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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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18.フェルバートとの外出ードミニク・フォルアリスとの対話

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「熱い抱擁を交わすか? それとも口づけがお好みか?」

「どちらも結構よ」


 軽口を聞き流しながら、座っても? と問いかける。目上の人間ではあっても、なんとなく身内の気安さがあった。ここ数年、兄と呼びかけたことはなかったけれど。久しぶりの呼びかけは、兄の動揺を誘えただろうか。

 着席はゆるされず、顎は掴まれたままだった。クライドとはもうあまり親しくないと言う口ぶりだったけれど、こういうところはよく似ている。


「聞きたいことは一つだけ。私が知らない私のことを、知っている限りすべて教えて」

「それをひとつとは言わない」


 率直に、今回の用事を告げる。くっ。と、ドミニクは笑った。紫紺の瞳は昏く、私を覗き込むようにして見つめたかと思えば、顎を掴んでいた手がそっと外される。

 痛む首元をさすりながら、問を連ねた。


「私があれだけの環境で教育されたのはなんのため? 両親の手元でありながら、監視され、接触を禁じられていたのは?」

「王太子妃教育だろう」

「では、魔術について何も教わらなかったのはなぜ?」


 ドミニクは答えない。紫紺の瞳はじっと私に注がれ、一歩下がった。侍従の一人に目配せしたかと思えばたちまちお茶が用意され、手をとられ応接具の長椅子に座らされる。されるがままの私は、引かれた腕に痛みを覚えながらドミニクの表情を見ていた。


「初めに言っておく。俺はお前の問いには答えられん」

「この期に及んで何を」


 何を、言い出すのか。と、身を乗り出せば睨まれた。兄が自分の首を撫でながら、薄く笑う。


「環状文言の誓約は知っているか」


 瞬いた。つい先日、リコリスたちとしたばかりだ。あの、研究室での女子会の最後に。話したことは内緒なのだと、ごく軽い制約にもならないような対価とともに誓いを立てた。

 あの時文言を巻き付けた小指は、今は何も見えないけれど。誓約を破れば軽く締め上げられるはずだった。


「それが、なに」


 言いかけて、兄が触れている首元を見つめる。なぜ、そこをそんな風に触るのか。触れながら、問いかける理由があるのなら。


「お前に関して、真実を知る者のすべてが誓約に縛られている。軽率に口にできぬよう二重三重に制約がかけられているので、私から真実を聞き出すのは諦めたほうがいい」

「なに、それ」


 ぱくぱくと口が動いた。二の句が継げない。貴族がそこまでのことをする理由。ドミニクだけでなく、私のことを知るものすべてといえば、両親も含まれるのだろうか。長兄も? リコリスは何もしらなかった。他に知っていそうな人と言えば。

 歳の離れた幼馴染みの顔が脳裏をよぎる。


『言えないと言っただろう。じゃあな』


 疲れた顔で笑った、灰色の瞳を。


「……クライドも……?」

「あいつがすべてのきっかけじゃないか。当然知っているさ」

「まって、ドミニク様から何も聞けないというなら、私はなんのために」

「空回りだな」

「手紙に答えて呼び出した、あなたの理由はなんなの」


 呑気にお茶のをむ兄の姿に、つい食ってかかる。そんなの、とドミニクは目を細めて笑った。


「お前の顔見たさに決まっているだろう」

「白々しいわよ」

「本当だとも。自分が突き放し、見捨て、辺境に追放したにもかかわらず戻ってきた妹の顔だ。別人になりかわってないか見なければ安心して眠れないだろう」


 どきりとした。お茶のおかわりを侍従に頼むその横顔は、冗談を言っているようにも本気でそう思っているようにも見える。じっと見つめていれば、なんだ、とこちらを見ないまま声をかけられた。


