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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
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21.宮廷魔術師と明かされない秘密(1)

 

 先にトトリへ鳥を飛ばす。調べたいことがあると言って出かけたばかりなので、まだ戻ってこないだろう。けれど、連絡しておかなければ帰ってきた時に怒られそうだ。

 書斎の本棚を漁って、目的の魔術具を引っ張り出す。あれこれと確かめて、中央部の魔石の微調整をして、向こうは大丈夫かなと気にしつつ、机の上に置いた。

 拳を作って指の背で叩く。確認のついでに魔力をそそげば、ぼんやりと魔石が光り始めた。鈍い羽音のような作動音に満足しながら、深呼吸をした。一度息をひそめる。


「フェルバート。そこにいるか」


 魔術具に向かって話しかければ、ガン、という物音が魔術具から聞こえてきた。


「セファか? なんだ今の。鳥ではないな……。どこから音がしているーーー」


 声はひどく不鮮明で、どかどかと靴音や振動までが響いて来る。


「前に渡した魔術具、あの時のままだろう。執務机の下、足元に放置してるな」

「……これか。本当にセファか?  お前は今どこにいる」

「僕は僕の魔術工房から。説明が面倒だから渡した時の説明を勝手に思い出して欲しいんだけど」


 早く本題に入りたいのに、フェルバートは見つけた魔術具に夢中だ。へぇと感心した声を上げながら、ごとんと、物音がする。雑音が減って声も鮮明になったので、机の下から引っ張り出したらしい。


「離れた距離で、体感のズレなく会話ができる魔術具か。……便利だ。もっと普及させればいいのに」

「つなぐ場所に出向くのが面倒だからいやだ。起動のための魔力量だって、僕とフェルバートだから規定量に達して問題なく使えるんだ。少量の魔力でも使えるようにするための工夫は僕に必要ないからめんどうだし」


 いや本当に便利だぞこれ、とフェルバートが人の話も聞かずに繰り返す。


「もう少し魔石に刻む術式を組み直して、陣に落とし込めば、一般に普及できるんじゃないか。一大革命が起きる」

「今はいいんだ。そんなことよりフェルバート。ローズ様が倒れた」


 がたん、と椅子が倒れたような音がする。あぁ、驚いているな、と黒い淀みが波打つのを感じながら思った。


「……倒れただって? なんで」

「熱があるみたいだったね。エマの話では、何か考えすぎて寝不足だって話だけれど」


 うめき声がする。思い当たる節があるらしい。ローズに何を言ったんだろう、この男は。


「いや、それにしても、倒れた、って。どうしてだ。術式は……?」

「ローズ様の思考と行動の術式なら、この工房の中では反術式が働いて機能しないよ」

「セファ? なぜそんなことをした」

「やっぱり、フェルバートは知っていたんだね」


 声に失望が混じった。あの、最低限思考して行動できる、という術式。あれについて、工房内という範囲限定ではあるけれど、無効化するよう結界装置に術式を付与したのはつい先日のことだ。

 ローズにここしばらくずっと繰り返してもらっていた、魔力の扱いを学ぶためと称した護符づくり。魔術師の弟子が行う初歩の調合としては順当だし、ある程度の衝撃を弾く護符というのは嘘じゃないけれど、それぞれの魔力特性にどれだけ適性があるかを見る方が主目的だった。

 その魔石に込められた魔力の量と、魔力の入り込み方。一つ一つでは意味がないけれど、ある程度の魔力特性の数が揃えば、総合して色々なことがわかる。たとえば、その身にかけられた古い術式だとか。


「人一人を勝手に精査したのか。相手の協力もなく?」

「精査ってほどじゃないよ。結果として同じくらいの情報量になるけれど」

「魔術関係になると突然思い切りが良くなるんだお前は」


 つい、で滅多なことするなよと、フェルバートが呆れている。

 その声はもう落ち着いていて、苛立ちがこみ上げる。


「……ローズ様のこと、心配じゃないの」

「あ、あぁ。セファの工房にいるなら安心だろう。仕事も侯爵家もいま、少し立て込んでいる。そもそも迎えに行くのを悩んでいたところだ。ちょうどいい、セファさえ良ければ、ローズ嬢を今晩そのまま匿って欲しい」

「はぁ? 何を言って。今晩だって?!」

「一晩で済むと思うが」


 そういうことじゃなくて、と拳を握る。世間からずれていると言われることがある僕でさえ、変だろうと声をあげたくなるというのに、なぜそんななんとも思ってないような冷静な声で話すのか。


