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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
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24.苦い気持ち

間に合いませんでした・・・。


いつもお気に入り登録、評価、、誤字連絡、ありがとうございます。

 


「あああもう、いいかい。……僕には、貴族の当たり前がよくわからない。トトリもね。そりゃ、君がきちんとした身なりを心がけて、少しの手落ちもなく完璧な姿で笑っているのはかっこいいし、素敵だと思うけれど、そうじゃないからって軽蔑しないよ」


 驚かさないでくれ、と顔を伏せて告げられた最後の言葉は、消え入りそうだった。

 工房を飛び出そうとしとした私に、心底肝を冷やしたらしい。まぁ、と頰を抑える。


「今でこそ神殿は訓戒としてそういう教えを広めているけれど、古代の王の時代、精霊や神が界を越え降りてきていた頃。女性たちはありのままの姿で、髪を結う義務なんてなかったはずだろう。

 礼節や常識なんて、権力者によっていうことが変わるんだ」

「そう言われれば、確かにそうかもしれないけど」


 でもそれってなんでも大丈夫になってしまわない??


「君は、もうすこし自信を持っていいよ」


 真っ直ぐ励ましてくれるセファに、ありがとうと微笑む。困るのも恥じらうのもいい加減やめにして、セファの言う通りもらった言葉を素直に受け入れてもいいのかもしれない。

 心の向くままにこにことしていたら、セファも優しい顔をした。

 向かい合って見つめあって、セファの手が頬に添えられる。いつかのように、右、左、と顔を向くよう力が込められ、最後に上を見上げて、正面に戻った。いつの間にか真剣な眼差しになっていたセファは、難しそうに眉が寄せる。


「熱はないけど、魔力経路がまだ不安定だね。顔色もよくない」


 あぁ、食事を抜いているからか、とセファが一度目を伏せた。私の手首をとって、お茶会室によってから調合室へ戻っていく。手を引かれたまま、私もおとなしく続いた。今更気恥ずかしくなって、肩掛けは頭からかぶったままだ。

 房への引き戸が開けられて、もう一度寝ろと言われるのかしらと思っていたときだった。


「……っ」


 ひょい、と抱き上げられ、寝台に横たえられる。私は耐えきれず顔を覆った。今のは何、と怒鳴りそうになったのを堪えたのだ。慌てて体を起こす。そんな私を見て、セファが首を傾げた。


「朝まで寝られそう?」

「……私、今、それどころじゃないわ」


 何が面白いのか、セファがくつくつ笑っていながら掛布を広げ私の膝にかかるように直してくれる。私と違って心の余裕がいっぱいで何よりね、と心の中で詰ってしまう。なんだと思っているのかしら。ちいさな子どもじゃないのよ。


 セファは引き戸を開けたまま寝台に腰掛けていた。いつまでそこにいるのかしらと思っていたら、目があうと手が伸びてきて私の近くの魔術具に触れていく。魔石が柔らかく光る様子に、私はきれい、とため息をついた。


「枕元に水を置いておくから」


 そういって、多分、すぐそこにいるトトリから受け取った水さしを、コップと一緒に枕元の棚に置いていく。


「マグアルフもあるけど、朝にする?」


 大好きな果実の名前を出されて、少し悩む。お腹は空いているので、なにか入れたほうが朝まで眠れそうだったけれど、寝台で口にするのはどうなのだろう。

 食べたい。けれど、朝になったら食べるわ、と一言添えようとしたとき、笑うセファと目があった。

 瞬いて、なあに? と首を傾げる。

 はい、とマグアルフの入ったお皿が差し出された。


「食べたい、と顔に書いてあるよ」


 小さな一口大の真っ赤な果実は、つやつやと輝いている。誘惑に心が揺れたけれど、やっぱり首を振った。そう? とセファが皿を引っ込める。それでも、立ち去る気配がない。


「セファ?」

「ローズ様」


 呼びかけは同時だった。私は口を閉じて、セファの言葉の続きを待つ。セファは首に手をやりながら、ええと、と呟いた。


「さっきの続きたけど」


 さっきの? 続き?


