1.精霊界のまやかし
あけましておめでとうございます。
こんなところですみません。幕間に追加し忘れていたものを3話ほど割り込み投稿しております。ので、最新話表示がややこしいことになってると思います。いいねのカウントとか。
続きも近日中に投稿します。
旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。
2025.1.13
蒼穹の下、一面の花畑に風が通り過ぎて花びらが舞い、背中に流すままにしていた髪が巻き上がる。
——ロゼ!
「セファ?」
呼びかけに振り返った。
そこに、いるのは——。
「みんな」
魔術学院の明るい中庭だった。別授業だった友人たちを見つけ、自然と表情がほころぶ。
白の学院外套は身にまとっているだけで嬉しくて、誇らしくて、差し出されたメアリの手に無邪気に飛びついた。
「よかった。みんなで研究室、はいれて」
「だな」
「研究室開いたばっかりのセファ先生が僕たちのこと受け入れてくれてよかったよ、本当」
「たしかローズの、しりあい?」
「そうそう、幼馴染なんでしたっけ。初等課程の同窓?」
「ええ、まあ。初等課程の時に飛び級して行ったから、長く机を並べていたわけじゃないけれど」
「普通の生徒が初等課程から高等課程に進む間に、飛び級して研究結果評価してもらって塔の魔術師になって学院講師かー。優秀!」
「すごいなぁ」
メアリ、ジャンジャック、ミシェルと続く言葉に、そうね、とうなずきながら学院の廊下を歩く。徐々に人気がなくなっていくけれど、私たちが入った研究室が辺鄙なところにあるから仕方がなかった。
「リコとリリカは?」
「先に教室に行ってるって、ジャンジャックがカバン忘れるからでしょー」
「教室移動でカバン忘れるってどういうこと……? 最後の授業では一体何を……?」
「いいだろほらほら、はやくいくぞー」
他愛ないことを話しながら歩いていく。研究室前の廊下にさしかかると、おなじく白い学院外套を羽織ったリコリスとリリカがいた。ドアの陰からセファが顔を覗かせる。
「あ、先生! 今日からよろしくお願いしまーす」
「こんにちは」
「お待たせしました」
「わたくしたちも今来たところですから」
「よかった、ちょうどだね。今日は卒業研究の研究テーマ決めるんでしょ。中にはいろ、はやくはやく」
セファの脇をするりと抜けて研究室にはいっていく学生たちに、部屋の主人であるセファは苦笑する。
「面白いものは何もない研究室だけど、まぁ、好きに使って。ほら、君も」
廊下に佇んだままだった私はセファの呼びかけにハッとして、手を伸ばした。繋がれた手はそのまま、導かれるようにして中に入る。
見上げるセファの顔はすでに思い思いの場所に座る生徒たちに向けられていて、その薄茶色の眼差しは優しい。
私はその手を離して一番後ろの席に着く。みんながみんな、セファの研究室の一員であることを示す白い学院外套を羽織って、花の標もつけて、これから一年間をここでこうして過ごすのだと思うと、それだけで明日が楽しみだった。
好きな人のそばで、好きなことを学びながら、すきな、ように、いきて。
つらつらと思い浮かべた願望に、なぜだか心が軋んだ。なんだか、叶わぬ夢を抱いたかのような、後ろめたさがあった。
メアリがくるりこちらを見る。あまりにも不自然な動きに、ぎくりと心臓がこわばった。
「ロゼ、さみしいの?」
視界の端が欠けた気がした。違和感が見過ごせなくなる頃には、花吹雪に襲われてうつむくようにして顔をかばう。
——ロゼ!
