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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
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5.ローズの魔力特性について


 セファの工房に初めて足を踏み入れた時。絵本の世界に迷い込んだのかしら、と胸がときめいた。


 魔術塔とは言うけれど、下層階は普通の建物で、にょきにょきと気の向くまま、建物の上に円筒状の塔が伸びている。

 そのうちの一つ、いくつかある大きな塔のうちの一つに、セファの部屋はあった。建物の角に大きな円筒がくっついている形で、建物から入るようになる。

 なので、セファの工房の壁は全部が曲線だったし、全部の部屋に大なり小なりの窓があった。窓にはそれぞれの独特な装飾がしてあって、色も、素材も、魔術的な意味があるのかとどきどきする。もしかすると、本当に防壁だとか結界だとかの術式が付与されているのかもしれない。

 少なくとも、工房に入ってすぐの天井から下がっている金の鎖やそれに引っ掛けてある魔石などは、何か術式が組んであるのだろう。私が入る時に加えられたものもあるので、装飾品やただの魔石に見えて術式が刻まれた魔術具が混ざっているのかもしれない。

 談話室は、天鵞絨の絨毯が敷いてあって、中心に革張りの応接具。卓は使い込まれた艶が美しく、壁際には不揃いな本棚が並んでいた。奥の書斎にはまだ棚と本が溢れていると言うのだから、驚いてしまう。

 本の装丁はどれもこれも豪勢なものが多くて、色鮮やかだ。背表紙を眺めるだけでも本当に綺麗で楽しくてときめくのにーー。私は、ため息をこらえて正面に座るクライドと、私の隣で手を握ったままのセファを見る。

 友人であり、宮廷魔術師として私の後ろ盾になったセファと、年上の幼馴染であり情報収集役を買って出てくれるクライド。私が困っていると手を差し伸べてくれる二人が、私の魔力特性について目の前で話すと言うのは、なんだか落ち着かない。


 どうやら、私の魔力は本当にわずかで、結界を展開したところで探知にも引っかからないようだった。それを知ったセファが驚愕していて、神妙な顔でクライドが頷いている。

 知っているわ、これを『針のむしろ』と言うのよ。私はしょんぼり肩を落とした。


 ところでこの手、一体いつ離してもらえるのかしら。



「全部、これが理由か」


 そう問いただすセファに、クライドは肩をすくめた。

 楽しい話ではないし、俺も、ローズ姫も、あまり思い出したい話でなく、言いふらしたいことではない。だから、簡潔に言いますけどね、とクライドは前置きした。



「話は簡単なことですよ。母がローズ姫の魔力特性を知って、その結界のあり方を見て、悪事に利用することを思いつき、誘拐事件を起こした。ローズ姫は無事に保護されたけれど、事態を重く見た王家がローズ姫を守るため、王太子との婚約を発表する。

 以後、ローズ姫は王家によって教育されることが決まり、表舞台から隠され守られ、……そうして、今のローズ姫の出来上がり」


 気が抜けたのか、最後に少し投げやりな様子が見て取れた。両の手を軽く上にあげて、天井を仰ぎ見る。ため息とともに、肩の力を抜いた。

 鉛を一息に飲み込んだ疲労感が見て取れて、きっと私も似たような顔をしているのだろう。


「簡潔すぎる」


 セファが呆れていたが、私と目があうと探るように見つめてきた。曖昧に笑って、そう言うことなのよ、と頷いてみせる。

 納得したのかどうなのか、深刻そうな顔は少しだけ緩んで、私の手も離された。思わず開いて閉じてと手の調子を確かめる。なんだか痺れている気がした。


「ワルワド伯爵家は代々受け継ぐ所領も小さく、目立った事業に成功しているわけでもなく、城での地位もたかが知れていた。そこに嫁いだ母は、それが我慢ならなかったのでしょうね」


