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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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8.魔術学院にてーローズとメアリ(2)

せっかくのお盆ですし、進捗の具合もいいので特別更新となります。(あとお話の切りが悪かった)

よろしくお願いします。


感想、お気に入り登録、評価ありがとうございます。元気が出ます!

誤字報告もいつもありがとうございます。助かります!


「私、ちゃんと好きって言ったのよ」

「えっ」

「結婚してって、押しかけて、押し倒そうと」

「せ、セファに?」


 セファ先生に。と、メアリがうなずく。その顔はなんだか不満そうで、うまくいかなかったことは伝わるけれど、なんだか動悸(どうき)が激しくて胸元に片手を押しつける。セファに抱きつくメアリというのを先ほども見たけれど、なんだかとても素敵な二人に見えたのだ。表情が読めない銀髪のセファと、表情の(とぼ)しい金髪のメアリは、なんだか揃いであつらえた人形めいている。二人とも真っ直ぐな髪が綺麗だ。

 二つに結えた髪を左右に振って、メアリは肩を(すく)めた。


「だめ。全然。隙をついたのに、ぜんっぜん、倒れなかった」

「そう……」


 ひょろ長いセファなので、隙をつけば押し倒せそうに思えてしまったのだろう。けれど実際は、体幹がしっかりしているというか、立ち回りだとか力の受け流し方がうまい。単純に力があるのも良く知っていた。何度か抱き上げられた記憶が蘇って、慌てて打ち消していく。


「ねえ、ローズ。二人で、行くしかない、と思うの」

「……えーと?」

「せーの、で不意を突く。セファ先生が、倒れる。あとは既成事実。勝てるわ」


 なんの話だろう。既成事実ってつまりどんな。よく分からなくて首を傾げていると、すぐそばで、ぷーと吹き出す音がした。振り返ると、ミシェルが一人で戻ってきていて、お腹を抱えて笑っている。


「はぁ、メアリこわー。冗談でもセファ先生がかわいそうだよ。そのあとはどうするの? 二人で押し倒して、言い逃れできないことをして?」

「三人一緒に結婚する」


 どこまでも真剣なメアリに、私が絶句し、ミシェルがまた笑う。

 それぞれを見比べて、メアリがきょとんと首を傾げた。


「どうして? ローズ、貴族でしょ? セファ先生、宮廷魔術師。私、平民の杖持ち(魔術師)。ちょうどいい」

「な、なにが……?」


 まだ杖持ちじゃないでしょう、なんて些細なことは後回しだ。おそるおそる掘り下げようと私が聞くのを、ミシェルが爆笑しながら止める。


「権力者とのやり取りを引き受け、夫の仕事を支える外向けの妻と、家庭内のことを一手に引き受ける内向きの妻で、役割分担。……って多分それセファ先生向きの結婚生活じゃないよ、メアリ」


 法的に認められてはいるけれど、一人の夫に複数の妻を持つのは、あまり褒められることじゃない。やむを得ぬ事情があるとか、何かしらの抜け道、救済措置として許されてる手段だ。ともかく平民にも貴族にも、一般的な形ではない。

 私はその特殊な事例に詳しくないけれど、少なくともいまの王家も王妃様は一人だし、側室もいなければ愛人の話も聞かない。国王陛下は(まれ)に見る愛妻家だと評判だけれど、そもそも歴史的に見てもこの国で複数の妻を(めと)る王の例は少ない。

 長く対立している異民族が多妻制度なので、差別化のためかより一層その傾向が強いのかもしれなかった。


「ああいうのは、貴族とやりとりがある商家が突如行き場のなくなったご令嬢を引取る為にだとか、それなりの事情があるの」

「……だめ?」

「ダメっていうか、無理だよ」

「むう……。セファ先生と、ローズ、二人とも一緒にいられる、お得な案」

「そんなにローズ様のこと気に入ったの? 仲良くなったんだ。よかったね」

「ローズは嘘つかないし、優しい」


 ミシェルはよしよしとメアリの頭を撫でたあと、そうだ、と手を鳴らした。


「僕がローズ様と結婚すれば、身内になるよ。いかがです、ローズ様? 身軽な平民なので、お婿に行きますよ」


 突然そんな風に言われて、固まってしまう。冗談よね……? と祈りを込めてゆっくり首を傾げていると、ミシェルはにこにこと続けた。


「メアリの見る目は確かなので、ローズ様の人となりは信用できます。元々、メアリと仲良くできない人と一緒になるつもりはないですし、ローズ様美人だし、笑うと可愛いし、僕としては全然ありなんですけど」

