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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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17.化粧師トトリ

 

 旅の荷物と一緒に、トトリは私に必要なものもたくさん背負ってやってきた。セファに持たせたものだけでは、到底足りないだろうと。にも、関わらず。


「トトリ、あなた、あなたの本来の仕事って……」


「セファ、手が空いてるなら下でお湯もらってきてください」


「はいはい」


 私が戸惑っている間にも、トトリは自分の仕事道具を机の上に並べていく。並べる順番にも理由があるのだろうか。少し見やって道具を入れ替え、満足そうにしたかと思えば、セファに指示を出す。セファも、いつものことだと言わんばかりに言われるまま席を立って行ってしまった。


 異界渡の巫女が、辺境で見つけた侍女トトリ。やりたい放題した上で結果を出し、王都へ返り咲いたあの人が見出した侍女が、ただの侍女、側仕えなわけがなかった。


「私の本来の仕事は、侍女ではないんです」


 トトリの手が、私の髪や顔の触れていく。清潔な布で拭われ、髪は丁寧に(くしけず)られ、小さな容器からとろりとした液体が顔に塗られていく。


「うわなんでセファに持たせた保湿剤も化粧水も使った形跡がないんですか。使い方がわからなかった? 嘘でしょセファなんで教えてあげないの」


「ローズ様に僕がそんなことできるわけないでしょ。そんなの入ってるなんて知らなかったし」


 口を動かしながらも、トトリの手は止まらない。顔も頭もスッキリさっぱり気持ちが良くて、頭も顔も、滑らかな手のひらにむにむにとほぐされて、疲れも取れていく。ぱさぱさの荒れた心に水をもらっている気分だ。


「はい、おしまいです」


 ぽん、と肩を叩かれて、夢見心地から覚めた。えっ、何今の時間。肩から上が軽い。数日の慣れない毎日に溜まっていた疲れが一気に解消されたような。


「……聞いたことある、もしかして、トトリって按摩師さん……」


「ちーがーいーまーす!」


 トトリが怒ってる隣でセファが噴き出している。


「明日の朝、出発前に本気出しますから、覚悟してくださいね。ひとまず今日はもう午後ですし、お食事も下の食堂でとのことなので、華よりも自然な仕上がりを目指しました」


 そう言って見せられたのは、それはそれは美しい鏡だ。歪みもなく色味もいい、光をはじく掌よりも大きな鏡。


 そこに映る自身の顔を私はまじまじと見返した。


「トトリ、あなたとても腕のいい化粧師だったのではない…?」


 正解です。とトトリは笑みを浮かべながら道具を片付けだす。


「ただ一つ訂正を。私は、とても腕のいい化粧師だったのではなく。とても腕のいい化粧師なのです」


 控えめな、自然な仕上がりを目指したとトトリは言ったけれど、鏡に映る私の肌艶は良く、何もしないよりも断然華がある。これがこうなら、明日、出発前はどんな化粧を施されるのだろう。


「夜会やお茶会でもないのに、化粧師にお化粧をしてもらえるだなんて」


 なんて贅沢なのだろう。夢見心地でうっとり鏡を見る私に、トトリとセファは顔を見合わせて笑った。なあに? と顔をあげれば、いいえ、とトトリが肩を震わせながら首を振る。


「巫女姫様は、そういうことに頓着されなかったので、おんなじ顔の姫様がそんなふうに嬉しそうにされるのが不思議で」


 笑うトトリの顔が、優しい。


「違うお方なのだと、実感したのです」


 そう言って、トトリは私の頭を撫でた。異界渡の巫女の話をするトトリは、とても懐かしそうに優しく話すので、私は思わず問いかけていた。


「……異界渡の巫女とは、どうやって出会ったの?」


 辺境行きを命じられた私と、化粧師のトトリが一体どこで出会ったのか。皆目見当がつかなかった。問われたトトリは、そうですねぇ、と笑ってセファへと目配せする。好きにするといい、とセファは目を逸らした。


