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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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18.魔術学院のこと


 報告はやがて雑談に変わり、気づけば私はトトリから質問攻めにあっていた。


「姫様、好きな食べ物はなんですか」


「好きな食べ物……」


「ローズ様は、甘いものが好きだよ。あとは切っただけの果物とか、野菜の盛り合わせとか」


 なぜセファが答えるの、とトトリが呆れた目を向ける。その後も、私の得意なことや、好きな物の話が続けられたけれど、私はろくに答えることができなかった。トトリも申し訳なさそうになるし、私もどうして自分のことを聞かれているはずなのに、セファが時折的確な解を口にしているのか。わからなくて笑ってしまう。


「魔法の才能があるということは魔術学院にも通われてたんですよね? 結界系の魔力特性と伺いましたが、どんなことを専門にされてたんですか」


「トトリ」


 私は魔法については何も知らないので、とトトリは言う。聞いてもわからないかもしれないんですけど、と恥ずかしそうに笑うトトリが可愛い。いやだ、かわいいわ。この人本当に女の子じゃないのかしら。私が返事もせずにトトリの可愛さにときめいていると、またしてもセファが答える。


「トトリ。ローズ様は、魔法学院行ってないよ」


 喋り出したセファに怪訝な目を向けていたトトリも、その言葉を最後まで聞くとえっと戸惑った様子になる。

 そうなのだ、と私も頷いた。


「トトリ、ごめんなさい。私、魔法学院には行ってないの」


 つい、謝ってしまう。せっかく聞いてくれたのに。私は、トトリの質問に答えることができない。

 トトリは戸惑ったまま、重ねて私に問いかける。


「行ってないんですか?」


「そうなの、私、魔力が本当に少ししかないから」


 私は頷いた。少し情けないけれど、私の側仕えでいるというのなら、知っておいてもらった方がいいかもしれない。セファにも、私の結界の頼りなさを伝えるいい機会だろう。


「兄は二人とも才能があって、魔術学院で優秀な結果を残しているんだけれど、私はちっとも。旅の最中、そのことについてセファと少し話していたら、私も魔術学院に行きたかったのね、って思ったけれど。行ったところできっと情けない成績しか残せなかっただろうし、きっと身分にふさわしくない成績は欠点になると判断されたのでしょうね」


 どんな実力でも、落第と言われなければ、落ちこぼれにはならないもの。


 そうやって私一人で納得していると、トトリがえっえっ、ちょっと待ってくださいなんか変ですよそんなの、と私の思考を遮った。


「魔力がある人は、平民でも魔法について学び制御を覚えろと義務付けられているのに? あっ、おうちに教師を呼んでいらした?」


 いいえ、と首を振る。


「いいえ、私、魔術については誰からも教わってないの。本当の本当に、研鑽するだけの魔力がないのよ。結界系とは名ばかりの、子どもでさえ簡単に破れてしまう貧弱な結界しか張れないから。」


 本来結界とは、外敵から身を守るのに使われる。内と外を分ける力。けれど、私の力は子どもも簡単にすり抜ける、犬猫でさえも阻めぬ貧弱な物なのだ。

 えぇ……。とトトリは困っている。平民のトトリがそんな風に詳しいということは、だれか知り合いの平民が魔術学院に入学させられたのかもしれない。


「何で僕を見る」


「えぇ…だって変でしょ…。あんなに広く魔術の研鑽を推奨して、国の端から端まで素養のある人を集めて回ってるくせして、お膝元の姫様一人入学させてないってどういうこと。王太子妃になるかも知れなかった人だよ…?」


「魔術学院のやり方は、僕も知らないけど」


 トトリの疑念に、セファは肩をすくめるだけだ。そういえば、私と同い年のセファが、異界渡の巫女に見い出されるまで辺境にいたということは、セファも魔術学院に行っていなかったのだろうか。

 国は広いし、そういう風に拾いきれない平民の魔力持ちもいるかもしれない。


「僕は後見人でもある魔術の師匠が魔術学院の教師の資格も持っていたから、師匠のよくわからない抜け道で魔術学院卒業証書は持っているんだよ。通ってないけど、通ったことになってる。在学期間も普通よりすごく短いけど」


「……ずるじゃん」


「目的は魔力持ちの把握と囲い込みにあるんだから、僕は宮廷魔術師になったしいいんだよ。管理されてない野良が問題なだけで」


 野良……。と、トトリはまた私へと視線を向けた。野良の魔力持ちとは、つまり私だろうか。いいえ、実家に管理されていたと言えばそうだし、所属がはっきりしていない現状野良と言えばそうかもしれないけれど。いやでもその実態はたかが知れているので、やはり問題にもならないような。


