表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
四章.異界へ渡る、救世の巫女
172/175

幕間:ある王女のための世界の顛末

注:あんまり楽しい話ではないかもしれません・・・



 愚かな女だと、あなたは言った。







 女は王族で、七人いた姉弟の末姫で、思い思われ自由に恋した相手と結ばれ降嫁した。

 相手の家は、王女を迎えるには少々頼りなく、周囲の幾人かは考え直すよう勧めたが、本人たちの決意は固く、相手のあげた功績を元になんとか結婚の許しを得たのだった。

 女は王女から元王女となったが、その人生は幸せだったと聞いている。

 夫と息子は世間知らずの元王女とともに、家を盛り立てるべく奔走したが、やがて家は傾き始めた。

 政略的に迎えた嫁は、産後の肥立ちが悪かったのかあっけなく儚くなった。悲しむ暇もなく忙しい夫と息子に変わり、元王女は産まれたばかりの孫の養育を引き受けた。

 目に入れても痛くないほど可愛い孫娘だった。

 淑女教育を施し、貴族たるものの心構えを諭し、自分のかつての生活を、おとぎ話のようにして話して聞かせた。




 少女は育て親とも言える祖母に懐いた。普段は家におらず、たまの休みにもろくに相手をしてくれない父や祖父の言うことよりも、祖母の言葉に聞き入った。

 祖母の語る王城の話は、まるで夢に見るおとぎの国だ。素敵な衣裳にお茶菓子。貴族や魔術師たちを従えて、王国の結界を守る貴族たちの頂点に君臨する、お姫さま。

 いつか自分にも、王子様が迎えに来てくれるかもしれない。

 祖母が亡くなってからは塞ぎ込んでいたものの、彼女の語る言葉一つ一つを思い返していくと、ふとそんな素敵な空想が、少女の寂しい心の隙間を埋めた。


 お姫さまだったおばあさまの孫娘として、ふさわしい未来が待っているはずだわ。


 けれど、空想は現実の物とはならなかった。


 幼くして入学した魔術学院で出会った王子からは見向きもされず、その婚約者からも相手にされず、周囲の気を引こうとしても、何処の馬の骨とも知らぬ突然現れた無礼な令嬢の一挙手一投足がすべての関心を攫っていく。

 成績優秀、魔術の才能に秀で杖持ちの資格を得て卒業しても、待っていたのは望まぬ結婚だった。

 地方領主の長男は15ほど歳上で、杖持ちとして卒業するための学費を援助してくれていた。在学中にも何度か顔を合わせていたが、男の印象は悪くなかった。少女にとって紳士で清潔で、尊敬できる大人の男だった。


 けれど、卒業と同時に彼の元に嫁ぐなんてことは知らなかったのだ。

 都市結界を管理する、辺境付近の片田舎を統べる、地方領主。所領は広大だが、特別裕福でもない。

 それでも少女を支援していたのは、都市結界を維持するために優秀な魔力と知識を持つ魔術師が必要だったからだ。

 宮廷魔術師の派遣はもちろん可能だったが、当代と後継に際立った魔術の才が認められない現状、その血筋に優秀な魔術師を迎え入れることが急務だった。そこで白羽の矢が立ったのが、元王女が嫁いだ、傾きかけた家。優秀な魔術師になる見込みのある少女だったというわけだ。


 そこに、彼女の意思はなかった。当然だ。貴族の娘だ。政略的に婚姻がなされることなど周囲にっては当たり前で、学友たちも初等課程のうちに結婚が決まり学院を去っていた。

 けれど少女は、高等課程に進んだ自分は違うのだと、どこかで思っていたのだ。

 高等課程を卒業する間際になっても、夢見る少女のままだった。

 自由に恋を楽しみ、一生の愛を手に入れた祖母に育てられた少女は。

 王家の血を引く自分には、きっと、素敵な運命が待っているに違いないと。



 華やかな宴のひとつもなく、少女は学院を卒業するとそのまま嫁ぎ先へと移動する。

 特産はなく、広大な土地は農地にもできない荒地ばかりの片田舎。そこでは、結婚生活とは名ばかりの、都市結界のための研究にすべてを費やす日々が待っていた。

 長く優秀な魔術師に恵まれなかったその領地の都市結界はひどく劣化していることは、そこで暮らし始めてからわかったことだ。少女は自分の持つ魔力と知識と学院の伝手を総動員し、まずその改良にあたった。魔石を手配し、魔力を込め、魔術具を作り、結界装置に組み込んでいく。

