幕間:彼女と手紙と秘密の話
ごく稀に、彼女の周囲を守る数多の目を掻い潜って、秘密の手紙が本人の元に届いてしまうことがある。
本気で懸想した者、誘拐を企てる者、取り入ろうとする者、理由は様々だが、ともかく誰も彼も彼女本人の事を碌に知らない。
あなたの話し相手になりたい。
助けて欲しい。
力になりたい。
彼女の寂しさや親切心につけ込んで、紙片には甘い言葉を並べ立てる。
そうして、あなた以外の誰にも打ち明けられない話があるので、この日この場所この時間で、待っている。誰にも言わずにきて欲しいと、秘密の共有者としての特別感を演出してしめくくるのだ。
世間知らずの深窓の姫君が、いかにも好奇心に駆り立てられてのこのこやってくるように。
ただ重ねて言うが、その者たちは、彼女のことを何も知らない。
高貴な箱に入ったご令嬢の思考回路など、想像もできない下賎の輩なのだった。
「ローズ姫の持っているあの手紙なんですか。いつものですか、エマ?」
「いえ、今日は何もなかったはず……、あっ、まさか、えー」
「……もしや、先ほど新入りの子に任せた隙にやられました? よくもわからない手紙が、姫様の元に???」
「……そのようですね」
「……第一王子殿下に伝令を……?」
「お願いします。いつも通りなら大丈夫でしょうけど」
「しっ、姫様がお呼びよ」
「お前たち。家令を呼んで、これを渡してくれる。アンセルム殿下に文を頼みたいの」
「はい。かしこまりました。ローズ様」
『アンセルム殿下へ。
会談の依頼をいただきました。事前に指定された場所の確認と、先触れを出したいので、騎士を一人遣わせていただけますか。
防犯上の問題がなければお茶の用意も。
予定が立て込んでおりますので、場合によっては遅れてしまうかもしれません。前後の予定を調整をするよう、王城担当者にご連絡ください。
どうぞよろしくお願いいたします』
彼女の王城でのすべては、第一王子アンセルムを通すことになっていた。
当然、彼女もそれ理解している。よって、そのように連絡をすることは当然のことであり、何の疑問もなかった。
ここに、秘密を漏らした、という意識はない。自分の手足に指示を出した事を、他人に漏らしたとは言わないのだ。
彼女の中で他人に漏らす、とは、お茶会や夜会で同じような位置に座る相手に、扇越しに談笑の種にする、そう言ったことをさす。
——誰にも言わず、なんて。そんな相手ほとんどいないものね。
秘密を漏らす相手などいない、本人は至極真面目に、そう認識しているのだった。
手紙を受け取ったアンセルムは、なんとも言えない表情でしばしそれを眺め、一の騎士を振り返る。
「ケヴィン、これを。人選は君にまかせる」
「ん。あぁ。しかし相変わらずですね、お姫様」
「本当にね……」
疑うことを知らないお人好しなのと同じだけ、単独行動をせず周囲を使うことを当たり前にしてくれるため、周囲の人間は助かっていた。
ただ、本人にどこまで危機感があるのかは疑わしく、少しばかり心配になってしまう。
「会談の指定場所に問題が? なら仕方がないわね。今回は中止にして、またの機会にとお伝えしてくれる?」
授業と授業の間の移動時間に、アンセルムの騎士から告げられた伝言に、彼女はわかったわ。とうなずいた。
再設定された日程が知らされない限り、彼女の中で終わったこととして処理されるだろう。
それはそれとして、ことここに至ってもまだ理解していないようなので、アンセルムは不用意に知らない人間と会おうとしてはいけないことを懇々といい含めることにした。
「私の手元にやって来る手紙は、いろいろな人が選別していることくらい知っているわ。つまり、私の手元に届いたということは、可能な限り応えるべきものだということよ」
「周囲への信頼が厚い……」
「機会を得るだけの知恵と、運を兼ね備えていたとも言えるわね」
「君やっぱりわかっててやってるんだね?」
何かあっても、みんなが守ってくれるものね。と信頼の笑顔を向けられると、何も言えないのだった。
さて、彼女に手紙を送った輩についてだけれど。指定した『会談場所』にやってきたところを、潜んでいた騎士によって捕縛。騎士団の詰め所にて『穏便な聴取』との流れとなった。
一章3話、フェルバートの発言より。
「そこへまんまと引っかかったものの、綺麗にハマりすぎて露見しやすく、また馬鹿正直で生真面目で、規則を守り道理を尊ぶこの人を陥れると、結局陥れた側もろとも結局は破滅するという星の人です。」
について、多分こういうことです。というお話。
初出し《2022.12.6 拍手にて》