 本来、より地位の高い家に嫁ぎ、良い暮らしをすることを目指していたと、どこからか聞きました。と、クライドは語る。フェロウ家に嫁いだのは、何かの間違いだったと後悔していた、とも。


「悪い仲間と関わるようになって、どんどん行動がおかしくなって。挙句の果てが同じ伯爵位とはいえ、事業でも成功し、所領も広く、王の覚えもめでたいフォルアリス家のご令嬢誘拐ですよ。本当、何をやっているのだか」


 この歳になって振り返っても、頭がおかしいとしか思えない。そんなことをして、自ら破滅するだなんて。

 クライドの、独り言のような「ことのあらまし」は続く。


「その結果、両親と、すでに成人していて、手引きに加担していた二人の兄は……領地から一生出られない身となりました。

 当時学生だった俺は、ローズが誘拐された時点でようやく両親の計画を知り、すぐさまフォルア伯爵に暴露。一人恩赦を賜り、学院卒業後城に出仕することを許された。働き次第では、結婚後ワルワド伯爵を名乗ることを認めていただける、ってお話です」


 俺、三男にしては、うまいことやったでしょう。とクライドは笑う。その笑顔が見ていられなくて、私は顔を背けたし、セファも何も言わなかった。


「ローズ姫の結界は、その姿を見えなくし、魔力探知さえもできなくなる。そういう性質を持ちます。それはもう、能力の伸ばし方次第では、悪事に手を染めるのにうってつけですよね。そこにいるのに誰からも見咎められぬ存在になるのです」


 教育方針として、いかがです? と笑うクライドに、馬鹿なことを、とセファが眉をひそめる。クライドは趣味の悪さをわかって言っているのだ。いちいち気にしていたらキリがないわよ、セファ。と、つい心の中で応援してしまう。


「……十年以上前の話ならともかく、今更研鑽したところで、ローズ様は杖持ちにもなれないよ。魔力特性の突き抜けた才能はともかく、魔力量が少なすぎて今からじゃ何者にもなれない。保証する」


「そんな保証の仕方ある……?」


「悪事に加担させられる事はないって言ってるんだけど」



 いやだからって、それはどうなの。ひどいわ。と憤慨したかったけれど、これ以上問い詰めても、きっと私が悲しい思いをするだけなのだろう。セファが魔術を使うところを見たことがないのでよくはわからないけれど、魔力の差は話にならないほどかけ離れているだろうから。


「その魔力特性で、これから魔力伸び盛りだったなら、どんな魔術師になったかと思うと……。

 君の教育を一手に引き受けたはずの王家はなにを考えていたんだ……、ろくに教わらなかったって? それだけの才能がありながら?」


「ちが、違うのよ。セファ。本当なら魔術も習うはずだったの。けれど、私が出来が悪すぎて、教師の方々の出す課題を、思うようにこなせなくて。求める水準に届かなくて、王太子妃になるなら、魔術よりもそちらを優先するべきだ、とーー」


 あの頃を振り返るだけで情けない気持ちでいっぱいになった。私を教える人々は、みんな、にこりともしないままだったのを思い出す。

 どれだけこなしても、次の課題は用意されていて、もっとずっと早く正確にしなければならなかったのだと思い知らされて。

 ああ、本当だったら、そこにある課題をもっとこなさなくてはならなかったのに、用意された課題の全てを、予定通りにこなせないようでは、王妃として民の前に立つ資格などありはしないのに。

 課題の一つ一つは、私の能力でこなせる程度のものばかりで、絶望的に能力がないわけではないのだと安心できた。課題に挑む前の緊張感、こなせた後の安堵、そうして、一言の労いの後、次の課題に取り組む。もっとも出来が悪かったのは、王族としての振る舞い方についてだった。

 王族は、王族以外の人々に膝を折ってはならない。頭を下げることもない。言葉でさえも、人を介することがほとんどだ。椅子に座ったまま、事前に聞いていた内容の話を聞いて、事前に決められていた言葉を、すぐ脇に控える側仕えに告げ、伝えてもらう。

