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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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17.フェルバートとの外出ー手紙の送り主

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 寝支度を整えてもらったあと、私はエマと他愛無いおしゃべりに興じる。トトリはもう下がった後で、寝台に寝転がって寛ぎながら、枕を抱きしめていた。


「姫様、先日のお茶会……、ええと、女子会ですか? 本当に楽しかったようですね。ここ数日表情が全然違います。悩みも晴れやかになりました?」

「そんなに顔に出ていた?」

「それはもう。トトリもセファ様も心配されてましたよ。工房での姫様は、感情が顔に出やすいですから」


 表情を取り繕うのが貴族のはずなのに。工房だと気が抜けてしまうらしい。むう、と眉を寄せ両手で頬を挟む。

 ただでさえ、女の子たちにあれだけの指摘を受けたのだ。工房ではなおさら感情が出やすい、というのなら一つ不安が過ぎった。


「セファには、私の気持ちなんて筒抜けかしら」


 ぽつりと呟く。エマが息を呑んだ気がした。ちらりと視線を向ければ、えっと、と戸惑った顔をしている。


「き、きもち、とは。えっ、どういった」


 好奇心に爛々と輝く瞳で聞いてくるエマというのは少し珍しいかもしれないけれど、こちらは完全に引いてしまった。余計なことは絶対言わないほうがいいと、いくら私でも感覚でわかる。詳しく話したその時が最後だ。


「なんでもないわ。エマ、机の上の本をとってくれる?」

「え、ええ。もう夜も更けてますが、まだ寝台で読書ですか? 手紙も出しっぱなしですよ。こちら、お返事は……」

「もう出したわ」

「姫様?」


 彼女が目にすれば、問いただすことがわかっていてあえて出しっぱなしにしていた封書をだった。


「片付けておいてくれる?」

「この、手紙は。なぜ」


 マグアルフのタルトを食べたあの日、クライドから受け取った手紙だ。封筒の中には、やはり別の封筒が入っていた。

 封蝋に押し付けられた紋に、エマが取り乱す。素知らぬふりをしてなんでもないことを話すように口を開いた。


「女子会にね、リコリスがいたの」

「は、い? きいて、ません。リコリス様、ってえぇ」


 言ってないものね。うろたえるエマを眺めながら、この侍女は平穏が似合うのよねと唐突に思う。予想外の出来事に遭遇すると、混乱のあまり固まってしまうような普通の一般女性なのだ。


「あの子、何も知らなかったわ。それでいて、確実に知っている人が接触してきたのだもの。機会を逃すわけにはいかない。もう、待ってるだけではダメなの」


 救世の方法を、リリカが探している。今も、刻一刻と世界は変化しているというのに、救世の巫女が覚醒しないなんて話にならない。

 妹からもあんなふうに言われてしまったなら、少しは手を打たないと。


「私、自分の人生が誰かに奪われてる、なんて感じたこともなかったし、そんなふうに思われてるなんて考えたこともなかったわ」


 私の人生が奪われてきたこと、これからも奪われ続けること。仮にそうだとして、どうしてリコリスが私のこれからの人生をどうにかしたいなんて願うのだろう。人の人生なんて本人の選択の問題で、他人がどうこうできるわけないのに。他人がわざわざ干渉するようなことじゃないと思うのに。

 リコリスが願うのなら、私はこれから先の自分の人生をどうにかしなければと思うのだ。


「だ、だからって、そんな」

「エマ、お願いよ。明日の朝、手を貸してくれる?」


 首を振る侍女に迫る。生憎、私一人でトトリとエマの目を盗んで抜け出すようなことは不可能だ。最低でもどちらか一人の協力が必要だし、側仕えがいないといろいろな場面で困ってしまう。明日行くのは、そういう場所だ。


「トトリには内緒よ。侯爵夫人にだって秘密。フェルバートやセファにだってもってのほかだわ。鳥を飛ばすのもなしよ」

「あ、あ、明日はフェルバート様と一日お出かけの約束では」

「その前にすますの。フェルバートは朝一度お城に行ってお仕事をするから、終わる頃に迎えに行くわってさっき食堂で話したでしょう?」


 観劇の約束が果たされる。その日と重なったのはいいことなのか、悪いことなのか、どちらだろう。都合がいいと言えばそうかもしれない。なんの用事もなく城に行くのは、さすがにエマの協力だけでは力不足だっただろうから。

 フェルバートには、朝から一日時間を頂戴と言ったけれど、結局仕事が終わらなかったそうだ。朝早くにお城に出かけて前日に終わらなかった仕事をこなし、私が昼前に騎士団の執務室を訪ねる。その後は夜まで一日、一緒に過ごす。それが明日のフェルバートとの約束だ。


