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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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7.魔術学院にてーローズとメアリ(1)

 


 小柄な体、光を弾くような淡い金髪。真っ直ぐで長い髪を耳の後ろで二つに結えて、身動ぎするたびにさらりと肩から毛先が落ちる。


 隣に座るメアリは、私の視線を受けて石のように固まった。


 どうしてセファは、私とこの子を二人きりにして、置いていってしまったのかしら。明らかに縮こまった初対面の女の子を前に、私にどうしろというの。

   仲良くして欲しい、というのは、多分、私にも言っていたのよね。


「あの……。メアリ、と呼んでも? 私のことはローズでいいわ」

「……」


 居心地が悪いのはお互い様で、意を決して口を開く。無言だったけれど、メアリと呼ぶことについてはうなずいてもらえたので、気にせず呼ぶことにする。


「メアリは私のこと、よく思ってない、のよね? どうして。って、聞いてもいい?」


 話初めに聞くこととしては不適当かもしれないけれど、他に何聴けばいいのかわからないわ。家のこと? 平民に? 事業のこと? 学生に? 流行りの衣裳のこと? 成人もまだで社交界にでてもいない相手に?


 ため息をついても相手を責めているように聞こえるだけだし、一生懸命こらえて、他に何を聞けばいいか頭を悩ます。

 うんうん唸っていたら、メアリが顔を上げ私の袖を指先で引っ掛けた。


「……きらって、ないよ」


 ぽつりと、やっと口にしてくれた言葉は、気のひけた、細くて頼りない声だった。


「本当? 私、嫌われてない?」


 驚いて問い返したら、おずおずと頷いてくれた。なんだ、とほっと胸を撫で下ろす。もしかして、少しお喋りが苦手な子かもしれないわ。そういうのは、人それぞれよね、と思う。妹だって、今でこそ伯爵令嬢として愛想も良く要領よく完璧に振舞って見せるけれど、小さい頃は引っ込み思案の口下手だったのだ。そういう相手に、無理にああしなさいこうしなさいと言うべきではない。

 無口だからと言って、心の中でもそうとは限らないし。


「嫌って、ない。ちょっと、羨ましかったけど」


 羨ましい? 瞬いて首を傾げる。顔を上げたメアリの瞳を覗き込む。若葉の色だった。明るくて、青々としていて、爽やかな初夏の色だ。ミシェルも同じ色をしていたと思う。


「ローズは」


 呼び捨てにされたことに、何よりも驚く。


「綺麗よ」

「まぁ」


 けれど、それ以上の衝撃が上書きされた。この辺りからここでの礼儀作法に頓着しなくなっていったのよね、と後から振り返って思った。

 ともかく、こんなに真っ直ぐに言われてしまうとつい照れてしまう。私が綺麗なのだとしたら、それは周囲が惜しみなくお金と手をかけた結果だろう。そうあるべしと幼い頃から十分すぎるほどの環境を与えられていた。そうでなければ、申し訳が立たないというところだ。

 それでも伝えてくれた気持ちが嬉しくて、ありがとう、と笑った。見上げてくるメアリの目が、少し細くなる。睨んでいるのかと一瞬思ったけれど、なんだろう。眩しそう、と言うほうが正しいような。


「セファ先生の、弟子っていうから。ちょっと、(うらや)ましくて。(ねた)ましくて」


 ぽつりぽつりと、自分の後ろ暗いところを告白してくれる。それを、隣に並んで座り、相槌を打ちながら聞く。セファを初めて見た時から素敵だと思ったこと、尊敬したこと、憧れたこと、特別になりたいと言い出したあたりから、あれ、と思う。

 じ、っと、メアリの若草が私を見上げてきた。


「……ローズは、セファ先生の、特別?」


 虚をつかれて、思考が止まる。メアリの眼差しは、ごまかしを許さない強さがあった。


「……ローズは、セファ先生の、恋人?」

「違うわ」


 同じ調子で重ねて問われて、とっさに否定した。即答だ。それ以外の答えなんてない。メアリの視線が探るような眼差しに変わった。


「違うの?」


 困ってしまう。眉を下げて、視線を逸らした。ちょっと笑って、ほんの少しの秘密を打ち明ける。


「…………私の、特別なの」


 嘘でも「なんとも思ってない」とは言えなかった。セファは、私の友だちで、魔術の師匠。ただのローズを見てくれる、たった一人。特別だ。間違ってない。大丈夫。

 じっと見つめてくるメアリは、肩の力を抜いたようだった。


「ごまかさない、のね」


 瞬きを繰り返して、こちらに手を伸ばしてくる。頬に触れられ、その感触を確かめるように二度、三度と優しくそっと手のひらを押し付けてきた。この動作の意味はなんだろう。実在を疑われているような動作に、白昼夢でも見たの? と内心首をかしげる。


