33.瞬く星
感想、いいね、お気に入り登録、評価、拍手コメントなどなど、いつもありがとうございます。
王家の難題に向き合い、ワルワド伯爵の地位を取り戻し、領地謹慎となった一族を救う。
だから、クライドは私に近づいたのだ。
それ相応の利益があったから、情報を私に流していた。私の名前を使っていいように人を動かしたり、利用していたり、理由があったはずだ。どんなことをしていたかはいまいち分からないけど。
「なぁ。それって別に王妃の名前でもいいと思わねえ?」
「…………思い込みって怖いわね」
確かにそうだ。
クライドが王妃の子飼いだったことは周知の事実で、私の名前を使う必要性なんてどこにもない。どうして気づかなかったのだろう。
だって、そうでも思わなければ、クライドの行動が納得できなかったのだ。
「でも私、お兄様の指示で指定場所に向かったことが何度かあるわ。あれは?」
「昔お前についてた侍女とか家庭教師とか。遠ざけられたあとお前の様子が見たいって言ったやつらだな」
「あなたそんな手引きをしていたの!?」
王家によって私の周囲から排除された人間を、王城に招いていたということだ。
よくも王妃の目を盗んでそんなことができたものだ。驚きのあまり思わず一、二歩足が動いて近づいた。けれど、即座に響いた否定の言葉にまた足が止まる。
「俺じゃない」
「……じゃぁ、誰が」
「俺も指示されただけだからな。まぁ、徒党を組んで叛逆される前にお前の姿を見せることでその気を無くさせたんだろ」
はぐらかされて、それ以上問う気がなくなった。
まったくもって、本当に。どこの誰だというのだろう。
フォルア伯爵家で働いていた人々の行方を把握できて、王城に手引きできるだけの権力があって、そして、クライドが私のために動くと知っている人間なんて。
「わかりにくい人よね。いつもそう」
「そりゃ昔からな。好きな女に好意を伝えてるつもりが、嫌われてるって誤解を与えるほどだ」
学生時代の話だろうか。好奇心が首をもたげたけれど、今はそんな話をしている場合ではない。
クライドについて、まだ信じられないと思う気持ちがあるけれど、次々と否定され補強され、逃げ場を失っていた。だから、自惚れかもしれないと未だ思う自分を制して、一度だけ、確認する。
「…………クライドお兄様は、ずっとずーっと、私を見守っていてくれたということ?」
「そうだよ。かわいいかわいい、目に入れても痛くない妹分をな」
真剣な問いを茶化される。もう、と呆れるけれど、自分の言葉もわざわざ口にするものではないことだと思うため、力が抜けて笑えてしまう。
「どうしてそこまで? 私たち、子どもの頃に会ったきりでしょう」
「……いい加減、そろそろ納得してくれねえ?」
無言を返した。クライドは大きくため息をついて、私から顔を背ける。
「カッコ悪いから、妹分に話したいことじゃねえんだけど」
クライドは一度だけ、横目で恨みがましく私を見た。あとはこちらを見ないまま、ぽつりぽつりと手短に語る。
「ドミニクから聞く、フォルアリス一家の話が好きだったんだよ」
仲のいい両親、仲のいい兄弟、可愛らしい妹たち。洗練された使用人たち。真っ当な事業。それは、クライドにとって絵物語のような幸せな世界だったのだと。
そんな世界が実際にあると知れた。ただそれだけだ。
知らなかったことを『知った』。
ほんとうに『あった』。
ただそれだけの、『ただの事実』が、どれだけのものをクライドにもたらしたのか。
初めからそれが当たり前だった私には、理解の及ばないことだったけれど。
『俺はお前に、何一つ手放させないためにここにきたんだ』
先ほどの言葉がふいに思い出された。
だからつまり、クライドは……クライドも、私から何もかもを奪ったと思っていて、これ以上奪いたくないと思っているのだ。
……奪ったのは、クライドではないのに。変な話だ。
「お前を愛してる、なんて言ってきたら、そんな身勝手な献身はいらないわって言ったのに」
