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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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7.傷ついた心の在り処


 夏の日差しは燦々と降り注いでいるけれど、強風が容赦無く体に叩きつけられて、立っているのもやっとだった。衣裳は布が多くひらひらと体にまとわりつくし、装飾品は風に浮かされ体からちぎれそうだ。華奢な履物ではこのひび割れた大地を一歩も動けそうになかったけれど、かといって脱ぐこともできない。


「どうしようかしら……」


 ため息をつきながら、身を寄せられそうな遮蔽物を探す。見渡す限りの荒地だ、遮蔽物を探すよりも、身を隠せるくぼみや穴を探したほうが早いかもしれない。

 そうして辺りを見回しながら、あと何をすればいいのかしら、と考えをめぐらしふと、気が付いた。


「……私、王都から出たの初めてだわ」


 辺境に行ったことを考えれば、この体は初めてではないけれど、私という意識が王都を出たのは、初めてだった。すべきことが山とある中で、王都を出て何かするなんて考えたこともなかった。

 その最初が、王都から出かけた一歩ではなく、こんな荒野に放り出されるだなんて思っても見なかった。そうでなければ、もう少し違う感慨が生まれただろうか。


「結界の外ということは、……魔物が出ることもあるわよね」


 まぁ、どうしましょう。風が吹きすさぶ中、閉じた日傘を小脇に抱えて頰に手を当てる。

 この世界は魔物のものだ。人は、人が暮らすだけの領分を守って、都市ごとに結界を張って生活している。都市間の往来はその最中を突っ切っていくことになるけれど、街道を整備し、魔物への対策や知恵を駆使して、要所には人員を配備し人々は護衛とともに都市へと渡っていく。

 王都は、国王陛下即位の際に執り行なわれた儀式によって張り替えられた結界に覆われていて、国中で最も強固に守られている。その内側で、のんびりと暮らしていた私にはこの状況、少々厳しすぎる。

 残念ながら、対抗手段は何一つない。手に持っているのはこの日傘だけ。あとは内隠しに懐中時計と、手巾。お菓子の一つでも持ち歩くべきだった。


「魔術具か何かがあればよかったんだけど」


 魔法や魔術は、誰にでも使えるものではない。私も全く素養がないわけではないけれど、力も弱く直接的な干渉ができる性質でもなかった。二進も三進もいかない状況に、再び途方にくれる。


「微力ながら、せめて、魔物に見つからないように隠れるしかないかしら」


 うーん、と腕を組んで考える。私の魔術系統は結界系で、あまりにも出力が低いので、せいぜいかくれんぼ向き、と言える程度だ。たしかに魔物に見つかっては食べられるしかないことを思えば、見つからないことを一番に考えるべきなのだけれど。


「……見つけて欲しい人に見つけてもらえなくなるのも、困るのよね」


 そもそもなんでこんなことに。お茶会会場にいたのに、突然の荒野。敵対勢力の陰謀だろうか。第二王子である王太子のためのご令嬢方を集めたお茶会に、なんとしてでも私を参加させたくなかった? 宙ぶらりんで、後ろ盾も地位も落ち着いていない私を、現段階でこのようにする動機はなんだろう。

 最後に視界にいたのは、異界からの来訪者リリカだった。彼女が容疑者として拘束されるのだろうか。いいや、フェルバートもそこまで短絡的ではないはず。リリカにだって、神殿からつけられた護衛がいるだろうし。リリカはどう考えても仕掛けられた被害者側だろう。


 飛ばされた先は、人間も魔物もいない荒地で、罠が待ち構えているわけでもなければ、敵の一味が私を拾いに来る様子もない。


「というか、そもそも転移魔術だなんて」


 とても、とてもとても貴重な魔術だ。結界系の魔術の一種で、使いこなすには何十年もの時間が必要だった。他国の伝説級転移魔導師が、転移陣の作成・起動に成功したのは私が生まれるよりも前の話だけれど、それだって設置に莫大な時間と手間がかかる。あと当然お金も。あんなところに罠として簡単に設置できるものではない。そんなぽんぽん人が空間を超えられたら苦労はない。

 では、転移魔道士が直接私に力を行使したのか? それも否だ。自在に転移できる転移魔道士でさえ数える程しかいない。ましてや、他人を別のどこかに任意で飛ばすことなんて。

 そもそも各国で管理されている転移魔道士がそう簡単に悪事に手を貸すはずがない。彼らはそれぞれ自国の王と魔力で契約していて、そんな自由がきく存在ではないのだから。


 つらつらと考えながら風に煽られ崩れた髪を抑えつつ、あたり観察を続ける。ふと、人一人が入り込めそうな裂け目を見つけた。不安定な足場を、華奢な履物でなんとか移動し、慎重に降りる。中はえぐれていて意外と広かった。ようやく顔に風が当たらなくなる。埃っぽいのは変わらないが、目を細めることも口を引き結ぶ必要もなくなって、ほっと体の力を抜いた。

 ここなら、魔物に嗅ぎ付けられる前に気づけるし、入り込まれる前にへっぽこでも結界を張ってしまえば襲われることはないだろう。最初の心配であった見つけて欲しい人に見つけてもらえないかもしれないという問題は解決していないけれど……。


