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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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6.お茶会


「……時間に遅れれば付け入る隙を与えます。そろそろいったほうがいいですよ、ローズ姫」


 クライドからそう促されて、日傘を差しかけられる。素直にそれを受け取って、フェルバートを伴い部屋を出た。結局、整えた容姿についての感想は言ってもらえなかった。変なクライドお兄様、と口の中でつぶやくと、そのつぶやきに反応したのかエスコートのために隣に立つフェルバートが視線を投げかけてくる。同じように視線をやれば、口を開くのは騎士の役目だ。


「あのクライド・フェロウと親しいとは、存じ上げませんでした」


 そうでしょうね、と頷く。アンセルムは知っていたかもしれないけれど、黙認していた。一の騎士までは把握していたかもしれない。でも二の騎士だったフェルバートが知らなかったというのなら、そういうことだ。アンセルムは私とフェルバートのつながりに気づいていなかったか、気づいていても放置していたか、どちらだろう。


「兄の友人なの。小さい頃から、いろんなことを教わったのよ。城に出仕していて、顔が広くて、話が上手なのは昔からだわ」


 クライドについては、話したいことが山とある。けれど、あの人は身内の前と他人の前とで態度を使い分けているので、言いふらすわけにはいかない。そんなまさか、と笑われて、共感を得ることはできないだろう。そうですか、と返すフェルバートはなにやら思案しているようだった。

 実際はどうか知らないけれど、クライドは人当たりがよく女性との浮ついた噂が絶えない。騎士として私に仕えるフェルバートの懸念も当然のものと言えた。


「昔から次兄に会いに、よく屋敷にきていたわ。三人目の兄みたいなものなの」


 だから、そういう心配をする必要は何もないのよ、と気楽に笑ってみせる。そうですか、と呟くフェルバートの口調は、どこか歯切れが悪い。まぁ、信用できないだろう。とくにフェルバートは真面目で素直で融通がきかなそうだから、猫をかぶっているクライドのことは特に胡散臭く感じるに違いない。

 案の定、しぶしぶというように肩を下げて苦笑した。すっと表情を改めて、騎士の顔になる。


「ローズ嬢が、クライド・フェロウを信頼していることは、よくわかりました。親交関係に差し出口を申し上げました。お許しを」


「いいえ、いいのよ。フェルバート」


 真顔でそう頷くものだから、困ってしまう。曖昧に言葉を濁さず、はっきり言わなければならない。


「クライドは、ああ見えて私のことが昔から大嫌いなの。時々とんでもない罠を仕掛けて様子を見ているから、気を抜いてはダメよ。簡単に信用しては痛い目を見るわ」


「はい?」


「私、小さな頃から家族に守られてきたの。それなのに、その上で、クライドを巻き込んだ大失敗をしてしまったのよ」


 まだ王太子と婚約していなかった頃だ。困っている、と言われて、鵜呑みにして、最初にして最大の大失敗をしでかした。その一番の被害者が、クライドだった。

 なので、私はクライドから強く要求されると断れない。王太子の婚約者から一筆欲しいと言われれば、よくわからない書類に署名をするし、いつの何時にあの大臣とこの回廊の柱の陰で立ち話をしているから、通りがかりに親しげに手を振って欲しいと言われればその通り、その時その場に赴いて、手くらいいくらでも振る。

 そうして、後日お礼の焼き菓子や花束が届くのだ。確かに大した労力を強いられてはいないけれど、彼の得たものに比べて私が受け取るものが焼き菓子と花束とはどういうことなのだろう。いいように使われていることには薄々気づいていたけれど。


「あの自尊心の高いクライドお兄様が、それでもわざわざ私にはっきり協力を仰ぐのだから、それほどのことだと思うのよね」


 なにより、私が失うものが特にないので。訥々(とつとつ)と、フェルバートの懸念を払拭すべくクライドとの関係のあらましを話したけれど、なんだかフェルバートの目がどんどん据わっていくように見えた。少し雰囲気が怖いかもしれない。


「……フェルバート?」


「あなたのそういうところを、皆、心配しているんです……」


 頭痛を堪えるような顔だ。調子が悪いのなら、無理を言ってでも休ませるべきだっただろうか。王太子の婚約者をしていた頃は、城では王太子の近衛を借りていたし、そうでない場所では実家の護衛を連れていた。今後どういう振る舞いをすればいいかはまだわからないけれど、頼るあてがない今、騎士がフェルバート一人ではまるで足りない。


「ええと、つまりね、クライドはとっても軽薄で狡猾で、権力者に取り入ろうと色々暗躍する人ではあるけれど、私に対して様々な手管で取り入ろうとは考えないし、する必要もない人だから、心配しなくて大丈夫。って言いたかったの」


 大丈夫じゃありませんよねそれ、とむっつりされた。丁寧な口調なのに冷たく突き放されたような気がして、私はあれー? と首をかしげる。


「話を聞くに、あなたはクライド・フェロウの要求は断れず、かといって警戒する様子もなく、彼がローズ嬢自身を利用するにまかしている、と言っています。あなたを守る騎士として、そのような人物との交流は看過できません」


 できないと言われても、してもらわないと困る。クライドの情報網は私には不可欠で、これから赴くお茶会だって、彼と偶然接触できたからこそなんとかやり過ごせそうなのだから。


「では、フェルバートが信頼できる、クライドお兄様以上の情報源を入手するか、クライドお兄様があなた方の信用を得るまでの我慢ね」


 私はすでにクライドを使うことに決めたので、仲良くしてもらわないと困る。未婚の娘として後ろ盾のないまま宙ぶらりんの身の上は、身を守る術も必要で、安心して利用できる手札は多いほうがいいに決まっている。

