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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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6.魔術学院にてーセファと男子学生

評価、お気に入り登録ありがとうございます!! 誤字脱字のご指摘も感謝です。助かります。


今週は火、水のみの更新を予定しております。よろしくお願いします。




 講義室でミシェル、メアリの二人と会話をしながら、なんとなく研究室に視線をむける。続き間なので仕切りはなく、ここからだとあちらの位置が棚の隙間から見えるが、声までは聞き取れなかった。

 ローズの表情から見るに、話がはずむ程度には気があったようだ。並んで座り、身を寄せ合うようにして調合を始めたジャンジャックとローズを見て、なんだかもぞもぞする。そろそろ離れてくれないか、とメアリから一歩下がると、素直に体を離したメアリは両手を頰に当てて、ため息をついていた。やがて、少し離れた場所でくるくると回りだす。踊っているようにも見える。挙句、ミシェルを叩いていた。

 感情の起伏が激しい割りに表情が乏しいこの女生徒は、僕には少し謎すぎる。主に解説してくれる双子の兄のミシェルを見れば、よしよしどうどう、と踊るメアリの頭を撫でていた。


「メアリ、なんか今日は静かだね。嫌いな女子がいたらきゃんきゃんうるさいのに、珍しい」

「そう。セファ先生、あの子、なんなの」


 ミシェルの言葉にハッとしたように、メアリが噛み付いてくる。何って、何。と反射的に眉をしかめた。


「僕の弟子であるローズ様が気に入らないと言うなら、君はーー」

「どこで、見つけたの。あんな、あんな、ーーー」


 聞くに耐えないローズ様の悪口が飛び出すかと身構えるのに、メアリはぐぬぬぬぬと両手を握り締めて悶えている。

 訳が分からなくて少し怖い。いつものんびりゆったりぽつりぽつりと言葉を発する彼女にしては、明らかに様子がおかしい。


「きらきら、眩しい……!」

「……は?」

「あー。そういう……、睨んでるようにしか見えなかったよ」


 ため息をつくミシェルを揺さぶりたかった。そう言うことってどう言うことだ。再びメアリにしがみつかれて、あぁもうなんなんだ、と小柄な彼女を見下ろす。


「セファ先生、眼鏡。かして」


 胸ぐらを掴まれて思わず屈む。女の子の突拍子も無い行動についていけず、されるがままだ。流れるようにして眼鏡が奪われると、メアリが僕の眼鏡をかけて、ローズの方を示す。


「やっぱり。この眼鏡かけててもわかる。あの子、眩しい……」


 はぁ、となんだかため息が聞こえて、何がなんだか分からないでいるうちに、かえす、と眼鏡を渡された。


「セファ先生。ええと、メアリって変な目を持ってて」


 やっと説明をし始めたミシェルへ向き直りながら、再びメアリから距離を取る。適当な椅子に座ると、研究室の方からローズの小さな笑い声が聞こえて、振り返った。

 ミシェルは、そんな僕に構わず続ける。


「人によるんですけど、なぜだか時々眩しく見える人がいるみたいで。僕とか、ジャンジャックもそう。今までで一番強いのがセファ先生で、……あの、ローズ様もそうなの? メアリ?」

「そう。セファ先生と、同じ。同じくらいか、それ以上」

「……ん。もしかして、メアリが時々睨んでるように見えたのって」

「眩しくて目が開けていられないんですって」


 それは、昔の僕と同じだ。早く言いなよ、と呆れながら研究室へ行って、机の引き出しをあれこれと漁る。師匠からもらった眼鏡をあげることはできないけれど、予備として適当に作ったものがどこかあるはずだった。

 突然ずかずかとやってきた僕を、ローズとジャンジャックがこちらを見ているのが視界の端で分かった。鳥作りは順調なようで、中くらいの薬瓶三分の一ほどまで埋まっていた。ほとんどジャンジャックが作ったものだろうし、ローズの失敗作は手元の薬皿に結構な数が転がっている。それらの様子を一瞥して、そのままメアリとミシェルのいる講義室へと戻った。


