表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
51/175

26.運命を誓う、護衛騎士

昨晩(7/4)23:50頃にも一話更新しております。まだの方はそちらからどうぞ。


評価、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。助かります。元気が出ます。よろしくおねがいします。



「『問題山積みすぎて詰んでて笑う』か……」

「はい?」


 いいえ、とフェルバートは首を振った。


「ローズ嬢の幸せのために奔走していた人の、感想を思い出しただけです」


 俺にわからないだろうことを、独り言ちたつもりなのだろう。 一人で懐かしそうに苦笑している。それをただ眺めて、ため息をついた。

 だから、つまり。と話を戻す。


「そうして、あなたはローズへと、運命を誓った、と」

「ええ。供人として、俺はローズとともにいきます」


 たいそうな決意ですね、と笑む。その愚直さが、(かん)に障った。


「運命は誓っても、愛は誓わなかった?」

「ローズ嬢は、俺を愛さないでしょう」


 答えは簡潔だった。真顔で、何を当たり前のことをと言った後に、そっと目をそらす。


「俺を愛してくれるなら、それが一番だったんですが」


 それは、彼の願いを果たすために必要だということなのか、それとも本当に愛されることを願っていたのか、どちらだろうか。

 想いの伴わない婚約に苦しむだろうローズを俺も想像できたし、それはフェルバートも同じのようだった。


「婚約は、解消できません。侯爵家の庇護下になければ、一時でもローズ嬢を手に入れたい人間は多い。ただでさえ、真実を知る知らないに関わらず、その魔力特性を研究したい魔術師だっているでしょう。彼女の負担になることは避けるべきだ。

 それでも、耐え切れず彼女が侯爵家の屋敷を出たいと言ったなら、その時は……」


 フェルバートの考えを聞いて、つい苦笑した。あまりにも優しい。結局、この男もただただローズが大切なだけだとわかる提案に、力が抜ける。


「聞いてみるといいですよ。ただし、提案の仕方にはお気をつけて」


 長く話し込んでしまった。窓の外の日は中天に差し掛かる。まだ、長い夏の日は落ちそうになかった。





《運命を誓う、護衛騎士  おわり》












 翌日の夕暮れ時になって、やっとフェルバートが迎えに来た。夕食も軽く済ませ、調合室でセファから魔術具に込められた魔力の感じとり方を指導されていた私は、エマからの呼び声につい集中を乱し、小さな魔術具を一つ破壊した。


「ご、ごめごめんさいセファ」

「いいよ。大したものじゃないから。フェルバートを待ってたんだろう」


 後からすぐに行くから、先に出迎えておいで、とセファが言ったので、私はありがとう、と立ち上がった。

 正直にいえば不安だった。今日は朝からいろいろあって、知り合いもできてとても楽しい一日だったけれど、昨晩抱いた罪悪感が消えて無くなるわけもなく。


 フェルバートが迎えに来なかったら、これからどうしよう。

 本当にセファの工房で一晩泊まってしまったけれど、間違っていた?

 貞淑でない婚約者など、もういらないと、言われてしまったら?


 そんな不安がふとした折に押し寄せて、手元が狂い小さな失敗を繰り返した。けれど、フェルバートがこれから迎えに来るという鳥をエマが受け取ってからというもの、食後の講義にも身が入ったので、セファの目も優しい。


 そうして、談話室を抜けて工房の出入り口へ向かうと、そこには黒衣の騎士服をまとった、フェルバートが立っていた。


「お迎えが遅くなり、大変申し訳ありませんでした、ローズ嬢」

「いいえ、退屈はしなかったわよ」


 笑って見せる。フェルバートを内側に招き入れ、エマに扉を閉めてもらった。

 

「そこで見ていなさい」

「何を……」


 フェルバートの目の前で両手を合わせる。瞬いたフェルバートの前で、私は集中した。

 唇を舐めて、呼吸を整えた。そっと唇を開く。


「具現術式、展開。ーーー精霊王の大前に(もう)さく」


 結局、自分の心象補強の言葉は自己流になった。

 普通であれば、魔術を習うと同時に心象を共有し同じ文言で具現しやすくするための魔術学院初等講義ではあるけれど、私はその教育を受けていない。結局、今まで生きてきた中で一番連想しやすいものをきっかけにするしかなかった。

 ささやきと同時に、ふわりと、空気が動く。光は白色で、明滅しながら私を起点にして円状に周囲へゆっくり散っていき、もどってくる。都度繰り返すごとに、速さが増した。


「うら解き放ちしゃう解き放ちて願ひ(もう)()く」


 神殿の祝詞の一節を用いて、精霊からの祝福を願う。思い入れの強い祝詞を心象補強に使うことで具現の力が安定する。合わせた両手の中から、白い小花がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつといくつもいくつもこぼれ落ちた。

