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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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19.異界渡の巫女とお姫様


 トトリは机に突っ伏して、それを見つめるセファの眼差しは冷たかった。


「友達、友達です、か。それは、よかったです」


 あぁ心配して損した、とぼやきながらトトリは顔を上げる。肩を震わせていたけれど、どこか痛かったのだろうか。笑っているのでもう大丈夫なのかもしれないが、痩せ我慢の可能性もあるので注意しておこう。

 私が一人トトリの健康を心配していると、トトリとセファが私に構わず会話を続ける。


「この無自覚っぷり、すごく周りへの攻撃力が高いけど、この姫様このままお城に戻して大丈夫だと思う?」


「……わからない」


「ていうか、よく今まで無事だったよね。あぁ、だから王太子の婚約者だったのかな。いや隠れ信奉者はいくらでもいそうだし……。宮廷魔術師として弟子にとるの? セファ、苦労するねぇ」


「その苦労は別にいい。けど、立場が変わったことで隠れるのをやめた信奉者たちのことを思うと頭が痛い。あと、専属化粧師として側に(はべ)る君の立場も大概だと思う。傍観者を気取っていられると思わないでよ」


「一蓮托生か。まぁ、私は姫様のこと大事ですからね。望むところですよ」


 最後だけ、トトリは私を見ながらにっこりとした。口元は弧を描いているのに、目は真剣で、ぎくりとする。トトリは、異界渡の巫女と、どんな時間を過ごしたのだろう。異民族との融和の後ということは、辺境から王都までの道のりと、元王太子殿下への追求劇で一緒だったということだ。

 王都での振る舞いは見た目を整えることも大事な要素となるので、今までの私の手駒を考えると、トトリの腕は随分強力な戦力になっただろう。それまで私の容姿を整えるのは王宮お抱えで、私付きの化粧師はいなかった。


「……でも、あなたにそう言われる覚えはないわ」


 思わず、そんなことを呟いてしまった。ぱくん、と両手で口元を抑える。言わなくても良かったかもしれない。トトリはそんな私を、ぽかんと見つめる。でもそれも一瞬だった。すぐに肩を震わしながら笑ってくれる。本当にいつでもニコニコしているトトリは、笑い上戸なのかもしれない。

 大きく深呼吸をしながら笑いをこらえ、呼吸を整えたトトリは、目元をぬぐいながらハキハキと返事をした。


「はい。不信感を抱かれる前に白状しますね。私、巫女姫から直接あなたのことを頼まれています。巫女姫様の命で、フェルバートが知っている姫様のお話を伺って、あなたのために仕えることを決めたのです」


「……異界渡の巫女から、私のことを頼まれて、それで、どうして私を大事だと言えるの」


 ますますわからなくて、憎まれ口が尋問のようになっていく。そんな私の口調を物ともせずに、トトリは笑顔で肩をすくめた。


「私は、姫様とお会いしたことがありませんから」


 辺境にいたトトリは、王都の平穏さを知らない。戦闘を繰り返す騎士団を隣人として、人生の大半を過ごしてきた。そこで初めて出会った、その暮らしを知らない女の子。


「今思えば、王都の平穏の中で育ったことによる呑気さではなく、そもそも異世界の常識を元に発言する世間知らずだったのだとわかりますけど、あの頃はそんなこと知る由もなかったので」


 無垢さも、無邪気さも、卑屈なまでの謙虚さも、眩しかったのです。と、トトリは言った。


「それに比べて、姫様は……」


 言葉が途中で途切れる。トトリは少し黙り込んで、あれ? と首を傾げた。


「姫様も、無垢で、無邪気で、卑屈な謙虚さを兼ね備えて、世間知らずですね……。やっていることだけ聞くと、印象は全く違うんですが……意外と似てます……?」


 妙なことを言われ出して、私も一緒になって首をかしげる。私には一生できなかったであろういくつものことを成した異界渡の巫女が、私に似ている? そんなまさか。異界渡の巫女は、私なんかよりも、きっとずっと……。


 首を傾げたまま、体が傾げた方へと傾く。なぜか隣に椅子を持ってきたセファの視線を受けて、肩に当たる前にとどまる。傾いたまま、口だけ小さく動かした。


「……好きに、自由に動けた人なのでしょうね」


「そうだね、あの人は、やるべきこと、やりたいことを見定め、思うまま自由に生きてた。僕もローズ様とあの人が似てるとは思わないけど」


 隣で、セファが私の顔を覗き込みながら。頷く。その仕草に、顔が下を向いていたことに気づいた。自覚なくうつむいたことが情けなくて、取り繕うように顔を上げる。セファの視線は、離れない。


「魂の本質が近くなければ、憑依もできないんじゃないかな」


「本質……。そう、そうね。きっと、異界渡の巫女は、すべきこと、やりたいことを実行する方向性があったのね。反対に、私はどちらかといえば何もしないことを望んできたから」


 貴族としての義務を果たす。それは、国王陛下の命を絶対とすること。ご下命を賜れば実行はもちろん、そうでない時は現状を維持することに腐心する。よって、私の人生のほとんどは、立場にふさわしい能力を身につける以外、何もしないことに費やされた。


