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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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13.研究室での女子会


 クライドが退室して、残された面々は強張った空気をほぐすように努めた。エマが「お茶のおかわりは?」と他の四人に勧め、トトリが簡単につまめるものを探してきます、と食糧庫に向かう。


 入り口付近でそれを眺めていた私は、そっと寄ってきたメアリに手を握られた。むすっとした顔の彼女は、クライドがいなくなった扉の方を軽く睨め付ける。


「あのひと、嫌い」

「悪い人ではないのよ」

「なんだか、暗いの。とても良くない人」


 人好きのする振る舞いで言葉巧みに王城内での立場を築いた人だというのに、そんなことはないと思うけれど、と首を傾げる。メアリには、何か違うものが見ているのかもしれない。

 ふうん、と傍のセファが口元に手を当てて、私の手をとる。


「内緒話については聞かないことにするけれど、ローズ様、表情が取り繕えてないよ。少し座ってお茶でも飲んだら」


 元いた長椅子の、セファの隣に戻るよう促されたので、うなずく。一歩足を踏み出したところで、反対の手がメアリに握られたままだったことを思い出した。


「ローズは、こっち。さっきの人の席が空いたから、私の隣」

「メアリ、あの」

「私、今日はローズとおしゃべりにきたのよ」


 そうでしょう? と問われては、否定できなかった。確かにそうだ。今日突然くることは予定になかったけれど、『喋りたい』と鳥を飛ばしたのは、私。

 伺うようにセファを見る。私の視線を間違うことなく汲み取って、セファは無表情で手を離した。一瞬名残惜しかったけれど、そっと離れてメアリと二人、並んで座る。

 ちょうどそこに、トトリが戻ってきて目を丸くしていた。セファと私を見比べて、一度顔を背ける。次の瞬間には取り繕った表情で持ってきた菓子類を卓に並べてくれたけれど、その口の端は笑っていた


 結局、相談めいたことのなに一つとして話せないまま、お茶の時間は終わった。セファやトトリ、エマの前で口にできることもなかったから仕方がない。

 ジャンジャックやミシェルと鳥のやり取りをしていたセファが、メアリに帰寮を促した。まだ夕刻前だけれど、帰る時間なのね、と私はメアリの肩をつつく。


「また来てくれる?」

「……鳥で言ってた、おしゃべりって、何か、相談事?」

「そうなの。相談というよりは、整理のつかない私の気持ちを、聞いてほしい……のだと、思うわ。初めてのことだから、要領を得ないかもしれないけれど」


 私がいうと、メアリが少し考える仕草を見せる。


「三日後、セファ先生の研究室」


 端的に告げられて、なあに? と首を傾げる。


「ちょうど、セファ先生の授業があるから、その後。お昼の時間に食事やお菓子を持ち寄って、おしゃべり、しよう?」


 首を傾げたまま、瞬いた。「私と、メアリ?」念のため確認すれば、メアリは首を横に振る。


「友達を、二人呼ぶわ。私、人の気持ちとか、相談とか、聞くのに向いてない。うなずくだけしかできないから」

「うなずいてくれるだけでいいんだけど」

「だめ。もっと、上手に聞いてくれる人に、ローズが本当は、どうしたいのか。大事な部分を、汲み取ってもらわないと。

 二人とも、そういうの、上手。私もいつも、助けてもらってるから。あの二人なら、絶対、大丈夫よ」


 力強く言って、メアリが席を立って私のそばにやってきた。両手をきゅっと握って、


「紹介する。楽しみにしててね」


 そう言ってメアリが笑う。拒否する理由もなくて、私はうなずいた。セファの研究室で、というなら、セファの目の届く場所でお喋りになるのかしら。セファに聞かれないようにできるといいんだけど、と思いつつ、戸惑いは徐々に楽しみに変わっていった。






 三日後の約束の日、私は朝からセファと一緒に、魔術学院の研究室に来ていた。隣の講義室では、セファがたくさんの生徒の前に立って講義をしている。講義室から見えない位置に座って、時折覗き見しながら、耳を澄ましてセファの声を聞く。

 講義を受けている人たちは、学生だけでなかった。教師が何人も聞いていて、講義室の後ろの方で、椅子に座って机も使わずひたすら帳面に書き付けをしている。当然だれもがセファより年上で、そんな魔術師からの問いに淀みなく答えているセファが、本当に格好良かった。


「私の師匠で、友人なのよ」


 自慢したくて、小さくささやく。だれにも聞こえない声量でも、口にしたことで満足できた。ふふふ、と学院外套の頭巾を目深にかぶって、私自身も魔術書を片手に自主的に勉強する。セファの言っていることは難しくてよくわからないけれど、基礎的な魔術書くらいなら一人で読み進めることができるようになっていた。魔術陣の構成要素はひたすら意味と記号を繋げて暗記するしか無いので、今日のこの時間はそれに当てることにしている。