「ジャンジャック」

「はい、セファ先生」


 突然すぐそばでセファの声がして心臓が跳ねる。かと思えばジャンジャックがそれに答えて、ゴッッッ、という重たい音とともに、ミシェルが横なぎに倒れていく。


「ローズ様に、妙な発言は(つつし)むように」


 振り仰げば、呆れきった顔の、冷たい目をしたセファがいた。


「いっっったぁ……。うわジャン、大杖でなぐったの??? セファ先生の杖で???」

「そのセファ先生の指示でな。おまえ、まじで、ほんっっっとに不敬! そのままひれ伏せ!!」

「取るに足らない浮かれた妄言ですよ?!」

「……他に何か変なこと言われなかった? 何もされてない?」


 ジャンジャックとミシェルがものすごい勢いで言い合っている中で、セファが私の前にかがみ込む。探るような視線に、平気よ、と、笑って首を振った。


「違う世界の話みたいで、いっそ面白かったわ。メアリの言った、私とメアリが二人一緒にセファの奥さんになる話とか」

「……メアリ?」


 きゃっ、とメアリが私にひっついてくる。隣り合って座っていたから、鎖骨の下にメアリの顔が埋まった。


「……あんまり変なことをローズ様に吹き込まれると、僕が彼女の婚約者に殺されるんだけど?」


 えっ! と衝撃を受けた声は二つだ。言うまでもなく、ミシェルとメアリが私を見る。


「婚約相手いるんですか! そりゃそうかー!」

「てことは、えっ。ローズ成人してるよね? すぐ? すぐお嫁に行くの? 会えなくなる?」


 ぎゅうぎゅうと女の子に抱きしめられる感触は新鮮で、心の柔らかいところがほぐされていく。あったかくて、なんだか安心するわね。遠い昔、こんな風にして妹と身を寄せ合って遊んだわ。ちょっと事態についていけなくて現実逃避気味に思う。


「メアリ、ローズ様が困ってる。そういう気安さに慣れてる人じゃないんだ。離れて…」

「やだ」

「メアリ……」

「だってローズ、優しい。怒らないし、嘘つかないし、あったかいし」


 むう、と顔が押しつけられる。くぐもった声でなおも喋り続けるので、吐息がくすぐったい。


「キラキラ眩しいし、柔らかいし、……わぁ。なんか、いい匂いする」

「メアリ、くすぐったいのだけど」

「ミシェル……、君の妹どうにかしてくれないか……」

「もつれ合ってる女子二人に割って入れる男子はいません、セファ先生。双子の妹でも無理」


 弛緩(しかん)した空気の中で、ふと、何か引っ掛かりを思い出す。なんで私、こんなところにいるんだったかしら。つい楽しくて忘れていたけれど、魔術学院にきたのは……。


 視界の端で何かが光って、こちらにすごい速さで近づいてきた。ジャンジャックが無言でセファに杖を差し出し、セファが受け取ると同時に杖を振るう。

 硬質な音が響く。現れた光の壁に光球がぶつかった。続いて二回、破裂音の直後、光球は光の檻に閉じ込められる。


「な、なに……」


 咄嗟(とっさ)にくっついたままのメアリの頭を(かば)う。もぞもぞと顔を上げたメアリは、大きな目を瞬かせた。


「……鳥だわ」

「えっ?」

「鳥だね」


 メアリが言うのを聞き返していると、重ねてジャンジャックが言うので耳を疑った。


「ものすごーく、怒ってる、みたい」

「鳥に、あんな付与をする人がいるんですね…」


 メアリとミシェルが同じ調子で宙の光球を眺めて言う。

 セファが手を差し伸べて、指先に檻を乗せた。光の檻に光球をじっと見つめて、ギュッと握り潰す。


『セファ様。エマです』


 握り潰した光から、エマの声が響く。なんだか怖い。光球から冷気が漂ってきて、学生三人が騒然とし出した。


『お早いお戻りと、ご連絡をお待ちしておりますね』


 そうだった、とセファの手元を見ながら額を抑える。


「……すぐ戻る、って言って出てきたんだわ……」

「エマが戻ってきても僕らが戻らないから、トトリが心配してるだろうね」


 うわ冷たい、とぼやきながら、セファの目もどこか遠い。怒ったエマに連絡するのも、戻るのも怖い。侍女として表向き(わきま)えているだろうけれど、視線が痛いのだ。


「というわけで、急いで戻らなくちゃいけなくなった。施錠するから、みんな出るよ」

「メアリ、仲良くしてくれてありがとう。ミシェルも、ジャンジャックも、楽しかったわ」


 抱きついたままだったメアリの手をそっと解いて、立ち上がる。またね、とは言えなかったし、今にも言いそうなメアリの唇に、人差し指を押し当ててとどめた。

 セファの研究室だったから、気安くくっついておしゃべりできたのだ。メアリもミシェルもジャンジャックも、人目があるところでは、とてもこんなふうに関われなかっただろう。けれど、次の約束なんてできなかった。

 学院外套を身に(まと)う。頭のてっぺんから膝下までをすっぽり覆い、身に付けた護符もいくつか確認した。

 しょんぼりした顔のメアリにジャンジャックとミシェルが付き添って、五人揃って研究室を出る。別れ際の言葉もなく、私はセファに背中を押され、振り返らずに転移の間へと急いだ。

 工房に戻るまでの道中は、急ぎながらも楽しかったこと、嬉しかったことセファに話し続けた。セファは苦笑しながらうなずいてくれて、またいずれ、会う機会を作ろうと言った。実現しなくても、そんな可能性を考えるだけで嬉しくなる。

 ひとまずは鳥の飛ばし方を教わって、一番にメアリに送ろうと思う。今日のお礼をと、綺麗と言ってくれて嬉しかったことも。

 いっときの夢が見れたわ、と満足していた。今まで縁のなかった距離での会話、同年代の男の子と女の子との出会い。優しいセファに見守られて、学院に通うただの貴族の子女になったかのような時間だった。


 だからその日の夜、やっと迎えにきたフェルバートからの申し出なんて、夢にも考えていなかったのだ。


『侯爵家を出て、魔術学院の寮で暮らして欲しい』だなんて。本当に、露ほども。


メアリは同担OKという話(2回目)

これでようやく、次から二章最終話の続きにつながります。


今週もお疲れ様でした。来週もよろしくお願いします。

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