見せるわよ」

「ご冗談を、あなたはそのままで。俺が努力しているところですから」


 頼もしく思ってもらうつもりが、困ったように苦笑された。そうやって、あなたは私に優しいのよね、と笑った。変わりたいと思っているのに、フェルバートはそれを許してくれない。

 笑みを浮かべたまま視線を落とすと、馬車が止まった。フェルバートが手を差し伸べてくる。


「行きましょう、もう間も無く開演です」


 その手を取って、馬車を降りた。騎士の手は力強く私を支え、腕に添えさせてくれる。寄り添うようにして二人で劇場の中へと踏み入れた。


綺麗なものを好むローズと、浮かれるフェルバートが劇場に向かう話でした。


次回「フェルバートとの外出ー常闇のアーキフェネブ《前編》」

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