「あんた、自分の婚約者をなんだと思ってるんだ。魔術工房は僕が暮らしている部屋だぞ。いったい僕をなんだと」

「お前の心配が、男女の話だというなら、お前を信用している。今日はトトリもエマもそちらだろう」

「そういう問題じゃ無いだろ。なんでとるものとりあえず迎えに来ない」


 あんなに大事にしていて、倒れたと聞いたなら、飛んで駆けつけると思っていたのに。


「仕事がある。今日ばかりは抜けられない。けれど、侯爵家にも戻ってもらえない」


 静かな声だった。

 仕事だって? 非難がましくなる言葉を飲み込んだ。



「……俺たち(貴族)には、果たすべき役割がある。私事よりも担わなくてはならない責任が」


 僕が言葉を堪えたのがわかったように、突然フェルバートの声が柔らかくなった。幼い子どものような扱いに、苛立ちが増す。



「公と私を選ばなくてはいけない時、より大事なものを任せられる相手がいると、俺は自由に動けるよ、セファ」


 隣の仮眠室より、セファの工房のほうがローズ嬢も休めるだろうし。だなんて、そんなことを言う時だけ、ローズを思っている風な声をして。


「お前の協力に感謝を。セファ。工房に出入りするようになって以来、ローズ嬢は本当に毎日楽しそうに、表情豊かになった」

「僕は別に、なにも…。そんなに変わったの」

「知らないだろうな。一年半前までのローズ嬢が、どんな顔で夜会会場に(たたず)んで、どんな声で話をしたか」


 知らない。当たり前だ。僕はその頃辺境にいて、王都に行ったこともなければ、夜会になんてものに縁はなかったのだから。


「……あぁ、それで、ローズ様に変なこと聞いたでしょ。どうして、僕のことどう思ってるか、なんて聞いたんだ」

「……ローズ嬢が言ったのか? お前に。お前を、どう思っていると言っていた」


 突然ガクッと下がった声の温度に、体が勝手に警戒態勢をとる。なんだよ、その声。と思った。


「全部は聞いてない。言いかけた時に、倒れたからね」

「……そうか」


 途端にいつもの調子に戻る。先ほどの圧力じみた声はなんだったのか。思わず、詰めていた息を吐く。

 わかりにくいかと思えば、怒気もあらわな声の調子に、フェルバートでさえローズの一挙一動に振り回されていることがわかる。ローズのこととなると、余裕がなくなるのか。そんなんで、どうしでこの状況を僕に任せられる。


「フェルバート、僕たちに何か、隠してないか」


 鎌をかけようだなんで大それたことは考えていなかったけれど、根拠のないただの問いかけなのは事実だった。


「ローズ様の、昔の生活環境はなんなんだ。聴けば聞くほどおかしく思える。まるで、魔術を学ばせないために、無理矢理有象無象の知識を詰め込ませていたみたいな学習環境じゃないか」


 いい機会だったので、抱いた疑問の全部をぶつける。顔を見ればその表情にはぐらかされてしまうのがわかっていたから、わざわざ繋がるかどうかも怪しいこの魔術具を引っ張り出したのだ。


「あの、無理矢理思考させて行動させる術式も、なんなんだ。なんであんなものをローズ様が備えてる。なんのために。戦地に赴くわけもないのに」


 答えはしばらく返ってこなかった。魔術具のそばから立ち去っただろうか。それにしては、向こうの魔術具に魔力が通っていることを示す光が消えない。


 やがて、フェルバートの平坦な声が響いた。


「セファ、お前、ローズ嬢のことをどう思ってる」

「は、あ!?」

「そうか。いや、答えなくていい。今のでわかった」

「何が!?」


 くつくつと喉の奥で笑う声に、からかわれているのだと行き場のない怒りが渦巻いて、ため息とともに力が抜けた。ずるずると椅子に座り、机に突っ伏する。


「セファ」

「なんだよ」


「近い将来、ローズ嬢は世界を救う」


 声が出なかった。聞き返すこともできず、ただ、フェルバートの声を発する魔術具を凝視する。セファ、と魔術具が繰り返し僕の名前を呼んだ。


「俺はそれまで、すべきことをするよ」


 じゃあ、明日また迎えに行く。と言い残し、それっきり魔術具の光は消え、沈黙した。


 怒涛の情報量とその物足りなさに、感情が追いつかない。いま、なんて言った。言い捨てて去ったのだ。言い逃げじゃないか。何が。

 ぐるぐると言葉が巡って、整理が追いつかなかった。


 聞きたかった肝心なことは何一つ教えてもらえず、けれど確かなことが一つあった。


 フェルバートが、尋常じゃないほどローズに執着していることだ。あの、温度の下がったあの声。魔術具越しに騎士の剣を突きつけられたような心地になったあの声は、冗談でも演技でもないだろう。

 かたんと談話室の方から音がして振り向く。トトリが深刻な顔をしてそこに立っていた。


「今の、なに。フェルバート、なんて、言った? あぁ、それより、姫様は」




 息が上がっている。鳥を受け取って、すぐさま戻ってきたことが分かる様子に、君は本当に、と苦笑した。フェルバートがこんな風だったなら、変に疑わなくて済んだのだろうか。