 首を傾げる。瞬きしても、なんの話がピンと来なかった。


「君は、きっと、僕のことを」

「!」


 セファの言葉と共になんのことか瞬時に閃いた。息を飲んでセファの口を両手で塞ぐ。


 くっくっくっ。と、両手の平の下でセファが笑った。意地悪で聞いているの!? と、睨み付ける。

 笑っているのに薄茶の瞳はじっと見つめてきていて、言い逃れはできそうになかった。


「しつこいわよ…」


 小さく詰って、手を離す。じりじりと後ずさって距離を取った。腰に当たった枕を胸に抱える。


「続きは?」


 本当に聞きたくて、こうもなんども聞くのかしら。うろたえる私を見て、楽しんでいるようにも思えるわ。


「……よ」

「うん?」

「秘密だと言ったの! 内緒よ!」

「ないしょ」


 驚いたように目を見開かれた。子どもっぽい言い訳だとわかっているけれど、構わない。セファがこれ以上聞けないように押し切るしかなかった。


「だいたい! セファの方こそどうなのよ!」


 売り言葉に買い言葉というけれど、つい勢いで言い放ってから我に返った。


「どう、って」


 あぁ、やめて、と思う。顔が熱くて両手で顔を覆った。


「僕が、君を、どう思っているか?」


 そうだ、一番知りたかったのは、結局そこなのだ。一番最初から、私がセファをどう思っているかよりも何よりも、知りたかったことは。

 片手を取られた。隠さず見せてよ、とセファがいう。本当に、この人がどういうつもりで私に触れて、言葉をかけるのがわからない。なにを考えて、こんなにも熱くて、暖かくて、優しいのか。


 セファはじっと私を見つめる。顔が赤い自覚はあったし、目も合わせられなかったけれど、真剣な眼差しは伝わった。


「……君と、さほど変わらないよ」


 多分ね、とささやいた言葉は、どこか、緊張しているようだった。ものすごく大切なことを言われた気がする。

 変に動悸が強くて、もう、と取られてない方の手で頬を隠す。


 私と、さほど、変わらない、というと。


 きっ、とセファを睨んだ


「……ずるいわ」

「えっ、なにが」


 怯んだようにセファの声が萎む。ずるいわよ、と私はさらに詰った。


「内緒ということでしょう」


「あ、あぁ……」


 そっちかー。と、セファが、頭上を仰ぐ。脱力したように手が緩んだので、そのまま調合室の方へと押しやった。


 もう!


「眠れなかったら、セファのせいよ! おやすみなさい!」


 セファを房から追い出して、きっちり静かに引き戸を閉める。そうしてやっと、あぁもうと床に突っ伏した。なんなのなんなのなんなの!! と拳を握る。


 一頻り憤りを逃して落ち着くと、開き直って遠慮なしに寝転んだ。横を向いて、膝を抱える。


「かっこいい、ですって。素敵だと、言ってもらえてしまったわ」


 ふわふわとした胸を押さえながら、ひとしきりじたばたして、痛んだ胸に動きを止める。


 胸が痛い。


 これは、罪悪感だった。

 ここでこうして一晩過ごすのは、とても悪いことをしている気がする。でも、フェルバートが、ここで一晩過ごせと言ったのよ。と、自分に言い聞かせた。

 だけど、フェルバートはまさか私がこんな気持ちになってるなんて、知らないわ。


 婚約者の身の安全のため、後ろ盾である宮廷魔術師の工房を避難所代わりに使っただけだ。だから、それを裏切るようなことはしてはいけない、と、私は自分に言い聞かせながら眠った。

 薬草の香りに包まれて眠るのは、罪悪感に押しつぶされる気持ちだった。



 ■□■□■□■□■□■□■□■



 思ったよりも強めの力で追い出され、硬く閉ざされた引き戸を前に、僕はやれやれと首をかく。あんな風に顔を赤くされれば、少し自惚れそうだった。明確な言葉を使っては突き放されそうで、たしかにずるい逃げ方をしたと思う。


