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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
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6.書斎の本と、魔物のこと

 

 アルブム・アウルム(おとぎばなし)の魔法使い。


 辺境で成し遂げた異民族との融和という功績を手に、宮廷魔術師として召喚された魔術師セファのことを、最初にそう呼んだのは誰だっただろうか。

 この白銀の魔術師の師匠は、高名な魔法使いの一人。黒の王国出身でありながら、この国の魔術学院講師を務める、黒の魔法使い。伝説級の転移魔導師、ーーその通り名は赤の魔法使いだが、ーーその教えを受け継いだ、唯一の弟子と言われている。弟子を取らないことで有名だった赤の魔法使いが、やっととった弟子が黒の魔術師だったのだ。

 そして、その黒の魔術師が魔法使いへと至り、見つけた弟子が、銀髪のセファだった。……と。



 魔術師セファが、本の山から目的のものを探し出すのをただひたすら眺めながら、俺は知っていることをつらつらと思い返す。

 かわいいかわいいうちのお姫様が、辺境から見つけ出して引っ張ってきた、何処の馬の骨とも知らぬ男だ。それだけでも十分なのに、魔術師で、銀髪ときた。

 それはまぁ、面白くない。面白いわけがない。それも、俺に何も言わずに、よりもよって憎き元王太子の二の騎士フェルバートと辺境に行った挙句の果てだ。あの生活の中で唯一の味方と思ってもらえているくらいの自負はあったと言うのに、ひどい話だ。

 ……もう、二度と会えないかと思っていた。


「無事に帰ってきてくれたから、なんでもいいけどさ……」


 思わず本音がこぼれた。本の山で体が大部分が隠れた魔術師セファには、聞こえてないだろうから構わない。


 異端の色を持つこの魔術師が宮廷魔術師として受け入れられたのは、ひとえにその力が圧倒的だったからに他ならない。

 冗談のような大杖を手に、『辺境からやってきた身の程知らず』などと馬鹿にする、宮廷魔術師、王宮関係者、魔術学院成績上位者、その実力を疑う多くの者の前で、なんの躊躇も気負いもなく、その力を示した。

 具体的に言えば、本来狙うはずの的の遥か後方にあった訓練棟を半壊させた。その棟は、セファのことを(あなど)り、(さげす)み、小突いてきた者たちが多く所属する棟で、彼らへの意趣返しではないとは思うが。そう願ってはいるが。


 最初の七日であらゆる勝負をけしかけられ、そのどれもに勝利した魔術師セファが、どれほどの魔力特性を持つかも図れない。複数の魔力特性を持つ魔術師は、高位になればなるほど珍しくなくなるが、複数の魔力特性を習得するには、本来相応の時間をかけた研鑽が必要不可欠だ。より深い知識を得て、心象に落とし込み、具現するには時間がかかる。それを、十七歳の子どもがそれだけの魔力特性を獲得し、使いこなし、そして才能と研鑽の両方がものを言う膨大な魔力量で他を圧倒する。異常としか言えない。


 アルブム ・アウルム(バケモノ)と言った意味でつけたんだったら、賞賛に値するよ。


 銀髪の人間なんてほとんどいない。生まれてきたとしても、その多くが生後間もなく妖精、精霊、もしくは魔物に食われて消える。むしろ、銀髪の子どもは人ではないのでは、とまで言われている。

 人の世界に生まれたのが間違いで、それぞれが取り返しにきただけなのだ。と、そんな風に提唱する学者もかつていたが、真偽のほどは定かではない。なにせそもそもの数が少なく、調査と呼べるほどのことは何もできておらず、全て妄言の域を出なかった。

 ただ、セファの銀髪は特異な点が多すぎて、その今までいた銀髪の人間と同列に考えていいかも定かではない。何もかもが規格外すぎる。


 けれど、それでもその実力は認められた。認めざるをえず、せめてもの負け惜しみのように、魔術塔の一室を与えられた。その実力を考えれば、塔一つ与えても誰も文句はなかっただろうに。



 ひとまず、そうやって実力が認められたのち、続けて行われたのが第一王子アンセルムへの糾弾劇だった。セファの宮廷魔術師としての立場を確立させてから、その後ろ盾を得た上での行動とすると、その筋書きを考えた人物は順序と言うものをよくわかっている。

 異民族との争いを収めた功労者としてのローズとセファが、城にとどまれるぎりぎりの日数でこなしたと思えば、本当に想定した段取り通りの結果だったのだろう。


「クライド・フェロウ、待たせて悪い。この部屋をもらった時に、浮かれた師匠が次から次へと本を送り込んできて。まだ、整理が追いついていないんだ」


 魔術師セファは、そう言いながら抱えるほどの大きな本を引っ張り出してきた。唯一空間ができている大机の上、閲覧台へと持ってくる。何の本かと全く予想のつかない俺の前で、セファは本の内容を勿体ぶる様子もなく、目的の箇所を探し始めた。

