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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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12.植物魔石と精霊信仰

 

 マグアルフは赤くて、丸くて、一口大の果実だ。砂糖漬けにされたマグアルフは、バターをたっぷりと使ったホロホロサクサクのタルト台の上で、つやつやと輝いている。

 トトリが目の前で切り分けてくれるのを、私はメアリと二人うっとりとながめていた。エマとクライドが苦笑していて、セファが珍しいものを見た、と言うような顔をしている。


「君、私の分は少なくていいから、その分をローズ姫にわけてくれるかい」


 クライドがトトリにいう。私は「クライドお兄様」と、兄を見た。笑うクライドは非常に機嫌よく見える。何かいいことがあったの? それともそうみせているだけ? 後々手酷いしっぺ返しを喰らわないかしら。と、少し警戒するけれど、差し出されたマグアルフのタルトにそんなものは吹き飛んだ。


「ありがとうございます。お兄様」


 背筋を伸ばして、姿勢良く礼を述べる。私のその姿を満足そうに眺めてからクライドはうなずき、お茶を口にした。


「……お兄さん?」

「幼馴染みなの。ちょっと歳は離れているけれど兄の友人で、昔も今も困った時はいつも力になってくれるわ。クライド、こちらはメアリ。魔術学院の学生で、セファの研究室に所属しているのよ」

「ワルワド伯爵家の第三子、クライド・フェロウと申します。以後お見知り置きを、麗しいお嬢さん」


 人見知りのメアリが、隣に座るクライドを警戒の眼差しで見ている。悪い人じゃないわよ、と私はクライドを紹介したけれど、彼の最後の一言にメアリが警戒値を最大まで引き上げたのを目撃した。多分、クライドみたいな人は苦手にしているのだろう。そんな気がする。


 エマとメアリを交えたセファとクライドの魔術討論を、私とトトリが疑問符を散らしながら聴き終えた時、ふと不思議に思って口を開く。


「そういえば、クライドは今日、何をしにきたの?」

「魔術師セファにはよく会っていたけれど、ローズ姫にはなかなか会う時間がなかったので。ただあなたの顔を見にきただけですよ」

「今、大規模討伐遠征前で騎士も文官も魔術師も、みんな忙しいと聞いているわ。私に使うよりも、自分が休めばいいのに」


 変な人ね、と笑った。そんな風にまったり近況を話したり、他愛無い魔術談義を聞いたりしながら、穏やかにお茶会が進む。時折私の昔話をエマがしだして、さらに古い話をクライドが持ち出すので黙ってもらうのに体力を消耗した。

 エマが作ったマグアルフのタルトを食べて、メアリがため息をつく。相変わらず表情が乏しくて真顔なのに、花が飛んでいる気がするのは気のせいだろうか。だれかが幻覚の魔力特性を発しているかもしれない。


「植物魔石のマグアフルをタルトにするなんて。とっても贅沢ね。貴族では普通なの?」

「植物魔石?」

「ローズって本当に、なにも知らないのね」


 聞き覚えのない単語だったので、私が首を傾げる。メアリが不思議そうにしながらも、タルトに乗ったマグアルフを示した。


「マグアルフの実に、魔力を込める。魔石になる」

「魔石になるの」

「なる。植物由来の魔石。だから、植物魔石って呼ばれる。俗称だから、正式な呼び名じゃない。宝石は魔力を込めると、鉱物魔石。鳥や護符みたいに薬液を調合して生成する魔石は魔術具だから、また別。ね、セファ先生」


 最後に付け加えて、メアリがセファを見る。セファはよくできたね、とうなずいて、クライドは最初のメアリの問いに答えた。


「マグアルフは植物魔石の中でも栽培方法が確立されているため、比較的入手しやすく、貴族の一般家庭では日常的に食べます。高貴な食べ物として平民の市場には出回らないかもしれません。マグアルフは神殿への代表的な寄進物(きしんぶつ)ということもあり、貴族の需要が大きいので」

「神殿に? というと?」

「精霊の好物とされているの」


 私にも説明できることがあったので、口を挟む。私の方を向いたメアリは、不思議そうに目を瞬かせた。


「精霊の、好物……」


 疑り深い眼差しで復唱する。神殿に少しいた私だからこそ、こういった信仰に対する温度差に苦笑を浮かべてしまう。

 異世界からの来訪者、リリカを召喚したのは神殿だ。近隣諸国の信仰を支える総本山として、多くの神官を抱えている。我が国に属しているけれど、王国結界の中に本神殿はない。もっと辺境よりの、標高の高い山の上だ。冬になると雪に閉ざされるけれど、神殿結界の内側なので人が一冬の間こもって暮らす分には問題なかった。