「メアリ、これを」

「先生が作ってくれたの?」

「もともと使ってなかった予備だよ。今度作り方を教えるから、自分でも作れるようになっておくといい。魔力特性が視覚に影響するのは(まれ)だから、魔術具屋では取り扱ってないことが多いんだ」

「でも、これ、セファ先生が作った、ってことね?」


 やった。とメアリが変化に乏しい表情を緩めた。


「うれしい。大事にする。ありがと、セファ先生」


 感謝の言葉には喜びがこもっていて、内心胸を撫で下ろす。余計なお世話にはならなかったらしい。眼鏡をかけたり外したりして、僕やローズ様に視線を向けるメアリに、ミシェルはなんだか面白くなさそうだ。


「でも、メアリが目を開けていられないほど眩しい人って、そんなに多くないんだよね?」

「ん」

「もしかして、その目がきっかけで魔術学院に来た?」


 僕の問いかけに、そうですそうです、とミシェルがうなずく。


「僕たちを見つけたのは城勤めの魔術師です。たまたま僕らのいる村に来て、たまたまメアリが話しかけられて、その様子に魔力持ちって判明して、双子だからって一緒に精査されて、そのまま流されるようにして王都に。平民の魔力持ちの見落としがないように、って結構折々で平民も神殿や神官に問診を受けるので、結局ここにくるのがすこーし早まっただけですけどね」

「へえ」


 自分との違いに、思わず感心してしまう。神官の問診なんてものがあるなんて、初めて知った。家に閉じこもって暮らしていたから仕方ないけれど、一緒に暮らしていたおじいさんがいなくなったあと、師匠がきてくれなかったらどうなっていたのだろう。


「人によるので、どう言う人が眩しく見えるのか、まだよく分からないんですって」

「僕もそう言うことがあったよ。数年前で、魔力の扱いに慣れた頃に落ち着いたけど」


 そう言われてみると、どういったものが眩しかっただろうか。症例が稀で、あまり調べたことがなかった。こういうのは、どちらかと言うと神官向きの研究だろうから、魔術学院にはあまり資料がない。


「あの子、眩しい。それにとっても可愛い……ええ、なにあれ……美人……」

「そう思うならなんでもっと愛想よくしなかったんだ。馬鹿だなぁ。仲良くなれたかもしれないのに」

「外套、着てたから、わかんなかった」

「……顔が隠れてると、眩しくなかった?」

「そう。多分、目。目が、眩しい」


 同じく魔力特性が視覚に影響を受けた、という人間を初めて見たので、いろいろな話が聞けて興味深かった。へぇ、と感心しながら、頃合いかな、と席を立つ。

 隣の研究室へ行くと、ローズとジャンジャックがまだ鳥を作っていた。薬瓶の中身は半分ほど。ローズが作ったものも増え始めている。

 ジャンジャックに薬液を入れてもらって、ローズがガラス器具を振ろうと胸の高さまで掲げる。それを、持った手ごと掴んで止めた。


「……セファ?」


 座っているローズの上から手を伸ばしたので、ローズが胸をそらして見上げてくる。今日も綺麗に結い上げた髪は頭の後ろでまとめられていて、体に当たりそうだったので脇に避けた。トトリのやったことならそう簡単に崩れないだろうけれど、つい用心してしまう。


「ローズ様、そろそろやめたほうがいい」


 隣のジャンジャックが瞬いている。ローズの魔力量を知らないからピンときていないだろうけれど、杖持ちを目指せるほどのジャンジャックとローズでは作業量の安全値が全く違う。ローズの手に手を重ねたまま、魔力を注いで薬液を魔石へと固化させた。そのままガラス器具を取り上げ、ジャンジャックへと押しつける。