 ずるい立場で、できれば、このままそばで見ていたいなと先がないことがわかり切った夢を見たのだ。

 くだらないその場限りの感傷に浸りながら、背後の冷気を振り返った。

 エマが腰に手を当てて仁王立ちしている。さすが末端とはいえ学院出身の貴族。


 ……氷の魔力特性かー。


 末端貴族出身の侍女が、宮廷魔術師を睨みつけてあまつさえ冷気を漂わせると言うのは、なかなかに命知らずだと思う。真っ当な貴族出の杖持ちにはしないよね……? といらぬ心配をしてしまった。


「エマ、冷たい」

「つめたい、じゃありません。セファ様! 少しよろしいですか!!」


 かぶせるような勢いに、これはお説教だな、と察した。神妙な顔を作ってうなずく。ローズが寝ているから、とお茶会室へと移動した。なんだか気楽そうなトトリが恨めしい。


深夜なのだから、もうみんな早く寝て明日に備えようと思うけれど、トトリがお茶を入れてくれたので仕方なくエマと向かい合って席に着いた。

 エマはキッと僕を睨んでいて、僕は引き続き神妙な顔でじっと彼女の言葉を待つ。


「出すぎたことを申し上げますが、セファ様。少し、距離が、近すぎます!」


 この人こんなに大きな声が出るのか、と変なところで感心してしまう。僕やローズよりもいくつか年上のようだけれど、丁寧に大切に育てられたことがわかるものの見方をしていて、正直有事の際の頼りにはならさそうだな、と言うのが個人的な感想だった。


「寝支度を済ませた成人女性がいる寝所に、あんな風に、 夫でもない殿方が、くつろぐものではありません!」


 勢い込んでいるので、ところどころ区切りの語尾が強い。くつろぐものではないと言うけれど、そもそもあそこは僕の寝房だと言うのに。


「それから、姫様は少々時代錯誤んん、古めかんんっ、えー、古式ゆかしい教えを、受けていらっしゃいますので………………」


 沈黙が長かった。


「…………面白半分で、姫様をたぶらかすのはやめてくださいませ。平民の方々の距離感は、姫様の心臓がもちません」


 なんだかしょんぼりしているのは、なぜだろう。そしてそれを見るトトリの目が冷たい。


「変だと思った。いくら何でも取り乱し方が尋常じゃなかったもんね。君たちの教育の成果、というわけだ」

「……いずれ貴族のご令嬢方の頂点に立たれるお方ですから、多少厳しいくらいがちょうどいい、と……」


 あの頃、疑問を持つ前に言い添えられて、納得しておりました。なんて、言い訳がましいですねと俯くエマに、ちょっと気の毒になる。

 それにしても、たぶらかす、とは。


「でもね、エマ。平民でも、ちょっとセファの距離感はない」

「トトリ?」

「ごめんね。この子ったら育ちがすこーし変わってるから……」

「ちょっとトトリ?」

「巫女姫様が距離感皆無のお方だったので、まともに関わった最初の一人がそんなだからセファの感覚もおかしいんだよね、あいだ」


 とりあえず、傍に置いてあった杖でトトリを小突いた。


「……そんなに言うかい」

「まぁ、ちょっと面白半分もあったけど」


 トトリが目をそらす。


「でも、セファと姫様の距離が近いのは本当」


 トトリに言い切られると、ちょっと考えないといけない気持ちになるのはなぜだろう。そんなに近かったか、と口元に手をやって考える。体調を見る意味でも、魔術の師としても、近くで接するのが当たり前だったので配慮がなかったかもしれない。


「魔術講義始めるまで、二人きりになるのを避けたり逃げたりしてたのに。それにひきかえ今や引き戸の奥の房で内緒話だよ? 見てるこっちが照れてしまって」


 にやにやと笑うトトリに、そう言えばそうだったなと懐かしく思う。今でも、どうぞよろしくね、と笑いかけてくるローズが思い出せた。

 温かな気持ちになったと同時に、そっと心を引き締める。よくなかったな、と目を伏せた。


「セファ様?」


 エマの声に、首を振る。軽率が過ぎたかもしれない、と反省した。


「……フェルバートに、信頼されて預かったんだ」


 トトリとエマが顔を上げて僕を見た。浮かれていた。あんな目で見てもらえるものだから、つい、近い距離に図に乗ったかもしれない。彼女は、貴族の、お姫様なのだ。それを、忘れるべきではない。

