14.研究室での女子会ー甘いお菓子
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何がどうなったら、こんなことになりうるのかしら。
はっと我に帰った時には講義室から隣の研究室へと移動して、メアリの隣に座っていた。真向かいに妹のリコリスがいて、その隣にはリリカが座っている。
二人とも学院卒業前の未成年らしく、肩に流した髪の一部を結い上げたり、編み込んだりと愛らしい。
「メアリ、お茶をいただけるかしら。あら、少し冷めているわね。温めましょうか?」
「ケーキ持ってきたよ。あとジャムとクリームチーズ。あれ、ジャムもチーズもこっちでなんていうんだっけ。砂糖煮と乾酪? こっちのスコーンにとっても合うの。試して見て。そして再現してくれたお城の第三厨房の料理人さんを褒め称えて」
「リリカ、神殿の厨房でもそんなことしていませんでした?」
「お城の第三厨房が甘味特化と聞いてつい……」
「ん。これ、大通りのお菓子」
「あっ、ロドリズ新作! またミシェルくんでしょ。お礼言っといてよ」
「今回は、ジャックでした」
「ジャックくんが?! あの女子の行列に並んだの?!」
「ロゼ、こっちはセファ先生に。場所お借りするのでそのお礼ですわ。甘いもの、お好きかしら?」
『ロゼ』
知り合いに『ローズ』がいるので、この場で『ロゼ』と呼ぶことを許してほしい。
リリカとリコリスの二人に言わるがままうなずいて、救世の巫女と実妹からそんな風に呼ばれている。メアリも面白がってこの場ではそう呼ぶことにしたようで、私は初めての呼び名をおろおろしながらも受け入れた。
実家にいた時から思っていたけれど、やはりリコリスは可愛い。金髪に青い瞳という色彩こそ私と同じだけれど、彼女の碧眼は私よりもずっと深い青だ。夕焼けの赤みが消えて、星が瞬く間の青。
斜向かいでメアリと話している彼女を、私は頭巾越しに盗み見る。お菓子を取ろうと机に視線を落とし、伏せ目がちになると長い金の睫毛が頰に影となって際立って、なんて綺麗な女の子に成長したのだろうとため息が漏れそうだった。
こんなに可愛くて、伯爵家の令嬢としての立ち居振る舞いも完璧で、それでいて権力をかさに着ることもなく平民出身のメアリや神殿暮らしのリリカとも仲良くする。杖持ちになれるほどの実力者で、卒業まで数ヶ月残しているにもかかわらず、単位を取り終えた今は社交に勤しんでいるという。
我が妹ながら完璧だ。完璧すぎて今すぐ褒めて身近な人たちに自慢してまわりたい。最後に見たのは一年半以上前だから、当時の彼女はまだ十四歳だっただろうか、本当に立派な淑女になったわよね……。
今も、この場は結界装置によって声が外には漏れないようになっている。リコリスが用意したものだ。低学年の時に作ったものだけれど、女子会を気兼ねなくするには重宝するのだと、笑っていた。
「……やっぱりまって。ちょっと待って。リリカ様もリコリス様も、とてもとても重要な立場なのではない? その、見ず知らずの私とこんな風に会っておしゃべりするだなんて」
「さっきも言ったけど、身分ばかりが大袈裟で内実が伴ってないのよ。ちょっと今行き詰まっていて、息抜きが必要かなーって自己判断で抜け出してきちゃった。メアリのお誘いが、渡りに船だった、っていうか。あ、リリカでいいよ。ロゼって呼ぶし」
えへへ、と笑うリリカに、なんと返事をしていいかわからない。つい助けを求めてリコリスを見たけれど、私と似たような目をしてリリカを見ていた。
視線に気づいて、肩を竦める。
「あらかじめメアリから話を聞いて、『正体を探らないこと』『外見を隠していても気にしないこと』を条件に、ここまできましたのよ。最初に名乗った『ローズ』だって偽名でしょう? いいのよ、全部そうとわかっているんですもの。後から嘘とわかるより、最初から嘘だとわかっているのだから、気にしませんわ。でも、メアリの友達なのだし、悪い人間だとは思ってもいません」
「き、貴族のご令嬢が無用心だわ」
「セファ先生の弟子で、魔術学院に来れるということが何よりの身の保証になるのですわ。この学内で悪事を働ける人間なんてそうそういませんし」
学院内の魔術師で袋叩きですわよ、と何故かリコリスが得意げだ。名前を偽名にすることは思いつかなかったので、ちょっと考えが足らなかったかしらと反省する。
