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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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16.転移の経緯


 可愛らしく笑うトトリを前にして、私は「まぁ」と声を上げてセファの背後から抜け出した。


「トトリ、あなたどうしたの」


「セファが転移してすぐ、荷物をまとめて、出発しました。セファの未完成な魔術具はセファにしか使えなかったので、こっちの魔術具で姫様の魔力痕跡を追ってきました。」


 ニコニコと、羅針盤のような魔術具を差し出す。よくそんなもの一つでと思うけれど、針の向きと光で距離と方角が割り出せるので、地図に照らし合わせれば対象の現在地がわかる優れものなのだそうだ。そんな便利なものが出回ってる話など知らないので、もしかすると希少な魔術具かもしれない。いやもしかしなくてもそうだ。こんなものがあるなら、魔力持ちの貴族の誘拐など成り立たない。


「いえ、それもそうなのだけど、そんなことより」


 と私はトトリに詰め寄る。


「男の人の格好なのね」


「そりゃ、そうですよ」


 真正面から真顔で返されて、思わずセファを振り返る。呆れていた。私にかトトリにか、どちらだろう。向き直って指摘を続ける。


「髪も短いし」


「侍女のお仕着せに短い髪は映えませんから」


「映えない……」


「それに一人旅ですからね。厄介ごとは避けて通るに限ります。私、か弱いので」


 一目見て女性と判断されるような格好、わざわざしませんよ、とトトリは笑った。そのまま優しい顔で、旅の間、大変な思いをされたでしょう。と労ってくれる。到着したばかりで疲れているはずのトトリがだ。

 それより、とトトリが顔を引き締めた。


「お伝えすることが山とあります。お部屋にお邪魔させていただいても?」


 改まったトトリの顔つきに、私とセファは顔を見合わせて頷いた。






 トトリの第一印象は、これと言った特徴のない、けれどとっつき易く笑顔の可愛い素敵な女の子だった。だというのに、あらためて顔を合わせた今はどうだろう。青年が着るような旅装を着こなし、ひっつめにしていたはずの髪は短くなっている。

 一般平均より少し小柄で侍女のお仕着せを着ていても違和感がなかったけれど、以前の言葉は本当に聞き間違いではなく、本当の本当に。


「やっぱり、男の人なのね……」


 セファが泊まっている部屋に椅子とテーブルを持ち込んで、ついでにトトリが食堂でお茶の用意を借りてきてきた。それぞれ席について、お茶を受け取りながら、思わず呟いてしまう。

 私とセファにお茶を注いで、席につこうとしたトトリが動きを止めた。少しの間の後、ぎこちなく椅子に座りながら、ええと、と頰をかく。


「……今の姫様のお側に控えるのが私だとまずいです、よね」


 困ったように笑うトトリに、私は慌てて首を振る。今まで出会ったことのない性質や特徴の人物であることには間違い無いけれど、その仕事ぶりには数度の関わりで十分に働き者であることは理解していた。異界渡の巫女は私よりもよほど人を見る目があるようだし、巫女が信用した分、私もトトリを信じようと思っている。

 それに、

 

「私、あなたの笑顔を気に入っているわ。気にせずそこで笑っていなさい」


 美青年、というには違和感があるけれど、男の人だと認識した今でも美少女と思えば納得してしまうほど、トトリは笑顔が可愛い。ただそこでニコニコと侍女の仕事をしてくれているだけで癒されるのに、セファが褒めるほど気の利いた荷物を短時間でまとめあげ、その体一つで王都からここまでやってきて合流してくれたというのだから。


「危険な道のりを越えて、私の元にたどり着いてくれてありがとう。あなたの事情も直接聞きたいと思うけれど、まずは必要な報告をなさい」


 は、はい! とトトリは元気に返事をして、茶会で起きた私の突発的転移調査結果を話し始めた。

 (いわ)く、私が荒地に転移したのは事故である、ということ。狙われたのは異世界からの来訪者リリカの方だったらしい。

 あの王妃主催の情報共有、いわゆる親睦会なるお茶会は、異界渡の巫女も把握していなかった派閥の令嬢も集められていたらしく、一人一人が一癖も二癖もあるような後ろ盾を持つ。

 そこに、神殿が庇護するリリカ様が加わる。彼女が接触した人間の魔力が、増幅し、暴走するように魔術具が仕組まれていた。

 魔力が暴走し会場がめちゃくちゃになってしまえば、場の調査など叶わない。暴走前に接触した人物である、リリカ様が犯人になるはずだった。騎士フェルバートがどんなに公平な調査を求め、疑念を抱いたとしても、覆すことは難しかっただろう。こうして、リリカ様の立場は一気に悪くなる。ひょっとしたら、第二王子の婚約者に内定していたのかもしれない。それを公表する場であったのかも。そうであれば白紙になるかケチがつくだろう。いいえ、これはただの推測でしか無いけれど。


 そこで、接触したのが私だったので話が変わる。私の魔力量はといえば、他の貴族に比べてささやかなもの。なおかつその魔力特性は周囲に害を及ぼすものでは無い、というのが犯人にとっての大誤算だろう。


「……やっぱり、ローズ様の魔力って」


 セファの問いに、ええ、と頷く。ひょっとして、熱に浮かされて話しただろうか。話した記憶がないのでセファが知っていることに驚いたけれど。


「トトリも、騎士フェルバートから聞いたかしら。私の魔力は、希少な結界系。それがどの程度の増幅魔術具だったかわからないけれど、増幅されたことによって結界系転移魔法となり、荒地に飛ばされたということね」