 渦巻いていた風が収束する。光が明滅ごとに減っていった。

 自慢げに、手の中の花をフェルバートへと差し出す。


「花がだせるようになったわ!」

「物質の具現と固定化……? こんなに早く……?」


 フェルバートが絶句している。驚いた顔が嬉しくて、ふふんと胸を張った。


「セファの魔術講義を受け始めて、二週間と少しの成果よ。どう? 私もこんなことができるようになるとは思わなくて、自分でも驚いたのだけれどーーー」


 言いかけて、フェルバートに両肩を捕まれ、覗き込まれた。何、と身をすくませると青い瞳がひどく近くにあった。両手の花が、フェルバートの鼻先を掠める。



「疲れは? ローズ嬢の魔力量だと、今のは……」

「へ、平気よ。あのね、本当は、両手にのるくらいの大きな花にしたかったのだけれど、それだととても疲れてしまって。でも、小花だったら無理なくできるのよ。……どう? 驚いた?」

「……驚きました」


 フェルバートが、私の方から手を離し、頭から足先までを見下ろしながら、一歩下がる。長いため息が出ていた。奥から出て来たセファの足音に、視線を私の背後へと向ける。私も一歩脇へ下がって、セファを振り返った。驚いたと言ったわ、と笑いかければ、セファも頷いてくれた。

 そんなやりとりを見ていたフェルバートは、少し考えるような目をしてから、セファに問う。


「……魔力量を増やしたのか? セファ。魔術講義だけのはずでは?」

「魔術具くらい一通り使えたほうがいいかと思って。魔力特性ごとの護符づくりをして体内の魔力の流れを体に覚えさせたんだ。そうしたら、意外と要領が良くて、回数を重ねるごとに効率が上がって、その結果魔力量の増加につながったみたいだね」


 筋がいい、とセファが付け加えてくれて、わーっと舞い上がってしまいそうになる。嬉しくなってフェルバートを見ると、目があうなりにっこりしてくれた。一瞬、怖い顔をしていたように見えたけれど。

 ……やっぱり、まだ忙しいのに、無理をして迎えに来てくれたのかしら。


「もう、こんな花を……」


 私の両手の花を見下ろして、フェルバートが呟く。真剣な表情で、白い花を見ていたかと思えば、ふと視線がずれて瞬いた。


「フェルバート?」

「ローズ嬢。この、服は?」


 そうだった、と思い出す。今日は一日、昨日セファからもらった外套を着て、魔術講義を受けていたのだ。両手に花を持ったままだったので不格好だったけれど、そうよ、見なさい! とくるりとその場で回った。


「魔術学院の生徒みんながもっているという、黒の外套よ。これをきていれば、魔術塔でも浮かないわ。頭から被れば、顔も隠せるの。どう? 学院の生徒にまぎれると思う? もうすぐ十八だけど、まだごまかせるかしら」


 少し迷って、けれど言わないのも変かもしれない、と続きを話すのには少し勇気が必要だった。少し俯いて、左胸の白い花の(しるし)を見せる。


「セファの弟子という意味で、セファの標をもらったの」


 変に緊張してしまう。罪悪感? 後ろめたさ? 私、本当にフェルバートの婚約者失格だわ。だって、こんなの。


「……セファ」


 ため息が聞こえた。えっと顔を上げるけれど、フェルバートはまっすぐセファを見ていた。追ってセファの顔を見る。セファは、無表情にも見えたし、わずかに笑っているようにも見えた。けれど、やっぱりその綺麗な顔立ちから感情を読み取らせない風にしている。


「……師匠として、弟子に有用なものを送っただけだよ」


 静かな表情と声だったフェルバートはしばしその顔をじっと見つめて、もう一度、私を見る。


「……ローズ嬢。セファの魔術講義は、楽しいですか」

「え? ええ。それは、もう。ーーーあぁ、あの、でも、少し不安だわ。近頃侯爵夫人とも時間が取れなくて、花嫁修行もあまりしてないの」


 反射で答えてしまってから、侯爵家の一員となるためのすべきことは忘れてない意思を告げる。花嫁修行をするはずの時間は、ただのお茶で終わったり、商会を呼んでの買い物になったり、と、あまり思うように取れていなかった。取り繕っているようで、ずる賢くて、浅ましい気がする。うぅ、と胸の痛みから目を逸らした。