「ロゼロゼ、甘いのどのくらいまでなら平気?」
「リリカ、それ待って。だめ」
嬉しそうに箱包装された何かを取り出すリリカを、珍しくメアリが静止した。リコリスも身を乗り出してリリカへと手を伸ばす
「お待ちになって、それを出すのは少し早いでしょう。こちらを食べてからでないと、それ以降のお菓子の甘みが死滅しますわ」
「そんなことないよ。リコちゃんったら、ちょっと大袈裟なんだから。『ようかん』とか、『ねりきり』に比べれば全然だし」
「度々聞くけれど、異世界の甘味に対する異常なまでの執着はなんなのですか……? 砂糖の塊かじるほうが早いのでは……?」
「あの、メアリ、あれは?」
「王都名物。ドーナツに砂糖がまぶしてあって、甘くて有名」
私が場の違和感に置いていかれている間にも、三人が賑やかに会話を進めていく。時折私もまぜられて、もみくちゃだった。
リリカおすすめの菓子を一通り食べ終えるまで解放されず、ひとつひとつの説明とお店の場所を聞いて、次は一緒に街に行こうね、と力強く笑うので、思わずうなずいてしまった。
こんな風に、女の子たちとお菓子を食べながら他愛のないお喋りは、初めてだ。ふわふわとげ現実味がなく、夢の中にいるみたい。
一頻りおしゃべりをしながらはしゃいで、ふとした会話の切れ目にリコリスが苦笑した。
「そもそも、メアリの発案の時点で破綻しているのですわ。この女子会」
「そう?」
「ロゼの悩みを聞いてほしい、と言っていましたけど、友達の紹介だからといって、初対面の相手に悩み事なんて話せないでしょう? ねえ。ロゼ」
まさにどうやって切り出そうか迷子になっていたところだったので、思わずこくこくと繰り返し頷く。
「今日は相談しようとか変に無理せず、私たちと楽しくお茶会しようよ。そうやっていくうちに、お友達になれたら素敵よね」
突然話の矛先が変わって、私は、ぴ、と食べかけのお菓子を手に動きを止める。
「ともだち……」
ぱー、と心が明るくなる。ありがとう。と、相手に見えなくても笑った。
視界の端でセファの白い外套が翻ったのが見えて、顔を上げる。来客だろうか。講義室の方へ行くセファを目で追うと、突然振り向いた薄茶の瞳と目が合う。
彼はわずかに笑って、講義室を指さしてから手を振って行ってしまった。つい振り返した手を慌てて下げて、握る。目の届く場所にいると言ったのに、行ってしまったわ。
セファは魔術学院の特別講師で、忙しいのはよくわかっているはずなのに。聞き分けのない子どものような感情を、理性がなだめる。
あちらへ向けていた顔を戻すと、リリカと目が合って無意識に体が怯んだ。
「……ねぇ、ロゼ様。セファ先生って、どんな人なの?」
「……どんな、といわれても」
「わたし、先生が来る前に卒業して、そのあとは研究室所属だから単位のために先生の授業を受けることがないのよね。けどね、やっぱり噂の白銀の魔術師に興味はあるの。良ければ、弟子のロゼ様から何かききたいなって。どういう経緯で弟子になったの?」
黒い瞳は静かだった。面白がっている風ではなく、セファのことを知るためでもなく、わたし自身のことを知るための問いかけに思えた。
「セファの弟子になった経緯は、ええと」
友人になってくれたセファと、遠慮なく会う口実が欲しくて詰め寄った結果だった。確か、荒地から王都に戻る途中。トトリと合流したあと、私の結界を見せた時だ。
解析をしたい、と言ったセファにそれなら私に魔術を教えてくれればちょうどいいのではないかしらと頼み込んだ。毎日魔術塔に通うわ。と言って、今のところその宣言はほぼ果たされている。
「私、大した魔力は持っていないの」
たぶん、勘違いをしているだろうリリカとリコリスに、早めに打ち明けることにした。
「今お世話になっている家の後ろ盾と、セファの弟子ということで身分を保証してもらって、毎日不便なく過ごしているわ。魔力量が少なすぎて、魔術師にもなれない私を、少し変わった魔力特性を解析したいからとそばに置いてくれているの。そうでなければ、私、ちょっと居場所ががなくて」
嘘は言っていないけれど、ちょっと苦しいだろうか。神殿に召喚され、保護されているリリカや、伯爵令嬢として育つリコリスに、こんな説明で通用するだろうか。
「変わった魔力特性……」
「だからメアリのお眼鏡に叶ったのね」