 それはそれでその在り方を妬んだかもしれない。けれど僕はフェルバートに、こんな風にしてローズを迎えにきて欲しかった。

 勝手だけれど、誰にも文句も言えないくらい全力で、彼女のために行動をして欲しかった。









 全身でローズを心配していることがわかるトトリに、奥を示す。


「ローズ様なら、奥で寝てるよ。エマがついてる」


 言うなり、トトリがいってしまった。エマと話している声が聞こえ、すぐに戻ってくる。

 顔を見て気が済んだのか、やれやれと安堵の表情をしていた。

 ちょっと休憩にする? と、一度お茶会室へと向かって、お茶を入れて戻ってきた。


「やっぱり倒れたね。驚いたでしょう、セファ」

「側仕えのくせして何をしてるんだ。体調管理も仕事のうちと言っていただろ」


 化粧師のトトリだけれど、肌の調子を整えることも仕事のうちだといって、睡眠については特に厳しく管理していたはずだ。何をどうしてこうなったのか。


「そう言われると痛いな……。けど、寝台に入っていただいた後にできることなんて、ほとんどないよ。横になっても眠れなかったみたいだし。私が夜番の時は眠れないならとお茶を入れたり窓辺で涼んだり色々試してはいたんだ」


 すでに色々手を尽くした後だったらしい。トトリの仕事に文句をつけて悪かったなと思いつつ、ローズに対しては首を傾げた。何をそんなに悩んでいるのだろう。

 そう言った悩みを、簡単に話すような性格ではないことは、もうわかってきていた。


「連日寝れてなくて、悩んでることはわかってるんだけど。……姫様自身に相談できる相手がいないのが問題だよ。友達とか」


 友達、と聞くとつい反応してしまうけれど、ここは僕のことではないな、と大人しくお茶を飲む。トトリは気にせず指折り数え始めた。


「侍女のエマと化粧師である私のことは、当然使う立場の貴族令嬢として振舞うでしょう。前は護衛騎士で今は婚約者のフェルバートだってそう。護衛として使っていたし、今は侯爵家の一員として恥ずかしくない振る舞いをしなくてはいけない。文官のクライドは……いけすかないよね」

「最後は、君個人の意見じゃないか」

「……セファは魔術談義に花を咲かせて楽しそうだったね」

「猫かぶってるのは伝わるけど、悪い人間じゃないと思うよ。ローズ様も彼の態度には慣れてるみたいだったし」


 時折気まずそうにそっと目をそらしていたけれど、気安く接している印象だった。


「幼馴染だと言っていたし、ローズ様の魔力特性も知っていて、昔から情報面から助けていたって。僕らよりもずっと大人で、頼りになるよね。魔術師(杖持ち)一家だけあって知識も豊富だし、陣への落とし込みが本当に綺麗でーーー」

「わかった。とまって。嘘でしょう、セファがすっかり懐柔されてる……」

「人当たりもいいし、ローズ様も相談するならクライド・フェロウがいいんじゃないか」


 思い出しながら提案すれば、すごい顔でトトリがこちらを見ていた。何? と聞くのに、別に。と短く返されわけがわからない。どう考えても、別に、なんて顔じゃない。僕の知らないクライド・フェロウの一面を知っているのかもしれないけれど、そういう人の隠し事を不用意に言いふらすことができない性格が口を噤ませるのか。


「まぁ、姫様だってどっかの宮廷魔術師には、変にカッコつけたがるしどっちもどっちか……」

「悩み事の相談に不向きなのは認める。だから、明日にでもクライド・フェロウを呼ぼうよ。二人にして話をーーー」

「気が進まないからヤダ」


 気が進まないってなんだ。そして、ローズは僕に格好つけたがる、なんて人から聞くと妙に納得してしまう。確かに、そんな感じがする。基本的にはなぜか僕を年下扱いして、背筋を伸ばしていろんなことを笑ってごまかす。どこか抜けているから、結局全部露見して面倒見ているだけで。色々……色々、見てしまっているのは、不可抗力だし。


「一度倒れたし、これで懲りるでしょう。なによりいい薬だと思うよ。姫様の今の立場はほら、特に失点だとかを気にしなくていいし、そういう相手に会うこともないし。そんな予定が入ってたら問答無用で寝てもらうし」


 ね、とトトリがいうので、そうだね、と返した。


「軽く事情を聞いて、話してくれるならよし。それでも言わないなら、この話はおしまい。クライド様には頼らない。いい?」

「人当たりのいいトトリが、そんな風に人を悪く言うことがあるんだね」


 お茶の水面を眺めながら、思わずそう言った。トトリとは辺境にいた頃からの付き合いで、その交友関係も一部だろうが知っているから、特に意外に思う。どちらかといえば器用で、当たり障りないのがこの友人の性質だった。

 とはいえ数年前まで生傷が絶えないような子どもで、僕は立場上、何度もその傷の手当てをしたけれど。

 ぐ、と押し黙る気配がした。視線だけ向けると、その表情は暗く、あまり印象にない感情を持て余しているように見えた。

 苛立ちだとか、嫌悪だとか。優しい表情の似合うトトリには、およそ似合わない類の。


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