 結界装置の仕組みを学び、成り立ちを学び、領地に伝わる古い書物を読み漁った。

 めまぐるしい毎日だった。

 父と祖父が忙しい人だったため、夫と義父が自分にさほど興味を持たないことにも特に疑問はなかった。時折やってくる、領地を離れて暮らす義弟や義兄のいたわりの言葉が、嬉しかった。

 領主夫人としての教育を何一つ受ける暇もないことに、義母が時折小言を言って来ていたが、それも優秀な魔力の素養を持った子どもを三人産めばやがて何も言わなくなった。



 結界装置の改修が終わり、都市結界が安定し始めたところで我に帰る。気づけば末の子が学院の高等課程に至っていて、上の子は夫の仕事を手伝っていた。


 結婚してから二十年と少し。やっとのことで時間ができた少女ーーすでにもう立派な貴婦人となった彼女が談話室や庭に出入りするようになると、自然に家族の団欒が増えた。学院の寮で暮らす末の子は長期休暇にならないと帰ってこないが、今まで忙しかった分、これからは穏やかな時間を過ごせると、彼女は考えていた。


 自分の望み、願い、思い描いていたもの。


 それらを取り戻すのは、今からでも遅くない。


 けれど、目の前の現実は到底理想には届かないものだった。特産のない片田舎。王国結界の外縁部。隣領地の城塞都市は戦いが日常とはいえ商人が出入りし華やかな劇団の本拠地でもあるため、彼女の暮らす領地をだれもが素通りしていく。


 貴族でありながら、隣の領地の平民と変わらぬ暮らしぶりに、我慢ならなかった。

 領地の経営についてはわからない。学ぶ暇もなかった。かといって夫と子どもたちに任せていても、今後変化はおきない。

 であれば、彼女にできることは何か。

 否定されない材料を揃えて、早々に夫へ切り出した。


「家庭教師の仕事を持ちたいと考えています」


 望みはあっけなく許された。

 まともな貴族感覚であれば、領主夫人が誰かに乞われたわけもなく家庭教師になるなど、愚かなことだと一笑に付すはずだというのに。彼女は夫を軽蔑した。田舎暮らしが長く、王都に出ることも数えるほど。貴族としての自覚を一切持たぬ夫を、対等な存在だとは認めなかった。

 それでも、上級貴族に伝手を作ることが急務だった。愚かでも、はしたなくとも、領主夫人としての自覚に欠けていても。

 まずは未婚の息子たちと婚姻を結ばせる。事業を起こすのにも人脈が必要だった。資金繰りや、発想力。彼女自身が領地経営に関する知恵を持たないのであれば、その力を持つものを引き寄せなくてはならなかった。


 家庭教師として自分の売り込み先を探すため、人を使い調べることにする。その中で、末の子の友人に家庭教師がつくのに頃合いの妹がいることを知った。


 フォルア伯爵家の第三子。ローズ・フォルアリス。


 ワルワド伯爵家である我がフェロウ家の嫁として、頃合いの少女ではないか。



「ここまでは、うまくいっていたのよ。本当に」


 石牢の中で、彼女は笑う。


「あの女が悪いのよ」


 フォルア伯爵夫人。あの女が、伯爵夫人に収まっていたなんて知らなかった。ローズの家庭教師として屋敷に行って、初めて顔を合わせて、満ち足りた顔で微笑むあの女と出会ったのだ。