 今更ながらに思う。辺境での、異民族との融和、元婚約者への追求、王都への返り咲き、異界渡の巫女が成したことの全てを、私は望んでなどいなかった。

 余計なことをと恨むことはないけれど、同一人物であると思っている王都の人々への対応を考えると、それだけで気が遠くなる思いだ。


「なるほど、方向が違うだけで、似てはいるんですね」


 ぽつりと呟かれた言葉はトトリだった。そう言えば、話が逸れてしまったけれど、トトリへの問いの途中だった。トトリがなぜ、異界渡の巫女に言われただけでなく、私のことを大事だと言い切る、その理由。


「なんと言えば伝わるかわかりませんけど……。私はおそらく、姫様のことを巫女姫様の忘れ形見のように思っている、んですよ」


「……忘れ形見」


「それか、巫女姫様が守ろうとした妹、というような」


 そんな風に言われると、困ってしまう。私にとっての異界渡の巫女は、そんなものではないのに。湧き上がる複雑な感情に、目を閉じた。息を吸って、吐く。思考を止めて、これ以上は考えないことにした。


「トトリの、言いたいことは、わかりました」


 絞り出すようにして、トトリにもそれ以上口を開かさないようにする。なんのために。押し込んでも、塞いだ隙間から心の声が飛び出す。

 なんのために。


 頼んでない。


 全部、私が、望んだことじゃ、ないわ。


 こんな、なにもかもを、ぐちゃぐちゃにして。


「トトリ、そろそろ下で夕食にして、今日は早めに休もう。明日、また王都を目指して出発する」


 すぐ隣に座るセファが、トトリへ私とセファのカップを押し付ける。トトリは戸惑った声で、けれど了承の返事をし、食堂で借りたお茶の用意を返しに部屋を出て行った。

 二人きりになって、肩が震えた。両手で顔を覆う。震え出した手が止まらない。額や頰に爪を立てるようにして、顔に押し当てた手が拳になる。


 これは、多分きっと、怒りだ。


「……あの人が何を考えていたかは知らない」


 セファの手が、慰めるように背中に触れた。話す声も、優しい。


「ずっと、魔王や魔女のおとぎ話を、僕やトトリ、辺境に暮らす人たちに聞き出して、異民族の動向を気にかけてた。僕の行動を常に見守りながら、監視してるみたいだと思ったこともある」


 時折、詰んでる!!! って叫んでたなぁ、とセファが小さく笑った気がした。まだ顔の上げられない私は、ゆっくり深呼吸を繰り返すしかない。それに合わせて、セファが背中で優しくとんとんと拍を取る。


「君のことを、とやかく偉そうに言えないんだけど」


 そう前置きして、セファの辺境でのことを少しだけ話してくれる。


「辺境で、師匠と暮らしてた僕は、色々あって立場が悪くて、あまり出歩かない引きこもりだったんだ」


 隠れ潜んで暮らしていたはずなのに、なぜかあの人は僕を探し出して、陽の光の下に引っ張り出し、傍に置いて、気づけば異民族との融和が成った。僕の知識、研究を融和の鍵にして、その結果、僕は宮廷魔術師になって王都に呼ばれることとなった。


「何をしたかったかは知らない。聞いたけど、教えてくれなかった。あの人はいつも他の何かに夢中になって突き進んでいたから。相談を受けていたフェルバートは、もっと何か知っていると思う。

 与えられた魔術塔の工房を見て、今までとの環境の違いに途方にくれた。……その時、ふと、思ったんだ。思っちゃいけないかもしれなくても、よぎってしまった。

 宮廷魔術師に、なりたかったことなんて一度もなかったのにな。って」


 望んでもいなかった場所に、気がつけば立っていた。途方にくれる暇もなく、次から次へと課題をこなす。こなせなければこの場所を追われるだけだ。


「トトリが合流してしまった以上、王都には一度戻るべきだと思う。僕は今でも、君を王都の生活に戻したいとは思わないし、逃げたいっていうなら、君の手をとって世界の果てにも行ってみせるけど」


 息を吸って、吐く。肩が強く震えて、弛緩した。私が落ち着くのを待って、セファが続ける。


「ローズ様。この数日、二人での旅はとても楽しかった」


 ありがとう、とセファが私の腕を掴む。顔を覆っていた手を外されて、顔を上げた。情けない顔を晒している。けれど、セファになら、いいと思う。だってセファは、友人なのだから。

 思ったよりもずっと近い距離にセファの顔がある。また、覗き込まれていたのか。


「……あの、セファ。異界渡の巫女が、なんのために何をしたのか、考える必要があると思うの」


 世界を、救うために。まだ誰にも言えていない、私がやろうとしていることのために。


『でも、これからはあなたの思う通りに進めば、すべてうまくいくはずです。そうなるように、問題はすべて排除しました』


 排除した結果の、私の王都返り咲きと、セファの宮廷魔術師就任なのだとしたら?





 そうならなければどうなっていたのかも、調べられるだろうか。






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