「セファ?」
今度は明確に呼びかけに応えた。なのに、
「失礼いたしました、国王陛下」
ひらけた視界。露台から、中庭の花が咲き誇る庭園を見下ろしていた私は、呆れ混じりに振り返る。
広間からやってきた魔法使いは、うやうやしく私の前に膝をつく。
「人がいないところでなら、好きに呼んでもいいと言っているでしょう」
「本当に誰もいなければ、そのように」
護衛騎士や侍従長、侍女たちまで数に入れてしまえば、私に一人の時間なんてほとんどなくなるに決まっている。つまりセファはもう、私のことを「これからずっと、国王陛下と呼ぶ」と言っているのだろうか。
それは少し寂しくて、肩を撫でる風が余計に肌寒く感じた。
「もう行って。私も少ししたら戻るから」
暗に一人にしてほしいと告げて顔を伏せる。目を閉じたのは、こみ上げる感情をなだめるために必要だった。
「少しだけなら」
ささやきと同時に手を取られ、目を開く。私の驚いた顔を見上げて、銀髪をわずかに震わせながら彼は笑う。
「本当に二人きりになれる場所へ、僕ならいつでも連れて行けるよ」
ローズ様、と付け加える彼の表情はいたずらっけたっぷりで、もう、と笑って許すしかなかった。
「本当に行くよ。君が望むならね」
そしてそのまま、手の甲に口付けを落とすのだ。
「僕は、君が望むなら、君のためだけの魔法使いにだってなるよ」
本当にもう。
空いてる片手をセファの頬に添える。彼は白銀の魔法使い。困難を乗り越えて、やっとの思いでたどり着いた、世界で七席しかない座に着く魔法使い。
「世界のための私で、あなたでしょうに」
むに、と頬を摘む。お仕置きのつもりなのに、嬉しそうに目を細めて頬をすり寄せてくる。その仕草、眼差しが、隠そうともせず想いを伝えてくるようだった。
「でも僕は、君に向かって恭しく振る舞うの、結構好きだよ」
「どうして?」
「さあね」
私は、外套を翻して片膝をつくセファの身のこなしにときめきは抱くけれど、一瞬だけだ。もっとそばにきてほしいと思ってしまう。
高みは一人でいるには寂しくて、いざ立つまではそんなこと想像もしていなくて、行き着く場所に行き着いてから欲張りになっているのかもと思えた。
対するセファの姿は本当に嬉しそうで楽しそうで、なんだか腹立たしい。
私の気持ちを感じ取ったのか、セファが瞬きを繰り返しながら立ち上がる。私の顔を覗き込むために少しだけ屈んで、視線を合わした。
「君は、嬉しくない?」
花吹雪が舞う。
繰り返すごとに意識がはっきりして、これが精霊界のまやかしだと気付いた。
真っ先にセファの手の感触を探して、手の中に確かにその感触があることを確認する。それを頼りに、すでに展開していた結界の上からさらに別種の結界を重ねる。
「セファ、聞こえる?」
握る手に力が込められた。声は届いた。なら、次はこの美しい幻影から抜け出さなければ。
そう考えた時には、虹色の光と風が吹き荒び花吹雪はかき消されていた。
「ごめん」
即座にセファが謝った。
「ごめん。ローズ様」
「いいえ。私もあなたを叱れないわ」
あのまやかしはきっと、精霊界にいる精霊たちが、私の望みを見透かしたのだ。生徒として学院講師のセファのそばにいる私。権力者として魔法使いセファを従える私。どれも、私に都合の良すぎる甘い夢だった。
精霊界にたどり着いて話をして、何は無くとも行動しなくてはと歩き始めた私たちは、いつのまに幻影へ囚われていたのだろう。繋いだ手が離れていなかったのは幸いだったけれど、文字通り私のこの手がセファの命綱なのだ。知らない間に手を離していたらと思うとゾッとした。
思わず両手でセファの手に触れる。
セファはちょっとだけ申し訳なさそうに眉を下げて、軽く握り返した。
「結界の種類を増やしたわ。どういった種類の干渉かわからないから、思いつく限り試したけれど、セファも何か気づいたことがあったら教えて」
「さっきので感じたのは何か恣意的なものは感じなかったというか……一種の無邪気さがあった気がしたけどどうだろう……」
無邪気さ。いまいちピンとこなくて首をかしげる。
「ただ見せたいものを見せた、みたいな……」
「さよう、よく感じ取っているようだ」
不意に聞こえた声に、セファと私は足を止めて周囲を見回す。
「意図が感じ取れてもなお、もてなしがお気に召さなかったと見えるが」
気づけば行く手に人影があった。先ほどまでは確かに誰もいなかった、隠れる場所もない一本道でだ。
見た目は女性とも男性とも取れない、引きずるほど長い金髪は背中に流し、怜悧な無表情で佇んでいた。
「あなたは」
「精霊界にいるものといえば、おおかた想像がつこう」
「あなたが、精霊王?」
「まさか、我は精霊王の世話役、従者。そしてその辺の精霊種を束ねる顔役といったところか」
話しながら、身を翻して進み出す。まるでついてくるのが当然と言わんばかりで、続く言葉もそれを示していた。
「そして今この場では、案内役を務める」