「おはようございます、ローズ様」

「ずっとこちらにいらしたんですか?」

「言ってくれたら、一緒にいたのに」


 セファの講義が終わって、研究室に顔を出したミシェルとジャンジャック、メアリに挨拶をする。

 講義に必要なあれこれを手伝っていた三人に、そんな暇なんてなかったことは見ていればわかった。大勢の人の前で立ち回る四人はかっこよくて、思い出してはついニコニコしてしまう。


「今日はメアリと予定があるんですよね」

「女子会ですっけ。俺たちは退散するので、楽しんでください」


 彼らも彼らで予定があるのだろう、ミシェルとジャンジャックが足早に去っていき、部屋にはセファと私とメアリの三人になった。他の受講者たちの姿もすでになく、首を傾げる。


「これから、来るのよ」


 そう言って、メアリが部屋の隅に隠していた紙袋を取り出す。焼き菓子の詰め合わせが出てきた。研究室の広机に広げていく。


「セファ先生、火使ってもいい?」

「……いいけど」


 メアリの一挙手一投足にあれこれ思い煩うのをやめたらしいセファが、凪いだ目をしてメアリを眺めていた。

 ありがと。と短くいって、メアリが実験器具を使ってお湯を沸かし始める。あぁ、お茶の用意をしているのね、と手伝えない私はただ見つめるしかなかった。訥々と喋るメアリだけれど、その動作は淀みなく、てきぱきと準備をしながらも使い終えたものからどんどん片付けていく。大変効率の良い動きだった。

 作業している様子を見ながらも、何か手伝えないか動作の先読みをするけれど、結局わかった時には工程が終わっていて私にできることはなにもなかった。

 以前エマの朝食作りを見守った時と同じだ。やはり、自分でできるようになるよりは人に任せたほうが賢い気がする。


 ある程度支度が済んだ時、講義室の扉が開く音がした。メアリが足早に向かって、そのあとをセファが追う。私は学院外套を見下ろし、頭巾がちゃんとかぶれているか確認した。メアリの友達といえど、魔術学院に通うなら貴族である可能性が高く、私の顔を知っている人がいるかもしれない。無用な問題はさけるべきだった。慣れてきて大丈夫そうなら頭巾を脱いでも良いかもしれないけれど。


「……メアリ。友達というのはこの二人?」

「そう。セファ先生? 何か」


 セファの、狼狽しきった声が聞こえた。非常に珍しい声だ。どこか緊迫しているようにも聞こえて、返すメアリの声も戸惑っている。


「お茶会は中止だ。二人には帰ってもらって」


 続くとんでもない言葉に、私は慌てて講義室へと向かった。入り口に、二人の女生徒が立っているのを、セファが立ち入らせまいと立ちはだかっている。


「セファ? いったいどうし」


 セファに近寄って、その袖を引いた。見上げた顔は険しくて、えっ、と思いながら、メアリの友達だという二人に挨拶をすべく顔を向ける。


 その二人の顔を見て、言葉を失った。


 まっすぐな黒髪に黒い瞳の少女と、金髪に青い瞳の少女。よく知っている二人だ。名前を聞くまでも無い。


 メアリ、この、二人は。


 喉の奥で、ささやいた。とても声にならない。セファの袖を掴んだまま、ふらつく足を叱咤する。無様な真似は晒せない。素顔を見られるわけにもいかないし、私が私であると知られるわけにもいかないけれど。

 私が私である限りこの二人の前でだけは、背筋を伸ばして立っていなくてはならない。


「紹介するわ。友達の、リリカとリコリスよ」

「はじめまして、セファ先生。わたくしは、リコリス。リコリス・フォルアリス。あの、何か都合がつかない事態が? 本日は場所をお借りすると聞いていたのですが。」


 金髪のリコリスが、完璧な淑女の礼をとる。彼女の口にした言葉が、私の胸に突き刺さった。


「あなたがローズ様? わたくし、一応フォルア伯爵家の第四子だけれど、身分は気にしないでね。あなたは宮廷魔術師であるセファ先生の弟子なのだもの、気を楽にして、リコと呼んでくださいませね」


 気安い言葉を口にする彼女は、たったいま名乗った通り、フォルア伯爵令嬢リコリス・フォルアリス。


「はじめまして、リリカです」

「ご存知かしら。彼女は異世界からの来訪者、リリカ様。神殿で暮らしているけれど、卒業後も研究生として魔術学院に出入りしているわ。わたくしたち、高等課程の選択授業で一緒だったの」

「あの、身分ばかり大袈裟だけれど、わたし自身は本当にただの人だから、私のことも気にせずリリカって呼んでください。女の子の知り合いは少ないから、今日を楽しみにしていたわ」


 魔術学院卒業間近で、ほとんど学院に来ていないはずの妹と、異世界からの来訪者、救世の巫女が、そこにいたのだ。


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