 かといって、自覚しつつあるものから目をそらすことも、蓋をして見ないふりをすることも、できそうになかった。



 ■□■□■□■□■□■□■□■



 ローズは今頃、どこで何をしているだろう。

 笑っているといいが。

 ……無様を晒していないか心配だな。


 どうやら、あの辺境からやってきた宮廷魔術師のそばだと、気が緩んでしまいがちのようだから。


 愛すべき可愛い幼馴染へ思いを馳せながら、王城の行政区画を奥へ奥へと歩いていく。人通りの多い表側に比べると、すれ違う人間もだいぶ限られて、動きやすい反面、苦手な人間と出くわすと逃げ道がない。


 気温がだいぶ落ち着いて、過ごしやすい残暑の朝。俺は会いたくもない人間の執務室へと向かっていた。そこへ、さらに親しくもない中年文官に声をかけられ、向けたくもない愛想笑いを浮かべる。人畜無害ではあるが、こういう手合いはうまく答えなければ延々と拘束されていけない。無駄な頭脳労働に、憂鬱になる。


「おや、クライド・フェロウ殿、どちらへ?」

「いえ、頼まれごとを。黒騎士の元へ、少々書類をね」


 あぁ使い走りですか、と丸々と太った中年文官はしたり顔で頷く。クライドくらいの年齢は、ほどほどに城内を熟知しつつ小回りが利き、それでいて体力はあるので、老骨からは頼りにされるのだと知った風に励ました。


「いやしかし、黒騎士殿ですか」


 ふ、と難しい顔に、何か? と瞬いて見せた。おそらく、すでに俺が知っていることだろうけれど。


「いいえ、近頃ひどく荒れているようでして。不用意に近づくのはやめたほうがよろしい。ご無事をお祈りしておりますよ」

「……荒れている、ですか」

「えぇ。どうも、……ご存知ですかな、黒騎士の婚約者にあのローズ・フォルアリス姫が収まっていると言う噂」

「えっ、あぁ、あれは、事実だったのですか」


 すっとぼけて返事をすれば、それはもう、と頷かれる。


「どうも、後ろ盾に辺境出身のあの若い宮廷魔術師を選んだらしく……」


 予想通りの噂に、クライドは内心で大きくため息をつく。どうやら、連日魔術塔にローズが入り浸っているという事実が噂になっているのだ。

 魔術塔の中には滅多な人間が入れないよう術式が施してある。けれど、魔術塔の前で見張っていれば、出入りする人間くらいは割だせる。


「二人とも若すぎるのは、少し問題ですね」

「婚約者のこういった噂が出れば、荒れるのは当然でしょうけれど」


 求めているだろう言葉で答えれば、それはもう、中年文官は頷いた。ともかく、と俺の進行方向を心配そうに見やった。


「くれぐれも、お気をつけて。……供人(ともびと)は、正直何を考えているかわかりません」

「護人と呼んでやってください。ご忠告感謝します」


 つい、庇いだてする言葉を告げて、先を急いだ。荒れていると言うのなら、見に行かない手はない。そう言う時、人間というのは不用意な秘密を暴露しがちなのだ。


 目的の執務室までやってきて、扉を叩いた。返事がない。構わず開けると、執務室に座って窓を背負ったフェルバートから、射抜かれたかと思うほどの鋭い眼光を向けられた。


「どうも、フェルバート・ハミルトン」

「…………クライド・フェロウか」


 ご機嫌麗しく、と一礼する。ふん、と騎士は鼻を鳴らした。


「何しにきた。俺は、お前とはもう話すことは二度とないと思っていたが」


 それは俺もですよ、と肩をすくめる。いえね。すこしね、と前置いた。


「ローズ姫を、魔術師セファの工房に一晩泊めたと聞いて、真意を知りたく」


 あぁ、一瞬後には斬られるかな、と覚悟を決めつつ、冷え切った空気の中、お邪魔しても? と、問いかけた。


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