「巫女姫様は、辺境でとある方の寵愛を受けておりまして」


 寵愛。


 私が瞬くのを見て、そうそう、とトトリは笑顔で頷く。ニコニコと楽しそうだ。フェルバートには内緒ですよと。


「辺境に来たばかりの頃の巫女姫様は、そうですね、姫様が今、色々な人から話を聞くより、ずっと目立たぬよう過ごしておられました。頻繁にフェルバートと内緒話をしていましたので、あの騎士は早い段階で巫女姫様と姫様の違いを見抜いていたのでしょう」


 驚くと同時に、それは当たり前かもしれない、と思う。よくわからない立場にあっては、まずは情報収集から始めるのが定石だろう。フェルバートも、さすが第一王子の二の騎士としてその婚約者の私を長年見ていただけはあったと言うことだろう。私は全然知らなかったわけだけれど。


「そのお方は巫女姫様を誘い出し、私が所属していた劇団の楽屋裏へとやって来たのです。やって来た巫女姫様は、それはもう地味な装いでした」


 フェルバートだけを連れて辺境へ行った私に、支度を整え肌の手入れをする侍女などいなかったのだろう。そんな生活を、私ならどう過ごしただろうか。


「辺境の有力者であったその方の元に、ローズ様はお嫁に行くはずだったのだと思います」


 え、と顔を上げる。すでにトトリは、化粧道具も鏡も何もかもを片付けて、私の前に淹れたてのお茶を差し出した。

 やはりいたのだ、と納得する。そういえばセファが何か言っていたかもしれない。ふと思い出してセファの方を見る。


「……セファがいたから、頷かなかった人のこと?」


 セファは肩をすくめるだけだった。ついでに淹れてもらったお茶を少しずつ飲んでいる。そんなこと言ったんですかこの人、とトトリがちょっとあまり可愛くない顔をしてセファを見た。


「私たちの手によって、綺麗な服を着て、化粧をして、美しい装いになった巫女姫様は、寵愛深き方に手を取られ、食事をし、観劇を楽しまれました。それはもう、夢のようなひと時を過ごしましたと手をとってお礼を言われるほどに」


 その時は楽しそうだった巫女姫様は、全てが終わったあとに、けれど、夢は夢から覚めるべきものなのだとおっしゃったのです。それはもう、寂しそうに笑って。


『休憩はもうおしまい。そろそろ手を打たないと、魔王や魔女が復活してしまいますからね』


 そうして、セファとフェルバートと共に異民族の村に乗り込んで、気がつけば戦闘を中止させ、あれよあれよと融和の道へ。この辺りは私よりもセファの方が詳しいですけれど。

 そんな巫女姫様の行動力と、そのお化粧しがいのある素材の良さに惹かれて、成人したし劇団から独立を考えてもいた私は、あなた付きの側仕えに立候補したのでした。おしまい。


「お菓子も持って来ればよかったですね」


 最後に自分のために淹れたお茶を、すべて話し終えたトトリは美味しそうに口にして、ふう、と息を吐いた。トトリと異界渡の巫女の馴れ初めはとても衝撃的だった。気になることも聞きたいこともたくさんある。


「異界渡の巫女を寵愛していた、という、辺境の有力者というのは?」


「それが私たち劇団のお得意様というだけで、その身分や正体は知らないんですよね。代理の方がお見えになることもしばしばで、巫女姫様を誘う時だけ出て来ていたので、あぁ、あの方が本人なのだなとその時になってやっと」


 異界渡の巫女を主語にしているけれど、実際その人が寵愛していた姿形は私自身かと考えると頭を抱えたくなる。私、絶対その人に会えないわ、と顔を覆った。

 あとあと、聞き捨てならないことも確認しておかなければならない。いかにも世界が終わってしまう原因になりそうな。


「……魔王と魔女に、辺境出身の二人は心当たりがある?」


 セファとトトリが顔を見合わせ、首をひねる。


「おとぎ話ですかね」


「寝しなに大人が話して聞かせ、子供達が怖がる。よくあるおとぎ話だよ」




「世界から魔力が消え去った時、闇の森より魔王が生まれ落ちる」


 まあ、とセファは笑う。


「魔力が世界から消えるなんてことはまずありえないから。ただのおとぎ話だ」



ぎりぎりですみません。うう。

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