 対するフォルア伯爵家は、上級貴族かつ伯爵家の中でも最上位。にも関わらず、領民との距離は近しく、分け隔てなく人を敬い、接し、頭を悩ませ、みんなが幸せになれる道を探す。そんな家風だ。少しどころか、だいぶ変わっている。


 その違いに戸惑って、何度も何度も振る舞い方の練習をしたわ。講師の振る舞いを真似、言葉遣いを真似、両親に対しても、王族の一員になればそのように振舞うよう指導される。

 うまくできるかしら、と寝る前に頭を撫でてくれる母に対して、一度そんなことを口にしたことがあった。私は、どんな言葉を期待していたのだったかしら。母が何と返したのかも、もう覚えていない。


 その後、一度だけ母と父が深刻な雰囲気で話し合っているところを見た。母の推し進めたい事業と、父の城での立場がうまくかみ合わず、落とし所を探しているようだった。 

 貴族は、平民と違う立場の人間で、上位貴族はなおさら平民と関わるなどせず、下位貴族に任せるべきだという考えが根強い。上位貴族として父はその考えを受け入れなければならなかったし、母の進める事業は、領地の新しい特産物としての魔石を柱にしたもので、量を考えれば平民を使う方が合理的で、けれどその性質上魔力持ちの貴族の関わりが不可欠だった。居丈高な下位文官には任せられないし、なにより自分の領地を豊かにするための事業を私が先頭に立たずどうするの、という母の意見はフォルアリス家の代々の家風にも沿ったものだった。

 さて、ではそれを進めるにあたってどのように他の貴族や王族の目を誤魔化すか、という今思えばものすごい悪巧みの相談だったのだろう。

 領民を巻き込んだ事業は、その結果大成功を収めた。けれど、父の暗躍のおかげか、そういった背景があることを知る貴族は少ない。外聞が悪く大々的にやり方を喧伝するつもりはなかったが、それ以上に聞いてくる者がいないのだ。羨ましがって、事業の成功を讃える人々がいても、その後に告げるのは「やはり、王の覚えがめでたいと違うものですね」だなどと。そんな風に言われて、わざわざ否定して真実を教える義理はないので、笑って受け流すだけだけれど。


 毎晩ただ黙って頭を撫でるだけの母が、あたりを気にしながらそっと囁いたことがあった。

「あなただって、お母様の大切な娘ですからね」

 廊下からの明かりの影になった母の表情は、やっぱり覚えていないけれど。その声の調子は優しく笑っていたような気がする。


 そんな風に、両親の様子や家の中のことが少しずつわかるようになったのは、いつからだろう。

 朝から晩まで人の手を借りる生活。屋敷と王城の行き来。一時神殿に預けられていた時も、王城から講師はやってきて、神官の手を介して課題は続けられた。朝起きてから朝食までの時間や、夕方から夜寝るまでの時間は自由だったけれど、その時間はいつも神官たちへ礼儀作法教師役を買って出ていたので、自分の時間だったかというと違うかもしれない。

 私が情報を手に入れる手段は本当に限られていて、いつ頃からか届くようになったクライドからの書簡は、本当に楽しみだったのだ。

 限られた情報源、続けられる王太子妃教育。脇目も振らず取り組んでいたなど、言い訳だった。もっと、情報を手にするべきだった。情報を掌握してこそだと、クライドから言われたことの何一つとして、本当に理解はできていなかったのだと今ならわかる。


 話し合う両親。物言いたげな妹。二人の兄は明らかに私を避けていて、屋敷で毎日寝て起きて暮らしていたのに、なんてことだろう。私が、それをわかるようになったのは、異世界からの訪問者リリカが神殿に現れてからだったのだ。

 その頃から、王太子妃教育の課題量が減り、その頃から、屋敷でひと息つく暇ができ、その頃から、王太子からの連絡が途絶えた。

 しかも、確信が持てたわけではない。あぁ、なんだか変だわ、と何か不安と焦燥に駆られてもがくうちに、結局何もわからないまま立場をなくして、辺境行きを言い渡されていた。