「……恐ろしいことを言う。愛を捧げた相手にそんなふうに言い返されたら、そいつは骨も残らないからやめろ」
真顔のクライドにそう言われたので、そっと視線をそらす。
「うわ言ったのか……。……まぁ、お前の意思を無視してる時点で、何を言われてもしょうがないか。……俺がしていることもそうだが、まぁ、兄の指図ってのはそういうもんだろう。だから、何度でも言うぞ。
お前は、世界なんて見捨ててこのまま逃げろ」
再び歩き出したクライドの背中を追う。その背中は、先ほどよりもずっと優しく頼もしく見える気がした。なんだかんだと、私も勝手なのだ。この身を案じてくれる人がいることが、少しだけ嬉しい。
私の心はどうあっても、その想いに応えられないというのに。
だから私は、私の意思を伝えるしかない。
「クライドお兄様。でもね、私、もう、これしかないの」
誰に何を言われても、変わらない。私のやりたいこと、私の誇り、私の今までのために。
「救世に取り憑かれた哀れなお人形だと、おっしゃる?」
「俺の言葉で止まらないことはわかってたよ」
風が前方から吹き抜けた。クライドに手招きされてたどり着いた最奥は、ぽっかりと開けた空間になっていて天井部が一部大きく崩れている。
外はすでに、夜になっていた。
瞬く星の輝きに、一瞬、目が奪われる。
「……ここが、本当の異界渡りの儀式場」
ふらふらと足が動いた。辺りを見回して、魔術灯の光が届く範囲をよくよく観察する。
中央には大きなくぼみに水が溜まっていた。暗闇に慣れたせいか過敏になっている視覚に、チカチカと光が刺激する。不自然に光が集まっているから、そこが特別な場であることがわかった。
気づけば追い越していたクライドが、後ろから話しかけてくる。
「俺たちがハミルトン侯爵家を出し抜けたのは、地下から戻ったお前を先んじて迎えに行けたからだ」
水場から視線を外して、クライドを振り返る。クライドも周囲や天井部を見回しながら、とりとめない話を始めた。
「お前のことを調べるために、その魔力を精査した。その時収集した魔石を元に術式を組んで、セファはお前の位置を常に把握できるようになった。——正確には、術式を刻んだ魔石を持つ三人のうち二人の位置がわかれば残りの一人の位置が割り出せるっていう仕組みなんだが、まぁ詳しいことはいいか。——んで、双方向会話ができる術式を俺程度の魔力量でも使えるように改良して、俺はセファと即時情報の共有ができるようになった。まぁこれは俺だと術式が起動できないから向こうからの連絡を待つだけなんだが……それでも、他の奴らに比べれば優位性は明らかだろ」
突然なんの話をし始めたのだろう。崩れた天井部から夜空を見上げて、ちょっと笑っているふうに見えるからなおのこと不思議だ。
つまり、セファは私の居場所がいつもわかって、クライドはその情報をすぐ受け取れるってことが言いたいのだと思うけれど。
「あいつはそうやって、繰り返し数多の未来を見たサクラじゃ手の届かない、現在の領域を補ってくれる」
そこへ、空から飛来する何かがあった。
天井部の割れ目から、その何かは勢いよく飛び込んでくる。強風とともに回転しながら私たちの頭上にとどまり、突如翼を広げ滞空して見せた、その姿は。
「竜……? 銀の鱗の……、なんて、綺麗——」
無意識に手を伸ばす。魔物の最強種だというのに、恐れはなかった。
「まったく。君は」
焦がれた声が竜のいななきの合間に聞こえ、体の動きを止める。信じられない思いでその声の出どころを探す。
「僕の工房から出ないでと言ったのに。
————間に合ってよかった」
目の前の竜が、確かにそう言った。
旧年中は拙作が大変お世話になりました。本年もよろしくお願いします。
本当は2023年中に4章完結が目標だったのですが、思うようにいかず、せめてここまでは年内に、と思っていたのも達成できず、やっと納まった気分です。
インフルさえ…なければ…。
今年は絶対にさっさと予防接種打ちに行きます…。