 神殿は各国に設置され、多くの神官を養成し世界中に送り出す。神官たちは信仰心を胸に祈りを捧げ、祝詞を理解し、精霊へ感謝し人々を癒すための力を振るう。けれど、癒しを受けた平民や貴族は、神官に感謝する。

 精霊信仰は神殿信仰へと移り、魔術学院で学ばない平民のほとんどは、精霊の存在さえ忘れていった。


「精霊信仰、貴族もあまりしてないわよね」

「魔力も魔力特性も信仰すれば増えるというものじゃないありませんから。癒しの力以外は、結局は個人の研鑽と持って生まれた才能。自分自身で勝ち取るものですよ」

「世界に満ちる精霊とともに、人も魔物も生きているけれど、その恩恵を感じられないとこうなってしまうみたい。神官たちは肌で感じるから、信心深い人たちが多いわ」


 曖昧にうなずくメアリを見ていると、ひょっとして、この中だと私が一番信心深い方になるのかしら。王太子妃教育の中に精霊への祈りは組み込まれていたので、お祈りは日常的にしている。

 そういえば、セファは信じているのかしら、と聞きそうになったけれど、精霊の祝福の話に驚いた顔をしていたのを思い出した。多分、セファもあまり信じていないのだろう。


「人はその一生を終えると、精霊に迎えにきてもらうわ。そうして、天上の花園に連れて行ってもらうの。祝詞には短くそのようなことが書かれていて、人によってはそこで罪を洗い流すだとか、全てが許されとこしえの安らぎを得るだとか、いろいろな解釈があるみたい」

「あぁ、なんでしたっけ。魔石になっても行き先が変わるだとか?」


 クライドの言葉が理解できずに、返す言葉に戸惑った。それを見越してか誰の言葉も待たずに、年上の幼馴染みは続きを話す。


「ほら、人由来の、人魔石(じんませき)

「クライド・フェロウ」


 遮るようにして、セファがクライドの名前を呼んだ。


「あなたが学院にいた頃と、教育内容が変わっている。その話は卒業式の後、魔術師認定者にしか伝えないことになったので」

「おや、あなた以外、この場の誰もご存知なかったと? それはそれは、大変失礼いたしました。学院長に怒られてしまいますね。みなさん、私が今言ったことは、どうかご内密に」


 穏やかな笑みを浮かべて、人差し指を立てるクライドがなんだか恐ろしい。聞き捨てならない単語だったけれど、詳しく聞くのも怖かった。

 私たちの沈黙をどう思ったのか、セファがため息をつく。表情は読みづらいけれど、少し困っているようだった。


「植物魔石、鉱物魔石とくれば、あとは動物魔石というのがある。魔界由来と言われる魔獣や魔物については、核を魔石にすることができるんだ。それぞれ魔物によって魔石の特性も異なるから、ローズ様には今度詳しく教えるよ。魔術具を作るときに適したものを選ぶことで、魔術具そのものの質も向上するし使用時の魔力効率も上がるから知っておくに越したことはない」

「そ、そう。ありがとう。楽しみにしているわ」


 淡々と言葉をかけられて、大人しくうなずいた。気にしてないふりで答えたけれど、セファが言葉を遮って続けた言葉は、クライドの言葉が紛れもない事実であることを示していた。

 その場にいるほとんどの人間の、物言いたげな視線を受けて、セファが目を閉じて頭上を仰ぐ。


「……魔力が弱い人間は、魔石にはならない。逆に強くても、相応の準備や手順が必要になるし、そもそも勝手な人魔石の作成は法的に禁じられている。国王の許可が必要になる。植物や鉱物と違って魂の入れ物であった動物魔石は、前者二つと比べるとまるで勝手が違うし、魔狩りや討伐部隊の騎士たちは専用の武器や魔術具を用いて戦い、素材や魔石を回収するんだよ。専用の武器も簡単に用意できるものじゃない」


 突然区切って、セファが一点をじっと見つめて考え込んだ。一瞬、クライドを睨んだような気がするけど、すぐに顔を上げて言葉を続ける。


「基本的に、人は魔石にはならない。力のある魔術師が、自国を支える魔術具として死後も仕えると自ら選ぶことで、その望みを王に許されて初めて宮廷魔術師が魔術陣を組む。ただの魔術師でもそうありえない」

「ただの魔術師でそうなるのは、よっぽどのことですよね」


 意味深にクライドが笑う。疲れているのかしら、と眉を潜めた。こんなにも大勢の人の前で自棄になっているクライドは珍しい。

 立ち上がって、斜向かいのクライドのもとまで机をぐるりと迂回する。突然やってきた私を見上げ、クライドが微笑む。その灰色の瞳を覗き込んだ。にこやかな表情を取り繕って入るけれど、よくよく見れば荒んだ色をしていた。