「あぁ、そうよ」


 この手にある日傘を何に使うのか、うまい具合に地面の切れ目に刺されば、立派な目印の役割を果たせるだろう。

 少しの間、試行錯誤を繰り返す。まぁ、私のやることだからこんなものだろうとぎりぎり納得できる出来に、ようやくその場に腰を落ち着けた。膝を抱えて、抱きしめた膝頭に顔をのせる。


「……これで、あとは助けを待つだけだわ」


 自分に言い聞かせるための独り言に、助けなんて、来るのかしら。と心が唱えた。フェルバートは来るかしら。彼がそばにいるのは義務感で、仕事だからだ。セファは来るかしら。異界渡の巫女を望む彼は、私にまた彼女が乗り移るかもしれない希望を捨てないだけだろう。トトリは来るかしら。側仕えとしての職務に、主人の捜索など入っていないだろう。クライドは来るかしら。クライドは、来るかもしれない。私を何よりも利用したい人だから、この先も利用すべく見捨てることはないだろう。


 ーーは、くるかしら。


「……あぁ、ばかね」


 最後によぎった名前に、胸が痛んだ。自分で思い浮かべで傷ついて、本当に私はばかなのだった。


昨日(一年半前)、見限られたのを、忘れたの?」


 一年半前(昨日)、切り捨てられたのを、忘れたの。


 先ほど庭園で出会った彼。王太子位を降りたことに肩の荷を下ろしていた彼。あの様子を見るに、なにか高度に政治的な理由が絡んでいたのかもしれないと推察することは容易だった。けれど、でも、どちらにせよ、私自身には何も知らされることなく、茶番劇の配役に据えられたのだ。


「あれが、茶番劇であったなら、次兄も企ての一人ね」


 なら、勘当も辺境行きも、全部嘘だったのだろうか。いいえ、気絶したあと入れ替わった異界渡の巫女は、そのまま辺境に赴いている。では、私自身はあんなふうに婚約を破棄されて勘当されて、辺境へ行き二度と表舞台に出る必要はないと判断されたということだ。


 ぽつりと、雫が溢れる。膝頭が熱く濡れた。あぁ、貴族の娘がなんてみっともない。誰もいない場所でよかった。誰かに見られれば、失点は免れないもの。


「ーー様」


 必要とされたかった。見劣りしないよう、隣に立つために何もかもやってきたつもりだったのに。なんの価値もなかったということだ。何か重大な局面に、何一つ告げる必要もなく、盤上の駒程度の存在であったのだ。

 今まで座ったこともないほど硬い岩に腰を落ち着けて、ごつごつとした岩肌にもたれかかる。昨夜の、リリカを思い出す。婚約破棄の茶番劇。第一王子の背にかばわれたリリカは、怯え青ざめていた。彼女が悠然と笑っていたなら、彼女を憎めばよかった。私の婚約者をそそのかしたのね、と詰め寄ることができた。でも、彼女はそうじゃなかったのだ。そうじゃなかった。彼女も、茶番劇に巻き込まれた被害者だ。

 あの人は、全て自分で決めて、私をあんな風に突き放したのだ。

 次から次へと溢れる涙に、あぁ、私、本当はこうして泣きたかったのだと思い知る。こんなにも泣いたことなど今までないのに、どうも、昨夜の件は堪えたらしい。馬鹿ね、一年半も前のことなのよ。と心の中の私が笑う。だって、全部全部なくなった。今までしてきたことの意味が、全部。

 このまま、ここで、誰も迎えに来ないまま、ひとりぼっちで消えてしまってもいいかもしれない。






 泣きながら、眠ったらしい。頰を伝って乾いた涙の跡によって、皮膚が引っ張られるのがわかった。さぞかし無様な顔をしているのでしょうね、と小さく笑う。懐中時計を開いて、時間を見た、眠っていたのはほんの少しの時間だったらしい。裂け目から見える太陽の位置もあまり変わっていない。突き刺した日傘は、この強風の中なんとか倒れず刺さったままだった。

 嘆息する。ここがどこかもわからないけれど、もはや迎えも絶望的だろうか。もう少し周囲を散策して、なにか食料なり見つけた方がいいかもしれない。と、ここまで考えてはたと気づいた。立った状態で、顔だけ出せるこの裂け目。なんとか降りたのはいいけれど。


「……どうやってのぼるのかしら」


 よじ登る、ことが、この私にできる? この格好で? と自身を見下ろす。たっぷりの流行りの布を使った衣裳と、華奢な履物。腕を伸ばして肘をついてよじ登れるかしら。難しそうだわ。でも必要に迫られればやらなくては。

 風にさらされながら呆然と立ち尽くして、気を取り直すべく、しゃがみこんだ。見つけてもらえないならもうここで潰えるしかないとして、見つけてもらったら見つけてくれた人に引っ張り上げてもらうしかない。


「……ーー!!!」


 力持ちの人が見つけてくれるといいんだけど、と余計なことを考えていると、風の音に紛れて何か聞こえた気がした。


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