表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
二章.運命を誓う、護衛騎士
29/175

4.魔法使いのこと


 その頃の俺は十代の半ばで、魔術学院に通って、魔術の才能はそこそこだったけれど、座学については優秀者に選ばれていて、早い話がまぁ、怖いもの無しだった。

 気の置けない友人もできて、実家にいるよりも何倍も学院が楽しかった。憂鬱な長期休暇も、友人が屋敷に招待してくれて、本当に、これからの人生はどうとでも変えていけるのだと、明るい未来を信じて疑わなかった。


 最初に変だな、と思ったのは、普段声もかけてこない母が、わざわざ俺に友人の話をしてきたことだ。珍しいなと思いながらも、聞かれるまま答えた。

 伯爵家であること、小さな妹が二人いること。魔術講師がそろそろ必要な頃かしらね、と聞かれて、まぁそうなんじゃないか、と適当に答えてしまった。

 そうして、いざ始まった長期休暇。招待をしてくれた友人の家へ行く前日に、母がその家の娘の魔術教師を勤めることが決まったことを知らされる。


「素敵なお友達を持ったわね、クライドさん」


 その時、優雅に笑ったであろう母親の顔を、もう覚えていない。


■□■□■□■□■□■□■□■



「ローズ姫の魔力特性についての話は、王家で教育を受けることとなった経緯に通じます。その話の前に、魔術師セファ。あなたが、どれだけローズの魔術について知っているか、聞いても?」


 クライドの言葉に、セファが頷く。


「ローズ様の魔力特性は、ごく微弱な結界系。これは、本人からも聞いたし、つい先日、実際に結界を張るところ見せてもらって確認している」


 長椅子に腰掛けたセファが私のことを見ながらそう言った。見せたわ、と正直に頷く。クライドが息を吐いて長椅子の背に埋もれた。


「……では、もうお気づきでしょうね。アルブム・アウルムの魔法使いならば」


 聞きなれない単語が耳に飛び込んでくる。『アルブム ・アウルム』? セファのことを言っているの。地名? 組織名? 一体何のことだろう。

 瞬く私の視線を受け、セファが思わずというように顔をしかめた。人が勝手に言っていることだ、口にしながら、うんざりした顔をする。

 怒っているのかしらとハラハラ眺めていると、視線に気づいたクライドがにこやかに補足してくれた。


「複数の魔力特性を持つ魔法使いを、そう呼ぶんだよ」


「魔法使い」


「買いかぶりはよしてほしい」


 セファの言葉は謙遜だろうか。私はもう一度、魔法使い……。と囁きながらセファを見つめる。長い銀の髪に眼鏡の奥の薄い茶の瞳。背は高くて、頼りなさそうな体に見えて、しっかりバネのある体躯であることは、あの荒地の裂け目から出してくれた時に思い知っている。

 あの、見晴らしのいい聖堂の前で抱きしめられた時、何度抜け出そうとしてもビクともしなかったものね。困ったように首元を撫でるセファの指先を見つつ、何となしに思う。


「杖がなくては何もできない出来損ないだよ。疲れた足を癒すことも、発熱を治すこともできない」


「魔術師セファは神官ではありませんから、癒しの術が使えないのは仕方ありませんよ。いやいや、というかそれでさらに癒しの術まで持っていたら、もう誰も敵わないじゃないですか。一人で何役こなすつもりですか」


 やめてくださいよ、とクライドが笑いながらも口元を引きつらせていた。過労で倒れるのはあなたですよ。と呆れた声で続け、ふと視線を下げる。いや、本当にそうなりかねないなと口元を手で押さえた。


「魔術師セファ」


 クライドが真剣な顔でセファを呼んだ。


「次の大規模遠征。定期的に行われる魔物の騎士団魔術師団合同大規模討伐ですが、上層部はすでにあなたをあてにしているかもしれません。自分の身は自分で守るように」


 その表情があまりにも冗談抜きの顔をしているので、私は思わずセファと顔を見合わせる。


「……えっと、そこまで?」


「……今から薬を調合して蓄えておく」


 魔法薬も調合できるなら、逃げられないでしょうね、とクライドがしみじみ言うのは、まるで追い討ちのようだった。






「お待たせしました。どうぞ」


 甘い香りとともに、トトリがお茶と焼き菓子を持ってきてくれる。私とセファとクライドへ、順にお茶を配り終えると、お盆を抱えながら可愛らしく小首を傾げた。


「セファって、とってもすごい魔術師だったんですね。……魔法使い、って呼ぶべきなんです? 魔術師と魔法使いってどう違うんですか? 転移魔導師はまた別?」


 魔力に全く縁のないトトリならではの疑問に、クライドがあぁ、と頷く。


「魔力を持っていて、学院での基本学問を修め、杖を取得しているものを一般的に魔術師と呼びます。あとは、そうですね。術式を用いて魔術を行使するものだとか。そういう大きな枠で、それ以外の呼び名は、通称だったり尊称だったり、より力を持った魔術師を区別するために呼称しますね」


