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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
四章.異界へ渡る、救世の巫女
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19.銀龍と聖剣の巫女


 眠ったままのサクラサマラと、その隣で膝を抱えているローズ。その二人を、少し離れた場所で眺めていた。


「見てたよ。待ってる間、寝てたでしょ」


 フォロスの隣に立ったリリカが、その顔を覗き込むようにして言う。薄い青灰色の瞳は、ひるむことなくリリカの漆黒を見つめ返した。


「……あんたに会うのは初めてだ」

「わたしも、あなたに会うのは初めてだよ。はじめましてだね。えっと、魔狩りのフォロスさん?」

「フォロスでいい。……あんたのことは、何も知らん」

「そりゃそうでしょ。わたしはリリカ。リリカでいいよ」


 知らない、と言いながら視線をローズたちに戻したフォロスにつられて、リリカも二人の姿を視界に入れる。けれど、一拍間をおいて、再び口を開いた。


「誰かのことなら詳しいってこと?」


 フォロスとリリカ、二人並んで、ローズとサクラサマラを見守る。そう間を置かず、サクラサマラが寝返りを打ち、うつ伏せになるとゆっくりと目を開く。まず最初にローズを見て、その瞬間腕を床につきガバリと体を起こした。

 急に動いたものだからめまいを覚えたらしく、よろめく体をローズが抱きとめる。抵抗するサクラサマラと、なだめるローズの様子に、なんだか変な二人だね、とリリカは苦笑する。

 その隣で、フォロスはため息をついた。


「サクラサマラは頑なだ。巫女の権限を振りかざすことをやめさせないかぎり、正攻法じゃ族長には会えない。だからわざわざ下女の身分にねじ込んだと言うのに」

「下女だって族長には会えないでしょ」

「宮中に入ってしまえばこちらのものだった。巫女に気づかれる前に族長に接触し、召し上がってもらえばいい」

「めしあがる……」


 それは、こちら特有言い回しの一種だろうか。リリカの感覚だと、その言い方は、なんだか嫌な感じだ。


「肩書きは下女だろうと、ローズ・フォルアリスの本質が損なわれるわけではない。相応に着飾らせて寝間に侍らせれば、それで済む話だったのにな。一晩でこの宮殿の女主人になれた」

「……なんて」


 ことを。


 思わず溢れた言葉は飲み込んだ。引っかかった言葉は、受けた印象そのままの意味だったらしい。フォロスその考えが酷く不快だったし、ローズが恋い慕う相手を知っているからなおさらだった。けれど、この世界には政略結婚がありふれていることももう知っている。闇雲に罵倒することは正しくないことも。


「冗談だ。……んだよ、そんな目で睨むな」


 無理やり納得するふりをしていた心とは裏腹に、瞳は怒りを孕んでフォロスをねめつけていた。指摘されて初めて我に返って、顔に手を添える。


「イシルイリルはそんな軽率なことをするやつじゃない。興味本位に食い散らかすような品のない真似はしないだろ。けど、ローズ・フォルアリスはそもそもイシルイリルに嫁ぐ予定だったんだぞ」

「そうだとしても、今はもう違うじゃん」


 ローズではない、なり変わった別の人間は、断りを入れて王都に戻ったのだと、書庫で聞いたばかりだった。全く違うわけじゃない、とフォロスが食い下がってくる。


「イシルイリルなら、ローズも手酷く扱われずに済む。全てを知って、サクラサマラを説き伏せ、神殿で待つお前に会いに行っただろう」


 その物言いに、リリカの胸の内はざわついた。初対面のはずなのに、リリカが神殿からやって来たとなぜ知っているのだ。ローズから聞いたのかもしれない。でも、なんだか見て来たような言い方が気に入らない。


「……あなた、何者。何を知っている人なの」

「ただの魔狩りだ」


 問いの答えを用意していたかのような、簡潔な返しだった。


「悪しき獣を屠る、名を失った黄金の一族。魔狩りを名乗るその一派の棟梁はお節介焼きでね。『我が庇の下で休め』と言って聞かない。一宿一飯の恩と言うだろう。ずるずると居座り続けて、いくらか恩が積もり積もったんで、恩返しがてら魔狩りをしてる」

「……ほんとは魔狩りじゃないってこと? なら本来の身の上は?」

「そんなことを知ってどうする」


 薄い青灰色の瞳が、わずかに銀の光を帯びる。一瞥で魔力に当たられた気がして、リリカは瞬いた。

 こちらが探りをいれると威嚇する。と言うことは、


「……秘密があるってことだね」

「なんだ、あんた命知らずか」

「フォロスは、わたしの役割を知ってる。ロゼとサクラを神殿で出迎えなきゃいけない立場のわたしをね。ロゼが族長に会う手助けをするってことは、ロゼが役目を果たすことを期待してるんじゃない?」


 それなら、リリカが害されることはない。口にするとあまりにも傲慢なので、リリカはただ笑って見せた。フォロスはじとっとした目でリリカを睨み、なるほどそういう、と一人納得している。

 フォロス自身について明かすことを躊躇する様子はない。なら、彼の周囲のことか、それともこれまでの経歴のことだろうか。


「変な人。謎すぎ。でも、ロゼがすっごく信頼してるんだよね」


 リリカは、フォロスを怪しんでいる。はっきり言ってうさんくさい。さっきだって、光の中から突如として現れたのもどうかと思ったのだ。わざわざあんな登場の仕方をするなんて、謎めいた演出にしたってやりすぎだった。


「ロゼはあなたがセファ先生に似てるって言ってるけど、わたしにはよくわかんない。セファ先生、基本的に表情ないし、固いし、———ロゼの前だと、時々すっごい優しい目をするけど」


 いいさして、あ、と言葉を止めた。


「……サクラにちょっとだけ視線を向ける時、ロゼが楽しそうにしてるのを見守るセファ先生を思い出したってくらい、かな?」

「………………」


 フォロスは言葉を返さなかった。無言のまま、サクラサマラに視線を向ける。その目は、特に感情のない平坦な眼差しだったけれど。


「違うものだとはわかっていても、似た境遇の存在が気になるのは仕方ないだろ」


 似た境遇。サクラサマラや、ローズに。リリカは情報を繋ぎ合わせていく。

 フォロスは一時的にとはいえ、魔狩りの一員として活動している。組織の中核を担う、実力者として。

 魔狩りという組織は謎に満ちていて、その組織構造は神殿でも把握できていない。魔物の専門家として協力を仰ぐなど、限られた都市ごとに交流はあっても、結界王国群としては上も下もなく、友好を結ぶわけでもなく、付かず離れずの距離を保っている。

  今の神殿長が不干渉を定めてから、もう数十年になるそうだ。その方針は、お互いを認め合い、尊重しあうこととしている。人として当たり前のことを、神殿長は人々に説いたのだった。


「魔狩りにも、ロゼやサクラみたいな立場の女の子がいるってこと?」


 まだそんな存在がいるのか、この世界は。

 眉を顰めそうになるのを堪えているリリカを見て、フォロスが肩を震わせるようにして笑った。


 いるかどうか、その答えははっきりとは言わないままだった。



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