 というと、あれはある意味自身の魔力特性による自業自得だったのかと、少し遠い目になる。まぎれもない事故だ。私が結界系の魔力特性でなければこんな目に合わずに済んだのかと、思わずため息が出た。いや、その代わり自分の力で王妃様主催のお茶会会場をめちゃくちゃにしてさらには有力貴族のご令嬢方に怪我をさせるところであったかもしれないのだけれど。


「それは、聞きましたけど……。結界魔法が、転移魔法になるものです……?」


 私は、魔術について詳しくないので、と、トトリが宮廷魔術師であるセファへと視線を向ける。後見人の専門分野だから詳しくないけど、とセファは前置きをして説明してくれた。


「結界魔法というのは、現実世界の切り分け、とも言える魔法だから。外と内を分ける力。世界というのは、人間の世界をはじめとする、いくつかの世界によって層になってる。切り取り方によって切り取る深度は変わるが、ある程度深く切り取ることで転移ができる。と、言われている」


 増幅装置で、結界系魔力特性持ちが転移魔道士になれる可能性があるのは興味深いな。いや制御できる見込みがないなら事故を防ぐ方に対策を取るべきか。検証をして見ないことにはなんとも……。私を上から下までまじまじと眺めながら早口で呟くセファに、なあに、と首を傾げてみせる。目があうと、薄茶の目がハッとしてさっと視線を逸らした。少し照れているように見えるのは気のせいだろうか。


「セファは、魔術解析好きだねぇ」


 相変わらず仕事と趣味の境目がないな、とトトリが苦笑している。さすが辺境から一緒の二人は、気安い間柄なのだろう。トトリは、私の知らないセファをたくさん知っているようだ。


「とまぁ、とにかくそういうわけで、リリカ様を陥れる陰謀に巻き込まれた姫様は遠い場所に放り出され、リリカ様は窮地に立たされるところだったというわけです。あと、ついでに第一王子殿下も」


 最後はあんまり興味はないんですが、一応報告まで。とトトリはぽんと手を合わせた。


「いいえちょっと待ちなさい」


 最後の最後、軽く付け足された人物に、私は思わず声を上げた。第一王子? 第一王子といえば、アンセルム殿下が? なんですって?


「まあ、ですよね。気になりますよね。あなた様の中身はどうあれ、姫様を辺境に追いやった張本人の名前をお耳に入れることもちょっと腹立たしいんですけど、そこまで大事なことではないですけど」


 その前に、一つ確認を。とトトリが微笑む。ちょっと迫力のある笑みだ。


「お茶会に行く前に、お庭でお会いになったというのは、事実です?」


 ぴ、と固まった。隠していたわけではなかったけれど、なんだか後ろめたい。セファもじっと見てきたかと思えば、小さな笑みと共に目を逸らした。なんでそこでそんなに寂しそうに笑うの。

 セファに気を取られていると、トトリが身を乗り出してくる。変に言い訳をするのがうまくないことは私にもよくわかった。


「……偶然、だけれど」


「そうですか。そのこともあって、元婚約者である姫様と第二王子の、婚約内定を阻止するために企てたのでは、と一時疑惑を向けられました」


 まあ、リリカ様に仕込まれた魔術具が発見されて、疑惑はすぐに晴れましたけれど。


「……第二王子殿下、婚約者内定……? 第一王子の元婚約者って、……私」


「それも王妃様が否定されましたよ。結局、あのお茶会は情報共有のお茶会、ということで周知、招待されていましたので、噂されていた婚約者選び、もしくは内定者の公表という意図を王妃様ははっきりおっしゃらなかったのです」


 王妃様が何か意図を持って開催したことには間違い無いのですけど、関係ない、と言い切られれば、誰も何も追求できませんから。


 あの穏やかな笑みで、些事ですので、と証言を拒まれれば、確かに誰も追求はできないだろうなと私も思う。あの人も、王族に嫁いだ身でいながらその立場を守り、王家の理想を体現することに腐心している人だ。結界を保つ王を支えるために、心を砕く優しい人だ。


「姫様が消えた直後に騎士フェルバートが場を仕切ったことで、混乱することなく、調査が滞りなく進みました。リリカ様や第一王子に向けられた疑念も、証拠品の魔術具と王妃様の証言で晴らされましたし。今は、リリカ様に仕組まれていた魔術具の出どころを騎士団長と魔術長官が調査しています」


 フェルバートがいなければ、おそらくどちらかが罪に問われていただろう、とトトリは言う。王妃様の御前だったと言うこともあって、調査は慎重に進められているのだと。


「ひとまず今できる報告はこのくらいですかね。こちらに旅する中で、鳥でやりとりしながらの情報です。鮮度は良いですよ」


 ありがとう、と微笑む。疲れているだろうから、部屋を頼んで休んでいいわ。と言うのに、いいえ、とトトリは固辞した。


「姫様、もしもお許しいただけるなら」


 真剣な目で、トトリが立ち上がる。一歩近寄られ、私はトトリをきょとんと見上げる。椅子に座る私の横に立ったトトリは、その場に膝をついた。




「私に、本来の仕事させてください」



昨日に引き続き、いつもの時間より大幅に遅くなってしまい申し訳ないです。

明日の更新もちょっと怪しいですが、よろしくお願いします。


ポイント、お気に入り登録、感想。ありがとうございます。励みになります。



4/23 10:04 加筆しました。


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