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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
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13.神話書と拡大解釈

評価、お気に入り登録、ありがとうございます。嬉しいです! 誤字報告。ありがとうございます。助かります! ポンコツですみません!




 花を片付けながら、私は話し始めるきっかけを窺っていた。



 お茶会室から溢れかえった花は、私とトトリで種類ごとに大鍋に入れ、セファが鍋の中を杖でかき混ぜ乾燥させる。カラカラに乾いた花は、後日香袋や香草茶として組み合わせを考えることにした。一日で終わる作業量ではないので、講義の後にすこしずつ進めることにする。

 なんでこんなどうだっていい予定が先に決まるんだ、とセファが我に返ってため息をついていたけれど、セファがやったんでしょ、とトトリは辛辣だ。

 私はなんだかニコニコしてしまって、トトリの機嫌をとることも、セファを叱ることもしないまま、言い合う二人を横目に花の香りを堪能する。のんきに過ごしていたら、私の背後に回ったトトリが、私の結い上げた髪花を飾った。白と青の花は、今日の水色の衣裳によく合い、二人の見立てを褒める。

 いえいえ。と満足そうなトトリと、セファがちょっと気まずそうに目をそらした。




「ローズ様はさ、交友関係が狭すぎるんだ」


 花の片付けがひと段落したところで、セファが口を開いた。 

 人のこと言えるんですか、というトトリの言葉はセファに無視される。


「僕は、まぁ、今では魔術学院だとか、宮廷魔術師だとか、所属が増えつつある。そろそろ個別で担当を持つようになるらしいし、いろんな角度の見方と人によって異なる尺度を持ってる。トトリだってそうだろ」


「……まぁ、そうですね。侯爵家の侍女仲間、中央通りの焼き菓子探索仲間、魔術塔の下働き仲間、お城の化粧師仲間。以前所属していた、辺境の劇団員とは今も手紙のやりとりをしますし」


 ひーふーみー、と指折り数えるトトリに、セファと二人顔を見合わせる。知らないうちにトトリの交友関係が広がっていた。心配することなどなかったことに気づいて、呆気にとられる。

 そういえば、講義の最中時々気配がないと思ったし、今日だってこの焼き菓子をいつ用意したのか不思議だったけれど、忙しく楽しく好きに動き回っているらしい。

 化粧師の役目かといえば、違う気がするけれど。


「まぁ、トトリの社交性は僕も見習うこととして…、ローズ様の友人といえば」

「セファしかいないわ」


 私は断言する。セファがひるんだ。


「……いや、他にも」

「いないわ。私、お茶会の練習相手も大人ばかり。大きな催し事では、挨拶に来る人への対応に手一杯で、同年代のご令嬢方と関わることが、なかったもの」


 セファだけよ。と繰り返せば、セファが言葉に詰まって、トトリがそれをみて笑っている。


 たしかに、交友関係は、狭いどころかほぼ皆無だと言える。否定はしない。友人関係だけでなく、継続して親交があると言える人物でさえ、指折り数えられるのだ。

 侯爵夫人、フェルバート、トトリ、セファ、クライド。元々いた場所と言える実家や王家とは、絶縁したと言っても過言ではないし。

 狭すぎる交友関係が問題、と言うなら…。


 セファの言葉を反芻して、はた、と思いつく。わっと胸が高鳴って、胸元を両手で抑えた。


「それなら」


 隣のセファに、勢い込んで尋ねる。


「私、もっと友達を作ってみてもいいのかしら」


 詰め寄られたセファは視線を彷徨わせ、トトリとなにか目配せし合う。トトリの笑みは深まって、セファがうー、と唸りながら目を閉じた。

 返事に困っている様子がありありとわかって、浮ついた気持ちがシュルシュルと萎んでいく。


「無理よね」


 冷静な頭で考える。うん、そうね。と心を納得させてうなずいた。


「立場が不安定な私とお友達になるような人、いないものね」

「……ローズ様が問題なんじゃなくて、魔術塔の僕の工房に出入りできる人間を、僕が、君に、紹介したくないだけだよ」


 ため息をついて、セファが首を振った。そうなの? と問えば、魔術師っていうのは変人ばかりだからね。とセファ。

 魔術師といえば憧れの存在なので、私はそのセリフに納得がいかず、首をかしげる。


「セファはちっとも変じゃないわよ?」

「……。僕は変じゃなくてもこの髪が……、いや、なんでもない」

「髪?」


 口が滑った、というように、セファが煩わしそうに眉を寄せる。


「なんでもないよ」


 セファは変じゃないけど、この髪が。セファが打ち消そうとする言葉を整理して、反芻して、目を細める。セファの髪は、長い銀の髪だ。この部屋では人目を気にせず晒し、背中まである髪も束ねず好きに遊ばせているけれど、旅の間はきつく束ねて外套の隠しに押し込んでいたのを知っている。旅の最中は気にしていなかったけれど、今振り返れば気づくことはあった。