 指折り数えて、布陣に偏りがないか考える。


「騎士フェルバートと、文官クライド。側仕えのトトリが細やかな気配りをしてくれて、……魔術師のセファは、私のそばに侍るのは苦痛かしらね」


 無邪気に頼るのは、酷だろうか。多分、異界渡の巫女を、それはそれは慕って居た男の子。同じ顔、同じ声で、中身だけが別人というのは、どういう印象なのだろう。特に、トトリもセファも、そもそもの私を知らない。知っている顔で、声で、戸惑った顔を向けられまったく違う反応をされるのは、どういう気持ちなのだろう。


「では、後日セファに話しておきましょう。彼が宮廷魔術師としてローズ嬢付きを表明すれば、あなたの立場もまた変わるでしょうから」

 

 私がじっと見上げていると、フェルバートは困ったような顔をする。


「俺たちの中で、あなたの後ろ盾になれるほどの肩書きがあるのはセファだけなので」


 フェルバートは、私の後ろ盾の有無を案じてくれているらしい。なんでも一人で思案し、苦労を背負い込まなくてもいいのに、と呆れてしまう。初対面時はあんなに怖かった人が、なんだか可愛らしく思えてきた。

 一言相談してくれれば、案なんていくらでも出してあげられるのに。


「そんなの、これから行くお茶会でちょうど良い人を見繕いましょう。王妃様主催のお茶会だし、うまくすれば高位貴族のお姉さまとお近づきになれるかもね」


 そう自分で言っておきながら、現実味のない提案だわ、と嘆息した。だって、私はもうすぐ十八で、王妃様が招待した令嬢のなかでは、どちらかというと年長になる。群がる少女たちを捌かなければいけないのは、おそらく私の方だ。


「……これからあるご令嬢方の情報交換のお茶会。随分規模が大きいようですが、王妃様の主催で?」


「ええ、そうよ」


 第一王子と第二王子の生母。幾度となくお茶をしたあの優しい人は、きっと、私を許さないだろう。兄弟仲良く、分け隔てなく、対立しないように苦慮していたのに。

 人前であからさまに冷遇されることはないと思いたいけれど、居心地は良くないだろう。ため息をこらえていると、隣から視線を感じた。思わずふり仰ぐ。


「第二王子の生誕祝い、王太子の披露目直後の、王妃殿下によるご令嬢方のお茶会、とはつまり」


「つまり?」


「……王太子の嫁探しといった趣向があるのでは?」


 足が止まる。数歩先を歩いたフェルバートが、半身で振り返った。


「王妃が用意した高位のご令嬢方に、神殿が呼び出した異世界の少女、自力で功績を打ち立て返り咲いたごお嬢様。彼女たちを一堂に会し、婚約者候補の選定か周知か、もしくは内定者の表明の場にするのかもしれません」


 ご注意ください、と囁くフェルバートの表情は硬く、私はうなずいて深呼吸をする。もう、お茶会会場の庭園が近い。姿勢を正して、騎士フェルバートの半歩前を歩く。


 クライドから情報を得たとはいえ、それはご令嬢方個々の情報が多く、催しそのものが意図を持っているというのなら、圧倒的に準備不足だった。おそらく、仕掛けられてしまったが最後、巻き込まれることしかできないだろう。ならば最低限どこを死守すべきか考えなければ。

 だというのに、時間は圧倒的に足りない。顔を合わせるのがきまずい王妃様はもとより、何よりも、私が、



 私が、会いたくなかったのは。



 会場の入り口で、日傘を片手にこちらに背を向けている娘がいた。共はなく、戸惑うように入り口から場内の様子を伺っている。あの、不慣れな様子。特徴的なまっすぐの黒髪は、私にとっての昨夜よりも伸びていて、 私が得られなかった時間の流れを嫌でも突きつけられる。た。華やかにまとめ上げているけれど、一部垂らした髪が淑やかで愛らしい雰囲気を演出している。


「あいたく、なかったわ……」


 泣き言が漏れた。フェルバートに聞かれてしまったかもしれないけれど、振り返るわけにはいかない。歩を進める足が鈍り、止まりそうになるのを叱咤する。入り口の向こう側は華やかに飾りつけられ、焼き菓子の香りが甘く、少女たちのために整えられた魅力的な空間が広がっていた。それでも、その場所と自分の間に佇む日傘の少女の存在が、私の心に重くのしかかる。


 気配を察してか、誰かに何事か言われてか、日傘の少女が振り返る。目があうのかと心がひるんだけれど、傘に隠れて見えなかった。けれどそれも一瞬だ、すぐに彼女は持ち手を浮かし、私を視界に捉えてしまう。


 異世界からの来訪者リリカ。まっすぐな黒髪に、黒い瞳。その目は見開かれて、私を見ている。目を見開いているのは私の方も同じかもしれない。


「ローズ様」


 だというのに、彼女は即座に満面の笑顔に変えた。無邪気に私の方へと駆け寄り、あまつさえ手を差し出してくる。何、と眉をひそめるいとまもなく、彼女の手が私の手に触れて。



 世界が暗転した。




 瞬きを繰り返す。周囲を見回して、フェルバートがいないことを受け入れるのに数秒要した。

 埃っぽい空気に咳き込んで、強い風に飛ばされそうな日傘を閉じる。


「……途方にくれるとは、このことよね」


 私は一人、見渡す限りの荒野に、佇んでいた。

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