「では、魔法使いは?」


「術式を組まずに魔力を具現する技を持つ、規格外の魔術師がそう言われるんですよ、ローズ姫。

 杖を通し、魔力を式に変換せずに心象のみで出力して、事象を書き換える。また、その力の発動が早いのも特徴です。意図を持って魔法を使いこなす者が魔法使い。

 強い魔力持ちの中には、魔術院で魔術を習う前に魔力特性が暴走して具現化することがありますが、紛らわしいので魔力漏れだとか暴走だとか、魔法と区別して呼ばれますね。無意識の行使もこちらに分類されます。

 ごく稀に、天然で常時魔法効果を具現する人間がいますが、これは結界系魔力特性持ちに多いです。数が少ないので、例外として特筆されるだけですが」


 並みの魔術師なら心象のみでの出力など、像を結ぶことなく霧散するのが当然なのですけど。杖を持つことさえなかったクライドが、雲の上の存在を語るようにして呟き、セファを眺める。隣からまっすぐに羨望の視線を受けたセファは、居心地が悪そうだ。

 最初の質問をしたトトリは、へぇー、知らなかった。と感心したように頷いている。別世界のお話って感じですね、と私に笑いかけてきたので、そうね、笑って答えた。魔力があっても学んだことがないので、知識の程度としては私もトトリとそう変わらない。


 あぁ、それなら、と私は思ったことを口にした。


「転移魔導師は、えらい魔術師ってことかしら?」


「ええ、転移魔導師とは、結界系魔力特性を持つ者の頂点とも言える存在。かつてこの地を治めた古代の王たちは結界系の力を持つ強い魔術師で、その力を用いて国を治め、自分の国を結界で覆った。民に安住の地をもたらした指導者だったことから、より力が強く、人を導く立場にある魔術師が慣例的にそう呼ばれます。近年では、転移魔術を自在に操れるようになった魔術師が。国に管理されることから宮廷魔術師としての意味合いも含まれる」


 ということは、自在に操れない転移魔法が使えるだけでは、転移魔導師とは呼ばれない。術式の行使がままなっていないためらしい。そして、転移魔導師は宮廷魔術師と同じように国の所属。なるほど、覚えた。

 ……自在に転移できない転移魔法を使う人というのは、なんだか聞くからに危険な気がするけれど、どうなのかしら。詳しく聞くべきかどうか考えていると、見透かしたようにクライドが補足した。


「未熟な転移魔法を使う者の多くは、転移の負荷や事故によって命を落とす。そのため、数は多くないのです」


 トトリと私がひえ、と肩をすくませる。まぁ、だから、学院があるんだよ、とはセファの言葉だ。無理に転移魔法を試す者がでないよう、魔力持ちは全て学院に集められ、基本的な知識を修めさせる。研鑽によって安定した魔術行使が行えるようになれば、魔術に関する事故は減る。

 国としても、魔力を持った人間が無為に減ることがなく、いいことづくめなのだった。


「転移魔法使いは転移魔導師を師に持つので、結局、転移魔術の素養のある結界系魔力特性の者たちは、国の管理下に置かれますね」


 もちろん、転移魔術に縁のない結界特化の結界系魔力特性持ちこそ、国の結界維持に直接関わることが多いので囲い込まれがちですが。クライドが続ける。


「少なくとも、この国では彼らは飢えも寒さもなく、悪事に加担する必要もなく、平和で穏やかな暮らしが約束されていますよ」


 権力者に管理というと嫌な印象ですが、いわれのない罪をかぶることもないので、と何やら気になることを言う。国によっては扱いが大きく違うらしいことはよくわかって、私はそれ以上聞くのはやめておいた。


「そこで、先日転移魔法を行使したローズ様は、今後転移魔術を使えるようになるか、というと」


 話の続きを引き取ったセファによって突然話の主役に据えられた私は、う。と、小さくなる。一瞬目があったけれど、すっとそらされた。うん? と思うまもなく、無情にも真実は告げられる。


「元々の魔力が乏しく、転移魔術が使えたとしても、自在に転移するほどにはならないね。いくら増幅装置が働いたといえ、よく五体満足で転移できたな、としか……」


 言われて初めてぞっとした。転移と同時にあの荒地に叩きつけられるだとか、お茶会会場に足や腕、頭だけ残されるだとか、そういう事故があってもおかしくなかったのだ。


「本来転移魔術は、高い魔力特性と膨大な魔力量そして確固とした強い心象が必要になる。自己を保つこと、だとかそういうね。お茶会を前に、自我を強く持って挑むとか、そういうことを考えていた?」


 セファに聞かれて、ええと、と振り返る。転移した当時の出来事。あれは、そう。お茶会会場に近づいて、深呼吸をして、フェルバートの半歩前に出て、それで。


 黒髪の少女を思い出して、心が凍る。『あいたく、なかったわ』そう思った私。そう確かに思ったけれど、続けて願ったのはもっと、とてもとても情けないことだ。


 会いたくなかった。それは転じて、その場から逃げ出したかった。つまりは愚かにも、あの時異世界からの来訪者リリカを前にした私は、立場も何もかも捨てて、全部放り出して、しまいそうだったのだ。