 これだけ豪勢な装丁の、大きな本であるなら、もう少し自慢するだとか謂れを説明するだとかしてもいいだろうに。やはり、この魔術師はどこか浮世離れしているかもしれない。

 いや、これだけの本に囲まれていれば、感覚が麻痺して当然か。魔術師なんて、そんなものだろう。


「……それは?」


「今、街道付近まで魔物の目撃情報が複数寄せられていることは、知っているかな。騎士団の方にも、魔術師団の方にも民からの窮状が報告されていて、それについて知っていることがあれば終えて欲しい」


 はぁ、俺にわかることなら、と首をひねる。魔術師セファの開いている本を見ると、どうも役に立てるような気がしないのだ。何か生き物の図がいくつもあるのはわかるのだが。


「……魔物の本か、これは」


「僕の師匠が書いた本だ。魔物について、特徴だとか生態だとか、調べ上げた情報がまとめてある」


 絶句する。そんな本が存在しているとは夢にも思わなかったし、魔物について研究している魔術師がいるなんて想像したこともなかった。ましてやそれが、高名な黒の魔法使い。


 この世界は、魔物の世界だ。

 各都市を守る結界に、王国を覆う結界があるとは言え、魔物はどこからか発生し、入り込む。流石に都市内で発生し害をなすなんてことは聞いたことはないが、各都市の結界を一歩出れば魔物のはびこる外の世界だった。

 街道にもある程度の魔物避け、ごく微弱な結界は張ってあるが、本当に気持ち程度のものだ。進路を避けさせることはできても、興奮状態や目的、意思の強い魔物の進路は変えられない。時折壊されることもあるので、街道を旅する上でも備えは必要だし、護衛を雇い乗合馬車で都市間を移動するのが当たり前だ。

 先日の事故で外の世界を初めて旅したローズは、なぜか徒歩での移動だったらしい。途中馬車にも乗ったと行っていたが、遠回りでもいいからさっさと転移陣のある街を目指しておけばよかったのに。なぜわざわざ、と呆れた。

 とにかく、王国を覆う結界では魔物を阻むことはできない。あれはどちらかと言うと、他国からの魔術的干渉を防ぐのが主な目的のものであるため、人や魔物の出入りを阻む性質のものではないのだ。


 ……仮にそんな高度な結界だったとしたら、常時展開し続けている国王の負担はとんでもないものになるだろう。国を覆う結界は、設置時こそ膨大な魔力を消費するが、維持にはさほど注意を払う必要がないらしいので。


 とにかく、その魔物にわざわざ接近し、分析、調査、生態を知ろうとするなど。ましてやそれを本にまとめる人物がいるなんて。


「……君の師匠は、変わっているな」


「よく言われる。魔物に興味津々で、周囲が見えなくなるほどのめり込むから、弟子も長続きしないって言ってたし。僕は興味ないから関わることはないけどね。

 あぁでも、魔物が住処にする森は大抵植生が豊かで毒にも薬にもなるものが思いもよらない場所にあったりしてーー」


 まさかこの魔術師セファも魔物の領域に踏み込み、嬉々として調査するのかと思っていたが、どうやら違うらしい。けれど、その口ぶりは別の利益を目的にして、同じく魔物の領域に入り込んでいるようだった。


「話がそれたね。それで、本題はこれだ、クライド・フェロウ。こことここにある、魔物を知っている? シヴァとスルアト。鳥と牛の魔物としてまぁ、一般的な種だけど」


「それは、まぁ」


 一般常識の範囲の魔物に、俺は頷く。魔物シヴァは空を飛ぶ大きな鳥のような見た目で、大群で獲物となる魔物を狩る。狩りの最中に行き合ったら、無理に行動せず隠れ潜む必要があった。単独行動中のシヴァは比較的温厚で、目が合ってもまず襲って来ない。親しみやすい種と言えた。

 魔物スルアトは、巨大な牛だ。どの個体にも角があり、単独で行動する。縄張り意識が強く、同種間でも激しい衝突が度々見られた。人間に興味がないらしく、行き合っても襲われることはないが、こちらから攻撃するとその報復は壮絶なものとなる。逃げても逃げても追いかけてきて、一月街から出られなくなった旅人の噂はよく聞く話だ。