「それはいいんです」


 フェルバートが首をふる。じっと見下ろしていたかと思えば、私の前に跪いて、見上げてきた。


「どうしたの?」


 なあに、突然。と、私は見下ろしつつも一歩近寄り、何か話すのかしら、と少し前に屈む。その傍らで、セファも何事かと身構えていた。フェルバートは少し近くなった私の目を見て、なんだか目を細める。まるで、ちょっと眩しいみたいに。


「ローズ嬢。あなたがもし望むなら、ーーー侯爵家から、出て行きませんか?」

「……え?」


 一瞬音が遠のいて、聞いた言葉をなかったことしそうだった。フェルバートの青い瞳は真剣で、本気で、私に問いかけてきている。


「出て行く……? あ、あぁ、フェルバートと? 新居に?」

「いいえ、あなた一人で」

「フェルバート!」


 セファの声が聞こえた。

 さっと血の気が引く。やっぱりダメだったのだろうか。何か間違えた? 何がダメだったのだろう。震える足を叱咤して、唇に弧を描く。上品に小首を傾げて見せた。


「……どういう、こと。詳しく話しなさいな。婚約は?」

「あ、あぁ、すみません。ローズ嬢。婚約解消は、できません。けれど、あなたがそんな風に魔術を楽しく学ぶというのなら、魔術学院の寮で生活するのも一つ手ではないか、と」

「……寮?」

「はい」


 フェルバートの頷きに、血の巡りが戻ってくる。


「魔術学院は、由緒ある貴族と魔力のある平民が集う学び舎です。けれど、進む過程を選ぶのは本人の自由です。能力さえあれば、過程を進めて必要な単位を獲得すれば卒業時に杖持ちとなれますが、女性の多くは最初から杖を持ちを選ばず、卒業後すぐに結婚することが多いのです」


 そうなの、と頷く。聞いたことはあったけれど、詳しくは知らなかった。


「嫁ぎ先によっては、その才能を惜しまれて、婚約期間中に学院へ研究生として復帰し、杖を得る者もいます。魔術学院の教師に口利きをして、その教師の研究室に入るんですね。ローズ嬢も、その制度を利用することが可能です。ただ、おそらく、ローズ嬢の魔力では杖を持つことはかないませんが……」


 フェルバートの話す言葉が、少しずつ頭に入ってくる。

 研究生として、魔術学院に通う。セファの弟子として、研究室に入って、魔術を学ぶ。


「……侯爵家を、出る必要。あるかしら。ハミルトンのお屋敷から通うのは……」

「俺も、両親も今、忙しくしています。これからさらにその忙しさは増すでしょう。魔術学院と寮であれば、部外者は入れませんし、まさかローズ嬢がそんなところにいるとは思はないでしょうから、時間も稼げます。我が家としては、そちらを勧めたい」


 真意が読めない。私、また、いらないと言われているのかしら。それとも、本当に誰もが幸せな提案?


「……でも、でも、私、フェルバートのそばにいたいわ。きちんとあなたのことを知って、それでーーー」


 いっときの感情なんて忘れて、フェルバートの婚約者として、ちゃんと、自覚を持ちたい。これ以上セファのそばにいるのは、よくない気がする。もう戻れなくなってしまいそうで。距離を、空けたいのに。

 フェルバートばかりが遠ざかろうとする。


「学院の講義を受けなくてもよいので、ローズ嬢の生活もそう変わらないと思います。寝起きする場所が変わるだけで。あぁ、そうそう。エマも連れて行ってください。一通りの調べはすみました。潔白です」


 その代わり、トトリは我が家から通いになりますが。


「えー!」


 お茶会室からエマと二人で様子を伺っていたトトリが、悲鳴をあげてフェルバートのそばに膝をついた。その肩をグイグイと押している。


「なにそれ。聞いてないよフェルバート」

「言っていないからな」


 ぎえーとトトリから奇声が上がる。どういう声なの、と笑ってしまった。ふふ、と笑って、それが落ち着いてから、深呼吸をする。


「……本気なの」

「はい」


 お願いでも、相談でもない。これはもう、決まったことの報告だ。すでに、フェルバートの中で決まっている。けれど、わかったと簡単にはうなずけなかった。


「……少し、考えさせて」


 わかりました、とフェルバートの声は静かだった。





《あの人がいなくなった世界で   つづく》


つづきます。一旦これでおしまいです。


まだ続きます。お時間少々いただきます。

5月のお休みは長く感じたので、できれば早めに再開したいと思います。

遅くとも8/1には再開しようと思います。


web拍手:7/3 レス不要でしたが、コメントありがとうございました! 元気が出ました!!



また次話、開始しましたらよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 不思議な迷路の中を進んでいるかのようで、アーシュラ・K・ル・グィンのお話を読んでいたときの感じを思い出しました。ちょっとずつ楽しみに読み進めています。得難いお話をありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