 ……私、こんなことをしていていいのかしら。ずるずると楽な方に逃げているのではないの。フェルバートもセファも優しくて、私の思いつきに付き合ってくれているだけで、私、他にもっとやるべきことがあるのではないの。


 世界って、どうすれば救えるの。


「ローズ」


 優しいようで、知っている人が聞けばそれが叱責とわかる呼びかけに、はっと意識が戻る。

 古書の匂い。何かよくわからない装置が作動する音。静かな部屋。少し埃っぽくて、でも、大丈夫。セファの工房には、私を守るための結界魔術具がいくつも設置されているのだから。

 その応接具の長椅子に、私は座っている。向かいにはクライドが真剣な顔でこちらを見つめていて、隣に立つセファが、私の顔を覗き込んでいる。脇で控えるトトリも、心配そうに私を伺っていた。


「だめね、私」


 笑ってみせる。また、こんな風に笑ってしまった。癖になっているのだ。よくないな、と、自覚する。本当に、だめな私を案じてくれるこの人たちを、大切にしなければ。そう思って両手を胸元に押し当てるのに、肩をペシリと叩かれた。

 あいた、と衝撃に体が前のめる。何、と眉を寄せて振り返ると、叩いてきた当の本人はどこ吹く風で、もうすでに私に背を向けその場を離れようとしていた。


「トトリ、ローズ様に何か美味しいお茶と、あとさっき渡したのを出してあげてくれる。クライド・フェロウ、最近の魔物の動きについて確認したいことがある。奥の文献は持ってくるには大きすぎるので、書斎へきてくれ。

 ローズ様は、ちょっと休んで。顔色が悪いよ」


 最後に付け足された私は、まるでついでのようで、ぐぬぬぬぬと爆発しそうになるのを必死に耐えた。二人きりのあの旅の間ならまだしも、クライドの前でこれ以上醜態を晒すわけにはいかない。

 部屋を移動していった二人の音も聞こえなくなってから、もおおおおおと卓に両手の拳を押し付けて俯いた。


「でも姫様、セファの言う通り、本当に少し顔色が悪いですよ。あんまり思いつめないでください」


 トトリが笑いながら、新たについでくれたお茶を置いてくれる。のろのろと顔を上げて、その可愛い顔をしばし眺めた後、ありがとう、と一口含んで、美味しい。とホッとする。大きくため息をついて、ふと、かねてより考えていたことを思い出した。


「ねえトトリ。お願いがあるの」


「お願い、ですか?」


 トトリの瞳がまあるくなって、首をかしげる。動作の一つ一つが可愛いトトリをそばに置くことに決めた巫女姫は、やっぱり正しい。


「そう。フェルバートにもクライドにも、セファにも内緒で」


「セファにも、ですか。内緒で?」


「そう。セファにも、フェルバートにも」


 私は大きく頷く。トトリが少しだけ意外そうで、楽しくなってきたと言わんばかりにそばに寄ってくる。くつくつと二人で笑いながら、私はトトリに内緒で、お願い事を打ち明けた。




■□■□■□■□■□■□■□■



 案内された書斎は、先ほどの応接具の置かれた談話室よりも本棚の数が多く、足の踏み場がなく、この部屋を与えられて日数はさほどたっていないはずなのに、これだから魔術師という生き物はと、思わずため息が出た。

 何、と無表情に振り返る銀髪の異端児は、自室だからかその髪を隠すこともしない。外出時は結んで外套を被り隠していたものを部屋に入るなり解いて見せて、室内にいる人間に対して気を抜きすぎだと指摘すべきか、少し悩む。


 さてね、と俺は首を傾ける。目を細めて、さて、わざわざ二人きりになって、この若き魔術師は一体何を語るのか。口元を笑みの形に変え、その感情の読めない表情を探った。




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