 そういう気持ち全部を汲んで、それが功を奏して無事に転移したというなら、これほど皮肉なこともない。


「……必要な魔力量を増幅の魔術具が補って、あの時強く考えていたことが心象を固め、転移したというのなら、納得だわ」


 明言を避けて、私は微笑む。あとは、高い魔力特性ということだけれど。


「さて、ここでようやく本筋に戻るけれど、今ローズ様が言った通りだ。魔力量と、どうやら心象は揃っていた。ではローズ様の魔力特性はいかほどのものか」


 ローズ様と、セファに呼びかけられて、背筋を伸ばす。薄茶の瞳にまっすぐに見つめられて、思わず両手を組んで胸に押し当て、はいとかしこまった。


「今ここで、以前見せてくれたように結界を張ってもらえる」


 思わずクライドを見る。クライドの取り繕った表情が、一瞬崩れた。被った猫が脱げ、苦々しい表情が露わになる。

 また、こうして彼の傷を抉るのかと思うと申し訳なかった、彼の全てを奪うこととなった私の力。そう思うのは、きっと大げさではないはずだ。けれど今は、セファとの関わり次第で災いだったものを幸いに変えることができるなら、と祈ることができる。

 そのために、セファに力を貸してもらわなければならない。


 呼吸を整えて、目を閉じる。胸に押し当てたままの手で、自分の脈打つ鼓動と、巡る魔力を感じながら、小さく囁く。


「結界術式、展開」


 我流の合図を口にする。囁いて、自分の耳に届けて、没頭する。あとは、いつもの流れ通りだ。自身の内側から、魔力の塊を取り出す。丸い塊。ありったけを取り出して、それを頭上に浮かべ、パチンと割る。私の体全部に、液状化した魔力が降りかかる。外界を隔てる幕になる。

 あぁそういえば、最初に口にしておきながらなんだけれど、私は術式なんてものを知らない。ならこれは、直接的な心象の具現。魔法の一種になるのだろうか。


 すごい、と言われることができているなら、少しは誇れる気がした。



 目を開く。白い半透明の幕越しに、セファとクライド、少しそれた脇にトトリがいた。トトリは以前同様驚いたように瞬いていて、セファがひどく深刻な顔をしてこちらを見ている。そのセファの横顔を、浮かない表情でクライドが見守っていた。


 セファがゆっくりと立ち上がり、棚を漁る。目的のものを取り出して、戻って来ると、卓の上に小さな何かをおいた。

 魔石がはめ込まれ、金属の輪が組み合わさった魔術具のように見える。


「この魔術具は、起動すると近くで魔術行使をするとに反応する仕組みになってる。魔術行使を禁じたい場で、警報がわりになるような魔術具の試作品だ」


 説明しながら、軽く操作をする。私がここで結界魔法を行使しているということは、反応するはずだ。内側の輪が回転して、カラカラという作動音とともに、どういった動作をするか、身構える。けれど、変化はそれだけだった。魔術具はずっと魔術行使を探知すべく作動しているようだけれど、どうもうまく動作してないらしい。


 肩透かしを食らっていると、卓の傍に立ったままだったセファの手によって、魔術具が停止する。セファの表情は深刻なまま、私の方に体を向けて、手を差し出した。当たり前のようにその手に手を乗せると、前回同様優しく、ぎゅ。と握られる。

 と同時に、高い音が脳裏で響き渡り、結界は破られた。ふう、と肩の力を抜く。維持には特に力を使わないのだけれど、破られる時の違和感につい緊張してしまうのだ。

 ふと、セファを見上げる。深刻な表情は変わらず、握られた手は離れる様子がない。困惑したまま、ただ私はセファと見つめ合う。何か言いたげに、瞳が揺れていた。


「……結界を維持している間、ローズ姫はその場から動けませんよ。魔術師セファ」


 クライドの言葉に、セファがそちらを振り返る。二人の様子に、トトリが何? 何かあったの? と戸惑っていた。

 なにか、深刻な事態が起きたらしい、ということはわかる。けれど、何が起きたのかはわからない。私はくるくると頭の中で今しがたの出来事を思い返しながら、セファの手元の魔術具に視線を落とす。

 魔力行使を探知する、魔術具。

 正しく作動せず、すぐそばで結界を展開していた探知すべき私の魔法を、探知しなかった事実。それが、正しく作動しなかった、というわけではなかったなら。


「……もしかして私の結界、大したことはないとは常々思っていたけれど」


 うわぁ、と情けなさでいっぱいになる。


「魔術具に探知もされないほど、魔力出力の出てないへっぽこ結界だったの……」


 私の言葉に、セファの手に力がこもり、クライドが困った顔で眉を下げ、ため息をついた。その目が何だか剣呑で怖い。罵倒してくる時と全く同じ光を帯びていた。本当に二人きりになったらしばらく罵られることだろうなと視線が遠くなる。


「そういう、他愛ない話だったら良かったんですけどね」


「やっぱり、全部、これが理由か、クライド・フェロウ」


 セファの声が深刻で、思わず私は、手を握ったままのセファの手にもう片方の手を重ねた。冷たい手は、それでも優しく私の手を握ったままだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