「見たところ、別人ではないように思える。危機管理がなっていないところも、警戒が薄く、付け入りやすそうなところも」

「あなたから何も聞けないというなら、これ以上用はないわ」

「まぁまて、真実は口にできないが、ある程度なら教えてやろう」


 立ち上がろうとするのを手振りで制される。


「随分親切ね」

「お前が自ら望んで動いたなら、いつでもそうしてやるつもりだったさ」


 さて、何から話そうか、とドミニクは宙を見上げる。


「お前、何をどこまで推測してるんだ。先ほど口にしていた疑問で全部か?」

「だから、親切すぎて気味が悪いわ」

「お前な。せっかく教えてやろうと言っているのに、自ら遠ざかっているぞ。いいから黙って素直に聞いておきなさい」

「……ドミニク様は、私の味方なの?」

「本当にバカだな、お前は」


 盛大にため息をつかれた。自分のことを聞く気がないのか、と呆れながらも、体勢を変えて私の顔を覗き込む。


「そもそも、お前の敵とは誰だ?」

「私の、敵」

「ハミルトン侯爵家に匿われているお前は、いったい何から逃げている。毎日居場所が分からないところに隠れ潜んでいるだろう。あれはなんのためだ」

「あれは」


 答えられない。だって、言われるがまま従っているだけだ。侯爵夫人に、フェルバートに、セファに。


「その護符」


 腕につけている私の護符を、ドミニクが指差す。色とりどりの小さな魔石がついた、特別仕様なのだとフェルバートが言っていた。


「誰から身を守っている? 誰に襲われることを想定しているんだ」


 答えられなかった。危険だと、繰り返し言われていた。守り切れないから、セファの工房に行って欲しい、セファのそばから離れないで欲しい、と何度も。でもそれ以上はわからない。


「だって、みんながそう言って」

「お前を傷つける者は誰もいないよ、ローズ」


 名前を呼ばれた。ドミニクを見る。兄は笑っている。優しい顔だった。


 異様な雰囲気のなかで、再度口を開くドミニクの動きが、殊更ゆっくりに見える。



「だってお前は、道具として利用するために育てられたのだから」



 周囲の音が遠い。ドミニクの声だけが、耳の奥で反響していた。


「いや、今も育てたお前の利用価値に変わりがないか、各陣営が調査を重ねている。お前が真綿に包まれて、幸せに笑っているのを見て、まだ利用できると判断しているところだろうな。自分が操り人形だと知れば、だれだって拒絶して糸を切ろうと足掻くだろう?」


 何を言っているのか、わからない。


「その操り手が王家であり、ハミルトン侯爵家であり、第一王子の腹心でフォルア伯爵家次男である、私だ。お前が役割を果たすのを、てぐすねひいて待ち構えているんだよ」


「……貴族の令嬢が、利用価値をいかに高くして育てられ、どの家に嫁がせるのか。貴族家庭なら普通のことだわ」


 なんの驚きもないわ。強調するような言い方に、戸惑いを覚えつつも振り回されないように頭の中で必死に考える。言い方が妙なだけで、当たり前のことだ。動揺を誘っているだけよ、と自分に言い聞かせた。



「それを(はば)もうと楯突いたのが、我が君第一王子、アンセルム殿下であり、フォルア伯爵夫人。俺たちの母親だと言ってもか」

「はばもうと、した?」

「お前の役割を、承服できなかった馬鹿な二人だよ」


 王と民と世界のためにあるべき貴族が、嘆かわしいなぁ。と大袈裟な動作で首を振る。

 廊下の方が騒がしい気がして振り返る。ドミニクはあぁもうきたのか、と残念そうだ。いけ、と手を振られる。


「誓約に縛られていない、全てを知っている人間はたった一人だ。そいつを問い詰めろ。お前からの問いかけに逆らうことはないだろう」

「問い詰めるって、何を」

「そうだな、将来のことでも聞けばいいんじゃないのか」


 薄く笑う。


「婚約者なんだろう」


 黒髪の、青い瞳。黒衣の騎士服姿が脳裏を過ぎる。

 彼が、フェルバートが何もかも知っていることなんて、察しはついていた。


 楽しそうに笑うドミニクを睨む。「言えないと言っただろう」と、クライドと全く同じ言い方をして手振りで私を外へと促した。


「ここまで教えてくれたあなたの利点がわからないわ。見返りを要求していたのは何だったの」

「つけにしろ。そのうち取り立てに行くから覚悟しておけ」


 扉が外から開け放たれる。現れた人物に心が悲鳴を上げた。


「その顔で今は十分だ。私はね、国と民と世界のために尽くして見せるが、少々退屈しているのさ」


 腕を掴まれる。そのまま連れ出される中で、ドミニクの声が追いかけてきた。


「我が君を引っ掻き回すのが、今もっとも楽しいことなのだから」



よく喋るわりに結局肝心なことを教えてくれないお兄さまでした。


今週もお疲れ様でした。


次回「フェルバートとの外出ー観劇(仮)」

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