 説明するより見せたほうがずっと早い。瞬いているローズも自覚するだろう。


「立てる?」

「立てるわよ」


 何を言っているの、もう。と、ローズが言いながら立ち上がる。あの思考と行動の術式は起動していないようだけれど、いつもより疲れているのが見て分かった。おぼつかない足元に、そっと青い目をそらす。

 ほらごらん、と囁いて、懐から薬品管を差し出した。底が丸く細長い蓋つきの入れ物の中身は、枯渇した魔力を補うための薬だ。

 本来、ローズ様には縁のないものなのに。


「……確かに、もうやめた方がいいような気がするわ。……ジャンジャック」


 ゆっくりと椅子に座り直し僕から薬品管を受け取ると、飲むの? と視線で問われたので、うなずく。

 なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく素直に飲むので、妙に不安になる。今回はともかくとして、人からもらったものは少しは疑って欲しい。

 とくに顔をしかめることなく飲み干して、ローズはジャンジャックへと向き直った。


「調合の指導をありがとう。使い方はまた今度覚えるわ。ジャンジャックが作ったものも薬瓶に入ってしまっているけれど、これはどうしたら……」

「差し上げます! その、本当に失礼なことをしたので。いや、こんなもんじゃ全然ですけど、もらってください。俺が作ったものでも、同じように使えます。ローズ様は、今後俺を自由に使ってください。なんでもします。頂いた温情に報いるにために」

「……ありがとう。大事にするわね」


 ジャンジャックが差し出した薬瓶を見て、ローズは目を丸くした。戸惑ったようにお礼を言った後に、ジャンジャックに向かって、花が綻ぶようにして笑いかける。それを、ジャンジャックがぼうっと見ていた。


「……ほんっと、噂って、当てにならないですよね……」

「さっきもそう言っていたわよ」


 楽しそうに、ローズが小さく笑う。ここでこの三人に出会(でくわ)したのは予期せぬ偶然だったけれど、ローズにとってはいいことだったのは明白だ。そのはず、とおもう。


「ローズ様」


 声をかけると、かろうじて美しい振る舞いで立ち上がる。手を差し出されたので掬うように取って、講義室へと移った。そしらぬ顔でメアリの隣に座らせると、ミシェルに声をかける。


「ミシェル、研究室を片付けるから手伝ってくれるかい。ローズ様はここで休んでいて。メアリ、ローズ様を頼むよ」


 ローズの戸惑った視線を無視して、ミシェルをつれて研究室に戻る。できることなら、本当にメアリとは仲良くして欲しかった。よく分からない行動の多い女生徒だけれど基本的に優秀で、人を傷つけるような性質の娘ではないと思うのだ。悩みを打ち明け合うほどの仲になるには相性があるかもしれないけれど、肩の力を抜いて話せる相手になれば、と思う。少なくとも、どうもメアリはローズを嫌っているわけでは無いようなので。

 男子三人で片付けもせず、隣室の様子を伺うのは少し滑稽(こっけい)かもしれない。あちらから見えない位置にそれぞれ陣取り、講義室の様子を伺う。

 片付けながらさりげなく様子を伺うつもりが、ミシェルもジャンジャックもあからさまに覗き見していたので、僕もそれに(なら)った。僕と違って、二人はメアリの心配だろうか。ミシェルはメアリの双子の兄だし、ジャンジャックはなにかと入学当初から二人の面倒を見てきたらしいから気にして当然かもしれない。

 ふと、ミシェルの視線が刺さっていることに気づいて顔を向ける。若葉の瞳が、少しの好奇心を(はら)んで僕を見ていた。


「……ローズ様って、セファ先生の婚約者か何かです?」

「げほっ」


 空咳が飛び出した。想像もしていない問いかけに、思考が凄い勢いで回る。いろんな感情が湧きがり、叫び返しそうなのを必死でこらえて、有り余った力はミシェルの肩を掴む手に集約された。