 その二種の魔物が、何か、とセファを見る。セファは一つ頷いて、ローズがいる談話室の方へと一度視線をやった。


「この二種の魔物が、特定の状況下で共生関係にあるらしい」


「はぁ?」


 魔物同士が? 共生関係? 聞いたことがない。そんな、魔物同士が組織立って集団で襲ってくる可能性があるということに他ならないではないか。


「魔物は、糧にするためにより下位の魔物を襲ったり、運が悪ければ結界の弱まった人間の村一つを蹂躙することもある。けれど、師匠の研究によると、その多くは魔力を求めて行動するらしいんだ」


 この二種の魔物もそう。時折大規模な移動を集団で行うけれど、その目的はより潤沢な魔力の満ちた土地なのだと、セファが語る。

 その大規模な移動の前に、十数頭のスルアトが各方面に現れる。前兆となるそれを察知すると、騎士団と魔法師団で討伐軍が編成されることは知っていた。けれどそれが、土地の魔力に関係することだと言うのなら、


「……各地の魔力量を計測することで、もっと早くに討伐の予定が立てられるのじゃないか」


「そうだね。試しに土地の魔力を増幅する魔術具で、スルアトの誘導にも成功している。……ここまでは師匠の研究。この本にもまとめてあって、写しが各国の研究機関に出回り初めているから、討伐については今後新しいやり方に変わっていくと思う」


 なるほどと頷く。けれど本題はこれからだ。

 その、魔力を求めて大規模な集団移動をする二種の魔物。それが、共生関係にあるとはどう言うことか。異なる種がそれぞれの利益のために協力し合うなど、繁殖の必要のない、本能だけで土地を壊し、災いをもたらす魔物に考えつくことなのか。


「シヴァとスルアトは、その際同時に移動する。示し合わせたかのように、空からと地上から、より強大な魔物は避け、下位の魔物は共闘し糧とする。スルアトよりも先にシヴァが外敵を察知し、知らせ、先制して攻撃を行い、挟撃するようにしてスルアトが襲う。スルアトが食い散らかしたのち、シヴァがその残骸を糧にする。その光景を、僕は」


 よく回る口が、不自然に止まった。一緒になって本を見ていたが、不審に思って顔を上げる。魔術師セファの口が止まったのは一瞬だったが、その間に、何か、口にするべき言葉を選んだように思えた。


「ローズ様と、見たんだ」


「ローズ姫と? 荒地に飛ばされ、城に戻るまでの間に?」


 初めて王都から出て、外の世界を旅した話は、先ほどローズ自身から散々聞いた。荒地に飛ばされ、森を歩き、小さな町の暖かい食事をしたこと。朝日も昇らないうちに出発して、時折休憩を挟みながら、次の町にたどり着いた時は足がクタクタになっていたこと。初めて乗合馬車ではない、農村の馬車の荷台を間借りして、大きな町にたどり着いたこと。その時には熱を出して、ほとんど記憶がないこと。

 大して年の変わらない男の子なのに、セファがなんでもできたこと。まるで魔法使いみたいに、ローズの食べたいものを用意して、もう歩けない時には足を止めてくれ、あれこれと世話を焼いてもらったこと。

 貴族として、報いるにはどうしたらいいかしらと真剣に問われたので、呆れてしまった。

 そんなの、姫君からお礼の一つで十分だろう。か弱い少女との道行に、その護衛騎士の指示のもと、宮廷魔術師として救出に向かったのだ。ローズから礼など送れば不釣り合いになる。

 何より、友人になった、と言うなら、そんなものは帳消しだ。深窓の姫君であるローズが自ら手を差し伸べ、友人に取り立ててやったと言うのなら、むしろセファは頭を下げてでも宮廷魔術師としてローズの後ろ盾になるべきだった。

 まったくもって腹立たしいことを思い出し、怒りを露わにしないよう押し込める。


「さて、その間のことはある程度聞いたけれど、魔物の話は聞かなかったな。侍女トトリと合流してからのことか?」


 いや、とセファの言葉は歯切れが悪い。書物に描かれたシヴァの羽をそっと撫でながら、いいよどむ。


「ローズ様と馬車の荷台で揺れている時。もうその頃には、ローズ様の体調は思わしくなくて、どうやら熱に浮かされているようだった。次の日には記憶がなかったから、だいぶ無理をさせたと思う。二日目は朝から晩まで歩き通しをさせてしまったから、あれが良くなかったんだ。ともかく、その馬車の荷台にいる時の話だ」


 街道を馬車に揺られて移動している時に、シヴァの大群と行き合ってしまったのだと言う。


 シヴァの大群といえば、狩りの最中だ。街道にいた人々は慌てふためき、警備の騎士は街道の結界を強めた。徒歩の者たちは馬車に招かれ、シヴァが通り過ぎるのを皆で待つと決めたと言うのに。


 ローズは、一人馬車から降りたのだ。



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