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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
四章.異界へ渡る、救世の巫女
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20.夢見る巫女

編集途中のものを誤って18日0時に予約投稿しておりました。

同日13時ごろに正しいものを投稿し直しております。よろしくお願いします。


 最初に浮かび上がった、一つの世界の話だ。


 西の空が茜色に染まり、東の紺碧に星が煌めく夕べ。昼間の暑さが嘘のような涼風が吹き抜け、背中に流すだけだった金髪が風に舞い上がる。

 その後ろ姿を、綺麗だと思った。


 うつくしいひと。あなたにふれたい。

 何を見ているのか。

 何を想っているのか。


 あなたの心を、知りたい。


「そこで何をしているのですか」


 思うまま声をかけたけれど、言葉選びが失敗だったことに気づいたのは、逃げ出す姿を見たあとだった。



 着慣れぬ衣裳の裾をからげて、すり抜けようとした木々の隙間は想定よりも狭く、びん、と引っかかったのは髪が先か布端が先か。声のない悲鳴じみた吐息の音に、あわてて駆け寄って解放したものの。


『はじめまして、ローズ様。あの、こんにちは。ええと、にいさまの新しいお嫁さん、でしょう?』


 余裕のない青の瞳がこちらを捉え、目が合う。惑うように瞳を揺らしたのは一瞬で、一歩二歩と離れたのち、こちらに向き直るとすっと背筋を伸ばした。隙のない虚勢をはる姿に、『返事をしてください』とまた冴えない言葉選びをしてしまう。


 故郷で手酷く裏切られ、傷つけられたのだと聞いていた。

 信じていた相手から突き放され、まるで捨てるようにしてこの地にやってきたのだと。


 それなら、人と関わるのはもう恐ろしいだろうか。


 本人がその気であれば、一人になるのは容易いだろう。褐色や赤毛の多い精霊の民の居住地で、金髪というのは比較的珍しい髪色なのだ。あてがわれた使用人からも他の妃からも、遠巻きにされていたのを知っている。

 それを遠くで眺めるたびに、居心地が悪く思うのだった。

 なんだか、異邦人に特別意地悪をしているようで。


『仲良くしてくれるとたすかるよ』


 兄と慕う婚約者も同じ気持ちだったらしい。族長から直にそう言われて、拒否する理由などない。彼女が孤立していることに頭を悩ませていて、自分を頼ってくれたというのであれば誇らしいほどだった。


『わたしの名は、サクラサマラ。お友達になっていただきたくて会いに来ました』


 夕焼けに染められた金の髪と玉の肌が驚きに固まる。青の瞳は見開かれて、サクラサマラをまじまじと見つめた。足を踏み出さねば届かぬ距離で、手を差し伸べる。向こうから掴んでくれなければ意味がない。サクラサマラだって、こんなふうに同じ年頃の友達を作るのは初めてだった。やり方があっているのかもわからない。差し伸べた手と、サクラサマラの翠の目を見比べて、ローズが手を差し出してくる。指先が触れ合うかどうかのその時、



 幼いサクラサマラが目を覚ました。


「んむー」

「お目覚めかい。眠り姫」

「むう。ゆめ、みて、ました」

「いつもの?」

「いつものぉ」


 視線をめぐらし、傍で本を読んでいた兄を見つけると、サクラサマラは寝返りをうって起き上がる。上体を起こして方向を変え、そのまま立ち上がることなく兄の膝に飛び込んだ。

 兄は優しくサクラサマラの頭を撫でながら、どんな夢を見たんだい、と聞いてくる。

 サクラサマラが無邪気に答えると、髪を撫でるその手が止まった。びくりと震えるようにして止まったので、違和感にサクラサマラが顔を上げる。

 春の日差しが差し込んでくる私室で、柱にもたれていた兄の表情は、影が差し込んでいてわからなかった。


「おとなのわたしが、ステキなおんなの子と出会う夢よ」



 世界の可能性は次々に浮かび上がる。心象を具現化する世界で、意思ひとつが世界の行く末を左右する。可能性として、浮かび上がる。

 それらを一つ一つ覗き見ることのできる夢の巫女は、望む未来を引き寄せる力を持つとされていた。









 目覚め、私と目が合うなり、勢いよく飛び起きたサクラサマラを抱きとめる。


「ぁっ。だ、めっ」


 その瞬間に脳裏に閃いた像に魅入られた私は、振りほどかれそうだった手でその華奢な肩を強く掴んだ。私とサクラサマラ、族長イシルイリル、知らない中庭での出会い、夏の黄昏、夕べの語らい。

 知らない出会いだ。覇気なく微笑む私と、その様子を伺うサクラサマラはゆっくりと距離を縮めて、少しずつ心を開いて、長く連れ添った友人のようになって。


「やめて、くださっ」


 サクラサマラが私の手から逃れようと身をよじる。やめてと懇願されれば手を離してしまいそうだったけれど、でも、これは見過ごせない。


 場面場面を描いた絵画のように、あるいはそれらが連続して、実際の動作を連想させて見せてくる。

 フェルバートが現れた。

 現れた騎士は、サクラサマラを通じて私と連絡を取っているようだった。宮殿を抜け出したサクラサマラから私の手紙を受け取るフェルバートは、イシルイリルに拘束される。それを、サクラサマラがやめさせようとかばって———。