「私の顔を見にくる暇があるなら、家に帰って自分の寝台で休みなさい」


 その目が見開かれる。まったく、幼馴染をなんだと思っているのかしら。


「それとも、ここで寝ますかお兄様? あちらの長椅子で、膝を貸してあげまして?」

「……ローズ姫? なぜそんなに怒ってるんです」

「呆れているんです。いい歳をして、子どもをいじめるみたいな八つ当たりをするから。私の友人と側仕えを困らせるなど承知しませんよ」

「あなたのせいなのに」


 ポツリと呟いた時は、それこそ子どものような口調だった。まったくもう、と腰に手を当てる。


「ならば、当たるのは私一人にしてください。次期ワルワド伯爵が立場が下になる者たちを威圧してどうします」

「……すみませんでした。今日は帰ります」


 表情の消えたクライドは、少しバツの悪そうな顔で立ち上がった。見送るべく後を追う。他のみんなは、ただ成り行きを見守っていた。セファだけが長椅子から立ち上がって、様子を見ている。


「ローズ姫、これを」

「……なあに。手紙?」

「久しぶりに話をした。お前宛の手紙と伝言が『騎士と魔術師の護衛に隙がなさすぎだ、馬鹿』だと」


 口調を変えたクライドの小声に、瞬きながら封筒を受け取る。裏にも表にも記名はなかった。分厚く、封筒の中に別の封筒が入っているような気がする。宛名も差出人も封蝋も、全部そちらにあるのかもしれない。


「……誰から?」

「中をあければわかる。騎士フェルバートには見られない方がいい。魔術師セファにも」


 何かあれば必ず伝えるようにしている二人の名前に、ええ? と戸惑いを伝える。それは無理だと思うけれど、と見つめれば、好きにしろ、とクライドは顔を近づけた。


「ローズ、次期ワルワド伯爵でも、城勤めの文官としてでもなく、お前の幼馴染みとして言う」


 真剣な、思い詰めた顔だった。


「お前だけが持つあの結界。一刻も早く、自在に扱えるようになってくれ」

「……おにいさま? 突然、なにを」

「騎士フェルバートとの婚約は成立しない。そうすればハミルトン侯爵家もお前を(かくま)う理由がなくなる」

「何を、おっしゃっているの」

「お前が捕まってはならない相手は誰だ。『本当の味方は誰なのか』をよく考えろ。頼みの綱が魔術師セファだけになったらどうなる。そのセファと引き離されたら、結界を使って閉じ籠れ」

「私が捕まってはならない、相手って」

「これ以上は言えない」


 小声で捲し立てる兄を見上げる。疲れた顔、思い詰めた眼差し、渡された手紙とその送り主。

 これ以上、わからないことを増やさないでと笑う顔は引きつった。


「どうしてそんなことを教えてくださるの」


 兄は笑い返すだけだった。実の兄よりも言葉を交わし、助けてくれていた相手が、疲れた顔で笑っている。


「言えないと言っただろう。じゃあな」


 そうして、クライドは工房を出ていった。勝手な人だわ。と、思うのに、そこまで怒る気になれないのはどうしてかしら。疲れを押してやってきたのがわかるから?

 先ほど宣告された例え話のほうが、よほど恐怖に心が凍った。


『セファと、引き離されたら』


 その日が来るのは、そう遠くないと思う。フェルバートと結婚したなら、その役目を果たすため、工房にはこないだろう。距離は遠のき、今みたいに気安い会話もできなくなる。わかっている。当たり前だ。だからと言って、結界に篭るなんて馬鹿げている。

 それに、フェルバートとの婚約が成立しないって、何を根拠に言っているのかしら。クライドは知り合いが多いし、ご婦人方とも頻繁に接触しているためによく妙な情報を持ち込んでくる。

 けれど、今日みたいに根拠も言わずに言い捨てていくのは珍しかった。


「ローズ様」

「困った人よね、もう。次にきた時に、怒っていいわよ」


 セファに声をかけられると同時に思考を打ち切り、振り返って笑った。


クライドもそのうち問い詰めたいですね。


土葬か火葬か考えてみたけど、結界王国の性質上、そんなに土地は有り余ってないので魔術的な葬送方法がありそう。精霊信仰と合わせて光分解とか。禁術などに人体を素材利用させないため、形や痕跡は残さないかもしれない。

なので力のある魔術師が魔石として形を残し、魔術具に組み込まれて国のために運用されるのは大変名誉なことになりそう。ただし死後の楽園とされる場所がある以上、「そこに行くことも許されず働かせるなんて」という遺族の反発もあるだろうなぁ。

 というわけで、滅多にないし表沙汰にされない「人魔石」でした。

……本当に表沙汰にできない、怖い使い方もあるかもしれない。


次回「研究室での女子会」

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