「……そんなにいうなら、二人とも、私の結界見てみる?」


 トトリがいいんですか、と嬉しそうにして、セファの逸らされていた視線が私に定まった。二人の目力に圧倒されながら、本当に大したことはないのよ、と眉を下げる。


「……驚かないでね」


 目を閉じて、息を吸う。胸のあたりで両手を組み、自分の脈打つ鼓動と、巡る魔力を感じながら、小さく囁く。


「結界術式、展開」


 正式な魔術教師から魔術を習っていない私にとって、この呪文はただの合図だ。自分の想像、心象、形象を表出させるための、合言葉。その言葉自体に力は何も宿っていない、掛け声。


 自身の内側から、魔力の塊を取り出す。丸い塊を。ありったけを取り出しても、大した量はない。それを頭上に浮かべ、パチンと割る。私の体全部に、液状化した魔力が降りかかる。外界を隔てる幕になる。


 目を開く。うっすらと透けている白い薄幕越しに、驚いた顔のセファとトトリがいた。

 音も感覚も何もかもが遠のいて、心の中に閉じこもったような状態になる。これで、私の結界は完成だ。私一人のための結界。他に何も守れない、小さな小さな、役立たずの結界だ。


 席を立ったセファがそばまで来て手を伸ばしてくる。なんだろう? ひどく戸惑った表情のセファに、私は思わず差し出された手に手をおいた。ぎゅ。と握られると同時に、硝子がひび割れるような高い音が脳裏で鳴り響き、私の結界は破られた。


「どうかしら。ほんとうに、触れられただけで解けてしまう、防御力のない結界なのだけれど」


 セファとトトリが驚いた顔をしているので、二人が思っていたよりはましな出来だっただろうか。二人に披露するということで、私も少々力が入ったかも知れない。いつもより綺麗に膜を張れたと思う。


「……ローズ様」


 真剣な顔をしたセファは、私の手をぎゅっと握って離さないまま詰め寄って来た。抱きしめられるのかとドキドキしたけれど、そんなことは無いようだ。褒めてもらえるようなことは何もしていないし、期待するのも変だけれど。


「……詳しい話はまたにするとして、落ち着いた環境で解析できるようになるまでは、それ、使わないようにしてくれる?」


「それ」


「ローズ様の結界。あまり見ない使い方だから、驚いたよ」


 褒められたのかしら。ちょっと嬉しくて、本当? とセファの握ってくれている手を、両手でぎゅっとした。胸の高さまで掲げて詰め寄れば、セファがちょっと一歩逃げる。


「セファなら、役に立つ方法がわかるかしら。あぁ、そうだわ。セファが私に魔術の指導をしてくれればいいのでは無い? 宮廷魔術師だもの。指導資格は十分でしょう?」


 ね、とトトリに問えば、突然話を振られたトトリは戸惑いながらも、確かにそうですね、と同意してくれる。それなら、と私はセファに詰め寄った。


「王都に戻ってどこのお屋敷に落ち着くことになるかはわからないけれど、私、セファの工房がある魔術塔に毎日通うわ。これで何もかも安心ね」


 護衛としてフェルバートはそばにいるし、側仕えのトトリもそうだ。クライドだって情報のやり取りさえあれば呼び出すのは容易い。けれど、宮廷魔術師であるセファとの関係を続けるには、友人というだけでは弱かった。魔術の師弟関係があれば、何もかも解決だ。弟子としてセファの手伝いもできるし、役に立てる。

 それに、増幅魔術具で転移した私の魔力特性について、検証したいと言うのであればいくらでも提供できる。微々たる魔力は事故になる可能性も低いし、御誂え向きだろう。


「……ちょっとまって、薄々そんな気はしてましたけど、姫様なんかセファと距離が近く無いですか」


 ちょっと頰が引きつったトトリが指摘しつつ、一旦ちょっと離れて、と付け加える。セファの手をほとんど抱きしめるようにして詰め寄っていた私は、きょとんと瞬きながら、そうよ聞いて、とトトリに笑いかけた。


「え、なにがですか、もしかしてこの数日でもしやあなたがた」


 ひえ、と引きつっているトトリの反応が奇妙で、私は首をかしげる。セファは空いている片方の手で顔を覆っていた


「トトリ」


「いいえセファ。わかりました覚悟はできています。一緒に怒られてあげますから正直に」


「聞いて、トトリ。私ね」


 はい、とトトリが居住まいを正した。きちんと真剣に聞いてくれるのが嬉しくて、私はにこにこと嬉しい報告を口にする。


「セファと友達になったのよ。」


今週の更新はギリギリすぎましたので、来週はもう少し余裕を持って更新できるよう準備できるといいなと思います。

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