 うん、となにか納得したように、メアリがうなずいた。引っ込められた手を眺めながら、少し油断した私の耳にとんでもない言葉が飛び込んだ


「うん。ローズ、セファ先生のこと、好きよね」


 わかるわ、と頷かれて、頭が真っ白になる。表情の乏しいメアリは真顔なのに、なぜだか笑っているような気がする。返す言葉が出てこない。


「セファ先生の、どこが好き? 今までで一番素敵だった先生の話、きかせて?」

「め、メアリ、あの」

「私、ローズの知らないセファ先生の話をするわ。だから、私の知らないセファ先生、教えて。初めて会った時は? どんな風?」

「あの、あ、あぅ、うう……」


 東屋でのことや、荒地でのことが閃いては消えていく。メアリには言えない場面ばかりで、変な声が出てしまう。

 森でのこと、宿屋の朝、食事、場面場面でセファの手を借りたことを思い出して、今更恥ずかしくて死にそうになる。いっそ誰か殺して。


「せ、セファは」


 強い視線に気圧されて、何か言わなければと喘いだ。セファの話、セファの話、一番素敵だった、セファですって?

 荒れ地で迎えにきてくれたセファの顔が、脳裏に過っては消えた。


「目が、綺麗よね」


 ぱー、とメアリの無表情が輝いていく。笑ってないのに喜色満面といった風で、きらきらとした目で力強くうなずいた。私の左手が、メアリの小さな手に包まれる。


「わかる」


 力一杯の共感が嬉しい。私が思っていることを、メアリも思っていたのかしらと思うと、不思議と心強かった。


「……わかる?」

「わかる。セファ先生は、目が綺麗。真っ直ぐなの」

「眼鏡越しでも、吸い込まれそうなほどなのよね」

「うん」

「眼鏡ごしでなく、そのまま見つめられた時は、息が止まりそうなほどで」

「素敵ね」

「見ないでと思うのに、目が逸らせなくて…………」


 相槌が拍子を刻むように、そのまま勢いのままぽそぽそと呟いて、ハッと我にかえる。うんうんと頷くメアリを横目に、慌てて研究室へ続く壁を振り返った。男の子たちの姿は見えない。片付けに勤しんでいるのだろか。どうか聞こえていませんように。


「メアリ、今の、セファには……」

「もちろん、内緒」


 うんうん、と頷くメアリが何を考えているのか、いまいち理解しきれない。ええと、と首を傾げて、ひとまず確認を続ける。


「……メアリは、セファのこと好きなのよね? そう見えたわ」


 口ぶりからも行動からも、どう見てもそうだろうけれど、よくわからないのでとりあえず聞く。好きは好きでも、私が思う好きとは違うかもしれない。


「大好き」


 てれも躊躇もなく、メアリが言い切った。その眼差しも、力強い口調も、何もかもが羨ましく響いて、なぜだか胸が痛い。心構えもなく、踏み込んだことを聞いてしまった。セファのことを好きと堂々というメアリに、なんでこんなに泣きたい気分になっているのだろう。

 考えてはいけないわ、と思考を閉ざす。まだ、あやふやな気持ちを抱えてまどろんでいたかった。


「ローズは、真面目ね。そして、嘘がつけない人なのね……」

「何か言った?」


 メアリは首をふった。そんなことより聞いて。と握ったままの私の手に力を込めた。



メアリは同担OKでした。という話。(多分)

好きなものや人やことを、同じ熱量の相手ときゃーきゃー話すのって、楽しいよね。


真面目でごまかせないローズは聞かれればつい答えてしまうので、徐々に言い逃れができなくなっていく……。


木金はお盆休みと言うことで、次の更新は月曜日となります。

→切りが悪かったのと進捗がよかったので、8/14(金)に更新しました。


次回「魔術学院にてーローズとメアリ(2)」

セファに想いを寄せるメアリがとった行動と、ローズにもちかけた驚きの提案とは…?


(わちゃわちゃした平和な展開が続きます)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ローズに女友達が…! そして恋の自覚が甘酸っぱくほろ苦くて良いですねえ。 [気になる点] 生徒相手に自動高飛車スイッチが入らないか心配。 [一言] ただのローズと見てくれる男性一号がセファ…
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