「私がお城に行く時間が、少し早くなるだけよ。お城で用事を済ませて、フェルバートを迎えに行く。問題ないわ」

「その会いに行く相手が問題です!」

「でも、協力して」

「な、何かあったらフェルバート様にもセファ様にもトトリにも怒られてしまいます!」


 机の上の封筒を取って、エマの前に突き付ける。では、と私は彼女に迫った。


「逆に聞くけれど、このお誘いをあなた、断れるの?」


 私の指示で、断るのは誰だと思う? と問いかける。エマの喉から悲鳴が漏れた。よろしくね、と私は笑う。


「そこでそんなふうに笑うなんて卑怯です!」


 主人に向かって、言うようになったじゃない、とさらに笑った。






 翌朝、眠い目を擦りながら玄関ホールへ足を運ぶ。騎獣が来るのを待っていたフェルバートが、驚きの表情で私の顔を覗き込んだ。


「起きてきたんですか」


  まだ空も明けきらぬ早朝だった。夏の盛りは過ぎたとは言え、まだ日の出は早い。私は眠気をおして、エマに朝の支度を整えてもらった。


「私との約束のせいで、フェルバートが早起きしてお城に行くのだもの、見送りくらいするわ。いけない?」

「いえ」


 フェルバートの手が私の頬に伸びる。両頬が大きな手に包まれて、指の腹でこめかみをなでられた。くすぐったいわよと目を閉じれば、フェルバートが笑う。なんだかその小さな笑い声が寂しそうに聞こえた。


「こんなに嬉しくていいのか、戸惑うほどですよ」


 なら、もっと幸せそうな顔をしなさい。と、思う。追い討ちになりそうだから、言わなかったけれど。


「トトリにうんと綺麗にしてもらう予定なの。昼前には執務室を訪ねる予定だから、待っていて」


 はい、とフェルバートはうなずいた。使用人が連れてきた騎獣にまたがり、飛んでいってしまう。その影が見えなくなるまで見送った。




 朝食をとり、エマや侯爵家の侍女たちに衣裳を着せかけてもらう。観劇は昼の部の予定だった。夜の部にすると、それまでの予定が時間を気にし、満足な時間が取れないかもしれなかったので。

 身支度の仕上げに、化粧師トトリに腕を振るってもらう。


「トトリ、あのね大人っぽくして欲しいの」

「珍しいですね、姫様がそんな希望を出すなんて。大人っぽく、ですか? フェルバートの横に立つのに?」

「強そうに見せたいの。負けないようにしなくっちゃ」

「? フェルバートとのお出掛けですよね?」


 トトリの問いかけははぐらかしてニッコリしてみせる。部屋の隅で、エマが顔を青くして控えていた。


 準備を終えて、エマと共に馬車に乗る。手が震える。これから会うのは、あの婚約破棄の現場以来となる人物だ。

 指示された部屋に行く。対応に現れた侍従が、私の姿を見て眉を潜めた。もらった手紙を渡せば、少々お待ちを、と一度中に戻る。


「エマも、一緒に部屋の中にいてくれる? 目を離した隙にあなたに何かあったら大変だもの」

「何かあったら大変なのはこちらの台詞ですよ……。あぁ、なんでこんなことに。せめてフェルバート様かセファ様に相談したほうがよかったのではないですか」

「私が守るわ」

「だからこちらの台詞です。敵わなくても文句言わないでくださいよ」


 じっと二人で見つめ合う。会話の切れ目で侍従が再び顔を出した。中へどうぞ、と示されて、私はエマと二人敵地へと赴いた。


 王城内、行政棟の一角。執務のために部屋を与えられている文官は当然数少ない。実家の高い地位と彼の能力によって勝ち取ったその部屋は広く、高価な調度が並び、彼に仕える侍従や部下が何人も出入りしていた。

 側仕えをわずかに残し、私たちと入れ替わるようにして数人の人々が仕事を片手に出ていく。


「あぁ、本当にきたか。いやはや、呼べばくるだろうとは思っていたが、本当に危機管理がなってないな、お前は」


 部屋の奥、机の前に立つ人影が懐かしすぎて、皮肉を言っているだろう声が全く耳に入ってこない。


「なぜ、私に手紙を?」

「そもそもお前が先に出してきたのだろうが。そのくせこちらからの連絡をつける手段が一切ないときた。あの二人は、はたしてお前をどうするつもりなのか。手紙一つ送るのにクライドを頼る羽目になるとは思わなかったぞ」

「二人……」

「魔術師と護衛騎士だ。ずいぶん手名付けたようだな」


 ふん、と呟いて、彼は腰を預けていた机から一歩離れる。手の一振りでエマと侍従を壁際へと追い払い、私の前に立つ。


 見下すようにして、私の頭から足先まで見渡した。


「それで、挨拶もなしか」

「……失礼しました」


 多分、言われるまでしなかっただろう。衣裳の裾を軽く持ち上げ、片足を一歩下げて膝を折る。貴族令嬢としての礼をする。


「お目にかかれて光栄です。お久しぶりですわ。ドミニク様」

「息災で何よりだ。ローズ・フォルアリス」


 さて、という言葉と共に、顎を取られる。せっかく完璧な礼を取ったというのに姿勢を崩され、ぐいと顔を持ち上げられた。


「美しく成長した我が妹よ。今日の要求を口にするがいい。見返りによっては、お前の望むものを与えよう」


 金の波打つ髪に、紫紺の瞳。冷たい面差しに微笑を浮かべ、吐き捨てるようにして、彼はささやいた。

 フォルア伯爵家の第二子、ドミニク・フォルアリス。


「感謝いたします。お兄様」



 『お前には失望したよ、ローズ。父に代わり、勘当を言い渡そう』


 十六の春。異界渡の巫女へ意識を明け渡す直前。一年半前に聞いた、あの言葉を口にした男。

 私の知らない私の、全てを知る次兄の元に、私はやってきたのだ。


次回「フェルバートとの外出ードミニク・フォルアリスとの対話」


夜に更新します。

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