 おそらくローズの正体を知っているジャンジャックが、なんとも言えない顔でミシェルを見た。


「……なんで、そうなるんだ」

「え、いや、だって」


 やっと絞り出した言葉に、ミシェルが戸惑った声をあげる。戸惑っているのはこっちだ。なんてことを言うんだ。


「やたら過保護ですし、とにかく距離近いですし、非常に親密に見えます」


 ひーふーみー、と指折り数えるミシェルを見ていると、眉間にシワが寄っていく。ローズと一緒にいるときのことを、トトリに指摘されたことを思い出した。すっかり忘れていた。気が緩みすぎていた自覚があった。


「ジャンジャックと二人でなんかしてるのを、ずーっと気にしているのが分かりましたし、目は合わせないようにしている割に、ずっと見てますし……。ほんとに違うんですか?」

「……ちがうよ……」


 額を抑える。答える声は情けない音になった。その婚約者から預かって、守護しているのになんてことだ。


「……あまり、よくない誤解だから、気を付ける。指摘に感謝するよ」

「ふーん、違うんですか。そっか」


 そう言いながら、ミシェルは片付けを始める。早々に僕たち二人の会話から逃げ出したジャンジャックがほとんど片付けていて、結局二人に全部丸投げした僕は研究室の広机に突っ伏する。頭がぐらぐらと熱をもって卒倒しそうだ。

 ジャンジャックが戻ってきて、少し離れた場所で作業しているミシェルとの距離を測りながら、口を開いた。


「ええと、一応、ご報告を。あの俺、ローズ様にできれば友だちになりたいって言われて、つい何も考えずいいよって答えたんですけど」


 いいんですかね、と小声で聞かれて、いいも何も、と呆れ返る。ローズがそう望んだなら、僕がとやかく言うことじゃない。

 というか、ものの数時間で一足飛びだ。ジャンジャックは面倒見もいいし、人当たりもいいし、優秀だ。人に教えるのも上手い。ローズが言い出すのもわかる気がする。


「……鳥だって、大事にするって言ってたし。あんな風にものをあげると喜ぶよ。自分のものをあまり持ってない人だから」

「うわ……知りたくなかった……なんか凄い精神的に重たくないですかそれ……」


 じっと見ると、びくりと肩を揺らしていやいや、と首を振る。


「いや、事情は一応それなりに知ってますけど。本当に何にも持たされず辺境に放り出されたってことですよね……。あんなに喜んでもらって大事にされるなら、もっとなんかちゃんとしたものあげるっつーのに……。あ、甘いもとか、好きですかね?」


 続けて、持ち物が少ないってことは…、とジャンジャックが呟いで振り仰いでくる。


「……あれ? ってことは、あの標入りの学院外套もセファ先生が?」

「そりゃ、まぁ」

「仕様の指定注文まで?」


 隠すようなことじゃ無いと思って、正直に頷く。ジャンジャックの口元がわずかに引きつったのを見た気がした。


「……溺愛じゃないっすか」

「でっ!!!」

「あぁいやすみません。愛弟子って意味で」


 慌てるジャンジャックの言い訳が遠い。はぁ、とため息をつく。頭が痛い。つい良かれと思ってあれこれやっていることが、端から見てどう言う意味に捉えられるのか、よく分かった。よく分かったけど。


「……多分、こらえられないだろうな」


 ミシェルとジャンジャックが講義室の方を注視している。その背中を見ながら、小さく囁くようにして呟いた。

 拒絶されたなら、伸ばした手を引っ込めるだろう。でも、ローズは嬉しそうに笑うから。困った時にその場にいたなら、真っ先に頼ってくれるから。だから、とつい言い訳を重ねてしまう。


 何もかも破綻した時、ローズの手を取ってトトリも連れて、三人でどこかに行こうと言ったことがある。ローズは夢物語だと笑ったけれど、あれは今でも本気だった。



 胸の奥底、黒い淀みが渦巻く。折々にゆらめいて膨れ上がるこれを、どうしたらいいのだろう。


男子学生は教師とも言えど同年代のセファに容赦がない、と言う話。ローズにも興味津々。


次回「魔術学院にてーローズとメアリ」

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