 学院の高等課程から突然現れて、周囲の関心をさらい、当時の王太子とも親しく、礼儀作法もなっていなかった無礼な女。最初は淑女然とした振る舞いなどまるでできなかったくせに、周囲の働きかけでみるみる洗練されていって、成績もそこまで振るわぬくせに、いつだって人の視線を独り占めしていた無法者。

 学生時代の恨みがあった。

 ほんの少し煮え湯を飲ませたいと、思ったのがよくなかったのだろうか。

 彼女がようやくそう振り返れた時には、もう、全てが終わってしまっていた。

 だから、わざわざこんなところにまで会いに来た相手に、恨み言をぶつけるくらいしか、もう、やることがない。


「あなただって、手に入れたかったのでしょう。知っていますよ。婚約者を隣に置いておきながら、いつだってその目はあの女を追っていたでしょう。みんな、みーんな、知っていましたよ」

「……誤解である」

「嘘です。想いあっていたのでは? 彼女が窮地にあった時、あなたはいつだって手を差し伸べていた。あなたの王位継承権が危うかった時だって、あの女は奔走していたわ。お互いが何よりも大切な存在だったでしょう?」


 その恋は実らず、あの女は他の結界王国から帰って来たばかりの年上の外交官と結婚し、表舞台から姿を消した。目の前のこの男も、結局は定められた婚約者と結ばれたのだ。


「ねぇ陛下。あなたは学院での生活が楽しかったでしょうね。あなたの元に集まった少女たちが、あなたを求めて熾烈な争いを繰り広げているのも、全て知った上で楽しんでいたのでしょう」

「……私が何を弁解したところで自分の考えを正しいと信じているのだろうな、君は」

「がっかりしましたか? 私、あなたの前では優秀で素敵な女学生を演じられていたでしょうか。うふふ。結界魔術に関しての術式討論については、今でも本当に懐かしく、楽しい思い出ですわ」

「ローズをさらい、どうするつもりだったのだ」

「どうも。どんな探知魔術にも引っかからない、奇異な結界魔法をもった少女でしたから。姿が見えなくなったところで、自分で結界に閉じこもっているのだろうと言えばわからないかと思って」




 属性魔術に思い入れのあるローズだったけれど、その才能は結界魔術の方に偏っていた。魔力特性を調べるにあたって、まずは近親者の遺伝から調べるものだったから、結界魔術に関する魔力特性を調べる用意がなかったのだ。兄君たちのような才能はないと告げると、溢れ出した感情のまま悲しみに暮れ、術式も身につけないまま結界魔法を発現し閉じこもってしまった。

 それを、末の息子が見つけ出し、その話を聞いて、少し、悪だくみを思いついたのだ。


「探知魔術に引っかからない結界魔法なんて、使い道はいくらでもあるでしょう。裏組織に売り渡してしまおうかしらと思っていました。分析を進めて術式として確立させ、魔術具として裏社会にばら撒けば、どんな世の中になっていましたかしら」


 娘がいなくなれば、フォルア伯爵夫人が取り乱すのは確実だった。その姿を見てみたかった。


「あぁでも、あの女、娘を失うことには変わりないのかしら」



 うっすらと笑う。青の王国を統べる、国王は表情を硬くした。


「渡り巫女、と言いましたかしら。年頃になるのを待って、異民族にその身を差し出させ、世界救済の贄にする? ふふ。あら。驚いていらっしゃる? どうして知っているのかって。我が所領はとるにたらぬ田舎ですが、歴史はあるのですもの。あの荒地。あの荒野。あそこは、大災の魔女アーキフェネブが、魔法使いの一人を殺害した場所。手記が残っていましてよ」


 魔法使いたちの弟子の一人が、その鎮魂を請け負った。それが、ワルワド伯爵家の祖だ。


「陛下もお気の毒に。徹底的に嫌われてしまうでしょうね。恨まれるかしら。呪われるかしら。かつて想いを寄せ合ったあの女から、最愛の娘を奪うことで、もう二度とその笑顔を向けられることはないのですわ」