 この人の銀髪を綺麗だと思ったのは、あの荒地の裂け目に迎えに来てもらった時だったかしら。

 それよりも先に、薄茶の瞳の透明さに、目を奪われたのを覚えているけれど。


「綺麗な銀の髪よ、セファ。人がそんな色を持てるなんて、きっと精霊の祝福ね」

「精霊の……なんだって?」

「精霊の祝福。神殿の祝詞でも省略されることの多い部分だけど、世界の素晴らしいものは、みんな祝福を受けているの。しらない? 天空に宿るものと、地に属するもの、その間に生きる、人が持つ色彩。すべて、一際美しいものは精霊の恩恵なの。……なんて、神話書のほんの一節の拡大解釈だけれど、私はこの考え方がとても好きなの」


 一時神殿でお世話になっていた時に、神話書の考察は局所的に深まっていて、少し歪な理解をしている自覚はあった。神殿から戻ると、部屋に来ることの増えた妹と会話が増えつつあったので、話して聞かせたことがある。なんだか妙な顔をされたけれど。「お姉様の夢見がちに拍車が……」ってあれはもしかして悪口だったかしら。

 思考が脱線していると、私の言葉を受けたセファがもごもごと首を振りながら否定していた。自分を否定するために肯定の言葉否定するなんて、この人、私のことをとやかく言えるのかしら、と思う。


「……そんな話は、知らない。銀髪は、人でないものだとされて、取り替え子だって、昔から言われてるんだよ。君、まったく変なこと言い出すんだから」

「そうかしら? きっと、あんまり綺麗で羨ましかったから、そんなことを言う人がいたのね」

 それにしたって、ひどいわ。あんまりよね。とむっと口をひき結んでいると、セファが突っ伏してしまう。首を傾げていると、トトリがこちらに背を向けてくつくつと笑っていた。






 私はトトリに同席を許して、向かいの席に座らせる。おかわりの用意がすぐにできるよう準備をして、トトリは嬉しそうに焼き菓子を頬張った。

 それを横目に、机に突っ伏していたセファが腕を枕に顔埋めた状態で聞いて来た。


「神話書の拡大解釈なんて、君のこれまでの生活に、いつそんな暇があったんだ」

「一時期神殿で暮らしていたことがあるのよ。十五の時、一冬お世話になったわ」


 神殿での暮らしは、真新しいことが多くて楽しかった。神話書への理解深度によって癒しの力が強まるとされていて、その手の解釈討論が盛んだったのだ。食事時、横で聴いているだけで楽しかった。通りすがりにいくつもの仮説を小耳に挟んで、時間がある時に自分で神話書をめくりながらくるくると考察を深めたものだ。

 残念ながら、素質はなかったのでいくら神話書を読み込んでも、私に癒しの力が発現するなんてことはなかったけれど。


「神官の癒しは大気中の魔力に左右されないのですってね。使うのは本人と術者の魔力と生命力で、神官とはいえ体を鍛えている人が多くてびっくりしたのよ」


 それまでは、朝から晩まで教育を受けていた身の上だったけれど、神殿での生活は少し違った。神殿内の人間としか接触は許されず、多くの人の手を介して城からの課題が手渡され、それをこなす。今まで通りとはいかないためか、いつもより量は少なく、朝から取り掛かれば夕刻前には全て終わってしまったので、食事の前後は神官たちの行儀作法を見る時間ができた。

 あまりにずっと部屋にこもって日々課題をこなしていたせいか、冬の終わり頃になると顔見知りになった神官が部屋に訪ねにくることが増えた。私の課題内容を見て不思議そうにしながら、何度かは中庭に連れ出され、体を動かすことにつきあったけれど。


