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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
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幕間:髪に触れる

再掲です。ほぼ加筆なし。句読点など訂正しました。

 

 一つ、二つ、と髪に埋まっている留め具を取り出していく。


 波打つ金の髪を前に作業を進めながら、途方にくれる。

 こんな風にほとんど結い上げられぬまま下ろされているところへ、なぜ手を伸ばすことが許されているのだろう。本来であれば、自分が触れることはもちろん、目にすることさえ許されぬ姿のはずなのに。その本人は全く気にした様子がなくどうしたものかとため息をこらえる。


 森の入り口で、僕らは倒木を椅子がわりにして、並んで座っていた。

 かつて社交界の華、王太子の婚約者でありながら、極端に露出が少なく、深窓の姫君とうたわれた伯爵令嬢、ローズ・フォルアリス。

 普通に暮らしていれば出会うはずのなかった存在が今、自分の目の前に背を向けて座っている。


 彼女との馴れ初めも、こうなった経緯も、簡単に話して説明できるものではないけれど、ひとまず今は一刻も早くこの場を出発して、日が暮れる前に村の宿屋を目指さなくてはならない。だというのに、風の強い荒地を抜けたために、深窓の令嬢ローズの姿は、気の毒なほど見るも無残なものとなっていた。


 特に、結い上げた髪がぐちゃぐちゃに崩れ、肩まで垂れていた。ほとんど下ろしているようなものだ。社交界に縁薄く、魔術の才能だけで宮廷魔術師になった僕でさえ、その姿をよその人に見られるわけにはいかないとわかる。女性にとっては、あられもない姿というやつではないのだろうか。

 だというのに、それを僕が指摘した時のローズの態度といえば。


『髪くらい、なんでもいいわ』


 最初の一言がそれだった。続いて、『たしかに、ちょっと今のままじゃあんまりだし』と付け加え、僕を見たその青い目はまるで。


『いいから早く、どうにかして』


 というように。

 侍女でも髪結い師でも化粧師でもない、この僕に。


 ローズは、時々そんな風にひどく尊大な態度をとる。さっきだってそうだ。自分の着ている服が脱げないなどと、ちょっと考えればすごく常識はずれな情けないこと言っているにも関わらず、まるで僕が悪いかのように怒っていた。できるわけないでしょう、だなんて。

 けれど、ちょっと落ち着けば借りて着た猫のように大人しくなり、罪悪感に溺れそうな顔で一点を見つめている。貴族のご令嬢とやらは、感情を表に出してはいけないのではなかったか。

 ローズは大きな瞳一杯に溜まった水を、こぼさないよう一生懸命口を引き結んで。きっとそれを指摘すれば、防波堤が決壊するのはわかりきっていたので、僕はただ絡まった紐を解くことに集中したけれど。


 今朝の東屋でだって。おどおどと黒騎士フェルバートの腕にしがみついてこちらを伺っていたかと思えば、僕の口にしたしょうもない嘘を見抜いて、傍に膝をついて手を握ってくれた。あの人とは違う、驚くほど柔らかな優しい顔で、やっぱり、睫毛の先に揺れる雫をこぼさないようにして笑う。


 多分、それがローズの素の性格なのだろう。怖がりで、優しくて、みんなから遅れそうな者がいれば、そばに駆け寄り手を取るような。

 対して、ローズの中で何かが切り替わると、ひどく偉そうな、貴族令嬢然とした態度が露わになる。命令するのに慣れた口調で、誇り高く舞台の上かのように振る舞い、笑う。

 偉そうな命令口調に腹が立たないのは、荒地でローズを見つけた時の、あの顔が脳裏に焼き付いて消えないからだ。


 荒地で、ひび割れた地面の隙間にうずくまって、膝を抱えていたローズ。

 見つけた途端、泣き腫らした顔で目をまん丸にした彼女に、思わず手を伸ばした。神官ではない僕は、癒しの力を持たない。手を押し当て熱の灯った頰や目元を冷やすくらいしかできなかったけれど、習い性でそのまま怪我などの異常がないか全身を確認してしまったのは、我ながら無遠慮が過ぎたと反省している。


「もう終わったの?」


 気がつけば、手が止まっていた。それを訝しんで指摘する余裕があるほど、ローズはこの状況をなんとも思ってないようだ。落ち着いた様子で問いかけ、振り返ろうとするのを軽く抑えて止める。


「まだだよ。もう少し前を見ていて」


 僕はまだ、このローズのことをあまり知らない。知ろうとしなかった。フェルバートも、トトリも、熱心にあの人と言葉を交わし、いずれ戻るというローズの情報を半信半疑ながらも聞いていたというのに。

 あの人の代わりなんているはずがないのに、あの人が消えて、戻ってくるというローズと、関わるつもりなどなかった。それでも、あの朝、フェルバートに呼び出されて会いに行ったのは。


 顔貌だけでも、同じなら、また会いたいと思ったんだ。

 違うものだとがっかりして、見限って、もう二度と会わないだろうとさえ思っていたのに。




 実際に二人で過ごす数日で、あの人とは似ても似つかぬ考え方、性格、笑顔に振り回されることとなるなんて。


 それを、この時の僕はまだ、知らない。


まだ出会ったばかりの二人。

服の騒ぎで疲弊しきって自暴自棄になってるローズと、すまし顔だったり思い詰めていたりとよくわからないローズに途方に暮れているセファでした。


明日、人物紹介ver2(おさらい)を更新しまして、月曜日から三章開始となります。よろしくお願いします。


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