思いもよらないところでリコリスが反応して、リリカが納得している。私の隣に座るメアリが自慢げなのはどうしてなのかしら。
「メアリが少し変わった目を持っている話、聞いた?」
「ええと」
それは、もしかして。
「キラキラ眩しい?」
そうそれそれ、と二人の少女が声を揃えて破顔する。リリカがあのね、と表情を引き締めて講義する口調になった。
「私の推測だけど、メアリが見えている眩しさって、力を貸してくれる精霊の多さによるんじゃないかしらって」
「待って」
妙な言葉を聞いた。思わず手の平を向けて、それ以上の発言を押しとどめる。
「……精霊?」
「そうよ。精霊信仰、この国が総本山を抱えているというのに、当の国民は全く信じてないんだからびっくりするよね。少しは神官たちを見習えばいいのに」
「リリカの話、初めて聞くとびっくりするわよね」
わかるわ、と驚く私を慰めてくれるのはリコリスだ。
「魔力特性って、つまりどんな精霊に守護されているかってことだと思うの。気に入られてるっていうのかしら。氷の魔力特性を持つ人は、氷属性の精霊と相性がいい、みたいな」
「荒唐無稽だわ……」
「どうして? 現に異界はあって、層の種類まで仮説が立っていて、上位の層には精霊界という名前までついている。加えて、下位の層であれば行き来が可能という仮説。それなら、精霊界の精霊が魔界と人界に降りてきていても不思議はないでしょう?」
リリカの論に、私は困惑を隠せないままリコリスとメアリを見た。そういう話は、それこそセファやクライドが嬉々として飛びつく内容な気がする。
「ロゼもだめか。むー。特に根拠のない飛躍した論だけど、あながち間違ってない気がするんだよね。よくある話じゃない? 魔力と精霊と魔物、っていうか、精霊の愛子とか、精霊眼だとか」
「リリカ様の故郷では、一般的なお話なの?」
「うん。故郷での空想の物語で、王道よ」
なんだ、と脱力する。リコリスも笑って、私にお茶のおかわりを差し出した。
リリカは納得していない顔だ。
異世界の文化と、神殿の教えが組み合わさってとんでも論を生み出しているらしく、ひとまず一般論として「結論ありきでの考察は危険よ」とだけ忠告した。
「これで行くと、セファ先生の化け物性能も納得なんだけどなぁ。銀髪の精霊の愛子なんて、定番でしょ? じゃない?」
「……よく、わからないけど。セファの銀髪は綺麗よね。綺麗だから精霊の祝福ねって話はしたわ。そういう意味でなら」
あまり否定し続けるのも気の毒で、つい肯定するよう言添えれば、「それだわ!」とリリカがはしゃいだ声をあげた。
「天に属するものと地に属するものと、その狭間に生きる人の持つ色彩! そうよ! そういうものに精霊は集まって、気に入って、特別な力を宿すの。それでいうなら、セファ先生は色彩も綺麗だけど、その顔だちも勝るとも劣らぬ美しさだわ」
神殿の祝詞の一解釈がリリカの口から飛び出して、わぁ、と感激してしまう。神殿の中では主流の話も、一度外に出ればあっという間に浮世離れた言説になってしまったので。
「あのね、リリカ。セファはね、瞳も綺麗よ。長い指先も。多くは大杖を使って魔術を使うけれど、時々指先で呪文を宙に描いて輪にして魔石に刻むの。その流れが本当に綺麗なの。宙に浮いた文字が光ってくるくる回るのよ」
「……それって環状文言? 指先でって言ったかしら? 杖じゃなくて?」
「セファ先生、杖が大きいから」
「だからって本来杖に魔力込めて行うことを素手でやる? っていうかできるの?」
リコリスとメアリがこそこそ話しているのが聞こえるけれど、私はええと、それから、それから、と何を言うか考えてもいないのにリリカに続けた。
ニコニコしているリリカと目があって、はっとする。
「……ええと、精霊、いるかもしれないわね」
そう言う話だったと思う。そう。とうなずいて、伏せそうになった顔をあげ、リリカの顔を伺えば、変わらず彼女は笑っていた。
「ねぇねぇ、もしかしてロゼ様って、セファ先生のこと特別なの?」
女子四人。声が外に漏れないようにした結界の中で、かつ唯一あった人目も消えた現在、ただでさえ姦しい少女たちの口は、一層饒舌になっていく。
見たままを口にしたリリカは、両手を宙に浮かせたまま固まった私を見て、目を輝かせて身を乗り出してきた。
次回「本音」