 あぁ、想像するだけでなんて楽しい。


「王妃は大喜びでしょうね。ずーっと目障りだったあの女からローズを取り上げ、養育するのはあの女になるのでしょう? 生贄となるその時まで、どんな言葉を吹き込むのかしら。どんなふうに育てるのかしら。生贄にされることを知らぬまま、いざその時に絶望させる? それとも、そうなるために生きて来たのだと何年もかけて洗脳する? あぁ素敵ね。人でなしだわ。でも、長年の嫉妬に狂ったあの方ならどんなことでもするでしょうね。ねえ陛下。私、何をすれば生きながらえさせていただけます? 狂った王妃と取り乱すあの女、どちらもとっても見てみたいですわ!」

「すでに判決は降った。覆ることはない。」

「ざあんねん」


 少女のように笑う。夢に見たお姫様のように、小さな声で、鈴を転がすようにして。


「では、あの子によろしくお伝えください」


 いいながら視線は宙を漂い言葉を探す。その虚空を見つめる眼差しから、感情が削り落とされる。彼女は、自分が今どんな表情をしているかわかっているだろうか。

 フォルア伯爵家の裏手に馬車を手配したのは上の息子二人。領地に馬車を受け入れたのは夫。隠れ家を用意してさらったローズを世話をしたのは義兄と義弟。

 その全てが、すでにこの世にいないのだと、彼女は察していた。

 そうして、いずれは自分も同じ道を辿るのを。ワルワド伯爵を冠したフェロウ家はこうして滅びるのだと。

 ただ一人、死を免れたものを除いて。


「この先の運命に、呪いあれ。と」


 一族に死をもたらした青年の名は、クライド・フェロウ。

 ローズの兄と親友になった、ワルワド伯爵家の末子。

 伯爵家令嬢誘拐という犯罪に手を染めた家族を告発し、恩赦を求め、一人刑の執行を免れた一族の裏切り者。


「そのような言葉、誰が伝えるものか」


 苦り切った顔の国王を見て、彼女は表情を一転させ、学院で出会ったあの頃のようにはにかんで見せた。なるほどこれは、彼女から国王への呪いだろうか。

 学院きっての才媛。結界魔術の術式討論においては多くの耳目を集め、発表した論文は識者も舌を巻くほど。魔力量に突出した点はなかったが、結界魔術以外の魔力特性にも恵まれ、優秀な魔術師として宮廷魔術師入りを期待されていたほどだった。

 授業態度も真面目で教師受けも良く、華やかな派閥に属することもなかったが、彼女を慕うものは大勢いたというのに。


 科せられたのは、ただの死刑よりも重い罰だった。死してもなお、その魂は囚われたまま、世界のために使われることとなる。

 けれどそれを背負うのは、これからも生きていくクライド・フェロウであろう。


 思わず呻くようにして、悪態とも嘆きとも取れる言葉が、溢れる。

 その言葉を聞いて、彼女は一層笑みを深めた。その笑顔に背を向け、国王は石牢をあとにする。


「あなたのことを、好いた女ですのよ」


 出口に向かう足が止まった。振り払うようにして、再び歩き出す。


 結界王国群、青の王国。

 青の魔法使いが姿を見せなくなって久しいこの国の王として、この世界的窮地、私心は無用だった。






初出し《2023.3.4 拍手》



まさか青の王国国王陛下の初出がこんなところになるとは私も夢にも思っていませんでした。

ローズ視点だとどうしても組み込めなさそうなお話。


クライドのお母さんのお話でした。多分ねぇ。これねぇ、文面以上のひどい目にあってますねぇ。クライドのお母さん、多分、まともな心が砕け散ってるやつです。16歳にして領地を守る結界装置の研究片手に子作り妊娠出産子育て20年ちょっと。やけに献身的な義兄と義弟の存在とか。まともに書いたらお月さま行きのやつ!(しかもバッドエンド)


犯罪者擁護のために書いたお話ではないんですけど、親世代まわりはそろそろ、ふわふわ形にしないままよりはちゃんと固めた方がいいんだろうなって書き始めたらこうなりました。

お粗末様でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