「セファ、知ってる? あの人たち、信じられないくらい過酷な鍛錬をしているのよ」


 遠くを見る目になって、私はふふふと笑った。部屋にこもって机に向かう私を、彼らは疑問視していたけれど、私はあんな風に体を毎日動かすくらいならずっとお部屋にいたかったわ、と思う。

 魔獣討伐の現場に同行することもあって、神官本人が怪我することのないよう、まずは柔軟から徹底的にやるのだ。なので、彼らは体が柔らかく、持久力がある。筋骨隆々、と言った神官は少なかったし、もちろん女性も、線の細い男性も多かったので騎士団寮とまではいかないけれど。


 想像していたよりもずっと俗世に寄った世界で、神殿という言葉の印象が変わったわ。


 しみじみいうと、なんの話なんだ……。と、セファが呆れていた。トトリは楽しそうに微笑みながら、いいですねぇ、神殿。今度見物がてら詣でに行きます? なんて提案をしてくれる。


 そうだ、確かに、今自由に動けるうちに、神殿へ挨拶に行ってもいいかもしれない。お世話になった翌年の婚約破棄で、それから一年半飛び越えてしまっている。顔見知りと親交を深めるという点からもいいはずだ。




 あぁ、そうだわと思いつく。突っ伏したままのセファの肩を叩いた。半分、顔が出てくる。


「……ねえ、セファ。世界から、魔力が消えたらどうなるの」

「……なに、突然。前もこんな話しなかった?」


 曖昧に笑ってごまかす。以前話した時とも無関係ではないのだ。トトリが焼き菓子を食べる手を止めて、私のことをじっと見ていた。目があったので、小さくうなずいてみせる。

 それだけで伝わったトトリが、立ち上がってお茶会室から出て行った。なんなんだ、とセファがその姿を見送って、話を変えない私に向き直って質問の意図を探る。


「……闇の森の魔王の話? どうもこうも、そんなことはありえないって前も言ったでしょ」


 いいかい、と、やっと魔術講義をするときのセファが戻って来た。なにをうなだれていたのか知らないけれど、こと魔術に関してはことさら生き生きと饒舌になる。


「世界は層になってる、と言われてる。仮に、人界、魔界、精霊界、神界と呼んで区別するけれど、全ての界は重なっていて、影響しあってる。どの層界にも魔力は重要で、割合が傾くことはあっても、なくなることはありえないよ」


 魔術概論の講義の最中に知った世界の要素を、ふんふんと復習する気持ちで私は相槌を打った。人界に属するものは界を超えられないが、魔界のものは人界へ、精霊界のものは人界と魔界へ、神界のものは精霊界と魔界と人界へ、と、出入りが叶うという仮説があるらしい。より上位の界のものは、下位へ出入りできる、と。

 なので、魔物や魔獣は、魔界で発生し人界へ移動してくるのではないかと言われているけれど、どの界にも魔力があるなら、わざわざ人界に魔力を求めてくるのはどういうことか、才能ある結界魔術師の調査が待たれている。魔界に行ったことのある人間、というのは、今の所前例がない。



「辺境の異民族集落で、あの人と僕がしたことを思えばなおのこと、ありえないとわかるよ。あの辺一帯の魔力濃度は、減るどころか高まりすぎて、多くの集落の人間が魔力酔いを起こしていた。あの辺りに暮らす民族は結界に守られていないから、大気中の魔力を取り込んだまま体内に残って、許容量以上の澱みが留まって汚染が進んでいたんだ」


 あまりに多くの人間が不調を訴えていたから、最初は僕とあの人で回っていたけれど、結局砦に詰めていた騎士団を引き連れて人命救助に奔走した。

 セファの話をまとめると、異民族との融和の真相はそういうことらしい。


「だから、世界から魔力が減っているっていうなら、必ずどこかに集まってるはずでーー」


 セファが口を閉ざし、トトリが文箱を抱えてお茶会室に戻ってくる。すぐ隣の談話室に物を取りに行ってもらったので、声は届いていただろうけれど。

 その表情は不安げで。


「世界から、魔力。消えるんですか?」


 それは、非常に正しい問いだった。


今話、ローズの発言にセファが何Hitしたのかなってくらい刺さってる気がします。

そうしてやっと真面目な話。ここにくるまでにすごい脱線し続けるのでびっくりした……。

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