「も、やめてっ」


 かすれた拒絶とともに、どん、と突き飛ばされて、私は畳に手をついた。サクラサマラは肩で息をしていて、うつむいたまま、こちらを見ようともしない。


「……サクラ。今のは、何?」

「きのせいです」

「私がいたわ」

「あなたじゃありません」

「フェルバートだって」

「あなたもあの人も、ここにきたことはありません。会ったことだってありません」

「……今のが、ただ夢だとでも言うの?」


 ことさら聞かせるように、サクラサマラが息を吐いて、笑う。


「そうです」

「本当に?」

「今のは全部ただの夢です」

「嘘だわ」


 サクラサマラの言葉が詰まる。私はかまわず続けた。


「なら、ただの夢だと言い放ったサクラが今、そうやって傷ついた顔をしているのはどうして?」


 今にも泣きそうに顔を歪ませて、サクラサマラは今見たものを夢だと言う。自分自身で否定することに、傷ついているようにしか見えなかった。

 かえって、とサクラサマラは囁くように言った。繰り返し、二度目はもっと強く、大きな声で。


「帰ってください。ローズ・フォルアリス。今すぐ結界王国群の、青の王国の、どこよりも安全なセファの工房に閉じこもって」

「サクラ」

「世界が滅びるまで、滅びてもずっと。ずっと、出てこないで」

「サクラ」

「もう、そんな未来しか、私、思いつけないんです。もう全部見ました。全部のもしもを考えて、見て、知って」

「サクラ」


 布団の上で震えるほど握り締められた手に手を重ねる。冷たい。この子の手は、いつだってずっと冷たい。

 すぅっと息を吸って、止める。それと同時に目を閉じて、一瞬。開くと同時に息を吐いた。重ねていない方の手の平を、翻すようにサクラサマラへと差し出す。


「……っ」


 手のひらに乗った大輪の八重咲きの花を見て、サクラサマラの勢いが止まる。


「私は、あなたのそんな顔を見ていることがつらいと感じるわ」


 怯んで力の抜けた手を取り、その冷たい指先に花を添える。白い花弁は一見冷ややかだけれど、柔らかに光を透かしていて、きっとサクラサマラの指先よりも暖かいように思えた。


「笑ってほしい。さっき見た私みたいな女の子とあなたは、とても密やかだけれど穏やかに笑っていたわ。あんなふうに、笑ってほしい。泣かないでほしい」

「泣いてません。……あなたが、そんなふうに思う、理由がないですよ」


 泣いていないと咄嗟に口走って、唇を噛む。気を取り直したように言葉を続ける彼女は、どこか幼げに見えた。


「あなたに会ってから、ずっと、わたし、ひどい態度を取っているでしょう。そんなふうに思ってもらえるはず、ないんです。ないはずなのに。どうして」

「一目見て、綺麗だと思ったから、じゃいけない?」


 目の前に現れた時の、切りそろえられた深紅の髪。吸い込まれそうなほど澄んだ翡翠の瞳。目を奪われたその鮮やかな色彩とともに、笑ってほしいと思うのは特別変ではないはずだ。

 気になることも、問いただしたいこともたくさんあるし、無礼千万な態度に腹立たしく思う部分だって少しはある。けれど、そう、

 もともと私は、美しいものが好きなのだ。


 だから、笑ってほしい。

 うつくしいひと。どうか、泣かないで。


 正直な気持ちを告白して、その返事を緊張しながら待っていると言うのに、サクラサマラの表情はどんどん沈んて言って、口が硬く引き結ばれていく。噛み締めた口の端が赤くなっているのを見て思わず指を伸ばすけれど、避けるように頭を振られた。


「こうやって、ほだされて、わたしが心を許して、イシルイリル兄様に会うことが叶って……」


 ぽつりぽつりと、サクラサマラが囁く。なに? と私が耳を澄ましたところで、サクラサマラは首を振った。


「その先の破滅を見れば、納得しますか?」


 サクラサマラの指先に添えられていた花が、ぐしゃりと握りつぶされる。白い花弁がばらばらになって散っていく。


「あなたも、フェルバートも、こんな場所にいちゃいけないって。全部見れば、わかってくれます?」


 サクラサマラの手が伸ばされて、私の頭に添えられる。引き寄せられて、額を合わせると、そのままどぷんと重たい水の中に落ちたような感覚が体から頭上を過ぎ去って行った。


「夢の巫女は、精霊界から魔界、人間界へと浮かび上がっていく泡を覗き込む力を持ちます。正確には、層界の境を超えられない代わりに、触れることができる。触れることで世界の可能性を見て、望む未来を探すことができる」


 私が見てきたものを、あなたも見ますか? ローズ・フォルアリス。

 見てくれますか。

 最初のたった一人。大切な、大切な、


 私のロゼを。



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